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父さんが用意してくれた、お砂糖と塩が少し入った、冷えた檸檬(リモン)水がとても美味しい。

五臓六腑にしみ渡るとは、こういうことだと思う。

お風呂上がりはいつも、汗をかいて失われた水分を補給するためにお白湯を飲むのだけれど、今日は少しのぼせ気味だからと、特別に冷たいものを用意してくれた。


あまりの美味しさに、つい一気に飲み干そうとしたら注意をされてしまった。

エールを一気飲みする人達は、腰に手を当ててとても美味しそうに杯を煽る。

今日から大人なんだし、ちょっと真似をしてみたかったのだけど。

駄目か、残念。


「お湯が冷めてまう前に、サッと入ってきてしまいますね」と言い残し、父さんは風呂場へと行ってしまった。

ただでさえ普段から“妖猫(フェレス)の顔洗い“や“妖鴉(コルニクス)の行水“って揶揄されるくらいに、短い時間しかお風呂に入らない人なのに。

そんな父さんがサッとしか入らなかったら、それは井戸でする水浴びと、変わらないんじゃないだろうか。


実際、五分も掛からず戻ってきた。

ボクなら服を脱いで掛け湯して、浴槽に浸かるだけで、それくらいの時間は最低かかる。

なにをどうやったら、こんな短時間で済ませられるのだろう。

そろそろ加齢臭が気になるお年頃だと言っていたのに、ちゃんと耳の後ろ、洗ったの?






大人になったと言っても、身体はまだ成長途中。

投擲の練習を含めた実験をたくさんしたのもあって、せっかく父さんが早くお風呂から上がってくれたというのに、ボクは睡魔に勝てなかった。

正確に言うなら、今日起こったことがあまりにも刺激的すぎて、頭は冴えているのに、身体が起きていられない感じ。

そのため、話の続きをするために、久しぶりに三人川の字で眠ることになった。


お風呂では結局母さんから語られなかった昔話を、父さんが代わりにしてくれることになったのだ。

本当に聞いていいのかいいのか尋ねたら、「お母さんでは、うまく話をまとめられないし、感情的になってもいけないから。お父さんに話してもらう方が、分かりやすくていいでしょ」と言われたのだけど、違う、そうじゃなくて。

ボクの質問の仕方が悪かったみたい。

あんなに取り乱していたのに、『魔王の親友』の意味を聞くことが、母さんの負担にならないのか心配なのだ。

もちろん、気にならないと言ったら嘘になるけれど、母さんに迷惑をかけてまで、聞きたいことなんてない。


ボクの考えを汲んでくれた父さんが「初めから、透が大人になった時には話そうと決めていたのですよ」と答えてくれた。

母さんの昔話に、父さんの昔話。

その他もろもろ、「いつか話します」と言われていた話題は、その殆どが繋がっていて、ボクが成人した時には話そうと、決めていたんだって。


ただ、その日が今日来たわけだけれど、母さんは自分の口から語るための考えを、まとめ切れていなかった。

成人の儀を執り行う神子様は、一人しかいない。

世界中の成人を迎える子供たちのために、一年かけて各地を回る。

毎年の初めに北回りにするか、南回りにするかは決めるから、村を訪れるおおよその季節なら、結構早い段階で分かる。

だけど、道中何かしら問題が起きれば、その予定は当然狂う。


それを言い訳にして、母さんは考えることを後回しにした。

たまに考えはしたけれど、それでもいざとなれば、父さんに丸投げにするつもりでいた。

そして結局、父さんに丸投げされることになった。


「苦手なことに対して他力本願になりがちなのが、(ツムギ)さんの悪いところですね。克服する努力を怠るのは、徹の教育上良くないから改めると、おっしゃったではありませんか。駄目ですよ」と、珍しく父さんに窘められていた。

『愛妻家』でも母さんを全肯定せず、駄目なことは駄目だと注意出来るのが、父さんの偉いところだね。


穏やかな口調だけど、母さんに腕枕をしているのとは逆の手は、握り締められ爪が手のひらに食い込み血が滲んでいるので、かなり不本意なのだろう。

泣いて馬謖を斬ると言うんだったかな。

そのうち、胃に穴が空いて吐血でもしそうな勢いだ。

今からでも、お布団から抜け出して胃薬を持ってくるべきかな。






「透は教会でこの世界について、どんな風に学びましたか?」


父さんと母さんの昔話が寝物語風に始まるのかと思ったら、まさかの勉強の復習が始まった。

世界の成り立ちって、随分と前に習ったことだから、あんまり覚えていないかも。


何も無かった世界の始まりに、善き神様である光の精霊(ルーメン)様が「光あれ」と言ったら、世界が光で照らされた。

それによって、悪しき神である闇の精霊は、世界の隅へと追いやられた。

次に光の精霊(ルーメン)様は、大地を作り、海を作り、風を生み出した。

そして人をつくり炎を与え、次に動物を作った。

しかし人の善き隣人となるはずの動物は、光を生み出す炎を与えられる前に、闇に囚われてしまった。

それが魔物の誕生である。

光の精霊(ルーメン)様は悪しき隣人となってしまった魔物に対抗する術として、人にスキルを与えてくれた。

神の御力であるスキルは、人には少々過ぎた力だった。

当初はこの世に生を受けた際の祝福と共に授けられていたけれど、スキルの強さに肉隊が耐えられない者がいた。

そのため、大人になってから与えられるようになった。

それが成人の儀の興りである。

神様から与えられたスキルは、決して悪しきことに利用せず、日々感謝を忘れず、世のため人のために使われなければならない。


教わったのは、そんな感じかな。

ああ、あとは、世界の端まで行くと、光の精霊(ルーメン)様に追いやられた闇の精霊様の領域になるから、決して近付いてはいけない。

海も大地も何もない、真っ暗闇に堕ちることになるから、考えることすらしてはいけないそうだ。

思考が闇に囚われてしまうんだって。


闇の精霊様の話なら他にも、光の精霊(ルーメン)様の化身とも言える太陽が地平の彼方で眠りにつくと、闇の精霊様の領域が広がり、魔物が活発化して、人を闇に引きずり込もうとしてくるから、決して家から出てはいけないよ、とも習った。


春から秋にかけては、光の精霊(ルーメン)様の眷属である人間が活発に動くから、光の精霊(ルーメン)様の領域である昼が長くなる。

だけど、冬は寒くて人が家に閉じこもりがちになるから、闇に包まれる夜の時間が長くなるんだったかな。


人間が動き出すことで、春は水の精霊様が雪を溶かし、夏は地の精霊様が作物などの恵みを育み、秋は風の精霊様が冬が来ないようにと闇を追い返そうとする。

けれど光の精霊(ルーメン)様と同等の力を持つ闇の精霊を相手にするには、風の精霊様だけでは力が足りず、精霊様たちは眠りにつく。

火の精霊様、人々が凍えないようにと暖炉に灯り、寄り添い温めてくれる。

季節の説明は、こんな感じだったと思う。


父さんは満足そうに頷きながらも「それは殆どが嘘です」と、のたまった。

あっさりと常識を覆す発言をされ、一瞬、父さんの言葉が理解出来なかった。


え、どこからどこまで!?

ほとんど、と言うけれど、何が本当で何が嘘なの!?


神官様が嘘をつく理由が、思いつかない。

しかもボクが知る限り、この村の最年長である博爺(ヒロじい)ですら、同じことを言っていた。

博爺(ヒロじい)も、何代も前の神官さまから同じように習ったんだって。

どこまで習ったのか、復習と予習をかねて、教会帰りに博爺(ヒロじい)の話をよく李王と一緒に聞いたものだ。

それが、嘘だなんて……


教会が嘘をつく理由は思い当たらないものの、父さんがボクに嘘をつくのは有り得ない。

スキル云々の話ではなく、それはボクと父さんが、この十年間で築き上げてきた信頼の問題だ。

父さんの言葉は、無条件で信じるに足りる。


何世代も前から教わることが同じなのに、それを嘘だと断言出来るのは、ひとえに『賢者』のスキルのおかげなのかな、とは確かに思うけれど。

そうじゃなければ、誰も知らない真実を、一体どうやって手に入れたの? という話になるじゃない。


「スキルによって得た知識もありますが、私の生家が少々特殊なんです。

 だから、教会の教えが嘘だと知っているのです。

 ……透は、私の名前をご存知ですか?」

「えっと……なんだったっけ?」


実の父親の名前を何で知らないのかと問われても、だって、誰も父さんのことを名前で呼ばないんだもの。

聞く機会がなければ、知りようがないじゃない。


母さんはお父さんと呼ぶし、村の人は皆『賢者』様と呼ぶ。

あれ? もしかしたら、聞いたことが一度も無いかもしれない。

どれだけ記憶を辿っても、父さんの名前を耳にした場面が思い浮かばない。

そんなこと、有り得る?

母さんが呼んだことくらいはあるよね?

……思い出せないけど。


「私が自分の名前をあまり好きではないと言うか……今は、畏れ多いと言うべきでしょうか。

 (ツムギ)さんはそれをご存知なので、敢えて呼ばないのですよ。

 私の家では代々、男児に“カノン“という名前が付けられてきました。

 ……聞き覚えは?」


首を横に振る。

偉人や有名人に、そんな名前の人はいない。

少なくとも、ボクは知らない。


ボクが知っているのは、神々と共に魔王を倒したとされる古代の三英雄と、再臨した魔王を封印した近代の三英雄である『剣聖』・『賢者』・『勇者』だけ。

近代の三英雄のうち、『剣聖』は母さん、『賢者』は父さんだ。

どの英雄も、名前は伝わっていない。


疑問に思った時、避諱(ひき)すべき名だからと神官様から教わったけれど、むしろ敬避(けいひ)するなら万人に知れ渡っていた方がいいんじゃないかと思った覚えがある。

知らずに付けてしまった時に、わざとじゃないのに罰せられたら辛いじゃない。

せっかく我が子を思って一生懸命考えてつけた名前なのに、知らなかった、それだけで裁かれるんだもの。

なら最初から教えてよって、文句が出そうじゃない。


父さんにもその日の晩に同じことを聞いたら、「まだ今は教えられません」と言われた。

つまり英雄たちの名前が秘されているのは、誰かが意図したもので、触れてはならない領域なのだと判断した。

そしてその答えを父さんは知っている。

今は、というのなら、その日が来るまで待てばいいのだ。

なのでそれ以降、一度も話題に出したことはない。


同じように教わった誰も、疑問にすら思わないみたいだし。

その現状が、はなはだ疑問である。


年単位越しで疑問が晴れるのなら、それはとてもワクワクする。

だけど同時にあらたな疑問がある浮かび上がった。


父さんに兄弟がいたのなら、皆同じ名前が付けられているってことになるよね。

父さんのお父さんとも、同じ名前なのかな。

混乱しないのだろうか。


兄弟が産まれたら、カノン其ノ壱! 其ノ貳! とか、産まれた季節で区別して呼ばれるとか?

それはちょっと嫌、かも。

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