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第四依頼 理性なき怪物 7話

 灯達が慌てている頃、陸とマミは神社がある坂の前まで来ていた。誰もいないと思っている為、警戒することもなく階段を上っていく。

 鳥居の位置まで来た時、やっと誰かが立っていることに気付いた。


「朝早いな、探偵もどき供」

「佐藤!?」


 そこにいたのは、現在1番怪しい存在である佐藤。昨日とは違い、大きい鞄を肩に掛けている。

 探すつもりではいたが、こんな時間に会うことになるとは驚きだ。


「お前、何でこんな時間に……」

「佐藤じゃない」

「え?」

「それは仮初の名……俺の本当の名前は“黒”。混沌を望み、世界を変える者だ」

「お、おう?」


 佐藤はズボンのポケットに手を入れながら髪を掻き上げる。カッコつけているのだろうが、残念ながら陸とマミには伝わっていない。


「思ったことはないか?この世界は平凡で退屈で無価値で、いっそ全て壊れてしまえばいいのに、と」

「いや思ったことねぇよ」

「依頼がない日は確かに退屈だけど、平和なのはいいことだしね〜」

「だから変えることにしたんだ、この世界を」

「あ、聞いてないなこれ」


 佐藤は片目を押さえ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「そのための力だって俺は持っている──これだ!」


 そう言いながら鞄に手を突っ込み、何かを取り出す。それは本だった。

 分厚く、古いのか色褪せている。表紙の字も読めない。……だが、陸は何故かその本から目を離せないでいた。読みたい、欲しい、そう強く感じてしまう程の魅力がその本にはあるのだ。

 マミは驚き、大きい声を出す。


「魔術書!しかも原本!」

「えっ、じゃあオレ達が持っている魔術書より凄い?」

「凄いよ!地神様が手ずから作ったものだからね。内容によっては、私達眷属と渡り合える程の魔術も使えるよ」


 マミは心の中で後悔した。今の彼女は魔法を発動させておらず、直ぐに戦うことができない

。対して、向こうは魔術書の原本を持っており、強力な罠を仕掛ける時間も十分にあった。


(失敗したな〜。昨日の子が弱かったから、黒幕が魔術書を持っていても模写本だと思ってた)


 焦る陸達の反応を見て、佐藤は嬉しそうな顔をする。


「へ〜、この本の価値が分かるのか。これはとある古本屋から買い取ったんだ。……そうだな、昨日の怪物を倒したご褒美に教えてやるよ。これに書かれているのは、『身体進化の魔術』。2体以上の生物を用意し、1体を進化対象、残りを生贄として捧げることで、生物を新しい生物へと進化させるんだ」

「進化……」


 思えば、怪物はカマキリや蛙など、身近な生物に近い姿だった。これは、佐藤が捕まえられる範囲の生物だったからだろう。


「これを使えば退屈な日々も楽しくなると思った。……だが、そう上手くはいかなかった。生贄に使うのが虫程度だからか、朝日にも負けるような弱い怪物しか作れなかったんだ。どうするか悩んだよ……そして覚悟を決めた」

「な、何だよ。覚悟って」


 陸が質問した瞬間、佐藤の背後にある社殿が大きな音を出して壊れ始めた。

 白煙が広がり、辺りが何も見えなくなる。そんな中、楽しそうな佐藤の声が聞こえてくる。

 

「弱い生贄で弱い怪物しか作れないのなら、もっといい生贄を用意したらいい!例えば人間とかな!」


 煙が晴れていく。社殿があった場所に目を向けると、完全に壊れた建物の中央に巨大な生物がいた。

 見た目は狼に近いが、額からは1本の大きなツノが生えている。そのうえ目は赤く光り、鋭い爪と牙も生えているようだ。

 怪物はゆっくりと佐藤の側へ歩いて行く。


「驚いただろう?元になったのは、捨てられた価値のない犬。生贄は社会のゴミである不良だ。体の変化に時間はかかったが、朝日を浴びても死なない、俺の命令も聞く。これ以上ない完璧な怪物だよ!」

「……人間の生贄……捨てられた犬……?」


 改めて怪物を見る。黒と白の毛、変わってしまっているが見覚えのある顔。間違いない、昨日見せてもらった犬だ。


「お前、ケルベロスか?」

「はは、いいなその顔。やっぱり元の姿を見せておいてよかった。あの小さい犬をこんなに強くできる俺の凄さが分かっただろう?」


 佐藤は子供がお気に入りの玩具を自慢するように、得意気な顔をする。


「さあ、成功体よ!このまま街に行って人間共を──」


グチュッ


 佐藤が言葉を言い終えることはなかった。怪物が佐藤を踏み潰したのだ。

 怪物の足元から赤黒い液体がどんどん広がっていく。佐藤が生きている可能性はないだろう。


 そしてこれは、陸にとって初めて目にした──人間が死ぬ瞬間だった。


「は、これ、死……」


 視界がぼやけ、目の前が真っ白になる。まるで、これ以上見てはいけないと脳が止めてるいるように。

 怪物が陸に近付き、手を上げる。今の陸では避けられない。……と、そこでマミが陸の体を引っ張り、助け出した。


『全ては我が主、ウィクシーの御心のままに』


 マミの手元に大鎌が現れる。それを構え、怪物に突っ込んで行った。

 怪物も陸ではなく、マミに狙いを変える。


「ヴワン!」


 怪物が吠えると、その体がバチバチと光だし、電気を纏っていく。そして、先程よりも速い動きで攻撃をしてきた。

 引っ掻く、噛みつく、どれも単純な動きだが、当たれば致命傷になりかねない。こちらの体力と集中力が残っている内に倒したいところだ。……しかし、マミは自分から攻撃することをせず、怪物の攻撃を避け続けていた。


「マミ……」

「陸君!マミちゃん!」

「間に合って……はないか。今の状況は?」

「灯さんにフェリさん!?」


 そんな中、階段を上って灯とフェリが走って来た。

 予期せぬ灯達の登場に陸は驚きつつも質問に答える。


「えっと、佐藤が黒幕で、魔術書の原本?を使って怪物を作ってたらしい。そんでさっき、人間の生贄を使って犬を怪物化させたんだけど、その怪物に……殺された」

「あ〜……まあ、これはそうなるね」


 灯は呆れたように怪物を見る。フェリも納得したように頷いている。

 だが、陸には納得している理由が分からなかった。


「で、でも佐藤は『俺の命令を聞く』って言ってたんだよ。でもケルベ……アイツはああなってて……」

「ああ、簡単さ。魔力の急な増加と身体の変化に、魂が適応できていないんだ。例えるなら、補助輪付きの自転車に乗っていた子供が、急に目隠しで大型バイクに乗せられたようなもの。暴走して当然さ」


 成程と、やっと陸も理解ができた。この状況は佐藤が失敗したのではなく、彼が魔術や魔法に詳しくないせいで起きた事故だったようだ。


「アイツを助ける方法はねぇの?」

「う〜ん、1番いいのは自力でコントロールができるようになることだけれど……この様子じゃ無理だね。となると、その場しのぎだが、魔力が切れるまで暴れてもらい気絶させる。これが今できる精一杯かな。マミもそう考えて反撃をしていなのだろう」


 こんな状態でも助けられる可能性はあるようだ。ならば落ち込んでばかりはいられない。陸は何か手伝えることはないかと、マミのほうを向いた。


 その時、空が曇り始めた。


「ヴゥゥ……」


 威嚇するように唸り声を上げる怪物。それに合わせて空はどんどん暗くなり、やがて雨が降り出す。大粒の雨で勢いが強い。それに、雷まで鳴り始めた。

 怪物が纏っていた電気が消えていく。


「ワォーン!!」


 怪物は空に向かって大きく遠吠えをした。すると──


「わわっ、危ないな〜!」


 マミが立っていた場所に目がけて何個もの雷が落ちてきた。マミはそれを間一髪で避けながら、陸達の元に戻って来る。


「あれ?先生とフェリさんだ」

「やあ」

「マミちゃん、大丈夫ですか?怪我は?」

「大丈夫ですよ〜!……でも、あんな魔法を 使うのなら、もうこれ以上防戦を続けることは無理ですね。できれば助けてあげたかったけど、街に被害が出るまでに仕留めましょうか」

「っ……」


 嫌だ。そう言いたかったが、代わりの案なんて思い付かない。

 陸はただ、マミとフェリが怪物へ向かって行くのを見ていることしかできなかった。


(助けたかった。でも、オレにできることは星檻の魔法だけ。星檻の中がどうなっているか分からないし、例え生きていても外へ出せないのなら死んでいるのと同じ──)


 そこでふと過去の記憶が蘇ってきた。初めて灯と会った日、地下世界について教えてもらっていた時の会話。


『てかさ、この地下世界?って3階層もあったんだな』

『いや全部で6階層まであるよ』


『6階層へ続く道はあるが、下へ降りると鍵がかかった扉で塞がっていてね。中がどうなっているかは誰も知らないのさ』


『噂話も結構あって、扉が開くと世界が滅びるとか、星檻の中に繋がっているとか』


「星檻の中──」


 誰が言い始めたのかも分からない、信憑性なんてない噂話。しかし、もしそれが本当なら?星檻の魔法が使える陸なら、その中から閉じ込めた者達を出せるのではないだろうか。


 そこまで考えた時、陸の脳内に女性の声が聞こえてきた。


『か……さま……大丈夫です……私を使って……』


 声は途切れ途切れでよく聞こえない。だが、不思議と心の中で『できる』という自信が湧いてきた。


(もし駄目だったとしても、ここで死ぬのを見ているよりマシだ)


 陸はマミとフェリに向かって叫ぶ。


「マミ!フェリさん!殺すのは待ってくれ!星檻を使う!」

「え!?り、りっくんがいいなら構わないけど……あの子のこと、気に入っていたんじゃないの?」

「おう。助けたい気持ちは変わってねぇ。だから星檻を使うんだ」


 陸の考えが分からず、マミとフェリは首を傾げる。

 そこに怪物が突っ込んで来た。悠長にお喋りを続ける時間はない。


「……分かった。フェリさん、私たちで時間を稼ぎましょう」

「ええ、お任せください」


 マミとフェリが怪物に向かい合い、逆に陸と灯は距離を取る。


 怪物はまた電気を纏っており、少し触れるだけでも危ない。

 陸達の方へ攻撃がいかないように、マミ達はわざと派手な動きを繰り返す。


 そこから離れた位置で陸は深呼吸をする。そして右手を前に向けた。


『我、星の鍵を握る者』


 陸の手に金の鍵が現れる。


『全てを呑み込む星の海 闇に沈むは罪ある者』


 呪文を唱えている間も怪物は攻撃を続けている。……と、動きが止まった。纏っていた電気も消えていく。先程のように雷を落とすつもりだろう。

 しかし、それより早く陸が呪文を唱える。


『管理者、八崎陸の名において現界を許可しよう』


 地面から出てきた黒い手が怪物を掴み、押さえ、動きを封じる。

 それでも逃げようと怪物は暴れるが、背後に檻が現れた瞬間動きを止めた。暴走している今の状態でも……いや、今の状態だからこそ、本能的な恐怖で身動きができないのだ。


『──星檻よ、幽世を開け』


 檻が開く。黒い液体の中から手が伸びてくると、怪物の体を掴んだ。そして簡単に持ち上げ、中へ閉じ込める。

 檻はゆっくりと閉まり、やがて消えていった。

 

 怪物が消えると雨は止み、直ぐに晴れていく。雲一つない、夏らしい爽やかな青空。まるで事件の解決を祝っているかのようだった。

 けれど、そんな空とは対照的に陸達の表情は重い。当然だ。この状況で喜べる者がいるはずない。しばらく無言の時間が続く。


「ひとまず依頼は達成だ。後の処理はボクがやっておくから、陸達は宿に戻るといい」


 気遣うような灯の言葉。陸達はそれに甘え、宿へと歩いて行くのだった。

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