7.親善試合(後編)
「これやばあああああああい」
拝啓、お母さま、私たちは今、丸太に乗って敵軍に突撃しています。
———
「丸太で突撃~?!」
武田先輩が私の作戦を聞いて目を開く。
「はい。ただ突撃しても囲まれるだけで、敵将に辿り着けないでしょう。それにこの崖です。何か滑り下らなければ、奇襲突撃と言うより、のこのこ敵軍に顔を出しに行くみたいで何の意味もありません」
「そ、それはそうだが」
「ま、面白いんじゃない?」
藤原先輩が了承してくれた。
「で、でも~私、自信ないです~」
「大丈夫です! 私もです! 正直、丸太に乗りながら攻撃しようなんて考えてません」
私はもう一度崖下に広がる敵陣を見る。
「敵将は陣の奥深い場所に居ます。崖からの推進力で、そこまで滑っていけるはずです。また、丸太によって敵陣を分断し、敵将と一対多の構図を作ります」
「また卑怯なことを~」
「これも立派な作戦です。ですが、分断も長くは持ちません。下に着いたら一気に攻めましょう」
「ま、やるだけやってみますか~。武田、真村、先輩の意地見せるよー!」
「みなさん! 開戦です!」
「「おおー!」」
———
風が唸る。そして五人の叫び声が響き渡る。
滑る泥と、濡れた草が飛び散り顔に飛んでくる。
それでも、誰も止まらなかった。
崖の斜面を駆け下りながら、私は何度も息を呑んだ。
世界が傾いて見える。
いや、違う——私たちが傾きを制している。
「止まるなぁっ! 一気に行けぇぇ!」
武田先輩の怒号が雷鳴と混ざる。
その後ろで、凜と藤原先輩が器用に丸太の上に立ち、弓を構えている。私は丸太にしがみつくので精一杯だ。
真村先輩の端末が背後で音を立て、上空から全体図を更新していく。
《敵軍、反応あり! 全員、崖方向を向きましたぁ~!》
「皆さん!このまま突撃ですうううう!」
私が叫んだ瞬間、雨が止んだ。
音が、世界から消えた。
そして——光。
雲の切れ間から太陽が差し込み、崖下の谷が黄金色に染まる。
逆光。
敵の視界が白く焼け、混乱が走った。
「なっ……なんだ、光が——!」
「敵襲!? 上だ、上から来るぞ!!!」
千堂——敵将——の怒号が響く。
次の瞬間、武田先輩の大太刀が地を裂いた。
衝撃波のように泥水が弾け、数人の敵が吹き飛ぶ。
「おぉぉらぁぁぁっ!! 突破ぁぁぁっ!!!」
その声と同時に、私たちは崖下に到達した。
凜が滑るように地面を蹴り、刀を抜く。
光を背負ったその姿は、まるで閃光そのものだった。
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「包囲しろ! 包囲——ッ!」
千堂が指揮棒を振る。
だが、遅い。
敵兵たちは突撃してきた丸太によって敵陣がぐちゃぐちゃになり、起き上がろうにも雨上がりの泥に足を取られ、崖下で混乱している。
私の端末に、味方の位置情報が次々と重なっていく。
この混乱を、一瞬で決める。
「藤原先輩、援護を! 武田先輩、前方制圧! 凜、敵将の位置は——」
「中央、あの白い旗の下!」
凜が叫ぶ。
その声が、戦場の雑音を貫いた。
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中央で、千堂渉が剣を抜く。
表情は乱れず、冷静そのもの。
だがその眼だけが、戦意で燃えていた。
「なるほど。これが“桶狭間”か」
「そうです。油断は、命取りですよ」
私は言い返す。
千堂はわずかに笑みを浮かべた。
「……なら、次は私の番だ」
千堂が地面を蹴る。
剣閃。速い。
武田先輩が真正面から受け止め、土煙が舞う。
「ぐっ……! こいつ、重いっ!」
「武田先輩、下がって!」
私が叫ぶより早く、凜が割り込んだ。
その動きは音もなく、ただ風が通り抜けたようだった。
——キィンッ!
二本の刃がぶつかる。
千堂の剣が、凜の刀を押し込む。
火花が散り、二人の足が泥を滑らせる。
「君が……このチームの剣士か」
「うん」
凜の声は静かで、どこか淡い。
次の瞬間、彼女の眼が細められた。
「心眼」
世界が、止まったように見えた。
凜の身体がぶれる。
千堂の攻撃を紙一重でかわし、反撃の軌道を描く。
一閃。
雨をはじくような音がして、千堂の剣が宙に弾かれた。
刃先が彼の肩口をかすめ、光の粒が散る。
《敵将撃破。試合終了》
無機質なアナウンスが響いた。
太陽の光が、完全に霧を晴らしていた。
崖上から吹き降ろす風が、戦場を駆け抜ける。
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私はその場に膝をついた。
心臓の鼓動がまだ耳に残っている。
凜が刀を納め、静かにこちらを振り返った。
「勝ったね、小鈴」
「……うん。みんなのおかげで」
武田先輩が泥だらけで笑い、藤原部長が弓を肩に担ぐ。
真村先輩は上空からの映像を保存していた。
「いやぁ~、見事な映え映像ですよぉ~! “駆ける勇者たち”って感じですぅ~!」
「いいですね。タイトルにしたいですね……」
私もつい笑ってしまう。
上空モニターに「勝者:信濃山高校」と表示された。
観客席がどよめき、ヒストリカル・ナビの音声が響く。
《試合終了!! わずか五人で二十を討つ——奇跡の逆転勝利です!》
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試合後。
千堂が静かに歩み寄り、手を差し出した。
「……参った。見事だったよ、小鈴軍師」
「いえ。味方のおかげです。私は丸太につかまってただけですから」
「ふふ、次は油断しないよ」
その笑顔は、悔しさよりも、楽しそうだった。
握手を交わした瞬間、背後で誰かの拍手が響く。
「やるじゃない、小鈴ちゃん」
振り返ると、観客席の上段に店長——川原みずほさんがいた。
腕を組み、満足げに笑っている。
「まさか丸太で崖を下るなんて。練習の成果が出たかな?」
「……おかげさまで」
「うんうん。やっぱり私、小鈴ちゃんの戦い方好きだよ! これからも頑張ってね!」
そう言って、彼女はひらりと手を振った。
光が反射し、ステージの天井が開く。
雨上がりの空が広がっていた。
その青の下で、私たちはようやく息をついた。
「これからも、か」
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初めての親善試合。
初めての公式勝利。
そして、初めて自分の策で掴んだ“歴史”。
この瞬間、私は思った。
「藤原部長」
「ん?」
「レキバト、楽しいです!」




