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第四依頼 理性なき怪物 8話

 5階層。そこは多くの地神達が居住している階層。その為、地神と眷属以外の種族は恐れ、訪れることは少ない。

 そんな5階層の森林の中に、ポツンと建っている和風の屋敷があった。大きく、落ち着いた雰囲気のあるその建物は、派手さこそないが周りの景色と馴染んでいて美しい。


 現在、その中で灯とウィクシーが会っていた。お互い椅子に座り、リラックスした雰囲気だ。

 灯は鞄から小さな袋を取り出し、ウィクシーに渡した。


「ほら、ウィシー。依頼の品」


 ウィクシーはそれを受け取ると、中身を確認する。


「うん、確かに受け取った。ありがとう。」


 感謝の言葉を告げ、大事そうに机に置いた。

 それから灯に向き直り、「そういえば」と、さも今思い出したかのように話を始める。


「例の事件を解決したらしいね。五課の隊長がリィローアに大層怒られたらしく、死にそうな顔をしていたよ」

「ああ、それはいいね。リィローアはこれを機に、部下指導の大切さを学んでほしいよ。でないと……」


 灯は鞄に手を入れ、1冊の本を取り出した。


「こうして、手柄を横取りされてしまうからね」


 それは古く色褪せた本……佐藤が持っていた魔術書の原本だ。佐藤が潰されても本は無事だったようで、変わらずに妖しい魅力を放っている。

 魔術書を見たウィクシーは、わざとらしく驚いた反応をした。


「わあ、それは魔術書じゃないか。どうしたんだい?」

「そういう白々しい演技は要らないよ。どうせある程度は見ているだろう」


 ウィクシーは肯定も否定もせず、ただニコニコと笑っている。

 灯は溜息をつき、魔術書を机に置いた。


「この本、キミにあげようかな〜って思っているんだ」

「へ〜、それは嬉しいな」

「だろう?星望声に提出してもよし、隠し持っていてもよし、どう使ってもキミには徳しかない物だ」

「うんうん。……それで、何がほしいんだい?」

「そ、そんな!」


 今度は灯の方がわざとらしく驚く。そして、しくしくと泣き真似をしながら言葉を続けた。


「キミは、ボクが親友に物をたかる男に見えていたのかい?悲しいな、傷付いたな。そんなことを言うのなら、本当に何かしてもらおうか」

「灯。そのノリは面倒くさいよ」

「お前がいつもしている……んんっ。いつものキミを真似したつもりなのだけれど、似ていなかったかな」

「はは、冗談だよ。よく似ていた。流石、普段から私の口調を真似しているだけはある」

「……やっぱり、これはリィローアに渡すか。ついでに仕事をサボる友達の愚痴も言って来よう」


 灯は魔術書を鞄に戻し、立ち上がろうとする。それをウィクシーが「まあまあ」と宥め、何とか座らせた。


「ウィシー、キミはそんなんだからボク以外に友達ができないんだよ」

「別に必要ないだろう。既に親友がいるのだから」

「……はあ。いいや、本題に入ろう。欲しい物が1つ、やって欲しいことが1つ。まず欲しい物は、魔力を調整できるアイテム」

「もちろん用意できるが……もしかして、星檻に閉じ込めた怪物を助けるつもりかい?」


 やっぱり見ていたようだ。だが、事情の説明をしなくていいのは助かる。

 ウィクシーの質問に灯は頷いて返した。


「陸なりにやってみたい事があるみたいでね」

「やってみたい事?」


 これに関しては流石のウィクシーも分からないようだ。灯はニヤリと笑い、そして勿体ぶるように一呼吸置いた後、ゆっくりと目的を告げる。


「6階層へ入るんだ」

「!」


 ウィクシーは目を見開いて驚く。灯が発言したことは、それだけ常識ではあり得ないことなのだ。


「あの開かずの間。誰も知らない謎の階層に入れる方法が?」

「いや、方法は陸自身も分からないらしい。でも、『自分なら入れる』という確信があるようでね。ボクも、星檻を使える陸なら可能性があると思っている」


 ウィクシーは俯き、少し考える。そして頷いた後、顔を上げた。


「そうだね、分かった。それならボクは6階層までの用心棒を務めたらいいのかな?」

「話が早くて助かるよ」

「それで、いつ行くんだい?」

「今から」

「……え?」


 ウィクシーは固まる。聞き間違いだろうか?


「今から行くよ。ボクは一旦戻って陸達を連れて来るから、それまでに準備をしておいておくれ」


 残念だ、聞き間違いではなかった。

 困惑しているウィクシーを無視して灯は立ち上がると、本を改めて机に置く。そして、部屋から出ようと歩き出した。

 ウィクシーは慌てて灯を止めるを


「まっ、灯──」

「じゃあ、また後でね。頼りにしているよ、し〜んゆう」


 しかし、灯は手をひらひらと振って出て行ってしまった。

 ウィクシーは頭に手を置き、しばらく動かなかったが、諦めたように立ち上がる。


「……ひとまず、魔力調整器具の準備だな」


         ♢♢♢


 2時間後。事務所メンバーはウィクシーに連れられ、5階層の僻地まで来ていた。

 そこは木や草などの植物に囲まれており、川も流れている自然豊かな場所だ。歩いているだけで心が洗われるような、神秘的な美しさがある。……けれど、陸達以外に生物の気配はなく、どこか不気味さも感じてしまう。


「おいで。6階層への入口はこっちだよ」


 ウィクシーはどんどん奥へと歩みを進める。陸達も言われた通り後を付いて行く。


 辿り着いた場所は洞窟だった。陸は中を覗きに行く。……暗くてよく見えない。そのうえ、進むには川に入る必要があるようだ。

 陸は深呼吸をして覚悟を決めると、灯達の方を振り返った。


「よし!皆、入ろ──えっ、何で離れてるんだよ!?」


 陸以外は全員洞窟から離れ、遠くから陸を見ていた。

 マミが申し訳なさそうに陸を見る。


「いや〜……ごめんね。ここ怖くて……」

「ボク達は種族関係なく、この場所に本能的な恐怖を感じるんだ。この感覚が星檻を見た時に似ているから、『6階層は星檻の中に繋がっている』なんて噂も立ったんだよ」

「ええ……というかそれって、灯さん達は星檻を見て毎回怖がってたのか?」


 その質問に灯もマミも、フェリですら「少しだけ……」と言いつつ首を縦に振る。

 陸は少しショックを受けるが、どうすることもできない。気持ちを切り替え1人で洞窟に入って行く。


 やはり中は暗いが、思っていたよりも川は浅く歩きやすい。そのおかげで、時間をかけることなく最奥へ着くことができた。


「あっ、あそこ……」


 水の中で一箇所だけ地面が光っていた。まるで、『こっちに来い』と呼ばれているようだ。

 陸が近付き見てみると、光っていたのは扉のようだった。この地面にある謎の扉こそが、6階層へと繋がる扉で間違いないだろう。


(ドアノブの下に鍵穴がある……ということは星檻の鍵を使うのか?)


 陸は呪文を唱え、鍵を手に持つ。そして鍵穴へさし込んだ。すると──


(あ、あれ?口が勝手に動く……)


『久遠の罰を与える海の底 全てを裁く星の檻』


『我、その全てを管理する者なり 我、その全てに救済を与える者なり』


 鍵を回す。すると、カチャリという音がした。


『八崎陸の名において命じる 星檻よ、開け』


 ドアノブを握り、ゆっくりと扉を開ける。それと同時に、中から黒い手が出て来て陸を掴んだ。陸は手に引っ張られるまま落ちて行く。

 驚いて目を瞑っていると、少ししてふわりと地面に足が着く感覚がした。


 恐る恐る目を開ける。中は明るく、辺りがどうなっているかは直ぐに分かった。


「うおー!」


 目の前にあったのは大きな棚。それも1つではない。右を向いても、左を向いても棚、棚、棚。見渡せない程の沢山の棚がそこにはあった。

 だが、陸が驚いたのはそれだけではない。棚の一段一段に、青い炎が入った瓶が揃えて置かれているのだ。今にも消えそうな小さい炎から、勢いよく燃えているものまで様々だ。


 陸が瓶をじっと見ていると、背後から足音がした。


「ようこそお越しくださいました、管理者様」


 その声は、怪物と戦っている時に聞こえてきた女性の声だ。


「あ、すみません。ここは──」


 喋りながら振り返り、言葉を失う。


 立っていたのはクラシカルメイド服を着た女性。そしてその顔は、まるでアーティマを大人にしたかのように彼女にそっくりだった。白い肌も、優しく微笑む表情も。


 しかし、深緑の瞳は両目ともにあり、淡い海のような美しい髪はアーティマより長い。同一の存在ではないのだろう。


「管理者様?どうされました?」

「……えっと、聞きたいことは色々あるけど、その“管理者様”って何?お前を管理した記憶なんてないぜ?」

「そんな……何て酷いことを仰るのですか。これは自己紹介をした方がよさそうですね」


 女性はスカートを軽く持ち上げ、お辞儀をする。


「私は星を守るために造られた檻。罪に罰を与える“物”──星檻そのものにございます」

「星、檻……ってことはオレの魔法の?」

「はい。私は貴方様の所有物であり、貴方様に全てを管理していただいている道具。その為、管理者様とお呼びしているのです」

「そ、それだけ聞くと誤解されそうだな……でも何となく分かったぜ」


 嘘だ。本当は全然理解が追い付いていない。しかし、女性がこちらに友好的なことだけは分かった。

 陸は改めて棚を見渡しながら、星檻を名乗る女性に別の質問をする。


「じゃあ、星檻さん?はこの場所が何か分かる?」

「ここは私の中にございます。それと、私に敬称は不要です。管理者様はスマホや服に対し、『さん』を付けて呼ばないでしょう?」

「あ、はい……」


 この強引で有無を言わせない雰囲気……そこまでアーティマに似ているとは。


「え〜っと……ここが星檻の中なら、今まで閉じ込めた奴らもここにいる?」

「はい。いますよ」

「!マジで!?オレ、外に出したい奴がいてさ。最近閉じ込めた、ツノの生えた狼みたいな奴なんだけど」

「出所ですね。かしこまりました」


 陸はほっと胸を撫でおろす。よかった。ここに来た目的は達成できそうだ。


 星檻は、スカートを先程より高い位置に持ち上げる。そのせいで足が露わになってしまう。

 陸は慌てて目を逸らそうとしたが、直ぐにそんなことはどうでもよくなった。

 星檻のスカートから黒い何かが、四方に向かって伸びて行ったのだ。影のようなそれは、星檻を使った時に出るあの黒い手である。


 手はあちこちにある棚を探り、数秒で全て戻って来た。その内の1本が瓶を持っている。

 手は星檻に瓶を渡すと、ゆるゆるとスカートの中に戻って行った。


「こちらの受刑者でお間違いないですか?」


 そう言って瓶を陸に見せてくる。

 陸は瓶に顔を近付け、目を凝らして中の炎を見つめた。そして気付く。炎の内側に、霧のようにぼんやりと何かが映っているのだ。それは、間違いなくあの怪物だった。

 まだ暴走しているのか、必死に吠え続けている。


「元の姿に戻ってない……」

「はい。受刑者達は、私の中に入った時の状態で保たれますので、出所させなければ永遠にこのままです」

「永遠……」


 陸は瓶に手を伸ばし受け取ると、ギュッと抱き込む。


「今、楽にしてやるからな……」


 そう言いながらポケットから紙を取り出した。ウィクシーから貰った札だ。

 陸は札を見ながら、渡された時のことを思い出す。


         ……………


『星檻の子、これを持っていてくれ』

『何これ?』

『一時的に魔力を抑える札だよ。本当はもっと便利な、自動で魔力コントロールができる物を用意したかったのだが……急だったからこれしか用意ができなかった。ごめんね』

『いやいや、凄いよこれ!ありがとう!』

『はは、どういたしまして。もしまだ怪物が暴走していても、ひとまずこれを貼れば正気に戻るはずだよ。是非使ってくれ』


         ……………


(ウィクシーさんの札があってよかった。これを使えばケルベロスを助けられる!)


「なあ、星檻。コイツを外に出す前にこの札を貼りたいんだ。どうやったらいい?」

「でしたら蓋を開け、炎に札を貼ってください」

「え、燃えない?ボッとならない?」

「大丈夫、ボッとなりませんよ」

「それなら……」


 言われた通り蓋を開ける。そして恐る恐る札を炎に近付けた。するとどうだろう、本当に札は燃えず、炎に貼り付いたではないか。

 驚きと感動で陸は子供のように目を輝かせる。


「ありがとう星檻!」

「いえ、これも私の存在意義の1つですから。他には何をしましょう?」

「これだけで十分!もう帰るよ」

「……そうですか」


 星檻の表情は全く変わっていない……だが、その声は少し寂しそうだ。


「どうかしたか?」

「何でもございません。ございませんよ、ええ、本当に。別に『もう帰ってしまうなんて残念〜!』とか、『もっと一緒にいたいな、駄目かな』とか、そんなこと思っておりませんよ」

「そ、そうか。今日は無理だけど、でもオレもお前に会いたいからさ!また絶対に来るよ」

「本当ですか?」


 無表情のまま嬉しそうな声を出す星檻。幻覚だろうか、犬の耳と激しく振られている尻尾が見える。


 星檻は陸に手を差し出した。握れという意味だろう。陸はそっとその手を取る。


「5階層には私がお連れします。道中は暗く何も見えませんが、一瞬で着くのでご安心ください」

「分かった。何から何までごめんな」

「お気になさらないでください。私は管理者様の道具ですから。ほら、行きましょう」


 星檻の体が宙に浮く。それにあわせて陸の体も浮いていった。

 上昇するつれ何も見えなくなる。だが、星檻と手を繋いでいるおかげで恐怖はなかった。


(落ちた時そんなに距離はなかったし、もう少しで5階層かな)


「管理様」

「ん?何?」

「私のメンテナンスも管理者様の仕事。……だからまた来てくれる約束、忘れないでくださいね」


 その星檻の言葉に陸が返事をする前に、5階層に着いてしまった。見渡しても星檻はおらず、6階層へ続く扉も閉まっている。


 陸は星檻と繋いでいた方の手で、扉を優しく触った。


「……おう、約束だ。絶対また来るからな」

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