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まずい、やばい。
‘’瞬足‘’や‘’韋駄天‘’のように、とにかく走ることに特化したステータスを追加で書き込み、皆のもとへとひた走る。
アステルの剣を、無事回収出来たのは良かった。
良かったのだけど、回収までに時間が掛かりすぎた。
すぐに見つかりはしたのだ。
なのに、タチの悪いことに剣が石に刺さってしまっていた。
伝説の剣と言われたら納得してしまいそうな程、それはそれはもう、見事な刺さり具合だった。
この石が鞘ですが? と言わんばかりにハマっていた。
接着剤でも塗ってあるんじゃないだろうかと疑いたくなるほど、ピッタリとジャストフィットしていて、抜くのにかなり手間取ってしまった。
筋力を増強して、石を叩き割った方が早いと判断してからは早かったけれど。
それでも何分かロスした事実に変わりはない。
母さんのバフが切れてしまう前に、戻らなければ。
風になったかのように、軽やかに地面を蹴る。
余りの俊敏さに、忍者にでもなった気分だ。
ここまで早く走れると、不謹慎だけどちょっと楽しい。
急いで戻ったけれど……一番いい所を、見逃してしまったらしい。
随分と小さくなった燼霊は、水球に閉じ込められ、大人しくなっていた。
母さんと途中から合流したアステルとで燼霊を削いでいき、インベル様が作り出していた小さな水球――聖水の塊でソレを回収、浄化を繰り返した結果だそうだ。
慈悲の復活の後押しもあって、霊力持ちにその水球が触れた場合は、霊力が回復されたり、傷が修復されたりする。
そのおかげで、変なくっつき方をしていたアステルの腕は、綺麗にシュッとしていた。
対象によって効果が変わるなんて、便利な術だね。
燼霊の核から離れた分はそれで浄化出来たけれど、本体となると、勝手が違ってなかなか難しいらしい。
と言うのも、神子様の魂ごと消滅させるなら、水の精霊様から直接力を授かった今のインベル様なら、どうとでも出来る。
だけど、ボクの希望通り神子様の魂を救うとなると、双方複雑に混ざりあってしまっているために、かなり難しいそうだ。
霊力の扱いに長けている上、魂の形を直接視認出来る精霊様が難しいと言うなら、それは実質、不可能と言うのではないだろうか。
大精霊様ならなんとか出来るかもしれないけれど、空間が歪んでいることもあり、契約していないと、ここに精霊様を喚ぶことは難しいそうだ。
確率として喚び出せる可能性が高いのは、‘’ギンヌンガの裂け目‘’の封印に直接関わっている大精霊様になるけれど、その大精霊様を喚ぶだけの十分な霊力を持っている人が、この場には一人もいない。
なにせ封印に関わっているのは、大精霊様の中でも最高位の時の精霊様、次いで光の精霊様に闇の精霊様の三柱になる。
人の身で喚び出すには、過ぎた存在というものだ。
‘’神さまの欠片‘’持ちで、人じゃない部分があるボクの場合は……どうかな。
慈悲の復活だって存在はするけれど、本来は使えない、もしくは使うとしたら儀式的に大人数で使用する術になる。
けれど、ボク一人で使えたのだし。
どうにかならないかな。
この状態なら気を抜いても問題ないと、インベル様から太鼓判を貰ったので、ちょっと作戦会議をすることにした。
母さんは、本当に父さんが無事なのか即確認しに行ったから、それどころではないけれど。
涙になって溶けてしまうんじゃないかってくらい、咽び泣いている。
あんな母さんは、初めて見た。
普段はちょっと素っ気なかったり、父さんの熱烈アピールを「ハイ、ハイ」と受け流しているけれど、ちゃんと母さんが父さんのことを、とても愛しているのだと分かって、こんな時だけれどとっても嬉しい。
アステルも父さんが死んだと思っていたから、生きていて良かったと、顔を綻ばせた。
二人とも「生きてて良かった」と言って喜んでいるので、「一度死にました」なんて不要な事実は、告げずにしまい込んでおくべきだろう。
慈悲の復活も、父さんが気絶する前に発動させた術だと思い込んでいるみたいだし。
確かに‘’神さまの欠片‘’と前世を自認する前のボクでは、到底使えなかった術だもんね。
勘違いさせておけばいいと思う。
……ならば今のうちに、切り飛ばされた父さんの腕は、どこかに隠しておくべきだろうか。
時間の巻き戻し効果と超回復によって、もげた腕は服ごとしっかり綺麗サッパリ元通りになっているけれど、治っていく様子を見ていた限りでは、元々生えていた腕がくっついた感じじゃないんだよね。
つまり未だに、この近くに父さんの右腕が落ちていると言うことだ。
気は引けるけれど、隙を伺って証拠隠滅を計らなきゃ。
『――我が始末しておこうか?』
あ、そっか!
精霊様って心が読めるんだったっけ。
「是非とも宜しくお願い致します」と心の中で合掌すると、インベル様は水球を幾つか作り出して、ポイッと適当に放り投げた。
その内の何個かは、戦いの時に流した血溜まりへと転がり弾み、向かって行く。
汚れてしまった石畳にくっつくと、石鹸を泡立てたような細かい泡になって、次第に消えていった。
泡が消えたあとは、濡れた跡すら残っていなかった。
すごい!
汚れも落ちるし水切りも不要だなんて、食器を洗うのにとっても便利だ!
興奮していたら、ボクの思考を読んだらしいインベル様に、思いっきり溜息を吐かれた。
かなり高位の精霊術を、乾燥機能付きの食器洗浄術扱いしたら、呆れられるのも当然だよね。
いや、でもだって。
安心していいと言われてしまったせいか、日常に戻りたくて現実逃避しちゃっているのかな。
さすがに、そこまで気を抜いていいとは言われていないのに。
「トオル、その……ごめんなさい……」
言ってアステルから差し出されたのは、剣身のアチコチにヒビが走った、ボクが貸した剣だ。
差し出されるままに受け取れば、形を保つのが限界だったのだろう。
ピシリと音を立てて、砕け散った。
二人とも、インベル様の術の効果もあってか、無傷でここにいる。
アステルの身を守り、母さんの手助けもシッカリ務めたのだろう。
与えられた役目を終えたのだ。
ボクの手に戻ってくれるまで、耐えてくれただけでも嬉しい。
ありがとうって、直接伝えられたからね。
柄は残っているのだ。
大きな街に行ったら、鍛冶師さんに歪みを直して貰って、新しい剣身を誂えて貰おう。
「役に立ったなら、良かったよ。
変わりに、じゃないけど、はい、コレ」
「……ありが…………トオル?
わたくしの剣に、何か細工でもしましたか?」
「ううん。
ああ〜石に刺さってたし、歪んだり欠けちゃったりしてた?」
「いえ、そうではなく……」
母さんの聖剣程ではないけれど、アステルの剣も特注品で、霊力を吸収して斬れ味を増したり、霊力を纏わせて本来物理攻撃が効かない、瘴気を斬ったりすることが出来る。
そのおかげで、ずっと戦えていたんだもんね。
そのくせ瘴気をまとっている側は、物理的な攻撃ができるのだから、卑怯だと理不尽を叫びたくなるよね。
アステルの予備の剣が、ことごとく使い物にならなくなってしまった理由は、ここにあるのだろう。
さっきまでは、慈悲の復活のおかげで、ボクのごくごく普通の剣でもなんとか戦えたようだけれど。
どうやらそのアステルの剣が刺さっていた場所が、ちょうど時空の歪みの境界線のあたりだったらしい。
周囲の霊力を、こことは違う時間の流れの中で長時間取り込んだ結果、目に見えて能力がかなり向上しているそうだ。
今の状態だと、下手に鞘に納めようとすれば、鞘が斬れてしまうと言われた。
なにそれ。
とっても妖刀ちっく。
なかなか心躍る強さだけれど、戦闘がほぼ片付いた今、無用の長物でしかない。
「その剣に集められた霊力を使って、神子様の魂を燼霊から引き剥がせないかな」
「インベル様が水球に閉じ込めて下さっているのですよね?
わたくしには見えないので、恐らく、区別がつかずに全て消し飛ばしてしまうと思います」
「あれ?
燼霊も見えない?」
「えぇ。
戦闘中、黒色の鞭は視認出来ましたが、あの状態になってからは、一切」
そっか。
ほぼ‘’核‘’だけの状態になっているから、『勇者』の目をもってしても見えないんだ。
濃度が低くても瘴気や魔力の流れ、霊力も見えたり感じ取ったり出来るから、てっきり核も見えるものだと思ってた。
剣と言えば母さんだけど、母さんは神子様に思う所があるから、代わりに頼むことは出来ない。
ついうっかりと言って、この遺跡ごと消し飛ばしかねないからね。
ボクでは剣の扱いに難ありで、母さんとは違う意味でうっかりが起きてしまいそうだし。
剣が取り込んだ霊力だけを利用出来れば良かったんだけど、剣を傷めることなく取り出すなんて器用なこと、父さんくらいしか出来ない。
そしてその父さんは、まだ目を覚まさない。
胸が上下しているし、母さんもとろけ切る前に泣き止んでくれたし、ちゃんと生き返ってくれはしている。
けど、まだ目覚めない。
眠り姫なら、王子様の口付けで起きるのにね。
……母さんがしたら、起きるのかな。
それとも、今男の子の身体で名実共に王子様であるアステルがしたら、起きるかな。
無理矢理起こしてお願いをしても、神子様に思うところは、母さん以上にありそうだもんね。
燼霊が窮地に陥った時、真っ先に父さんを攻撃したのは、神子様の執着が父さんに向かっていた、その意識が残っていたからだろうし。
大人しく寝かせておこう。
あ、父さんの腕を差し出したら、神子様の魂だけ反応して分離したりしてくれないかな!
……あ、もう処理してしまいましたか。
そうですか。
ありがとうございます。
まあ、何よりも、絵面が酷いから出来ないよね。
ボクも嫌だし。
あの時は無我夢中だったからどうにかなっただけで、あんなもの、色んな意味で二度と持ちたくない。
女神教の実質トップだった神子様は、燼霊だったわけでしょ。
その上、今これから消滅させるか、輪廻に還すかしますって段階なんだよね。
……統治者が突然いなくなったら、いくら神職者と言えども、後継争いとか起きてしまうかな。
その隙に、今回のアステル――ステラの功績を全面に出して、王家が権力を取り戻そうとするかもしれない。
そうなれば、宗教戦争勃発待ったなし。
……困ったな。
ルミエール大陸は、絶対的な存在である精霊様を信仰することで、戦争とは無縁な世界だった。
初めての戦争が起きるとなれば、辞め時が分からず泥沼化してしまう恐れが高い。
別大陸って、人間同士でも争いが起きているんだよね。
そういう所から、戦争とはどのようにして起こして、終わらせるのか、学んでくるべきかな。
でもボク、そんな世界に飛び込んだら、足がすくんで動けなくなって、すぐにでも死んじゃいそうだ。
学ぶ余裕なんてないだろうね。
女神教が勢い付いたのは、神子様がトップに据えられてからだ。
光の精霊様への信仰は元々盛んだったけれど、旅の最初に立ち寄った教会みたいに、全ての精霊様を信仰するのが当たり前だった。
だって精霊様は、一柱でも欠けてはならない。
みんな等しく偉大な存在だもの。
ただその中でも、神話にあるように神様が「光あれ」と言って創られた一番最初の精霊様が光の精霊様で、ルミエール大陸はその恩寵を最大限に受けているから、光の精霊様への信仰心が特に深いというだけで。
そこに目を付けたのが燼霊だった。
信仰心を目に見えて表すために、人は献金というものをする。
神職者の方々の衣食住を支えるためであり、より立派な像を建てるためであったり。
ようするに、宗教はお金が集まる。
従来の信仰とは区別をすることで、自分の所にお金が集まりやすいようにしたのだろうね。
そしてお金が集まる所は、欲望や妬み嫉みのような負の感情も勝手に集まってくる。
神輿として掲げるにはおあつらえ向きな『聖女』様なんて存在もいるのだもの。
ポッと出の小娘に、地位を蹴落とされた者もいるだろうし、取り入ろうとアレコレ画策するような者もいただろう。
ヒトも金も、瘴気も集まる。
光の精霊様を象ったとする像に、信仰心をそのまま魔力に変換する機構を組み込むのも、容易だったろうね。
そうやって長い年月をかけて、力をつけたのだろう。
その燼霊が、どこから湧いて出てきたのかが問題だけれど……人の欲望をよく知る燼霊だもの。
願いごとを叶えてくれる存在ならば、神でも精霊でも、何でもいいと、正体すら分からないようなモノに縋る人は、確実にいる。
精霊様が方陣を使うと喚びかけに応えてくれやすくなるように、燼霊も、方陣のようなものがあると、‘’ギンヌンガの裂け目‘’のような、あちらの世界とこちらの世界を繋ぐ時空のほころびが出来てしまうのかもしれない。
そういうことが書かれた文書が、どこかに隠されているのだろう。
一度、あらゆる書物を検閲すべきではなかろうか。
この大陸どころか、世界を巻き込むような凶悪な存在が世に放たれる所だったのだ。
責任を取らせると言う意味でも、女神教は解体すべきだけれど、なかなか骨が折れるだろうな。
なにせ精霊教から抜けて、鞍替えした人が多いんだもの。
そういう人たちがまた精霊教の信徒に戻りたいですぅ、なんて言っても、いい顔はされないだろう。
王家にもっと権威があれば、宣言と命令だけでどうにかなっただろうに。
アステルの功績だけで、どうにか争うことなく、おさまってくれないかな。




