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悩むことが多すぎて、頭を抱えて空を仰いだら、‘’ギンヌンガの裂け目‘’を背景に、高く立つ一本の遺跡の柱に、いつぞや見た、大きく白い妖雉が留まっていた。
今なら分かる。
あの妖雉もどき、精霊だ。
横にいるインベル様と比べても、感じ取れる霊力がかなり大きい。
水の精霊様から直接力を賜ったおかげで、かなりパワーアップした状態の、今のインベル様と比べても、だ。
もしかしなくても、大精霊様だったりするのかな。
あの真っ白に輝く身体から連想されるのは……
「……光の精霊様でいらっしゃいますか?」
傍から見れば、魔物に語りかける変な人に見えるだろう。
最悪、霊力が少ない人には精霊様は見えないと言うし、虚空に大きな独り言を言っている、危ない人になってしまう。
幸いここにいる顔ぶれは皆、人並み以上に霊力を持っているので、勘違いされる心配はいらないけれど。
ボクの声に反応した白い妖雉は、すうと風に乗ってコチラに向かってくる。
尊きお方が、まさか下に降りてくるとは思わなかった。
さすがに地面に着地させるのは、良くないと思う。
だからといって、頭に乗られたら痛そうだし、せめて留まりやすそうな、腕でも出しておくべきだろうか。
空に向かって腕を伸ばせば、そこに留まったのは白い妖雉……ではなく、フワフワとしたくせっ毛と、金色に輝く瞳が印象的な、女性だった。
ちなみに重さは全く感じない。
あまりにも顔が近距離にあって気付かなかったけど、背中から白い妖雉と同じような、翼が生えている。
教会でよく見る、光の精霊様の石像と同じだ。
『――呼んだ?』
ん?
『――アタシのこと、呼んだ?』
「え、えと、はい。
呼びました」
『――ふっふ〜ん。
やぁっぱ、時の精霊なんかより、アタシの方が頼りになるってモンよねぇ!
んでんで?
何がお望み?
久しぶりにニンゲンから頼みごとされちゃうんだもの!
何でも言って!』
ふんぞり返って得意気に空へとふんぞり返り、るんるん空中をスキップしたかと思えば、さあ! とコチラに天を仰ぐ形で振り返りざまに手を差し出してくる。
父さんがいつぞや、光の精霊様は気さくなお方だと言っていたけれど、コレは果たして、気さく程度で済ましていい態度だろうか。
精霊様って、インベル様を筆頭に、落ち着いていて荘厳な雰囲気が良く似合う方々ばかりだった。
それが、そのなんと言うか……失礼な言い方になるけれど、とこにでもいそうな、明るくて親しみのある、テンション高めの近所のお姉さんみたいな態度で来られると、戸惑ってしまう。
特に見慣れた女神像は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべたものが大半で、稀に世の中の悲劇を憂う悲しそうな表情をしているものがあるくらいだ。
こんな朗らかで快活なイメージは一切持っていなかった。
ギャップが凄すぎて、現実についていけない。
父さんはよく、この事実を受け入れられたね。
「あの、光の精霊様は、燼霊と混ざりあった人の魂を、輪廻に還すことは出来ますか?」
『――一〇〇%混ざり合ったのはムリね。
アレのこと? ならできるわよ〜
こうやってベリッと剥がしてコッチはムギュッと潰して、コチラはちょちょいっと霊力をドバッとやれば……ハイ、終わり〜』
オノマトペだらけで、何をしたかまではイマイチ分からなかったけれど、弱体化していた燼霊は神子様の魂から剥がされるのと、ほぼ同時に消滅させられた。
とってもワイルドに、光の精霊様の手のひらによって握りつぶされて。
塵ものこらず、プチッとやられた。
弱っていたとはいえ、そんな簡単に出来るものなの?
違うよね?
インベル様に目線で尋ねたけれど、やはり首を横に振られた。
上位精霊様と大精霊様では、かなり御力に差があるとは聞いていたけれど、ここまでなんだ……
あまりにもアッサリしすぎて、凄さがイマイチ理解できない。
神子様の魂は、侵食されていたせいで、燼霊を剥ぎ取ったらすぐに消滅しかねないほどに弱まっていた。
それを阻止するために、光の精霊様が霊力を少し注いであげた。
そのおかげで、消えずに済んだようだ。
ふわりと光の精霊様の手のひらの上に浮かんでいる球体は、母さんと父さんの方へと飛んでいき、周りをくるりと円を描くように一周した後、また光の精霊様の元へと戻り、明滅したかと思えば、その後、空気に溶けるように消えていった。
輪廻へ武事、還れたみたい。
……良かった。
『――アリガトね〜。
おかげで燼霊を一人減らせたわ』
「いえ! 光栄です」
『――他はなぁい?
コレだけしかしないで帰ったら、怒られちゃいそうだわ』
光の精霊様を怒れるような立場の方と言ったら、やはり神様だろうか。
神様も、現存するんだ。
信仰をしているのに、精霊様すら信じていないような人も世の中にはいるというのに、まさか世界を創ったような、神話に出てくるような御方までいるなんて。
その一端に触れているのかと思うと、ちょっとドキドキする。
「恐れながら光の精霊様。
わたくしから申し上げても宜しいでしょうか」
『――う〜ん……そうねぇ。
アナタも燼霊討伐の功労者だし、ヒトツならいいわよ』
「ありがとう存じます。
……今しがた輪廻へとお送り頂いた御魂は、光の精霊様を崇める女神教の、最高位の神官でした。
彼女亡き後、国に混乱を及ぼさぬためにも、光の精霊様から神託と言う形で、後任を選出して頂きたく存じます」
アステルも、女神教の行く末が気になっていたみたい。
頭を垂れて傅いて、神子様の代わりの選出を、人さし指を立てている光の精霊様に願い出た。
だけどその願いは『いや』の一言ですげなく却下される。
精霊様は、世界を平和に、幸福に満ちた世の中に導くことが仕事だ。
だけどそれはあくまで、人からの願い乞われた言葉が精霊様のもとに届いた時に、個人的な采配で叶えたり手助けをしたりしているそうだ。
つまり
気分次第。
……意外と、適当なんだね。
心があるから、選り好みもするし、自分なりの矜恃に則って叶えるか否か決めるそうだ。
霊力を込めて精霊に声を届きやすくしたり、真摯な願い事ほど叶えられる確率は上がるんだって。
人の不幸を願ったり、傷付けたりするようなことを祈ると、ブラックリストに入れられてしまうこともあるとか。
勿論、精霊様のお仕事にそぐわない願い事になるから、そういう祈りは、叶えられることは決してない。
もしあるとしたら、それは燼霊の手によるものになる。
それこそ、神子様の願いごとも、そういう「願った本人は幸せになるけれど、誰かが不幸になる」類のものだったんだろうね。
燼霊に身体を乗っ取られてしまったくらいだし、余程強く願ってしまったのだろう。
アステルが言ったお願いというのは、いわゆる政だ。
人の思惑が交差し、蹴落とし合いが行われる。
場合によっては死人が出る類の分野だ。
アステルも襲撃者に怯えていた日があったものね。
ずいぶん昔のことのようだ。
光の精霊様が後任を宣言することで、表立って任命された人に反対の声は上がらないだろう。
しかし今や王家を凌ぐその権力を狙っていた人たちは、信仰心よりも自分たちの利を優先する。
そうなれば、いたずらに死人を出してしまいかねない。
それにアステルは気付いていないみたいだけれど、女神教が祀っている光の精霊様の石像には細工がしてあって、集まった信仰心の象徴である膨大な霊力は、光の精霊様に届けられることはなく、燼霊の懐におさめられていた。
女神教が解体されようがそのまま存続しようが、光の精霊様からしてみれば、‘’女神教‘’なんて言われているけれど、信仰されていたのは燼霊なったから、自分には損も得もないしどっちでもいいってなるんだよね。
むしろ燼霊が地方にまでばらまいていた細工済みの石像が、率先して破壊されるのなら、後任を決めることなく解体した方がいいとすら思うだろう。
世界規模で見れば、そちらの方が余程霊力が正しく循環し、精霊様の霊力も増し、平和に繋がるというものだ。
断られるのも、無理はない。
言い訳をするように、出来ない理由を挙げ連ねることはせずに、『いや』の一言で済ませてしまうのは、ボク個人としては説得の余地が全く無いのだと思えるからありがたいけれど、アステルは受け入れにくいようだ。
ボクの願い事はあっという間に叶えられてしまったからね。
理由があることは分かっていても、気持ち的に納得出来ないのだろう。
目上の人に対して意見してはいけないことを、立場上よく理解しているから、声こそ上げないけれど、跪いた時に地面に置かれた手は、悔しそうに握られている。
一番世代交代が手っ取り早く、平和的に終えられる方法だと思ったから進言したのに、ぞんざいに扱われたのだ。
そりゃ辛いよね。
運が良ければ、その指名されてしまった人以外誰も不幸にならずに済むもの。
その指名された人も、教会のトップの座につきたいと、常々思っていたのなら、皆幸せになれる道だった。
だけど、誰も望まない、望まれないのに任命されてしまったら、幸せなのは争いごとが飛び火してこないように振る舞うことが出来る、王家の人たちだけだもんね。
教会と王家の対立は回避出来るからさ。
起こるとしたら、内輪揉めだけじゃない。
光の精霊様は、身分や立場関係なく、不幸な人が生まれる可能性がある願いごとは聞き入れられません、って言ってるだけなんだよね。
結構、単純な話だと思うんだけどな。
立場のある人からしてみたら、単純には考えられない問題になるのかな。
一地方の平民だから、その辺は全く分からない。
「あ、成人の儀の時のスキル授与って、無くすことは出来ませんか?」
『――アレを望んだのは、もともとニンゲンよ。
無くして暫くしたら、やっぱまた神託ちょーだい、なんて言わない?』
え、スキルの授与って、無事に大人になった子供たちへの、光の精霊様からの祝福なんじゃないの?
なんでも、随分前に母さんが使っている聖剣を打った鍛冶師さんが、その功績と日々の真摯な祈りによって、今みたいに光の精霊様に直接願いごとを言う機会を与えられたそうだ。
その刀鍛冶は代々鍛冶師で、御先祖様の時代から、聖剣を打つことを悲願としていた。
弱きを助け強きをくじく力を持つ、霊力を纏い燼霊をも討ち滅ぼせる剣。
それを作った鍛冶師さんは、鍛冶師としての才能はなく、なりたかった職業も全く別のものだった。
ただ聖剣を作る方法を確立するだけの知識があったために、御先祖様から代々続く悲願を達成することが出来た。
皮肉なものだね。
実際聖剣の土台を打ったのは、その鍛冶師の弟さんだそうだ。
才能もやる気もあったのに、次男坊だったために、家督を継げなかったとのこと。
そしてその弟さんが制作した聖剣として足り得る剣に、鍛冶師さんは霊力を通す術式を直接剣に刻み込んだ。
欠けた時に不具合を起こしていた回路のことだね。
精霊術に興味があって、暇さえあれば勉強をしていたような子供が、親がやっているからという理由で、全く興味のない分野の仕事を押し付けられたら、そりゃ不幸だよね。
結果として母さんに相応しい武器が世に送り出されたのだから、ボク個人としては喜ばしい限りだけど。
切実なお願いだったこともあって、光の精霊様は乞われればどんな才能があるのか、未来を見通す力を使って、最適解と思える将来の職業を教えることを約束した。
あくまで参考程度の情報だ。
なにせ未来というものは、ちょっとした出来事の差で、幾つも枝分かれしていく。
将来就く仕事だって、大抵は何かしらキッカケを与えられて、そちらに邁進するようになる。
親の人生をなぞるように職業を選択する人が多いから、大抵は親子の職業は同じになることが多い。
それだけの話だ。
だけど、幾つも枝分かれして見えるその人の未来の中で、重複する職業が幾つかある。
だから、選択肢を与えるためにも、幾つか――せいぜい、二つか三つ程度だが、教えることとなった。
それがいつの間にか十歳になったお祝いに光の精霊様から与えられる能力だと言われるようになり、幾つか挙げられた候補はひとつしか伝えられなくなった。
それもまあ、権力争いによって後世に伝えられる際に、捻じ曲げられてしまったことなのだろう。
精霊教の人間しか光の精霊様の声は聞こえません、スキルを授けられません、と言われたら、なんの疑問も持たずに聞き入れる人は多い。
実際、今がそうだからね。
そういうものだと思い込んでいたから、成人を迎えるまで、光の精霊様に語りかけようだなんて畏れ多いこと 、考えもしなかった。
その信仰心を巧みについているよね。
いつ頃からかは知らないけれど、教会はよくやったね。
光の精霊様からの祝福を賜われるとなれば、皆熱心に祈りを捧げ、崇めようとする。
なにせスキルには特別な力があるからね。
どんなスキルが与えられるかで、人生が左右されるのは紛れもない事実なのだ。
母さんみたいに、お針子になりたいと、努力でスキルを掴み取れる人は、稀だろう。
楽な道を選びたがる人は多いもの。
父さんたちが教育してくれたように、指針程度で捉えてくれる人たちばかりなら、今のままでいい。
けれど多分また、ボクたちが死んで、もっとずっと先のことになるだろうけれど、その頃には今と同じように、過去の辛いことは忘れて、楽な方に流されたいと望む人が増えて、スキルに人生振り回される人が沢山出てくると思うんだよね。
自分の得意なこととか、何が好きかって、自分で見つけるものじゃない。
それが一生の仕事になるなら、余計にだ。
押し付けられるものでは、決してない。
なのにそれを、忘れてしまう人が多いのは、不思議だよね。
神子様から代替わりすることになるのか、女神教そのものを解体することになるのかはまだ分からないけれど、宣託を無くすのなら、今このタイミングを逃すべきではない。
光の精霊様に直接お願いする機会だって、この先訪れるかも分からないし。
ボクみたいに、複数人の魂が合体してしまうことも、魂が輪廻へと還る段階で‘’神さまの欠片‘’が回収・再配されないことも、そしてそれらが重なることは、かなりレアな事故である。
‘’ギンヌンガの裂け目‘’の周辺に張られた時空の歪みを無くして、世界中に霊力がしっかりと循環するようになれば、‘’神さまの欠片‘’を授かる量の偏りも、次第に無くなっていくだろう。
時の精霊様や光の精霊様の御手を煩わせる項目が、ひとつ減るからね。
手がたまたま空いてなくて、回収出来ませんでした! なんてことが起こる確率が、ゼロになるとは言えないけれど、限りなくその数値に近付けることが出来る。
その偏りさえ無くなれば、こんな人間離れした、ぶっ壊れた能力を授かる人はいなくなる。
スキルに当たりハズレが関係ない所で、生まれながら持っている能力に差が生じなくなるのだ。
スタート地点が同じで、走る道は全て公平に目の前に広がる。
ぐにゃぐにゃして前に向かうでも、でこぼこ道を満喫するでも、何に縛られることもなく、好きなように未来へ行けるようになる。
きっとそれは、とても自由でステキなことだと思う。
選択肢が無限に広がることを、恐れる人もいるかもしれない。
だけど、ひとつの未来に縛られて泣く人が出てしまっているのなら、それは最初にスキルを乞うた人が不幸だと唱えた状況と同じになってしまっている。
本末転倒ってヤツだね。
ならば、全てフラットにしてしまうべきだろう。
少なくとも、ルミエール大陸以外ではないんでしょ?
成人の儀はともかく、スキルの授与って。
今まで光の精霊様のお膝元だからと、贔屓されていただけなのだ。
本来のあるべき姿に戻る。
それだけの話なのだ。




