6.役割と居場所
魔王様は魔物を見下ろすと、上から大きなため息を漏らす。
少し侮蔑するような視線だけど、この魔物が嫌いという感じではないように見えた。
「コレはケルベロス。我の飼っている魔物なのだが、本来は狩猟本能が強い雄々しい性格のはず。だというのに、コレはどうも怠惰で困る。我がコレを可愛がろうがしかりつけようが、欠伸ばかりして興味すら示さぬのだ」
「あの、魔王様以外の人では……?」
僕が尋ねると、魔王様は両眉を潜めてまた息を漏らした。
どうやら魔王様は苦労しているらしい。
「我がいないと更に動かないという報告を受けている。食事を運んでも手も付けないのだ。全く、何の為に連れてきたのか分からぬ。我もコレを常に構うほど暇ではないというのに」
「まおうさま、めんどくさがりー」
「おせわさぼってるー」
メェとムゥはまた魔王様に対して思ったことをそのまま言ってしまう。僕がダメだよと注意すると、魔王様は僕の顔を上から覗き込んでいた。
「あ、あの……」
「お前の使い魔なのだから、お前が調教しておくように。我はこの程度どうとも思わぬが、周りにいる者が我への態度について騒ぎ立てるかもしれぬのでな。我からも言い含めておくが」
「魔王様、色々とお気遣いいただきありがとうございます。もしかして、僕がやるべきことと言うのは……」
僕がまた欠伸をしたケルベロスを見ると、魔王様はゆっくりと頷く。
なるほど、僕ができそうなことと言えば生き物のお世話くらいだ。
このケルベロスのお世話をやってみろということなのだろう。
「察しが悪いと思っていたが、その通りだ。コレの世話をお前に任せたい。その元羊たちを手懐けたように、コレも従順な賢い魔物にならないものかと思ってな」
「魔王様にご期待いただけるなんて、光栄です。力不足かと思いますが、精一杯頑張ります」
僕が魔王様の目を見てしっかりと答えると、魔王様はまた頷いてくれた。
魔王様は僕の大切な子たちを救ってくれた恩人だ。だから、恩人の任せてくれた仕事は自信がなくてもやり遂げたい。
「コレの世話は明日からで構わない。今日はもう休んでよい。ただし、城内を許可なく歩き回ることを禁ずる」
「分かりました。何から何までありがとうございます」
僕が頭を下げると、魔王様は良いと一言だけ言って僕に頭を上げさせた。
僕たちは欠伸ばかりしているケルベロスから離れ、また歩き始める。
そして、また廊下へ戻り暫く歩いていくと黒塗りの扉の前で立ち止まった。
「この部屋が今日からお前の部屋となる。この部屋の中だけでも十分に過ごせるはずだ。好きに使うと良い。夜は施錠するが異存ないな?」
「はい」
通された部屋は一人では十分すぎるくらいの広さがある。誰も使っていない部屋で一応客間とのことだ。
調度品もそろっているし、こんなに豪華なお部屋は本の紹介以外で見たことがない。
装飾が豪華という訳じゃないけど、品の良い木目のタンスやふかふかそうな大きな白いベッド。
物を書く時にぴったりそうな木の机と赤いビロードの椅子。
どこを見ても品があって、素敵な家具ばかりだ。
「食事の時間には世話をする者に向かわせる。明日の朝は紹介も兼ねて大広間で共に食事だ」
紹介と言うのはお城に住んでいる人たちの前なのかな? 今から緊張してしまう。
僕みたいな卑しい人間がこの美しいお城にいるという事実でさえ、本当は緊張しているのだから。
「そう構えずともよい。我の連れてきた者に対して、人間も魔族もない。我が選択したという事実のみだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「つまり、魔王様の決定は絶対ということでしょうか?」
「当たり前だ。我に意見する者はいるであろうが、決定権は常に我にあるのだ」
この魔界では魔王様がとにかく偉いお方なのだと言うことがよく分かる。
魔王様は雰囲気も威厳があるし、立ち振る舞いも知的だ。
僕から見ていても完璧としか言いようがないし、ただ頷くことしかできない。
「以上だ。では、また明日に」
「はい。よろしくお願いします」
僕は魔王様をお見送りしてからようやく緊張感から解放されて、赤いビロードの椅子へ腰かけた。