第四依頼 理性なき怪物 9話
「陸〜!遊びに来ましたよ〜」
「バタークッキーじゃん、いらっしゃい」
「きーちゃん久しぶり〜!」
陸が星檻に入った日から数日後。相変わらず依頼がなく暇な事務所に、同じく暇な桔梗がやって来た。
応接室には丁度マミと陸がおり、桔梗を部屋の中へ招く。
「もお〜、遠くに行くなら言ってくださいよ。この前、事務所に行ったのに誰もいなくてショックだったんですから」
桔梗は文句を言いながらソファに座り、ゆっくり寛ぎ始める。
「いや、仕事だし」
「分かっています。でも悲しかったんです〜!」
陸の腕を掴み、ブンブンと振り回す桔梗。どうやら想像以上に拗ねているようだ。
陸が桔梗を何とか宥めていると、別の部屋から灯とフェリが出て来る。
「おや、桔梗さん」
「やっぱり来たか、夏休み暇人ガール」
「むっ、失礼な。小学生は忙しいんですよ、年中暇人マン」
そんな挨拶代わりの煽り合いをしてから桔梗は気付く。灯とフェリが、丸めた紙を何本か持っているのだ。
「おじさま、それは何ですか?」
「これは事務所の宣伝ポスターですよ」
そう言って、フェリは1本のポスターを桔梗に渡す。
広げると、ポスターには『どんな依頼も引き受けます!黒井探偵事務所』の文字と、陸達全員の似顔絵、そしてそれに並んで小さい犬の絵が描かれていた。
「あれ?何で犬を描いているのですか?」
「何でって、飼うことになったからだよ。ほら、そこにいるだろう?」
灯は地面を指差す。
「ワン!」
そこには、黒と白のふわふわの毛をしたチワワが座っていた。グレーの鹿撃ち帽と、黄色い石の付いたインバネスコートを身に付けており、小さな探偵のようだ。
桔梗はポスターを机に置くと、犬に近付く。
「か、可愛い!名前は?名前は何ですか?」
「ケルベロスだよ」
「えっ、意外な名前ですね」
「名付けたのはね〜、りっくんだよ」
「成程、チワワは賢く勇敢な犬ですからね。とても似合っている名前だと思います。流石は陸。子供ができた時も、きっと素敵な名前を付けてくれるんだろうな」
ケルベロスを抱きしめながら褒め続ける桔梗。本当にそれでいいのか?
陸は得意気に胸を張りつつ、構われて嬉しそうなケルベロスを見た。
(星檻から出た瞬間には元の姿に戻ってたし、ウィクシーさんが用意してくれた石のおかげで怪物化もしていない。小さいツノは残ったけど帽子で隠せてる。……これでもう安心だな)
「ほら、ボク達は忙しいからもう帰るんだよ」
「拒否します」
「拒否を拒否する。犬、キミもこっちに──」
「グルゥ……ヴァン!」
「いった!この犬!ボクを噛んだぞ!」
灯が桔梗からケルベロスを取り上げようとした瞬間、触るなと言わんばかりにケルベロスが灯の手を噛んだ。
「だ、大丈夫ですか?灯君」
「先生ってケル君に嫌われていますよね〜。私達が触っても何もしないいい子なのに」
「ナメられているんですよ、きっと。この事務所内で、1番格下だと思われているんじゃないですか?」
「は?ないない。ボクはここのトップだよ?犬、分かっているだろ……」
灯が手を近付けると、ケルベロスは鼻に皺を寄せ、歯を見せながら威嚇する。何をやったらここまで嫌われるのか不思議なレベルだ。
「うわっ、怖っ」
「そうですね〜。あの人怖いですね〜」
「違うだろう、どう考えてもこの犬の方が恐ろしいだろう!」
騒ぎながらケルベロスを囲む様子が面白く、陸は少し笑う。
灯はそんな陸に気付き、不満そうな顔をした。
「何を笑っているんだい、陸。コイツはキミに1番懐いているのだから、キミが何とかしておくれよ」
「ごめんごめん。お〜い、ケルベロス〜」
陸は皆の元へ歩いて行く。心の中で、こんな幸せな日常が続きますようにと願いながら。




