11.決意と任命
魔王様は僕を紅の双眸で捉えたまま、離してくれない。
僕は顔に集まってくる熱さと緊張感にどうしてよいのか分からず、魔王様を見つめ返すだけだ。
「パストルカは我と情を交わしたいのか?」
「情を交わす……?」
魔王様は僕が何を言われているのか分からないと思ったのか、僕の疑問を打ち消すようにクスクスと笑って僕の身体をグッと引き寄せた。
そして、僕の耳たぶをやんわりと撫でた。
何が何やら全くついていけないけれど、身体がガチガチに固まってしまった。
僕は耳まで熱くて顔から火が出そうだ。
「砕いて言えば、性交したいのか? と言ったのだ。分かるか?」
「ひゃっ! そ、そんなっ、僕のような者が魔王様となんて……」
魔王様は僕の耳元で囁いたので、口から変な声が出てしまった。
そんな僕を見ても、魔王様は無礼だと怒るどころかどこか楽しそうに見える。
「どうやら随分と初心なようだ。それもよかろう。我は種族関係なく、見目麗しい者を側へ置くことは良き事だと考えている。我が気に入るか、気に入らないか。それだけのことだ」
「魔王様は……僕のことを気に入ってくださったのですか?」
僕がおずおずと切り出すと、魔王様はどうだろうな? とまた耳元で囁いた。
くすぐったさに耐えられずにぎゅっと目を瞑ると、また優しい笑い声が聞こえてきた。
「物事を性急に進めてしまっては面白くない。今日は共に眠るだけで許してやろう」
魔王様はそう言って僕の身体を開放してくれたけれど、部屋に戻ることは許してもらえなかった。
緊張する中、僕は魔王様のベッドで夜を明かすことになってしまったけれど……魔王様が疲れているときはお助けしたいと密かに心に誓って僕も目を閉じた。
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僕が魔王様をもっとお助けしたいと決意してから数日後、魔王様はお城で働く魔族の人たちを玉座の間へ集めた。
皆が何事かとざわついていると、急に僕の名が呼ばれる。僕はおそるおそる魔王様の前へ出てひざまずいた。
「パストルカよ、今日からお前は正式に我の世話係に任命する。よいな?」
辺りはざわめきと共に暖かな空気も一緒に流れた気がする。皆、この決定を喜んでくれているのか異議なしと言う空気を感じる。
「かしこまりました。全力を尽くします」
魔王様の前では全てを肯定するしかない。僕は魔王様のお世話係として正式にお側へつくことになった。
お世話係だと急に言われたときは何をするのかと思ったけれど、寝食のお世話というよりは魔王様に呼び出されたときに魔王様を癒す係だと後で教えてもらった。
僕は魔王様が少しでも癒されるならと、魔王様のお部屋で膝枕をしながらブラッシングをしていた。
「ふむ……ここで眠ってしまうとまた移動せねばならぬな。最初からベッドの上でやったほうが効率がいい」
「ま、魔王様っ……わぁっ」
魔王様は急に身体を起こして立ち上がると、座っていた僕の身体をさっと掬い上げて軽々と抱き上げた。
僕は魔王様の腕の中で緊張しすぎて落ちないように、魔王様の服をきゅっと掴む。
「す、すみません。お召し物にしわが……」
「良い。お前の力程度では何も変わらぬ。安心して我に身を委ねよ」
魔王様の執務室と寝室は内側の扉で繋がっているため、中からも行き来できるようになっている。
魔王様は難なく扉を開くと、僕を寝室の大きなベッドまで連れて行き僕の身体をベッドへ横たえた。
そして、魔王様も僕の隣へ寝転ぶ。
今はベッドサイドの明かりもついているせいか、魔王様の顔も良く見える。
魔王様は僕の顔を眺めてから、すっと頬に手を当ててきた。
「あ、あの……っ」
「お前に触れるのも悪くない。その戸惑うように揺れる空色の瞳も、赤みの差した頬も。見ていて飽きない」
「魔王様っ。これもお世話係の仕事……でしょうか?」
魔王様は少し思案して、そうだと言ったらどうするのだ? と逆に僕へ問いかけてきた。
僕は魔王様の問いに仕事でしたら頑張りますとお答えしたけれど、魔王様の思う答えと違うようだ。
魔王様は長く息を吐き出してから、長い指をそっと僕の唇に触れさせた。
「穢れを知らぬせいか、このように扱ってもまだ気づかぬとは。それもお前の良いところかもしれぬが、まあ良い。仕事と思って我を満足させよ」
「は、はいっ」
僕が答えると、魔王様はまた僕の頬を撫でて感触を楽しんでいるようだった。