第二依頼 調査!地下世界の噂 6話
カルウとの一件が終わった日の夜。陸は自身のベッドの上で伸びをしていた。
「はあ〜今日は色々あったな」
水音のこと、カルウのこと、星檻について。色々と考えてしまうが、疲れが溜まっていたのだろう、段々と眠くなってくる。難しいことは明日考えよう、そう思って目を閉じた。
ドスン
「ぐえ!何だ!?」
しかし、そんな眠気を覚ますように何かが陸の腹の上に落ちて来た。
それは小学生くらいの少女だった。それも、見覚えのある少女。子供の頃に出会い、つい最近夢にも出てきた水色の髪の少女だ。
ただし以前とは違い、左目を大きなリボンで隠している。
「お前、あの時の……」
「っ……りーく!」
「うぉっ……」
少女は感極まったように陸に抱き付く。頭をぐりぐりと押し付けながら弾んだ声で喋り続ける。
「会いたかったぞ!まさかこんなに早く来れるとは!やはり陸がおるからかのぉ〜!」
「ちょっ、待って説明!説明を求める!オレはお前の名前も知らないんだぞ!」
陸は少女の肩を掴み、引き剥がす。少女は一瞬キョトンとした顔をするが、直ぐに「おお、そうじゃった」と呟く。そして、コホンと咳払いをして自己紹介を始めた。
「儂はアーティマ。始まりの神であり、この星そのものじゃ」
「アーティマ……アーティマ!?え、でもアーティマは眠ってるんだろ?起きたら星じゃなくなる〜とか、皆死ぬとか聞いたけど」
「眠っておるぞ。今ここにいる儂は厳密に言うと星の意識なんじゃ」
ますます困惑する陸。その様子に気付いたアーティマは少し考える。
「う〜む、幽体離脱が近いかのぉ。眠っている体から、意識だけが抜け出して動いておるのじゃ」
「お、おぉ?じゃあ眠ってても自由に動けるのか」
「いや、自由ではない。この儂は存在が曖昧でな、一つの世界に留まれん。勝手に別の世界を渡ってしまうのじゃ」
そういうアーティマは寂しそうだ。まるで、ここではないどこかを見つめるような、そんな遠い目をする。
「儂はこの星で起きたことや、この星で生まれた者が経験したことは全て知っておる。じゃが、それは知識としてあるだけ。我が子らの成長も喜びも……実際に見ることはできぬ」
「なる……ほど?」
理解しているような、していないような、そんな陸の返答にアーティマはくすりと笑う。子供とは思えない大人びた笑みだ。陸は少しドキッとしながらアーティマを見る。
「ふふ、難しく考える必要はない。そうじゃな……儂にとって世界を渡るのは、夢を見ているということ。陸も望んで好きな夢を見れぬじゃろう?それと同じで、儂も儂の見たい夢を見れぬのじゃ」
「な、何となく分かった気がする。お前がオレの世界にいたのもそういう理由だったのか……」
アーティマは陸の言葉にピクリと反応すると、頬を膨らませる。急にどうしたのだろう?
陸は慌てながら名前を呼びかけるが、アーティマはそれに答えない。代わりに、拗ねたように一言呟いた。
「呼び方」
「え?」
「呼び方に距離を感じる。陸は儂と一心同体になるし、夫になると約束した」
「あ〜したな。でも子供の口約束だし」
「な、何じゃと!?口約束でも神との契約には十分!陸をこの世界に連れ来られたのもその約束あってのことじゃ!」
まさかあの約束にそんな効果があったとは。ぐいぐいと近付いて来るアーティマの圧に押されながら陸は謝る。
「ご、ごめん……っていうかオレをこの世界に連れて来たの、お前だったのか」
「うむ!約束により陸の同意は得ておったからのう。儂の目を食わせ、陸を儂の半身にした。おかげで簡単にこの連れて来れたぞ」
「……は?」
アーティマはリボンで隠れた左目を指差し、照れたように赤くなる。だが、対照的に陸はどんどん青くなっていく。
思えば、空から降って来た謎の石を飲み込んでから全てが始まった。まさかあの石がアーティマの目だったなんて……。
ショックを受けている陸に構わずアーティマは騒いでいる。
「じ、じゃからな?お前ではなく、『オレの妻♡』とか『ハニー♡』とか『ティマティマ♡』とか、そういう呼び方をしてほしいというか……」
「待って待って、整理ができな……お前透けてるぞ!?」
「なっ、もうか!?ぐっ、留まれる時間はまちまちでな。今回はこんなに早いのか……」
透けていく手を残念そうに見つめるアーティマ。そうだ、あの時もこうして消えてしまったのだ。
「じ、じゃあ、また会えなくなるのか!?」
「大丈夫。陸という半身がおるからか、前よりこの世界に戻って来やすくなっておる……気がする」
「気がするって……あ、待って!最後に聞かせてくれ!何で……お前は何でオレを連れて来たんだよ」
「……助けるためじゃ。陸には……陸の世界には危険が迫っておる」
苦虫を噛み潰したような、忌々しいと言いたげな表情でアーティマは告げる。
どういうことだ?陸は詳しく話を聞こうとしたが、その時にはもうアーティマは消えていた。
♢♢♢
翌日の朝、陸は昨夜のことを灯達に話していた。灯達は茶化すことなく真剣に聞いてくれる。おかげで陸も安心して全てを話せた。
「成程。そんなことが……」
この世界に来れた方法、アーティマの半身になったこと、あの数分で知れたことは多い。だが、新たな疑問もある。陸がこの世界に連れて来られた理由だ。
マミとフェリはそのことを気にしていないのか、驚きや心配で色々と話している。けれど、灯だけは違う。「危険、か」と呟くと、感情の読めない顔で黙る。
「灯さん?何かあった?」
「……いや、何でもないよ。しかし、まさかアーティマの半身とはね〜。どうりで星檻を使えるわけだ」
「そこは分かってよかったけど、オレの体大丈夫かな」
「アーティマは陸に惚れているのだろう?なら害を与えることはしないさ。もし気になるのなら次に会った時に聞くといい」
それしかないかと陸も納得する。そして不安を払うように「よし!」と声を出した。ひとまず、少しでも情報を得られたことを喜ぶべきだろう。
そうして話が落ち着きかけた頃、事務所の扉が叩かれた。依頼者だろうか?
「は〜い」
一番近くにいたマミが扉を開ける。そこに立っていたのは──
「わ!水音!」
「失礼するわ」
水音が事務所に入って来る。灯は「げっ」と嫌そうな声を上げた。それを聞き逃さず、水音は灯を睨みつける。
「何よ。アタシが来たら何か悪い?」
「いやいや、別に〜」
「水音!もう怪我は大丈夫なのか?」
「!り、陸。ええ、もう平気よ」
陸は嬉しそうに水音に駆け寄る。それに水音はニコッと笑って返す。だが、緊張しているのか少しぎこちない。
陸は水音の様子に気付いていないようで、いつもの調子で話を続ける。
「今日はどうした?何か用事でもあったのか?」
「え?そ、そうよ。あの……警護!陸を守る為に来たのだわ。アナタの力は凄いものよ、もし気付かれたら絶対に狙わる。だからアタシが側で守ってあげるわ!」
「マジ?オレのために来てくれたの?ありがと〜!やっぱり水音は優しいな!」
陸の言葉に水音は恥ずかしそうだ。でも嬉しいようで、「そ、そうかしら?」と尋ねる声は高い。
そんな様子に灯は呆然とする。初めて見る元部下の顔。しばらく声が出ず、少し経ってからやっと口を開けた。
「え、水音、キミ照れているのかい?もしかして陸のこと……」
「て、て、照れてないわよ!!そんなわけないでしょう!褒められて喜ぶなんてそんな……」
水音の大きい声で言葉が遮られる。何を言いたかったのか陸では分からないが、もう喧嘩はやめてほしい。
そんな願いを込めて灯を見ると、察してくれたのか灯がスッと寄って来た。そして、水音をチラチラと見ながら喋る。
「だってさ、陸。褒めらても嬉しくないし嫌らしいよ」
「は!?アンタ何言って」
何ということだ、全く察していない。いや、もしかしたら全て理解したうえでやっているのだろうか?だとしたら意地が悪い。
灯の発言に慌てた水音は、陸の肩を掴み勢いよく揺さぶる。そして早口で弁明を始めた。
「違う、違うのよ!アイツが勝手に言っているだけで、アタシは嫌とは言っていないでしょう!?だ、だから……陸が!どうしてもと言うのなら!褒めても全然いいのよ!?」
「わ、分かった。分かったよ」
いや、何をそんなに必死になっているのか正直理解できない。しかし、ここは否定しない方がいいだろう。水音が納得するまで何度も頷く。
やっと落ち着いたのか、水音は「な、ならいいわ」と陸の肩から手を離す。だが、まだ何か言いたげにチラチラと陸を見ている。……無駄なことだ。陸は乙心を理解する能力がマイナスに振り切れている。はっきり言葉にしないと伝わらない。
水音は察してもらうことを諦めたようだ。言いづらそうに、照れながら喋る。
「今は……めて……の」
「え?」
「その、もう今は褒めてくれないの?」
上目遣いにこちらを見上げる。その頬は赤い。だが、恥じらっているものの期待していることも分かる。
改めて褒めろと言われると変に意識をしてしまう。しかし、水音のためだ。陸は灯達に見られながら言葉を尽くして褒めていく。
探偵事務所は今日も平和だ。




