第三依頼 消えた美女達 1話
「友人が帰ってこないんです」
現在、黒井探偵事務所には珍しく依頼者が来ていた。
今回の依頼者は大学生の女性だ。不安なのか、それとも緊張しているのか、落ち着かない様子でずっと首元を触っている。
そんな依頼者に対し、灯は真剣そうな顔で続きを促す。
「それは心配ですね。詳しく伺っても?」
「はい。あれは1週間前、私と友人が遊んでいた時のことです」
……………
買い物や食べ歩きをしていると、男性に声をかけられました。突然でしたが、その友人は美人ですから、私は(ああ、またか)くらいに思ったんです。
相手は1人。顔はよかったんです。でも、私を無視して友人にだけ話しかけていて、私には興味がないみたいでした。
友人はそんな失礼な人が嫌いですし、なによひも男嫌いなのですぐに断ると思ったんです。でも、ぼーっと男性を見つめて動きません。
「本当に綺麗だね〜、君。これから2人で遊びに行こうよ」
「はい。喜んで」
なんて会話をしながら2人は腕を組みました。私が驚いて止めても、友人は聞こえていないみたいで無反応です。そして、そのまま私を置いてどこかに行ってしまいました。
私、本当にショックで……先に帰ったんです。
翌日、嫌味の一つでも言ってやろうと思って大学に行きました。……でも、友人は来ていなかった。次の日も、その次の日も。
結局それからずっと会うことはできず、連絡も取れていません。
……………
「友人は素行が悪く、大学も警察も友人の親ですらまともに取り合ってくれません。もう他に方法が思いつかないんです。どうか助けてください」
依頼者は事務所のメンバー達に目を向ける。不安そうな瞳だ。ここでも相手にされなければどうしようと考えているのだろう。灯は安心させるように微笑み、口を開いた。
「成程……お任せください。この依頼、我々が引き受けましょう」
♢♢♢
陸達は依頼者に情報をもらい、男性に声をかけられたという場所に来た。
そこは繁華街。今は昼間だが、土曜日ということもあり若者で溢れている。異世界だが、常識は陸の世界と近いのだろう。これなら高校生の見た目の陸とマミでも目立たない。
灯はポケットから1枚の紙を取り出す。そこには1人の男性が描かれていた。黒と金のプリン頭、黒のつり目に、左目の下に泣きぼくろ。そして、首元には黒い線が描かれている。
陸達は全員でその絵を覗き込みながら頭を捻った。
「この線は何だろうな」
「ん〜、あれじゃないかな?人間がオシャレでやっているやつ。確かタトゥーだっけ?」
「ああ、ありますね。実際に見たことはありませんが」
わいわいと話し合っているメンバー。その姿は少し目立つ。灯が「ひとまず移動しようか」と声をかけ、全員で道の端へ動いた。
そうして周りの目から隠れつつ、改めて通行人を見る。だが、そんな派手な人物はいない。
灯は溜息をつく。一応来てみたが、やはりそう簡単にはいかないようだ。
「いないね。しばらく待っても来なかったら二手に分かれて──」
「あ!灯さん、アイツじゃね?」
「いるのか」
陸が呼び差した方向には、確かに紙に描かれた男性がいた。首元には絵の通り黒い線もある。間違いないだろう。
男性の近くには1人の女性もいた。遠目からでも分かるほど可愛らしい見た目をしている。けれど、その目は虚で、まるで人形のようだった。
女性はスマホを操作した後、男性の方を見る。何か話しているようだ。しかし、周りの声と、バレないように距離を置いているせいで陸では聞こえない。
「んん……何の話をしてるんだ?」
「ふむ。男があの女に友達を呼ぶように言ったみたいだよ」
やはり灯は耳がいい。灯が聞こえてきた会話はこうだった。
『どう?友達は来てくれるって?』
『今日は来れないそうです。でも明日なら大丈夫と言われました』
『じゃあ、明日のこの時間、この場所にその友達を呼んでよ』
『分かりました』
『いや〜楽しみだ。正直、君はそこまで好みじゃなかったからさ。明日が本命だな』
酷い言い草だ。だが、女性に気にしている様子はない。スマホを操作し、終わると鞄に入れた。男性が女性の手を引く。どこかに移動するようだ。
陸達は距離を保ったまま尾行を続ける。2人は細い道へと入って行った。そこは、まるで迷路のように道が分かれており、2人は何度も角を曲がっていく。そしてそれに合わせ、段々と人が少なくなっていった。
今のままだとバレてしまうだろう。陸達は2人から更に距離を取った。
5分程歩き続け、やっと辿り着いた場所は行き止まりだった。もう周りに人はおらず、2人との距離も大きく離れている。
ここからどうするのかと思っていると、男性が壁に触れた。すると、その手が壁に埋まっていく。男性は動揺せず、女性の手を握ったまま一緒に壁の中へ入って行く。
男性達はあっという間に消えてしまった。
「は!?」
「消えてしまいましたね」
「ふむ……行ってみようか」
全員でその壁に近寄る。灯はそっと壁に触れてみるが、男性のようにはならない。何の変哲もないただの壁だ。
何かの魔法だろうか。そう思いながら陸が壁を見ていると、マミが屈みながら「あ!」と声を上げる。
「これ、魔術印じゃないかな」
マミの視線の先、壁の下には丸い円が描かれていた。円の中にはミミズが這ったような文字が書かれている。
陸は不思議そうに首を傾げた。
「魔術印?」
「魔術書と似たものさ」
「へ〜……そういえばさ、魔法と魔術って違うの?」
「違うよ。『魔法』は個々に備わった力。呪文を唱え、自身の魔力を消費して使う。『魔術』は物に備わった力。儀式を行い、本や印が持っている魔力を消費して使う。……まあ簡単に、自分だけが使えるものか、誰でも使えるものかくらいに思ってくれたらいいさ」
成程と頷く。ならば、この魔術印も儀式さえ分かれば使えるのだろう。しかし、問題はその儀式の内容だ。あの男性は壁に手を置いていただけ。それらしいことは何もしていなかったが……
「う〜ん、さっきの奴、儀式みたいな大袈裟なことはしてなかったよな」
「えっとね、儀式といっても難しいものばかりじゃないんだ。簡単な魔術なら、印を描いて呪文を唱えるだけでも儀式になるの」
「ですが、先程の方は呪文なんて唱えていませんでしたよ?」
「いや、何か呟いていた。流石のボクでもはっきりとは聞こえなかったが……あれは魔術を使うための呪文だろう」
「おお!じゃあ、その呪文さえ分かればオレ達でもこの魔術が使えるんだな!これで消えた男がどこに行ったか分かるかも!」
依頼達成の希望が見えてきた。後はその呪文を知るだけ。陸達は作戦会議をする為に事務所に帰って行った。
♢♢♢
「と、いうわけで女装しよう」
「……誰が?」
「ボクと陸」
事務所に帰った陸達。今は一息つきながら情報をまとめているところだ。どこからか持って来たホワイトボードには、明日の日付や魔術印のことなどが書かれている。
そうして、いざ明日のために作戦を立てようとした時、灯が上記のことを言い出したのだ。
「犯人の標的は顔立ちの整った女性……マミは確定として、ボク達もできる限りのことはするべきだと思ってね」
「それで女装かよ……いや、別にいいけどさ」
「僕はどうしましょうか?」
「う〜ん、フェリは周りにどう見えているか分からないからね。もしかしたら女顔の美男子かもしれないが……」
言いながらフェリを見る。2メートルはある長身。服を着ていても分かる筋肉質な体。低く男らしい声。そして何より──
「フェリさん、バタークッキーに『おじ様』呼びされてるよな」
「ですね……お役に立てなくてすみません」
「気にする必要はないよ。フェリはフェリで別の仕事を任せるつもりだからね」
灯は喋りつつ立ち上がる。そして、隣にある部屋を指差しながら陸を手招きをした。
「さあ、陸。明日に向けて女装を試してみよう。服も少しはあるからね」
「何で用意があるんだ……でもいいぜ!やるからには全力で可愛くなってやるよ!」
何だかんだでノリのいい陸。女装なんてしたことはないが、気合いとやる気はある。先に移動した灯の後を追って着替えに向かった。




