5.親善試合(前編)
——あの惨敗から、一週間。
放課後の部室には、かすかに埃の匂いが漂っていた。
窓際で藤原部長が封筒を振りながら、笑顔で私たちを見渡す。
「来たぞ、みんな。県立西ヶ丘高校からの親善試合の招待状だ!」
その言葉に、部室が少しだけざわめいた。
西ヶ丘高校。県内でも屈指のレキバト強豪校。部員は二十名以上、しかも昨年度の地区予選ベスト4。
私たちが部員でギリギリ活動している弱小部なのだから、まるで違う世界の相手だ。
「いきなり強豪ですか・・・」
「いやぁ~、燃えるねぇ! 部長!」
武田先輩が拳を握りしめる。
真村先輩は苦笑しながらメモを取っていた。
「でも、どうやって親善試合を?」
「うん。去年とかは部員も居たからね、時々試合してたんだよ」
「そうなんですか」
「小鈴ちゃん。頼んだよ。まあ、初の実戦だから、気負わずに行こう!」
藤原先輩が気遣ってくれる。
家に帰り、自室であの時の練習を思い出す。
あのとき、私たちは“人間じゃない速さ”で全員切り倒された。
伝説の元プロプレイヤー——川原みずほ。
あんな人間から離れた技を前に何もできなかった私達。でもそれをどうにかするのが軍師の役目なんだ。
「軍師として、頑張らなきゃ」
---
親善試合の当日。
会場は市内の《レキバト交流センター》。
吹き抜けのホールには巨大スクリーンが設置され、観客席には他校の生徒や関係者が詰めかけていた。
レキバトって、こんなに人が見るものなんだ……。
「緊張してる?」
隣で凜が聞いてくる。
「ちょっとだけ」
「大丈夫。小鈴の策なら、私たちは勝てる」
短く、でも迷いのない声。剣道部全国覇者の凜が言うのだから、不思議と安心する。
背後では武田先輩が「うぉお、血が騒ぐ!」とウォーミングアップ? どこから持ってきたのか竹刀で素振りを始め、真村先輩が慌てて制止している。
いつもの光景。だからこそ、緊張が少し和らぐ。
ステージ中央で司会がマイクを握る。
「これより、県立西ヶ丘高校レキバト部と、信濃山高校レキバト部による親善試合を開始します!」
会場に軽快な電子音が響き、天井からホログラムが投影された。
仮想アナウンサー《ヒストリカル・ナビ》の女性ボイスが戦場マップを映し出す。
《これより、レキバト公式親善試合——
東陽学園 vs 西ヶ丘高校、桶狭間野戦図ステージを開始します!》
《ルールを説明します! 本戦は“人間限定チーム戦”。
AI兵は一切使用禁止。勝利条件は、敵将軍ユニットの撃破、または戦意ゲージをゼロにすること!》
《西ヶ丘高校チーム:総勢二十一名。
対する東陽学園チーム:たったの五名! 史上最大の人数差マッチです!》
会場がどよめく。
ざわめきの中に、少しの好奇と、少しの期待が混ざっている。
私は観客の視線を背に受けながら、モニターに浮かぶ数字を見た。
——味方:5/敵:21。
胃の奥が少し痛くなる。けれど、恐怖ではなかった。
この瞬間を、ずっと待っていた気がする。
《ステージ環境、初期天候:小雨。
北側・丘陵地帯に西ヶ丘軍。南側・湿地帯に東陽軍を配置。
時間制限は45分、リスポーン無し。》
《それでは、試合開始まで——10秒前!》
カウントダウンが始まる。
5、4、3——
私は深く息を吸って、全員に通信を繋いだ。
「みんな。数は関係ありません。
敵が二十人だろうと、私たちは私たちの戦いをします。
指示は私が出します。信じて、動いてください」
《了解!》
凜の声が静かに、武田先輩の声が熱く、真村先輩の声が柔らかく重なった。
——1。
---
白光に包まれる。
次の瞬間、私は湿った草の感触を踏んでいた。
空は曇り。細い雨が降っている。
真後ろには大きな山があった。
私たちは谷底にいて、相手はそのもっとさにいるけれど、いきなり八方ふさがりな感じだ。……明らかに不利。
《こちら西ヶ丘。天候は雨、視界良好。開始まで十秒》
無機質なアナウンスが響き、私の鼓動が速くなる。
丘の上では、敵将・千堂が指揮を執っている。
黒いマントを羽織り、弓兵がその周囲を固めていた。
「小鈴ちゃん、どうする?」
「初手は……様子見です。動かないでください」
そう指示した直後、頭上で閃光が走った。
矢だ。——早い!
雨を裂いて飛んできた光の矢が、足元の泥を跳ね上げる。
相手は綺麗に隊列を組みながら、交互に弓を発射させることで感覚を狭くしている。
「くっ……避けるのも一苦労だ」
藤原部長が弓を構えながらつぶやく。
「武田先輩、無理に突撃しないで!」
「わかってる! だがこのままじゃ一方的だぞ!」
冷や汗が背を伝う。
戦いの開始から数分で、すでに圧力の差を感じていた。
これが強豪校……。
---
「と、とりあえず後ろの山に隠れましょう!」
「おう! みんな退避だ!」
武田先輩が叫び、それに従いみんなが山に走る。
ひとまず山に退避した私たちは、そこで陣を組む。
敵の攻撃が止んだいま、すぐにでも作戦を絶たなければいけない。
「いやー、どうする小鈴ちゃん」
私達より少し遅れて藤原先輩が到着する。
「結城、我々の今の状況はかなりまずいのではないか?」
「そ、そうですね」
「敵は山の麓まで来てましたぁ~」
藤原部長と武田先輩が指示を煽り、真村先輩も遅れてきたが、敵の動向を伺ってくれたみたいだ。
「は~い。お茶ですよ~」
真村先輩は。。。何やら敷物を敷いてお茶会を開こうとしている。
「おい!真村! 今は戦いの最中だぞ!」
「まあまあいいじゃないか。雨で体も冷えてきてるしね」
「武田ちゃんの好きなお菓子もあるよぉ~」
「む! なら仕方がない。一時休戦だ」
一気に空気が和らぐ。真村先輩のおかげだ。私はお茶を飲みながら周りを見渡す。
「……みんな。これ、どこかで見た風景だと思いませんか?」
「風景?」
「この風景。まるで——桶狭間です」
一瞬、沈黙。
そして凜が小さく息を呑む。
「今川が攻め上がって、信長が逆襲した……あの戦い?」
「そう」
私は空を見上げた。
薄雲の向こうに、かすかに光が差し始めていた。
天候変化。あと少しで雨が止む。
「信長は雨の中で動き。奇襲をしました。安直ではありますが、それも有効な手です」
「だ、だが、どうやって相手の意表を突く」
「相手も案外、お茶会してるかもよー?」
と、藤原先輩は口元をニヤリとさせてお茶を啜った。
——天候変化、濃霧の兆候。
これが、私の戦場。
ここから“晴天の策”が始まる。




