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6.親善試合(中編)

霧は、やがて小雨へと変わった。

湿った空気の中を、私たちは慎重に進んでいく。

真村先輩の解析によって割り出した南西ルートは、思ったよりも険しかった。

草に覆われた坂道は滑りやすく、ところどころ岩肌がむき出しになっている。


「これ……上に登ってるの?」

凜が息を潜めながら尋ねた。

「はい。目指すのは、丘の裏手の崖上」

「逆に登るなんて、正気か?」

 武田先輩が笑いながら小声でぼやく。

「正気です。上から落とすんです。全部」

「……おお、軍師らしい言葉だ」


藤原部長が感心したように笑い、再び静寂が戻る。


地面がぬかるみ、靴の底に泥が絡みつく。

雨で視界が霞む中、ただ淡く光る地形データだけを頼りに進む。

私は端末を覗き込みながら、小さく息を吐いた。


「真村先輩、この上の地形、どうなってますか?」

「えぇっとぉ~、崖の上はわりと平地ですねぇ。木が少なくて、見晴らしはいいですぅ~。でもぉ~、その先は急斜面ですよぉ~。滑り落ちたら……痛いですぅ~」

「落ちる前提で話してるねぇ、真村ちゃん」

「だって、そうなりそうじゃないですかぁ~」

「ははは~」


笑いをかみ殺すように、みんなの声が少しだけ緩む。

それが不思議と、恐怖よりも心強く感じた。


---


崖上に到達したのは、それから五分後だった。

丘の向こう側は開けていて、そこからは谷を一望できた。

小雨に煙るその谷の下——西ヶ丘高校チームがいた。


崖下の開けた平地で、二十人ほどの兵が雨を凌ぐように布陣を組み、

簡易テントのような防御陣を立てて休憩している。

中には笑い声も聞こえる。

香坂副将が焚き火の傍で腕を組み、千堂渉は陣の中央で湯気の立つカップを手にしていた。


「……宴、ですか」

「随分のんびりしてますね」

「くそぉー! 部長! 舐められてるぞ!」

私、凜、武田先輩が優雅に過ごしている相手チームを見て感想を言う。すると隣で藤原部長がにやりと笑う。

「ふっふっふー。まあ実は、ね、真村」

「はい~」


私達三人は、首をかしげると、真村先輩が手に持ってるのは先ほど広げていたお茶菓子セット。


「実はさっき山に登る前にお茶会セットと置手紙を仕込んどいたんだ」

「そうなんですぅ~。雨なので晴れたら戦いましょうって。お茶菓子とかいろいろおすそわけしときましたぁ~」


と二人がニヤニヤしている。


「な、おいおい、それで奇襲とは卑怯じゃないか? なあ結城」

武田先輩はなかなか許せないようだ。でも。


「でも、これも一つの作戦だと思います。勝ち負けがある勝負に、卑怯も何もないと思います」

「そうそう! 正々堂々と戦わないといけないなら。作戦なんていらないしね」


むむむ、と武田先輩は自問自答しているが、私はこれを好機に感じた。


「でも鈴。あそこに降りたら一瞬で囲まれない?」

「うん。でも、だからこそ、降りるんだ」


私の言葉に、全員の視線が集まった。

胸の奥が熱くなる。

脳裏に、ある映像がよぎった。


---


——あの練習の日。

Battlefield『零』の模擬ステージ。

坂道を下っていく途中、店長——川原みずほが振り返って笑った。


『坂ってね、小鈴ちゃん。登るより下るほうがずっと怖いのよ。でも勢いに乗れば、止められない。下る覚悟がある人間だけが、勝てるの』


その言葉が、雨音と一緒に蘇る。

息を呑む。

そうだ。あの時の感覚。足元が滑りそうで、それでも一歩を踏み出したあの瞬間——。

今、まさに同じだ。


---


「みんな、聞いてください」

 私は通信を全員に繋げた。

「敵は谷の底で休憩中。上から奇襲を仕掛けます。崖下に突撃。坂を使って、一気に駆け下ります」

「坂を下る!? 坂って、此処は崖だぞ!?」

「そう。桶狭間の信長は、嵐の中で動いたんです。だから私たちも、動くならこの雨のうちに」


藤原部長が息を飲み、すぐに頷く。


「上からの突撃か。大胆だね」

「武田先輩は先頭。崖を滑るように降りてください。凜は中腹で防御。部長は後方から援護。真村先輩は崖上で全体をモニタリング。もし私がやられても、突撃は止めないでください」

「了解した! だが、ただ突っ込むだけでは不安だな」


自分でも驚くほど、声が震えていなかった。

雨が頬を伝い、指揮端末に落ちる。

雨粒の一つ一つが、太鼓のように胸を叩いていた。


「でもその前に、もう一つタネを仕込みます」


皆が首をかしげるなか、私だけがにやりと笑った。

---


「結城軍師より全員へ——突撃準備、完了」

《こちら藤原、弓装填完了》

《いつでも大丈夫》

《武田、いつでも行けるぞ!》

《真村、視界オールクリアですぅ~》


全員の声が重なり、心が一つになった。

雨音が一瞬、遠のいた気がした。


「では——いきます」

私は目を閉じ、息を吸った。


「作戦名、"桶狭間の戦い、木の丸太船ver"勝ちましょう!」


崖の上には丸太が五本、横並びになっていた。

崖の端から、一歩、踏み出す。そのまま五人は丸太の上に飛び乗る。


足が地を離れ、重力が一気に引き寄せる。

滑る泥、跳ねる水、風の抵抗。

背後で武田先輩が笑いながら叫んだ。


「うおおおおっ!! 開戦だぁぁぁっ!!!」


雨を裂き、五つの影が——丸太に乗った五人が、まるで遊園地のジェットコースターのように崖を駆け下りていった。


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