9.休息と呼び出し
僕がゆっくりと立ち上がろうとすると、ケルベロスも身体をぶるりと震わせて身体を起こした。
メェとムゥも尻尾からころんと転がって目を覚ます。
「ふわぁ……ケルちゃん、おはよー」
「おはよー」
魔王様はケルちゃんと呼んだメェを見ながら、眉をピクリと動かした。
僕は慌てて訂正しようとしたけれど、その前にケルベロスがギャウッと吠えて返事をする。
「お前はケルちゃんなどと呼ばれて喜んでいるのか? 全く、そんな可愛い魔物でもないであろうに」
魔王様が呆れたように呟いたけれど、ケルベロスは尻尾をブンブン振ってメェとムゥの二人と戯れだす。
身体は大きいけれど、もしかしたら性格は可愛らしいのかもしれない。
「ケルちゃんはずっと眠かったせいもあって、少し身体を動かしたいのかもしれませんね。メェ、ムゥ。少し遊んでおいで」
「はぁい!」
「ケルちゃん、いこー」
ケルベロスのケルちゃんは、三つの頭で仲良く返事をして、元気よく中庭を駆け回り始めた。
やっぱり、眠りが足りなくてぼんやりしていたみたいだ。
「すみません、やっぱりそのように呼んでは威厳が損なわれるでしょうか?」
「いや、構わぬ。アレはまだ成体ではない。元々はぐれていた個体を我が城へ連れてきたまでのこと。使い魔たちとも仲良くやっているようだ」
「僕が少しでも魔王様のお役にたてたなら、良かったです」
嬉しくなって魔王様へ笑いかけると、魔王様も小さく頷いてくれる。
しかし、今度は魔王様の元へ従者の魔族の人が駆け寄ってくる。
「魔王様、緊急の案件が」
「すぐ行く。パストルカ、お前も一通り終えたら部屋へ戻れ。服はケルベロスの毛まみれだ。風呂に入り、少し休め」
「はい。魔王様もご無理なさらずに」
魔王様は僕に指示だけ出すと、慌ただしく従者の人と一緒に行ってしまった。
魔王様も魔王様としてのお仕事があるのだろう。
僕はケルちゃんたちの様子を見守ってから、魔王様の指示通り部屋へ戻ることにした。
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風呂に入ってから白のシルクの部屋着に着替えると、お世話係の人が部屋に入ってきた。
「パストルカ様、魔王様がお呼びです。魔王様は今執務室にいらっしゃいます」
「分かりました。部屋着に着替えてしまったので少々お待ちを」
「いいえ、そちらの服にこちらのガウンを羽織っていただければ大丈夫です」
お世話係の人は、薄い桃色のガウンを着せてくれた。
魔王様の呼び出しはきっと最優先なのだろう。メェとムゥも遊び疲れて眠ったままだし、僕一人で魔王様の執務室へ向かう。
お世話係の人の後についていくと、一つの扉の前で立ち止まる。どうやらここが魔王様の執務室らしい。
黒い扉には上品な模様がついていた。
「魔王様、パストルカ様をお連れしました」
「うむ。入れ」
「失礼いたします」
お世話係の人は扉だけ開いて、僕に中へ入るよう促す。そして、そのまま魔王様に一礼をして行ってしまった。
僕は緊張しながら部屋の中へ入る。
「パストルカ、そこへ座って待て」
「はい」
魔王様は僕を見ずに部屋に置いてあるソファーを指し示す。
深紅のソファーは、座り心地がよさそうだ。
暫くそわそわしながら待っていると、魔王様が眉間を抑えているのが見えた。
もしかして、頭が痛いのかな? 僕は自然と立ち上がって魔王様の側へ歩み寄っていた。
「魔王様、大丈夫ですか?」
「ああ。机に座って仕事をしている魔王などおかしいと思ったか? 残念だが、人間の王たちと同様。我もすべきことは変わらない。魔王も王だからな」
「僕には決して理解できないようなご苦労をされているのだと思います。差し出がましいようですが、何か僕にも手伝えることはないでしょうか?」
最初は魔王様の側へ寄ることすらとんでもないことだと思っていた。
だけど、魔王様が威厳があるのは王と言う立場だからであって、本来はそれだけじゃない。
魔界という場所を治めている立派なお人だから、毅然と振る舞われるのは当たり前なんだ。
だからこそ、少しでも気が休まるのならと身体が自然と動いてしまった。