第四依頼 理性なき怪物 1話
『星望声』。それはこの星を守り、地上・地下を問わず管理する、星の行く末を決める組織である。
現在、そんな星望声のトップ6の地神……の内の5柱が集まって会議をしていた。
円形の机を中心にして4柱の地神が椅子に座り、1柱の地神だけが立っている。
「──以上が、天神の眷属が侵入した件に関する俺らの見解っス」
そう話すのは、この場で唯一立っている緑髪の男性。目の下にクマが酷く、陰気な雰囲気だ。
男は自信なさげに地面を見つめ、ごにょごにょと言葉を続けた。
「あ、あの、それで……提案と言うよりお願いなんスけど、さっきも言った通り、天神の眷属が侵入してきたのは地上に空いた穴、通称『ワープホール』が原因なんスよ。あれの厄介さは皆も知ってるっスよね?昔から地上に発生しては入った者を地下世界へ落とし、やがて消滅する謎の穴。いつどこで発生するか分からないから予測もできない。そんなワープホールが最近急速に増えているっス」
緑髪の男性はチラリと右隣を見る。そこに座っていたのは和服の男性だ。絹のように美しい白髪で右目を隠している。
和服の男性は優しい笑みを浮かべ、「何だい?」と言葉を促す。
「その……ワープホールは俺らと治安維持部でも対処しますけど、あまり手は回せないと思うっス。だから、地上と地下の監視をしているウィクシーさんも見つけ次第報告してもらえると助かります」
「ああ、分かったよ。場合によっては地上を見張る“目”も増やしておこう」
緑髪の男性はホッとしたように表情を緩める。しかし、それも束の間。左隣から感じる強い圧に気付き震え始める。
恐る恐るそちらを見ると、銀髪に褐色の肌の女性が不機嫌そうにしていた。大きな胸の下で腕組みをし、冷たい目を和服の男性……ウィクシーに向ける。
「“場合によっては”、ではなく増やせ。見張りがお前の仕事だろう。だいたい、お前ならアイツらの眷属が侵入する前に気付けたはずだ」
「う〜ん、期待には応えてあげたいが、私にも限界はある。“目”を増やすのは簡単ではないのだよ」
「そ、そうっスよ、リィローアさん。ウィクシーさんはこの星の全てを見張ってるんスよ?全部に対応はできませんって」
リィローアと呼ばれた女性は舌打ちをすると、「おい、ロウク」と緑髪の男性を呼ぶ。その声は地を這うように低い。
「貴様はコイツが全力で役目を果たしていると、本当にそう思っているのか?」
「え、えっと、お、俺はそう思いま……」
「声が小さい」
「ひっ……」
どんどん強くなるリィローアの圧に、もはやロウクは涙目だ。体を縮こませながらウィクシーに視線だけで助けを求める。
「まあまあ、そうロウクを怒らないでやってくれないか?彼はこんなにも頑張っているじゃないか」
「怒っているのは貴様に対してだ!サボり魔!」
「サボり魔だなんで悲しいな。お前が働き過ぎなだけさ。毎日毎日忙しなく動いて……だから余裕がなくて苛つくんだ。何か気分転換をした方がいい」
「ほお〜確かにな。なら、ここにいる煩い蛇でも殴ろうか。きっといい気分転換になる」
「何故私を巻き込むんだい?自分の機嫌を自分で取れないのは恥ずかしいことだよ」
その発言にリィローアは立ち上がる。ウィクシーに対して、「貴様が!我の!心労の原因だろうが!」と怒鳴り、向かって行く。
ロウクはそれを止めようとするが、圧倒的に力の差があり無意味だった。足にしがみついたまま引きづられている。
そんな危ない場所から少し離れた席。そこに座っているのは可愛らしい子供だ。よく手入れされた紫と水色の髪が特徴的で、品のよさそうな服装をしている。
子供は退屈そうに隣を見た。
「あらあら、喧嘩が始まりましたわ。ダアト、止めてくださいな」
そう話しかけられたのは、不健康そうな女性である。長く伸ばしている白髪はボサボサで、体は倒れそうなくらい細い。
「断る。私は君と違って会議が長引いても気にしないのだよ。嫌ならメール君が自分で止めるといい。……それに、『喧嘩』という表現は正しくないのだよ。見たまえ、ウィクシー君のあの顔を。真面目に聞いているようで全てを聞き流している顔だ。今の状況は、リィローア嬢が一方的に吠えているだけなのだよ」
「はあ……僕からしたらどちらも一緒ですわ」
呆れているが、メールは自分から止める気はないようだ。そのまま2柱は雑談を始めてしまった。
一方、喧嘩していた方は更にヒートアップしており、リィローアは槍を持ち出していた。ウィクシーとロウクを壁に追い詰め、穂先を突き付けている。まさに一触即発。ウィクシーの発言次第では血を見ることになるだろう。
もう収拾が付かない事態だ。このままこの会議は終わってしまうのだろう。……しかし、この状況を解決できる存在がいた。
パンッ
手を叩く音が辺りに響く。その音に皆が動きを止め、びくびくと怯えながらそちらを見た。
音がした方向、会議室の入り口に立っていたのは青髪の男性だった。ニコニコと笑いながらゆっくり歩き、空いていた席に座る。
「思っていたよりも早く用事が終わったんです。会議に間に合ってよかった。……どうしたんですか?皆さんも席に着きましょう?」
男性が言い終わった瞬間、全員が着席した。元々座っていた2柱も冷や汗をかきながら背筋を伸ばしている。
数秒、無言の時間が続く。その静寂を破ったのはリィローアだった。申し訳なさそうに男性に話しかける。
「あの、申し訳ございません、トハナ様。今回の件は私が暴走してまい──」
「謝る必要はありません。話し合いをしていれば意見がぶつかることもあります。暴力はいけませんが、次から気を付ければよいのです。……そしてウィクシー」
「……はい」
「役目上、貴方には色々な物が見えています。ですので、その結果から思考が自己完結してしまうのでしょう。僕はそれを悪いことだと思いませんし、見えた物を必要以上に聞く気もありません。……ですが、そのせいで仲間と溝ができるのであれば話は別です。自分の考えがあるのは結構ですが、周りの意見を取り入れられるようになってください」
「……はい」
この男性、トハナは6柱の中で1番発言力があるらしい。怒られた2柱は目に見えて反省している。これで会議が続けられそうだ。トハナはニコリと笑う。
「それでは続けましょうか」
♢♢♢
会議は無事に終わり、各々会議室を後にする。だが、ロウクとウィクシーだけは仕事の話があり部屋に残っていた。
ロウクが書類を見ながら説明していき、ウィクシーが頷きながら聞く。話は5分程度で終わった。もう用事はないと、ウィクシーは帰る為に歩き出す。すると、背後からロウクの独り言が聞こえてきた。
「ああ〜疲れた……マジしんどい……」
「ロウク……今日は巻き込んでしまってすまなかった」
「うぇ!?俺、口に出してた……じゃなくて!謝らないでください、むしろ俺の方こそすみません!ウィクシーさん忙しいのに仕事増やしちゃって」
「それこそ謝罪はいらないよ。忙しいのはお互い様だ。ロウクはこの後も仕事かい?」
「そっスね。やらなきゃいけないことが多くて……」
残っている仕事を思い出しているのだろう、ロウクの目は死んでいる。ウィクシーがどう声をかけようか迷っていると、ロウクは急に慌て出した。
「あ、長話してすみません!俺と話してても楽しくないっスよねどうぞ俺のことは気にせず帰ってもらえたらって」
「落ち着いてくれ、お前との会話は楽しいよ。もっとゆっくり話をしたいくらいだ。だが、今日は会いに行きたい相手がいてね。今回は帰るよ。また時間が合う時に話そうか」
ウィクシーはそこまで話すと扉まで歩く。そしてロウクの方へ振り返り、「じゃあね」と軽く手を振って会議室を出て行った。
残されたロウクは扉をジッと見つめている。その目はキラキラと輝いていた。
「やっぱりカッケェなぁ、ウィクシーさん。仕事ができるだけじゃなく、俺みたいなのにも優しくて……これから会うって相手も、きっと想像できないくらい凄い方なんだろうな……」
頭の中でウィクシーと謎の相手が話をしている光景を妄想し、ロウクは勝手に憧れを強くしていくのだった。
♢♢♢
ある8月のこと。灯は暇を持て余し、パソコンで動画を見ていた。窓の外からは夏休みに入った子供達の笑い声が聞こえてくる。
「ふぁ〜。子供は楽しそうでいいね〜」
そんなことを言いながら伸びをしていると、事務所の扉が叩かれた。
「おや、珍しい」
普段ならマミやフェリが出るが、今回は灯以外の全員が別室で作業中。対応できるのは灯だけだった。
灯は扉に近付き、営業スマイルを浮かべながら開ける。……だが、笑みは直ぐに驚きの表情へと変わった。
「やあ、灯。お前の親友のウィクシーが来たよ」
そこに立っていたのは和服の男性、ウィクシーだ。『親友』という言葉通り、親しげに話しかけてくる。
灯はまだ驚いていたが、直ぐにいつもの調子を取り戻す。ウィクシーの言葉に冗談混じりに返事をした。
「君が来るなんて珍しいね。可愛い可愛い自分の眷属にでも会いに来たのかい?」
「もちろんあの子にも、そしてお前にも会いたいと思って来たよ。でも、今日は別の用事があるんだ」
「用事?」
「ちょっとした依頼と──」
ウィクシーは灯を……いや、灯の更に後ろ、事務所の中を見透かすような目をして続ける。
「──星檻の子に会いに、ね」




