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第三依頼 消えた美女達 3話

 見た目に違わず廃工場の中も古く、荒れていた。足元には大小様々な瓦礫が散らばっており危ない。灯達は転ばないように気を付けながら男性の後ろを歩いて行く。


 灯は視線だけで辺りを見る。左右には部屋があった。奥は見えないが、中から呻き声が聞こえてくる。連れて来られた女性達のものだろうか?調べたいが今はできない。陸達が調べることを信じてただ歩き続ける。

 少しして男性が立ち止まった。


「到〜着」


 着いたのは開けた場所だった。元々は機械が置いてあったのだろうが、今はソファや机、ゴミなどの生活感に溢れた物が一体を埋め尽くしている。

 男性は入り口付近に立っている灯達を見ながら嬉しそうに口元を触った。


「いや〜2人も食料が手に入るなんて大収穫だな。これなら非常食にしている子達を食べきっていいね。この子達の血は明日から飲も〜っと」


(ふむ、連れ去る目的は血を飲む為のようだね。ただの食人趣味な人間なのか、それとも……)


「でも一口くらいは味見しておくか。まずは背の高いお姉さん。こっちにおいで」


 灯は大人しく従い、近付く。改めて並ぶと灯の方が男性より背が高い。男性は驚きつつも少し屈むように指示をした。


「俺より背の高い子は初めてだな……でも美人だしいっか。じゃあ、首を噛ませてもらうよ」


 そう言い、男性は手を伸ばす。……しかし、その手が灯に触れることはなかった。額に強い衝撃があり、後ろによろけたからだ。

 灯は驚くことなく退がり、代わりにマミが前に出た。その手には魔法で作った赤い短剣が握られている。男性がよろけたのは、この短剣の柄頭で殴られたせいだろう。

 近付くマミに男性が「止まれ!」と叫ぶ。だが……


「ごめんね。そんなの効かないんだ〜」

「っ!」


 男性の目の前まで来たマミは、短剣を男性の太ももに刺す。そして、空いた手で男性の右腕を掴み、雑巾を絞るように力を入れた。骨は簡単に折れ、バキバキと嫌な音が辺りに響く。


「ひっ……ギャアアア!!」


 あまりの痛みに蹲った男性。だが、それで終わりではない。男性に刺さっていた短剣が細長く形を変え、足を貫いたのだ。短剣はその状態のまま縄へと変形する。


 マミは男性の足を貫通している縄を手に取った。そして優しく、明るい声で男性に話しかける。


「痛かったよね、ごめん。でも安心して!貴方が大人しくしてくれるなら酷いことはしないよ」


 完全に脅しだ。マミは縄を長く伸ばしながら男性を縛り上げる。

 男性は抵抗をしない。だが、縛られながらも灯を睨み付けている。


「クソっ、今まで俺の魔法が効かなかった女はいないのに……何で俺の言う通りにならないんだ!」

「何でって……ボクが男だからじゃないかな?」

「は!?じ、じゃあ、お前も……?」

「私はちゃんと女だよ。貴方の魔法が弱過ぎるだけ」


 男性は項垂れる。戦意を喪失したのだろう。次の行動に移る為、マミが灯に話しかけようとした、その瞬間──


「はは……ははは!!」


 男性が大声で笑い出した。ゆっくりと頭を上げる。切り札を隠していたのか、その目は余裕に満ちていた。

 もう最初のように取り繕うことはない。困惑しているマミを、無表情な灯を、この状況自体を馬鹿にしたように喋り出す。


「俺を追い詰めたと思ったか?俺は天使様から魔法を貰ったんだ!精神を操るだけじゃない、“殺した奴を自由に操れる魔法”を!痛覚も死の恐怖もない動く死体。そのうえ、車も片手で破壊できるパワーもある!今、それが何十体もここに向かっているんだ。ソイツら相手にお前達は何秒生きていられるかなぁ?」


 男性は入り口に目を向ける。そこから聞こえるのは何かを引きずる音。暗くよく見えないが、確実に何かが近付いて来ている。

 マミは灯を庇うように前へ出ると、魔法で大鎌を作った。いつでも戦えるように構え、奥を見つめる。


 少しして現れたのは死体の大群……ではなく、下半身のない女性の死体が1体だけだった。

 地面を這いながら向かって来ているのだが、とにかく遅い。死体に対して使う言葉ではないが今にも死んでしまいそうだ。


 男性は明らかに動揺し、「へ?」という声を漏らした。それだけ予想外だったのだろう。

 何故こんなことになったのかと、頭の中を疑問が埋め尽くす。それに答えるように足音が聞こえた。


「これで最後ですね」


 暗い入り口から長い足が出て来る。足は死体の背中を軽く踏みつけた。その正体は──


「フェリさん!」


 フェリは首を落とすように斧を振り下ろす。頭は胴体と離れ、ころころと転がった。この一撃で死体の魔法が完全に解けたのだろう、男性が唯一呼べた仲間は砂になって消えてしまった。


「う、嘘だろ……」

「あ、皆こっちにいますよ、陸君」

「本当だ!おーい!」


 手を振りながら陸も出て来る。怪我もなく余裕な様子だ。

 陸達は男性に対し特に言及もせず、小走りで近寄って来た。そのまま男性を無視して話を進める。


「依頼の女の人も、昨日の人も無事だったぜ!……あ、いや、弱ってるし気絶してるから無事ではないか?」

「生きていればいいよ。さっきの動く死体の処理は?結構な数がいたのだろう?」

「問題ありません、全て片付けました。多いだけで脆い相手でしたので」


 男性は今度こそ本当に項垂れる。もう怒りも怯えもない。自分はなんて可哀想なんだ、という被害者意識だけが心にあった。


(思えば俺の人生は不幸ばかりだ。世話をさせてやっている女に刺されるし、そのせいで死にかけるし……ああでも、その時に出会った天使様。彼女に会えたことだけは幸せだった。俺の体を治してくれて、魔法も使えるように……ん?そういえばあの時、何か教えてもらったな。ピンチの時に使う呪文、確か……)


「……?」

「灯さん?何かあった?」

「いや、この男が何か言って……っ!全員離れるんだ!呪文を唱えている!」


 男性が頭を上げる。その顔にはお面のような笑顔が張り付けられていた。明らかに先程までと空気が違う。全員、男性から急いで距離を取る。……だが、陸が瞬きをした一瞬。その一瞬で、男性の顔が陸の目の前まで迫って来ていた。


 男性の目の奥に光はなく、笑っている口からは歯や舌が見えない。

 人間の顔ではない。人間の動きではない。……もう、この男性は人間ではない。

 とっさのことで動けない陸に対し、男性は口を大きく開けた。


「陸君!」

「うぉっ」


 死を覚悟した瞬間、フェリに体を強く引かれる。そのおかげで、男性の攻撃を何とか避けることができた。陸はフェリに感謝をしつつ、先程まで自身が立っていた場所を見た。


 まず目に入ったのは異形化した男性。首の線が裂けており、そこから頸椎が見えている。だが、その数は異常に多く、そして長い。まるで気味の悪いキリンだ。

 そんな男性の口から、何かがポロポロと落ちていく。地面を見ると、そこには大量の飴が転がっていた。飴は可愛らしい包装に包まれている。……しかし、それは何故か動いていた。


「あの中身、飴じゃねぇ。何だ、あれ……」


 正体は直ぐに分かった。包装紙の中から出て来たのは蛆虫だ。しかもただの蛆虫ではない。本来頭があるところが女性の顔になっているのだ。

 大量の蛆虫達は素早い動きで近くにあったソファに群がり、食い千切って飲み込んでいく。ソファは1分程度で無くなってしまった。

 ソファを食べ、少し大きくなった蛆虫達はまた動き出す。今度の標的は直ぐ横にある机のようだ。


「ふむ、近くにある物から順番に襲っているね」

「小さいうえに沢山いて、ちょ〜っと大変ですよ」

「本体も何とかしないといけませんね……またあの蛆虫を増やされても困りますし……」

「本体を叩きつつ蛆虫もか……面倒くせぇ、まとめてできねぇかな」


 その言葉にメンバー全員が陸の方を向く。無言だが、確かな期待を感じる。陸は頬を掻きながら「あ〜……オレがやります」と言った。


 陸の発言を聞いてからマミとフェリが動き出す。マミは蛆虫と、フェリは本体と対面する。

 蛆虫達は近くにあった物を全部食べ終わったようで、中型犬程度の大きさになっていた。

 新しい食料を求めてマミの方へと向かって来る。やはり動きが早い。マミは魔法で網を作り蛆虫達を捕える。魔法で作った網だ、しばらくは持つだろう。


 その間、フェリは本体と戦っていた。自分から攻めることはせず、陸に目がいかないように動きながら囮になっている。

 一瞬、本体がフェリに追い付くと、顔を近付け飴を吐いた。しかし、フェリはそれを避ける。そして、落ちた飴の対処をマミに任せ、斧で攻撃を仕掛けた。けれど本体も素早く、中々当たらない。フェリから距離を取ると、攻撃する隙を伺うように見ている。


「おや残念」

「厄介ですね〜。でも私達が倒しきる必要はありませんから」

「ええ、呪文を唱え終わるまで陸君を守りましょう」


 フェリが言い終わると同時に、地面から黒い手が現れる。手は本体と蛆虫の体を掴んだ。辺りに陸の声が響く。


『──星檻よ、幽世を開け』


        ♢♢♢


「いや〜終わったね。よかったよかった」

「まだ終わっていませんよ、先生。ここがどこか分かりませんし、女の人達も何とかしないと……」

「なぁに、どこかには地下世界への入り口があるさ。地下に行ければ事務所に戻るのは簡単だろう?女性に関しては知り合いの警察を頼りたいが……まあ、それが無理でも何とかするよ」


 灯は入り口へ向かう。女性達を回収しに行くのだろう。陸達もそれに続く。

 思わぬ戦闘もあったが、事件を解決し、依頼の女性も助けられた。まだやることはあるが、満足のいく成果と言えるだろう。皆、軽い足取りで進んで行く。……灯を除いて。


(ここに来る時に男が唱えていた呪文、あれは天神のものだった。それに、『天使様から魔法をもらった』という言葉。天使……嫌な予感がするな。関わらずに済むことを祈ろう)


 そんなことを考えながら、談笑する陸達と共に部屋を出て行くのだった。


        ♢♢♢


 その日の夜。誰もいなくなった廃工場の中を歩く少女がいた。白いふわふわの髪をした中学生くらいの美少女で、暗闇の中を裸足で歩いている。

 少女は陸達が昼間に戦った場所まで来ると溜息をついた。


「本当に運のない日です。『とっておき』が発動したことは感覚で直ぐに分かったですのに、今日に限ってリーダーに捕まってお説教。やっと終わって来てみれば、こっちも全部終わった後なのです……辛過ぎです。えーん、えーん」


 少女は顔を覆い、泣き真似を始める。誰もいないこの空間で、誰に見られるわけでもないのにやる必要はあるのだろうか。


「大体、リーダーは酷いです。僕に天神としての誇りや威厳なんて求めても無駄なことは分かっているはずです。イジメです、これは」


 そこまで喋ると泣き真似を止める。そして退屈そうに部屋の中央へと進んだ。

 少女は改めて溜息をつき、諦めたように「まあ、いいわ」と呟く。その声は先程よりも大人びている。


「外の被害が0なのを見るに、一瞬で殺されたのでしょう。僕の望む光景はどっちにしろ見えなかったはず……そ・れ・に!あれは忘れていた玩具だったのです!なかった物として切り替えるです、僕!」


 最後の方は少女らしく幼さの残る可愛らしい声に戻っていた。


「ですが……ふふ。あれを簡単に殺した相手には興味があるですね。別の玩具で遊んでいる時に会えたらいいな〜」


 少女は鼻歌を歌いながらクルクルと回り出す。踊るように、とても楽しそうに。その姿は美しく、この光景を見た者は口を揃えてこう言うだろう。──“天使のようだ”、と。

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