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12.悲劇と奇跡

 僕が魔王様のお城で暮らすようになってから暫く、僕は毎日魔王様のお部屋に通って魔王様を癒すお世話係の仕事に励んでいた。まだまだ緊張するけれど、魔王様が時折見せてくださる笑顔に胸の奥がほわっと温かくなる。

 

 今日は先にケルちゃんの様子を中庭まで見に来ていると、執務を終えた魔王様が通りがかったのが見えた。

 僕が魔王様に手を振ると、魔王様も手を振り返してくれる。

 そして、魔王様の側へ駆け寄ろうとすると……隣を歩いていたオークが腰に手を当てたのが見えた。

 僕は嫌な予感がして、魔王様の身体へ思い切って飛び込んだ。


「魔王様っ!」

「パストルカ……?」


 それは一瞬の出来事だった。魔王様は確かオークとの平和条約を結ぶために相手方の長を呼んだと言っていたけれど、その長が剣を引き抜いたのが見えた。

 僕は咄嗟に魔王様の側に走り寄ったけど、その剣は僕の身体を思いきり切り裂いたのが分かった。

 魔王様は僕を驚きの表情で僕を受け止めてから、素早くオークを魔法で思い切り吹き飛ばす。

 オークは、集まってきた別の魔族の人たちに取り押さえられたようだ。

 もしかしたら条約を結ぶフリをして様子を(うかが)いながら、魔王様の命を狙っていたのかもしれない。


「我が命を狙われるなどは常だというのに、人間が我を守ろうなどと! そんなことをせずとも我は……」

「すみません……身体が勝手に……だって、僕は魔王様の……」


 思ったよりも傷が深かったらしい。もしかしたら背中から身体の内側の方まで斬られてしまったのかな?

 僕は喋ることもままならずに、ケホケホとせき込んだ。


「パストルカ! おい、しっかりしろ!」

「ごめんなさい……僕……」


 魔王様は必死に話しかけてくれているけど、自分でもこの傷では助からないことが分かった。

 必死に笑顔を作って手を伸ばすと、魔王様が僕の手を握ってくれた。


「我は治癒の力を持ち合わせておらぬのだ。今、人を呼ぶ。それまで大人しく……」

「もっとお役に立ちたかったのに……」


 魔王様は僕をしっかりと抱きしめてくれている。とても悲しそうな顔を見ていると僕の心は張り裂けそうだった。

 最後に魔王様を癒すなら、どんな言葉を送ればいいだろう?

 僕は人間だけど、魔王様の側にいて少しだけ分かったことがある。それを伝えていいのか迷っていたけれど……。

 最後だから、伝えてもいいかな?


「魔王様……僕、魔王様に会えて幸せでした。ずっと、魔王様の側でお世話を……魔王様……大好きです」


 人間が伝えるのは失礼かもしれないけど、僕の素直な気持ちを言ってしまった。僕はうまく笑えているだろうか?

 でも、魔王様は笑顔になるどころか美しいお顔を歪ませて僕に顔を近づけてきた。


「今、我に伝えるなどと……好きなどと分かったようなことを言うな。お前は純真で初心(うぶ)なせいで知らぬだろうから、我がじっくりと教えてやろうとしていたのに」


 魔王様の顔は悲しみで溢れたままだ。

 魔王様を悲しませたくて伝えた訳じゃないのに、僕は最後までお役に立てないのだろうか?

 僕が残る力を振り絞って、魔王様と呟いたその時――

 キラキラと輝く粒が、魔王様の憂いに満ちた紅の瞳から流れ落ちた。

 

 僕の額に粒がポツリと落ちた瞬間、僕の身体は溢れんばかりの光に包まれていく。

 紅く輝く光は魔王様そのもののようで、僕は身体が楽になっていくのを感じる。

 優しくも強い光は僕の全身を包み込むと、あっという間に僕の怪我を治してしまった。


「魔王様が……魔王様が涙を流された!」

「おお……なんたる奇跡……! パストルカ様、万歳! 魔王様、万歳!」


 辺りが急にざわめきだし、僕は何のことかさっぱり分からず魔王様をそっと見上げる。

 すると、魔王様はフイっと顔を背けて仕方なくという口調で説明をしてくれる。


「魔王の涙は慈愛の涙。我は治癒の力を持たぬ代わりに、本当に大切に想う相手に対して涙を流すとその相手に奇跡を起こせる。何故、我が自身で説明しなくてはならぬのか」

「え……それは……」


 僕が聞き返すと同時に、魔王様に何も言うなと言わんばかりに唇を塞がれる。

 僕はどうしていいのか分からず、されるがままだ。

 僕の力が抜けてしまった頃に漸く解放されると、辺りからわぁと拍手が巻き起こった。


「このような場で言うのは我としても不本意ではあるが仕方あるまい。パストルカ、我はお前を愛しく思う。お前は我にとって()い存在。これからも我の側にいるように」

「魔王様……」


 僕が真っ赤な顔で呼びかけると、魔王様に耳の側でそっと呟かれる。

 魔王様の声を聞くと、全身がしびれてしまうようだ。

 

「我の名を呼べ、パストルカ」

「あぅ……ゼルブラッド様……」


 おそるおそる呟くと、魔王様はそうだと柔らかに呟いてもう一度僕の唇を奪う。

 僕は優しい表情の魔王様の側にいられることがただ嬉しくて、僕からきゅっと魔王様に抱きついた。

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