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黒い探偵事務所 2話

「ここを上がったら地上?」


 現在、陸達は木でできた階段を上っていた。灯は前を進みながら答える。


「まだだね。ボク達が先程までいたのが3階層。地上までは後2階層上る必要があるよ」

「うおっ……思ったより遠い……」


 灯が指を2本立てて動かした。直ぐに地上に戻れると思っていた為、道のりの長さに驚きと落胆の声か出てしまう。


「てかさ、この地下世界?って3階層もあったんだな」

「いや全部で6階層まであるよ」

「6!?」


 さらりと言われた事実にまたも驚く陸。その反応が面白かったのか、灯はクスクス笑いながら説明を続ける。


「先程までいた3階層がこの世界の中心だね。地神以外は3階層と2階層で生活している者が多いかな。1階層は植物が多くて自然豊かな所だよ」


 そこまで話すと灯は立ち止まり、くるりと陸の方を振り返った。そして怖がらせるように悪い顔をする。


「逆に4階層は治安がとても悪いし、5階層なんて怖〜い地神達の住処だからね。もし落ちたのが3階より下だったらキミは今頃……」

「こ、怖いこと言うなよ……じゃあさ、最下層が1番ヤバいの?」

「6階層は……謎だな」

「謎?」


 思わず聞き返す。まるまる1階層が謎とはどういうことだろうか?


「入れないんだ。6階層へ続く道はあるが、鍵がかかった扉で塞がっていてね。中がどうなっているかは誰も知らないのさ」

「何か怖いな」

「だよね。噂話も結構あって、扉が開くと世界が滅びるとか、星檻の中に繋がっているとか」

「星檻って?」

「罪人を閉じ込める檻のことだよ。すごーく強い地神さえ閉じ込められるうえに、一度入ると二度と出ることができないと言われている」

「おー!最強じゃん!」


 ゲームに出てくるようなアイテムにワクワクする陸。しかし、灯は何とも言えない顔だ。残念そうに続きを話す。


「確かに最強ではあるけれど、色々と複雑でね。自分の意志で扱える者がいないのさ。独りでに現れて、目的を達成したら消える。謎が多い物だよ」

「な、成程……?」


 完全には理解できていない陸の様子に、灯は少し考える。


「人間の感覚に近いのは……自然災害かな?自分達の意思とは無関係に起こり、対策はできるけど絶対に安全ではない、そんなイメージだね」

「あ、それなら分かるかも。結構ヤバいんだな、星檻って」

「そうでもないよ。普通に暮らす分には関係ないからね」


 そこまで話すと灯はまた進み出した。止まっていた分を取り戻すために、早足で階段を上る。その途中、ここまでの空気を変えるためか、灯は明るい口調で話を続けた。


「まあ、これはただの雑談だ。忘れていいよ。この先は地上に近い分、警備もしっかりしている。危険なんてないから、直ぐに元の生活に戻れるさ。約束する」

「そっか……そうだよな。ありがとう、灯さん!」


 陸の感謝の言葉に灯は嬉しそうだ。その後、問題なく2階層を通り過ぎると、1階層へと到着したのだっだ。


         ♢♢♢


「おお……すげぇ……」


 1階層は見渡す限りの花畑だった。色とりどりの花々が、種類を問わず咲き乱れている。その風景はとても美しいが、地上との違いに恐怖も感じる。

 だが、今の陸には恐怖よりも帰れるという安心感の方が強かった。地上への行き道を尋ねようとした、その瞬間──


「陸!」


 グッと腕を引かれ灯の方に倒れ込む。同時に、先程まで陸が立っていた場所に何かが刺さった。白く光る槍だ。陸は一気に血の気が引く。

 槍が飛んできた方向を見ると、3メートルはありそうな化物がいた。白く光る体には小さな顔が2つ、腕は4本生えている。そして、その内3本の手に槍を握っていた。


 化物から少し離れた所には、倒れている者達の姿も見える。


「な、何だよあれ……アイツら死んでる……?」


 皆、血まみれで、槍が刺さっている者もいた。ピクリとも動かない姿は死体にしか見えない。


「下を見たら駄目だよ。大丈夫、落ち着いて。不幸中の幸いと言うのかな、ボクの仲間達が戦っているようだ。キミが逃げる時間はある」

「仲間?」


 灯の言葉を受け改めて見てみる。先程は動揺して気付かなかったが、化物の近くで動いている者達がいた。黒髪の少女と瓶頭の化物だ。

 少女は赤い大鎌、瓶頭は斧で戦っている。瓶頭が槍を往なし、少女が頭や腕を刎ねていく。攻撃に関してはこちらの方が優れている、が……


「アイツ再生してね?」

「うん、あまりよくない状況だね……」


 頭も腕も落とされた瞬間から再生していき、倒しきることができない。灯は横目で陸を見ながら言葉を続ける。


「だから、キミは少しでも早く下の階に戻るんだ。いいね?」

「え、オレだけ逃げるの?灯さんは?あの戦ってる子達は?」

「おや、1人になるのが怖いのかい?」

「違っ、心配してんの!だってこのまま戦ってても──」

「陸」

「……」


 陸は普通の人間だ。ここにいても仕方がない。下の階は安全なのだから、灯に言われた通り逃げるべきだろう。……そう分かっていても、誰かを見捨てて逃げるという選択は簡単にできるものではない。


「キミの気持ちは理解できるよ。今のボクも力ない役立たずだからね」

「じゃあ……」

「でも駄目。ボクはキミを助けたいから逃す。あのね、ボクは我儘なんだ。助けたいと思った存在は、望まれなくても絶対助けるよ」

「……何でそこまでオレのこと助けたいんだよ」


 灯は微笑む。出会った時と同じ笑みだが、もう怪しさは感じない。


「キミみたいな人間が好きだから、キミと話すのが楽しかったから、キミに生きていてほしいと思ったから」


 灯が言葉にすると同時に、耳をつんざくような咆哮が聞こえる。驚いて化物を見ると、戦っていた少女と瓶頭が吹き飛ばされていた。


「っ……!」


 仲間の危険だ、流石に灯も焦っている。だが、陸を守るためか動くことはない。

 化物は落とされていた腕を再生させると、自身の腹から槍を1本作り出した。このままではどちらかが殺されてしまうだろう。しかし、陸にできることなんて何もない。


(どうしよう、どうしたらいい?逃げたい助けたいオレは……オレに力があれば……!)


 そう思った瞬間だった。陸は激しい頭痛に襲われる。石を飲み込んだ時よりも強い痛みだ。立っていることができず蹲る。灯が心配そうに呼びかけるが、陸には聞こえていない。今、陸の耳に届いているのは、あの時の幼い少女の声だけだ。


『困ったらこの言葉を思い出せ──』


 言葉の続きが聞こえる。それは陸の望むもの……全員を助ける力だ。

 陸はふらふらと立ち上がる。目線の先にはあの化物。少女に対して槍を振り上げており、急がないと殺されてしまうだろう。真っ直ぐ右腕を伸ばす。


『我、星の鍵を握る者』


 陸の手の中に金の鍵が現れた。鍵先は正面の化物に向けられている。


『全てを呑み込む星の海 闇に沈むは罪ある者 管理者、八崎陸の名において現界を許可しよう』


 体の奥から力が溢れてくる感覚。それと同時に、化物の足元から数本の黒い手が出て来た。手は化物の体を掴み、簡単に押さえつける。

 暴れる化物、その背後に檻が現れた。檻は鍵と同じ金色で、化物より大きい。中には黒い液体が満ちているが、格子の隙間から漏れる様子はない。


『──星檻よ、幽世を開け』


 陸の呪文にあわせて檻の扉が開き、黒い液体から大きな手が出て来た。指先には鋭い爪、掌には大きい口が付いている。手は白い化物の頭を掴むと、中に引きずり込んでいく。

 化物が完全に檻の中に閉じ込められると、ギィィと音を立てながら扉は閉まる。そして、檻は形を歪めながら空間に混じって消えていった。


「どうして星檻が……キミは一体……?」


 灯の声に陸はやっと我に帰る。記憶はあるが、本当に自分がやったことなのか信じられない。

 ひとまず返事をしようと口を開いた瞬間、誰かが抱き付いて来た。先程の少女だ。飛びつくように抱きつかれたので、少女の胸が顔に当たっている。


「お、む、え!?」


 勢いのまま背後に倒れる陸。軽い痛みを感じつつ改めて少女を見た。黒いストレートの髪は腰より長く、左側に赤いリボンを付けていた。瞳も赤色だがリボンとは違い、血のように深い赤だ。少女は陸に馬乗りになったまま話しかけてくる。


「ありがとう〜!!貴方凄いね!?星檻を出せるなんてびっくりだよ!どうやったの?疲れてない?」

「えっと……」

「マミちゃん、彼が困っていますよ。ほら立って」


 矢継ぎ早な質問に答えられずにいると、瓶頭が静止してくれた。性別があるのかは不明だが、男性の声だ。マミと呼ばれた少女は慌てて立ち上がり、赤い手袋をした手を陸に差し出す。


「ごめんね。大丈夫?立てる?」

「驚いただけだから平気、ありがとう」


 マミの手を取り、陸も立ち上がる。すると直ぐに瓶頭が近付いて来た。瓶の中には黒い液体が入っているだけで、目や口は無い。体は人間と同じだが背が高く、パッと見ただけでも2メートルはあるだろう。シルクハットを被り、紳士的な服装をしていた。


「僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」

「えっと、気にしないでくれ。よく分からずにやったことだし」

「おや、そう謙遜しないで」

「本当に凄いことなんだよ!あっ、胴上げしようよ!ね、フェリさん」

「いいですね。やりましょう」


 落ち着いているように見えて、瓶頭ことフェリもマミ同様テンションが高い。誰かコイツらを止めてくれと陸が願っていると、


「マミ、フェリ、落ち着いて」


灯が助け出してくれた。


「陸、仲間達を助けてくれてありがとう」

「いや、マジで気にしないでほしい……」

「照れ屋だね。本当はもっとお礼をしたいし、聞きたいことも多いのだけれど……キミは人間だ。流石に疲れただろう?まずは家に帰るといい」

「灯さん……!」


 陸が人間と聞いて、マミとフェリは驚いており、胴上げは止めてくれた。

 落ち着いたこともあり、全員で移動しようと進み始める。しかし、陸は少しして足を止めた。


「待って、そういえば倒れてる奴らいたよな?助けないと!」

「彼らなら問題ありませんよ。我々は人間より丈夫ですから。それに、倒れる前に応援を呼んでいたので、誰かが直ぐに来ますよ」

「……応援……」


 フェリの言葉を繰り返す灯。一瞬嫌そうな顔をするが、直ぐに誤魔化すように笑顔になった。そして、立ち止まる陸の手を引き、無理矢理にでも歩かせる。


「なら心配はないね。行こうか」

「ちょっ、分かったから!引っ張らないでくれ灯さん!」


 改めて全員で歩き出し、数分で目的地に着く。思っていたよりも近かったようだ。


「ここから戻れるよ」


 そこには黒く大きな扉があった。地面から少し浮いているが、問題なく入れるだろう。扉の近くでは数枚の紙とペンが宙に浮かんでいる。灯はそれらを手に取った。


「はい、ここに行きたい場所の住所を書いておくれ」

「了解!」


 陸は紙とペンを受け取る。その時、学校に忘れ物をしていた事を思い出した。


(ん〜学校の住所を書くか)


「書けたら扉に紙を近付けてね。紙が消えてから扉に入れば帰れるよ」

「結構簡単だな」


 言われた通り紙を黒い扉に近付けると、端に火がつき燃えていく。陸は驚いて手を離す。紙は地面に落ちる途中で灰になって消えた。灯達は動揺していない。これが正しいのだろう。


 陸は覚悟を決め、ドアノブを握る。そして灯達の方を振り返った。


「灯さん、ここまでありがとう」

「気にすることはないよ、ボク達も助けてもらったからね」

「あはは、じゃあお礼の言い合いはこれで終わりな」

「そうだね」


 灯はクスッと笑った後、手を振る。


「陸、キミには聞きたいことが多いんだ。悪いけど後日会いに行かせてもらうよ」

「りょーかい。オレも色々話したいし、むしろ来てくれ」


 それだけ言うと、陸は手に力を込める。やっと元の場所に帰れる。嬉しさで焦る気持ちを抑え、ゆっくりと扉を開き──絶望した。


「は?」


 扉の先にあったのは見慣れない学校。そして、もう暗くなってしまった空には……大きい目が浮かんでいた。

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