1.日常と非日常
※このお話は互いに思いあう描写、キスなどの表現を含みます。
苦手な方は回避などの自己判断をしていただき、大丈夫だと言う方はお話をお読みくださいませ。
太陽の光はいつも明るく道を示し、柔らかに吹く風は優しく大地を包み込む。
遊牧民たちにとって、今は一番暮らしやすい季節だ。
そして、羊飼いの僕にとって今日は大切な日でもある。
「パシー、今日も頼むよ。いつもおつかいに行かせて悪いね」
「いいえ。これも羊飼いの仕事です」
可愛がっている羊たちの毛刈りも終わり、ふわふわの毛を詰めた袋を手にこれからを生きるための糧と交換しに行く。
遊牧民たちにとって、羊は大切な存在。僕も羊たちを大切に思っていた。
僕は、いつも傍らから離れない二匹の羊を優しくなでる。
可愛い羊たちを見ているのは幸せなことだ。
羊たちも心地よさそうな鳴き声をあげながら、僕に身体を寄せてくれていた。
「メェったら。そんなに擦り寄っていたら歩けないよ。もう、ムゥまで……」
「パシーはいつも羊たちに好かれているね」
「そんなことないですよ。僕がみんなのことが大好きなだけで……」
「きっと分かっているのさ。羊たちもお前さんの優しさがね」
やんわりと吹いた風が、僕の黄金色のショートの髪をふわりと揺らす。
僕の着ている服は緑を基調とした草色のベストに、皮ひもで結ぶ白いシャツそれに柔らかな布でできたパンツと底がすり減った茶のブーツだ。
特に目立った服装でもないのに、まあるい空色の瞳と黄金色の髪は僕の柔らかな雰囲気を際立たせていると言われたことがある。
なんだか恥ずかしいけれど、僕は遊牧民の皆からも可愛がってもらっている。
「では、行ってきます」
僕はおばばの長老へ手を振り、羊の毛の詰まった袋を羊に運んでもらいながらゆっくりと歩き始めた。
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「ありがとうございました」
「上質な羊毛で助かるよ。また頼む」
僕は羊の毛を売ったお金を大切に茶の肩掛けバッグへ仕舞いこみ、商人のテントを後にする。
外に待っていた羊たちは、待ってましたとばかりに僕の側へやってきた。
言葉は通じないかもしれないけれど、僕と羊たちの間に確かな見えない絆があるといいなと思う。
「待たせてごめんね。メェとムゥのおかげだよ。ありがとう。さあ、暗くならないうちに戻ろう」
「めぇー」
「むぅー」
二匹はその名の通りの鳴き声で返事をしてくれたので、僕たちは帰り道を歩き始めた。
ここまでの道のりは何事もなく辿り着いたけれど、集落に近づくにつれて異変に気付く。
焦げ臭い香りと不快で嫌な香りが漂ってきて、僕の不安を煽る。
「……胸騒ぎがする。急ごう!」
二匹の羊たちに声をかけると、羊たちもパタパタと走り始める。
僕も息を切らして必死に走る。
だけど……集落へ帰ってきた僕たちの目の前には、悲惨な光景が広がっていた。
「そんな……っ!」
ここにいたはずの遊牧民のみんなの姿はなく、移動式の丸い形の住居は無残に破壊されパチパチという音とともに燃えていた。
「みんな、どうして……」
次に視界に飛び込んできたのは逃げ遅れたらしい羊たちだ。
変わり果てた姿で地に横たわっている。
その身体は何者かに傷つけられ、白の毛は真っ赤に染まり絶命していた。
僕の大切な羊たちは、何者かによって命を奪われてしまったのだ。
「あぁ……」
遊牧民は、危険が迫ったときは全てを捨ててでも自分の命を大切にする。
家財道具などはまた作ればいい。きっとみんなも羊たちを逃がせるだけは逃がしたのだろう。
それでも、全ての羊たちを逃す余裕までなかったということだ。
それほどまでに切羽詰まる状況なんて……。
「逃げ遅れた人がいないといいけれど……」
僕は悲しみに打ちひしがれながら辺りを見回すが、どうやら遊牧民の仲間たちはうまく逃げ延びたようだ。
ただ……僕は彼らがどこへ行ってしまったのかまでは分からない。
僕らは定まった場所には留まらないし、たまたまこの土地へ流れついて暫くのあいだ定住していただけのことだからだ。