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第四依頼 理性なき怪物 2話

 灯を除いた事務所メンバーは、別室で机を囲んでいた。机上には1枚の紙が置かれている。

 紙には『どんな依頼も引き受けます!黒井探偵事務所』と大きく書かれており、真ん中に陸達の似顔絵、その周りを謎の絵や怪しい文字が埋め尽くしている。とても胡散臭いが、宣伝用ポスターのつもりだろう。


 そんなポスターを前に、陸達はペンを握ったまま考え込んでいた。もう手を加えられる箇所はない。だが、何か足りない気がする。一体何を増やせばいいのか……。


「あ!」


 マミが急に大きな声を出した。ペンを机に置き、走って部屋から出て行ってしまう。急いでいたようで、扉は開けられたままだ。

 残された陸とフェリは顔を見合わせた。ポスターはまだ完成していないが、マミのことが気になる。ひとまず机の隅に道具をまとめ、陸とフェリも部屋を出て行った。


         ♢♢♢


「わ〜久しぶりに事務所に入ったな。何年ぶりだろう」

「君ねぇ……アポくらい取って来なよ。ボク達が出ていたらどうするつもりだったんだ」

「心配は無用さ。お前達が暇を持て余していたことは見て知っている」

「覗き魔め。ボク達のプライバ──」

「ウィクシー様〜!」


 会話を遮るような大声と共に、勢いよく何かがウィクシーに突っ込む。マミだ。テンションが高く、加減をしていない。突っ込んで来られたのが灯だったら吹き飛ばされていただろう。

 ウィクシーは動じることなくマミを受け止め、慈愛に満ちた目を向ける。


「会いたかったよ、私の可愛いマミ。元気そうでよかった。仕事はきちんとこなしているかな?」

「はい!毎日頑張っています!」

「そうか。流石は私の眷属だ」


 褒められたマミはとても嬉しそうだ。数日ぶりに飼い主と会った犬のように、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。


 そんなタイミングで陸とフェリもやって来た。フェリはウィクシーのことを知っているようで、「おや」と一言呟く。

 しかし、当然ながら陸はウィクシーのことを知らない。パッと見てマミと知り合いということは分かるが……。


「やあ、星檻の子」

「!?」


 気付いたらウィクシーは陸の目の前まで来ていた。驚く陸に、ウィクシーは優しく笑いかける。


「私はウィクシー。地神であり、マミの主人。そして灯の親友なんだ」

「あ、前にマミから聞いたことがある……確か星望声の中でも偉い地神の……って、え!?オレのこと『星檻の子』って……」


 星檻のことは星望声に隠していたはずだ。焦る陸に、灯が申し訳なさそうに声をかける。


「陸、前に言った、『事情を話した知り合い』とは彼のことなんだ」

「あ、そういえば言っていたな……」

「……知り合い?」


 灯の発言にウィクシーは不満げだ。『親友』と言ってほしかったのだろう。だが、どれだけ見つめられても灯は言い直さない。

 そんな態度にウィクシーは諦め、陸に向き直る。


「本当はもっと早く挨拶に来たかったのだが、仕事の関係で遅くなってしまった。すまない」

「い、いえ。大丈夫です」

「敬語じゃなくていいさ。私も灯のように星檻の子と仲良くなりたいんだ」

「そ、それなら……分かった。オレもウィクシーさんと仲良くしたい」


 初対面だが、ウィクシーは物腰が柔らかく話しやすい。それに、灯とマミとも仲がいいのだ。悪い地神のはずがない。陸は信頼の意味を込めてウィクシーと握手をした。


        ♢♢♢


 挨拶も一通り終わった頃。ウィクシーが陸に質問を始めた。


「星檻の子は人間だったね」

「おう」

「なら苦労も多いだろう。生活はどうだい?」


 聞かれることはそんな簡単なものばかり。……だが、質問の数が多い。見兼ねた灯が割り込むように会話に入ってきた。


「そうだ、食事面は──」

「なあ、ウィシー。質問会は今度にしてくれないかな。他にも用事があるのだろう?」

「む、もう少し話をしたかったのだが……仕方ない。依頼の話をしようか」


 ウィクシーは名残惜しそうに陸から離れる。しかし、大人しくなったわけではない。勝手にソファに座り、マミを隣に呼び付けている。やりたい放題だ。

 灯は呆れつつも慣れた様子でウィクシーの前に座った。


「それで?キミがわざわざ来る程の内容は?」

「大した事ではないさ。マミや灯は知っていると思うが、私は茶を飲むことが好きなんだ。種類も色々と集めていてね。……けれど、この前その一部を使い切ってしまった」


 ウィクシーは袖口に手を入れる。そして、1枚の紙を取り出した。


「地上の店に注文はしているのだが、あいにく取りに行く時間がなくてね。そこで、お前達に受け取りに行ってほしいんだ」


 その紙には茶葉の名前が数種類書かれていた。恐らく、今回注文しているものだろう。

 灯は紙を受け取り少しの間眺めていたが、興味なさげ机に置いた。


「で?本当に頼みたいことは?」

「……何のことだい?」

「誤魔化すなよ。キミがわざわざ足を運んでまでお願いしたいことが、こんな子供のおつかいなわけないだろう。……言いなよ、ここに来た目的。陸に会うことと、もう1つは?」


 灯は射るような眼差しを向ける。嘘をついても無駄だと言うように。

 けれど、ウィクシーに焦った様子はなかった。むしろ聞いてくれるのを待っていたかのように嬉しそうだ。


「目的といえる程、大したものではないさ。お前に……そうだな、聞いてほしい“お話”があるんだ」

「お話ぃ〜?」

「はは、そう面倒くさそうな顔をしないでおくれよ」

「キミがする“お話”は厄介事ばかりじゃないか……まあ、本当にただ聞くだけならいいけれど?」

「ああ、それで構わない」


 ウィクシーは頷き、話し始めた。


         ……………


 今回お前達に行ってもらいたい店の付近では、最近悪い噂が流れているんだ。何でも、夜になると巨大な怪物が出るらしい。


 実際に見た者もいるが、怪物の姿は目撃者によってバラバラだった。角が生えた鳥、ムカデのような足をした巨大な蟻、人間の口が付いた蝶なんて話もある。

 しかし、それでも1つ共通していることがあった。何でも、怪物達には理性がないらしい。目に付いた生物を無差別に攻撃するとの事だ。


 不安に思った現地の者達は、星望声に助けを求めてきたんだ。そこで、リィローアが治安維持部の第五課を派遣した。『噂の真偽を確かめろ』、とね。


 けれど、この前“偶然”知ったのだが、五課の隊長は最初からこの件を『ただの噂』と判断しているようだ。ろくに調べていなかった。今のままでは、この騒動が解決することはないだろう。

         ……………


「あの辺りには知っている顔も多い。彼らが心配なんだ。……優しい灯君なら、この話に心を痛めてくれただろう?」

「残念だけれど、ボクは冷たい灯君なので『へえ〜』くらいにしか思わなかったよ。……だが、言いたいことは分かった」


 灯は紅茶を一口飲み、ゆっくりと言葉を続ける。


「つまりだ。キミはこの件を解決したいが、仮にもリィローアの担当だから手を出せない。普段の覗きとサボりがバレかねないからね。そこで、今回の依頼だ。ボク達が偶々訪れた場所で、偶々現地の者から依頼を受け、その結果事件を解決するなら何も問題はない……だろう?」


 この考察は合っていたようだ。ウィクシーは先程より更に機嫌がよさそうになった。

 ニコニコと笑いながら灯を見る。


「お前のそういうところ、好きだよ」

「そうかい。ボクはキミのこういうところ嫌いだね」


 灯は辛辣だ。ウィクシーは「これがツンデレか」と弄り始め、灯が嫌そうに言い返している。仲が良いのか悪いのか分からない。傍から見ていた陸は思わず呆れてしまう。


(灯さんとウィクシーさん、似た者同士だよな〜。何か雰囲気とか口調とか似てるし)


 その後、話は完全に逸れてしまったがウィクシーが帰る頃には何とかまとまり、おつかいの依頼は受けることになった。

 だが、ウィクシーがした“お話”に関しては……


「現地の者から依頼されなければ仕事はしないし、場合によっては断ることもある。全てがキミの思い通りになるとは限らないからね」

「分かっているとも。私は選択肢を与えるだけ。どうするか決めるのは彼らだ。……さて、そろそろお暇させてもらうよ」


 ウィクシーは立ち上がり、部屋を出るために扉へ向かう。そして、ドアノブに手をかけたところで止まった。


「そうだ。もし長期の仕事になったとしたら、毎回地下世界を通って行き来するのは大変だろう。あの辺りで温泉宿をやっている知り合いがいるんだ。話を通しておくよ」

「え、温泉!?いいの!?」


 思わず反応した陸を、ウィクシー面白そうに見る。


「ああ。今、地上の学生は夏休みという期間だと聞いた。星檻の子はこの世界の学校には行っていないが、それでも仕事ばかりでは辛いはず。今回の依頼は重く捉えず、温泉旅行のついでとでも思っておくれ」

「わあ……ありがとうウィクシーさん!」


 ウィクシーは返事の代わりにニコリとだけ笑い、事務所を出て行った。

 ウィクシーが帰ってしまい、マミは残念そうにしているが、対照的に陸は目を輝かせる。


「ウィクシーさんっていい人……じゃない、いい神様だな!」

「……そうでしょ〜!」


 陸が一言褒めただけでマミは元気になった。そして、聞いてもいないのにウィクシーの素晴らしさを語り始める。

 こうなると長いことは以前に体験済みだ。陸は助けを求めるように灯とフェリを見る。だが、灯は『後は頼んだ』と言わんばかりにウィンクをし、フェリを連れて別室へ行ってしまった。


(ぐっ……まあ、マミが楽しそうだし、話くらいは聞くか)


 こうして残された陸は、約2時間もの間マミの一方的な話を聞かされ続けた。

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