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第六依頼 精霊の涙 1話

 今日は探偵事務所の営業日。陸は普段通り朝の支度を済ませ、仕事を始める為に事務所の外へ出た。

 まずは扉に貼ってある『休業日』の紙を剥がす。次に、ドアノブにかかっている『準備中』のプレートをひっくり返し、『営業中』に変える。これでやることは終わりだ。後は事務所内で依頼者を待つだけである。


「ふあ〜」


 陸は大きく欠伸をする。もう仕事は始まっているのに随分と眠そうだ。


(昨日バタークッキーと遅くまで通話してたから眠ぃ〜。アイツ必死に『明日会えないから』って言ってたけど、どういう……あ、今日夏休み最終日か!あ〜学校行ってないから忘れてた。ということは、平日の昼間から堂々と外を歩ける生活が終わっちまうのか……)


 そんなことを考え、扉の前で立っていると肩を叩かれた。依頼者かと思い、振り返る。

 後ろにいたのは長い白髪をした美しい女性だった。


「こんにちは。いや、おはようが正しいのかな。君はこの事務所の職員かね?」

「あ、はい」

「ならば中に入れてほしいのだよ。仕事を頼みたい」

「もちろんです!どうぞ」


 事務所の扉を開ける。応接室には既に全員が揃っていた。陸は女性を招き入れながら灯に声をかける。


「灯さん、依頼をしたいって人が来たぜ」

「おや?こんな朝早く、に……」


 女性を見た瞬間、灯の言葉が止まる。いや、灯だけではない。マミも手に待っていた書類を落として固まってしまった。

 女性は愉快そうに笑う。


「くはは、大丈夫かねマミ君。ほら、早く書類を拾いたまえ」

「は、はい!申し訳ございません!まさか、ダアト様がいらっしゃると思っていなくて」


 マミは慌てて書類拾い、灯の手元に置く。まだ緊張しているのか、その動きはぎこちない。

 この状況を理解できていない陸とフェリは目を合わせ、共に首を傾げる。すると、それを察したマミが女性の紹介を始めた。


「ダアト様は星望声トップ6の1柱であり、魔術書管理課の責任者も兼任している地神様だよ」

「せ、星望声!?」


 星望声というだけでも困るのに、更には魔術書の管理をしている?この探偵事務所に一番近寄ってほしくない相手ではないか。

 陸は頭を下げる。


「すみません!オレ知らなくて」

「気にしないでおくれ。むしろ新鮮で面白かったのだよ。私はいつも地下世界に籠っているからね、私を知らぬ者に会うのは本当に久しぶりだった。しかし……」


 ダアトは陸の両頬に手を添える。そしてジッと目を見つめてきた。


「君は人間の気配をしているのに、どこか私達に近しいものを感じるね。とても興味深い子だ。よければ今度、研究させてくれないかな?」

「え、えっと……検討、します?」

「くはは。いい返事を待っているよ」


 それだけ告げ、ダアトは灯の前に行く。数秒の間、灯とダアトは無言で見つめ合う。ダアトの表情からは何も感じ取れないが、灯はどこか困っているように見える。

 ダアトが口を開く。


「“初めてまして”、探偵君。依頼をしたいのだが構わないかな?」

「……初めまして。はい、もちろんです。まずはお話を伺っても?」


 相変わらず空気は重いが、ひとまず話を進められそうだ。


 ダアトと灯は移動し、ソファに腰かける。ダアトはフェリが持って来た紅茶を一口飲むと、本題に入った。


「スイバという精霊を知っているかね?」

「ええ、存じております。最古の精霊といわれる伝説の存在。その血や涙は全てを癒す薬にも、全て侵す毒にもなるとか」

「その通りだ。だからこそ彼女を狙う者は多く、スイバは常に身を隠して生きている。居場所を知る者は誰もいない……はずだった」


 ダアトはニヤリと口角を上げる。


「しかし、最近になって多数の目撃情報があったのだよ。地上のとある海岸によく現れるらしい。これはチャンスだと思わないかい?」

「……申し訳ありませんが、私ではダアト様の仰りたいことが分かりかねます」

「涙を貰うのだよ!」


 バンっと力強く机を叩きながらダアトは立ち上がった。随分と興奮しているようだ。ダアトはそのまま灯に顔を近付ける。


「アイツの涙は本当に本当に便利でね、このチャンスを逃したくない!何が何でも手に入れたいのだよ」

「自分で行ったらいいのに……んんっ、ご自身では行かれないのですか?」

「私は接近を禁止されているのだよ」


 ダアトは緩々とソファに座り直すと、残念そうに溜息をついた。


「昔、スイバに付き纏……親しくなりたくて積極的に関わっていたことがあったのだよ。ただ、それがスイバには強いストレスだったようでね、『接近しません』という契約書を書かされてしまった」

「契約書って……何をされたのですか」

「無理矢理泣かせようとしたくらいだ。酷いことは何もしていないのだよ」


 十分酷いことをしている。もしかしたら、スイバが隠れているのはダアトのせいかもしれない。

 だが、ダアトは自分がトラウマを与えたと思っていないようだ。やれやれと億劫そうに続ける。


「困っただろう?一応、部下も手伝うと言ってくれたのだが、私の部下だけで行ったら追い返される可能性が高い。どうしたものかと頭を悩ませていたのだよ。……そんな時、部下から名前が上がったのが君だ、マミ」

「へ?わ、私ですか?」


 ダアトはマミの方へ目を向け、笑いながら頷く。


「ウィクシー君の眷属である君が勤めている探偵事務所なら、安心して仕事を任せられるからね。……それで、どうかな?探偵くん。私の部下達が同行するし、私自身も助力を惜しまないつもりだ。この依頼、受けてくれるかね?」

「……ええ、もちろん。他でもない星望声の地神様からの依頼ですから。喜んでお受けいたします」


 内心ではどう思っているか分からないが、灯は依頼を受けるようだ。依頼の内容について詳しく話を進めていく。


 それから1時間程経った頃。ある程度話は終わり、最後に灯はダアトの部下について質問をした。


「ダアト様、ボク達に同行してくださる方々のことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんなのだよ。今回、君達に付いて行くのは2“冊”の部下だ」


 ダアトが言い終えると同時に、部屋の電気が全て消える。暗い部屋の中、陸が動揺しながら辺りを見渡していると、聞き慣れない男の声が聞こえてきた。


「皆様お待たせいたしました!」


 パッと机にスポットライトが当たる。……一体どこから光が出ているのだろうか?見ても分からない。


 スポットライトが照らした先、机の上には1人の男性がいた。紫の髪に、赤い服とシルクハットという派手な格好をしている。


 男性はシルクハットを脱ぎ、恭しくお辞儀をした。


「この度は私、ダシェリーの手品ショーにお集まりいただき、誠にありがとうございます。それでは挨拶も兼ねて簡単な──」

「ダシェリー」

「どうしましたか?ダアト様。あ、手品の手伝い役をご希望ですか?私、客上げはあまり行っていないのですが……いえ、ここで期待に応えられなくては、人間に愛される手品師になることなど到底不可能。お任せください、演目を変更しましてこのトランプで──」

「ダシェリー。黙りなさい」

「あらら、手品は必要ありませんでしたか!これは申し訳ない。ご命令はお口をチャック!でございますね?かしこまりました。ではこのように〜」


 ダシェリーは口元に手をもっていき、左から右に引く。すると、本当に口がチャックに変わってしまった。その状態のまま机から下りていく。そんなダシェリーを見て陸は思った。『何だコイツ』と。


 全員がダシェリーに気を取られていると、今度は事務所の入り口から声がした。可愛らしい少女の声だ。


「失礼する」


 陸が声の方へ顔を向けると、そこには長い金髪をした小学生くらいの少女が立っていた。少女はコツコツと靴音を響かせながら歩いて来てダシェリーの隣に並ぶ。


「遅かったね、テケル」

「すまない。ダシェリーがあちこち歩き回るから時間がかかったんだ」


 テケルは横目でダシェリーを見る。怒ってはいないが呆れているようだ。

 と、そこで灯が話に割って入る。灯は何かの間違いであれと思いながらダアトに尋ねた。


「あの、ダアト様?今回の同行者というのは彼らですか?」

「ああ、もちろん」


 最悪だ。まともな同行者を期待していただけに落胆が大きい。いや、この際少女の方はいい。だが何故、仲間でも手を焼いていそうなこの男性が選ばれたのか……。


「男の方はダシェリー。仕事中に問題を起こし過ぎた為、罰として強制参加させた」

「……成程〜、そうなのですね」

「そんな顔をしないでほしいのだよ。これでも実力は確かさ。それに、もう1冊いる。テケル」

「うむ」


 名を呼ばれ、テケルが一歩前に出る。


「この子はテケル。真面目で責任感もあり、強さも申し分ない。必ず君達の役に立つだろう」

「お初にお目にかかる、探偵殿。私はダシェリーと違い自主的な参加だが、手を抜くつもりはないから安心してくれ。お前達の為に全力を尽くすと約束しよう」


 よかった、彼女は頼りになりそうだ。

 紹介が終わると直ぐにダアトは立ち上がった。


「それでは私は帰らせてもらうよ。後は頼んだのだよ」


 それだけ言い、ダアトは扉に……ではなく陸に近付いて来た。困惑する陸の手を彼女は優しく、けれど力強く握る。


「帰る前に再度言っておこう。人間君、私は君に興味がある。研究されてもいいと思ったらいつでも私の元へ来ておくれ。待っているよ」

「え、ちょっと」


 陸の返事を聞くことなくダアトは煙となって消えてしまった。何ともマイペースな地神だ。


 ダアトがいなくなり、静かになった部屋の中で灯は頭を押さえる。依頼を受けたことを後悔しているのだろう。

 しかし直ぐに切り替え、立ち上がった。そして部屋にいる者達に呼びかける。


「ずっとここにいても仕方ない。ひとまず海へ移動しようか。……伝説の妖精に会いに」

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