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器となる肉体壊せば、燼霊はこの世界に顕現出来なくなる。


何本もあった触手は、主に母さんとアステルの健闘により、すでに半分以下になった。

その上おおよそ人であるならば、既に息絶えている状態まで、身体は破壊尽くされている。


そのはずなのに、燼霊はいつまで経っても‘’ギンヌンガの裂け目‘’より向こうの世界に帰らない。


この世界に留まっている期間が長かったから、順応してしまったのだろうか。

それとも、‘’ギンヌンガの裂け目‘’が閉じきってしまっているせいで、帰るに帰れないとでも言うのかな。



だからと言って、あんな物騒な扉を開くなんて、愚の骨頂。

本末転倒もいい所だ。


燼霊は強い。

過去三英雄様や精霊様方が、殲滅は不可能と判断し、別の世界に封印したとされるだけあり、とっても強い。


退けられれば勝ちと思っていたけれど、どうせあちらの世界に帰れないと言うのなら、このメンバーなら出来るだろうし、欲張ってみても……いいだろうか。


神さまや精霊様たちのためにも、ボクたち自身のためにも。

この燼霊を、滅ぼそう。



燼霊を滅ぼすと一言で言っても、実はとっても難しい。


人間は死んだ後、魂だけの存在になり、再び生を授かり輪廻を繰り返す。

死に変わりをするとも言うね。


今のボクも、『魔王』と『勇者』が死んでひとつになって生まれ変わって、ボクに変わった。

さすがに魂の形まで変わるのは珍しいことだけれど、まあ、分裂したり合体したり、一応ないことはない。



生前どれだけ魂を研鑽したかで、その転生先がヒトになるのか、精霊になるのかが別れる。


だけど稀に、恐怖や憎悪のような負の感情に支配されならが死んでしまうと、輪廻に至る前に、‘’ギンヌンガの裂け目‘’の向こうの世界に呼ばれてしまったり、たまたまコチラの世界に顕現していた燼霊に連れ去られてしまったりして、魔物や燼霊になってしまう場合がある。



『魔王』も、こんな最もアチラの世界に近い所で、アレだけ世界を憎んで絶望したまま死んでいたら、普通なら燼霊になっていただろう。

『勇者』が命懸けで浄化してくれたお陰で、そう言った燼霊化するために必要な要素を、全部綺麗に剥ぎ取ってくれたから、今こうしてボクになっているわけだ。


ありがたい話だね。

どっちも次の人生がボクになっているから、自分に自分で感謝している気持ちになって、なんか変な感じがするけれど。



つまり、燼霊にも魂という目に見えない‘’核‘’が存在しているのだ。

それを破壊しない限り、また復活してしまう。


プラナリアのように、ごくごく僅かな欠片でも遺せば、時間は掛かるけれど再生してしまう。

とっても厄介なのだ。



一度燼霊化してしまい穢れた魂は、イメージ的なものになるけれど、酷く濁ってしまって、浄化することは、まず不可能だと思っていい。


純水に墨液を一滴でも落としたら、黒くなるじゃない。

そしてその黒く染まった水はさ、どれだけ薄めても、もう二度と純水にはならないでしょ。


限りなく近くすることは出来るけれど、混ざりものになってしまったら、どうにもならない。



神子様の魂がどうなったのかが、気がかりだよね。

燼霊が乗っ取ったのが、肉体だけなら神子様の魂はとうに輪廻に至っている。

それならなんの問題もない。


だけどもし、あの燼霊に魂まで取り込まれてしまっていたのなら。

……どうにかしたいけど、無理、だよね。


混ざった墨汁と水を分けられないのと同じ。

魂だって混ざってしまったら、一体化して境界線なんて引けなくなる。



ボクやアステルよりも、触手の攻撃が父さんと母さんに向かうことの方が多い所をみると、あの燼霊は二人に固執しているのだと思う。

神子様の魂がそうさせているのかもな、と思うと、絶望的だよね。



さすがに神さまや精霊様みたいに、魂の形まではボクには見えないから、確認のしようはないのだけれど。


ボクは精霊様と契約していないから。

契約している父さんに聞くのもちょっと、はばかられるし。



今の事態を引き起こした原因は、言ってしまえば神子様だもの。


こんな事態になるとは思っていなかったからとはいえ、被害が大きい。

犠牲者もいるし、生き残った父さんたちも、トラウマレベルの精神的な傷を負っている。



そんな状態で神子様の魂を救いたい、と言って頷いてくれるかどうか……


母さんさえ関わらなければ、聖人君子のように心の広い父さんだけど、その母さんも被害者だしね。

未だにそのせいでイジられているとなれば、余計に許せなかったりするんじゃなかろうか。


見ようによっては、アレも一種の戯れに見えるし、ただイチャイチャするための理由にしているだけな気もするけれど。



父さんを狙って伸びてきた触手を薙ぎ払って破壊すると、今まで束ねた沢山の紐を振り回すように縦横無尽に暴れ回っていた触手が、スルスルと本体である神子様の肉体へと引っ込んでいく。


数値的には、魔力がもう底をつきそうだし、触手を維持できなくなったのかな。


全ての触手が足元の影におさまった。


その、途端。


後ろから強く引っ張られた。

そしてその勢いで、引っ張った父さんが前に出ることになり……集束した一本の触手に、身体を貫かれた。



「……あ”、ア”アぁぁッッッ!」


母さんの、号哭のような咆哮が響く。


ズルリと滑るように父さんから引き抜かれた触手は、次に母さんを素通りして、父さんに気を取られたアステルへと向かう。


狙われているのが自分だと気付き、すぐに剣を構えるが、握る力が緩んでいたのだろう。

アステルの愛剣は、触手に弾き飛ばされてしまった。


『勇者』の体質により、全身霊力の鎧で覆われているお陰で、父さんのようにはならなかったけれど、連続して繰り出された鋭い攻撃を防御した腕は折れ、その勢いで視界の外へと吹き飛んでいった。


追撃しようとした所、すかさず母さんが攻撃したことで、これ以上の攻撃はアステルに向かわずに済んだ。


だけどさっきまでの触手なら斬れたのに、今の触手は、一本になった分、強度が増しているのだろうか。

斬れない上に、金属同士がぶつかるような高い音がしている。


聖剣は直したけれど、さっきまでの触手ですら、欠けが生じたのだ。

霊力を込め直していたけれど、場合によってはすぐに壊れてしまいかねない。


興奮状態にあるせいで、変に力んでいるせいもあるのだろうけど、母さんの息が上がっている。

なのに触手は猛攻を緩めない。



ヤバい。

あの強さだと、母さん一人じゃ荷が勝ってしまう。


だけど……向かえない。

アステルは死にはしないだろうけど、とにかく父さんがまずい。

一刻を争う。



父さんはボクのほぼ真後ろにいたせいで、突き飛ばしたり、抱えて一緒に逃げたりすることが出来なかった。


ボクの身代わりに、無防備な状態で攻撃を受けた父さんは、利き腕が行方不明。

右半身が大きく抉られていた。


生きているのが不思議なレベルだけれど、運が良かったのだろう。

攻撃は心臓の位置から逸れていた。


父さんが、咄嗟に身体を捻ったのかな。

そのおかげで、辛うじてまだ生きている。



こういう人の生死が関わる時、精霊様はその領域に不可侵となる。

契約者からの命令がなければ、自主的には決して動かない。


精霊様の存在意義である世界を平和にするため、その手段のひとつとして、人間を利用しているだけだからだ。

壊れれば、次に行くだけ。

そういう所は、案外ドライだ。


燼霊化する可能性があれば、また行動は変わるのだろうけれど、死ねば魂は輪廻に至るだけ。

姿形が変わるだけだから、肉体の死に、そこまで拘りがないのだ。


あくまで精霊様は、効率良く霊力を世界に循環させるための手段として、人間に力を貸してくれるだけ。

契約期間が長ければ、情が湧くこともあるかもしれないけれど、父さんと契約したのなんて、ほんの数ヶ月程度。


精霊様の生きている、数百年、数千年の歴史の中では、瞬き程の時間ですらないだろう。

情に訴えて助けて貰うのは、無理だ。



ボクにも治癒術が使えたら良かったのに。

詠唱が分からない。

方陣の書き方も分からない。

父さんがいるからと、頼りきってしまっていた。


父さんが死ぬこと。

いつか訪れるその時が、こんなタイミングで、こんな早くに訪れる可能性なんて、考えたつもりではいたけれど、現実的には、全然考えれていなかった。



‘’神さまの欠片‘’の存在を認知して、前世の記憶を思い出したお陰で、ボクの中に眠っていた能力は爆発的に増えている。

だけど、それでもまだ、足りない。


知識が無いのは、致命的だ。

『賢者』のスキルを手に入れた所で、学ばなければ、覚えようがない。

思考が加速した所で、手段を知らなければ何も出来ない。



即死しないように書いた‘’蘇生‘’と‘’復活‘’のお陰で、なんとかまだ、生きている。


だけど腹部を貫通していたのだ。

内臓はグチャグチャ。

出血は多量。


腕からも遠慮なくドバドバ血が出続けている。

コレは、血が出ないように結べばいいんだっけ。


グッタリとして意識がないせいで、父さんから指示を仰ぐことすら出来ない。

こんな状態じゃ、そもそも喋ることすら出来ないか。


ズタズタに切り裂かれた袖を使って、腕は結んだ。

だけど、お腹の傷は、一体どうすればいいのだろう。


即効性のある回復薬をかけても、損傷箇所が大きすぎる。

やらないよりはマシだからかけまくるけど!


治るよりも細胞が死んでいくスピードの方が早い。

ステータスの生命力のゲージ操作を左手でしつつ、回復薬をかけているのにコレって、どうにかならないの!?



「かは……っ」


衝撃で気絶していた父さんが、小さな咳をして目を覚ました。

ヒューヒューと、喉がいけない音を立てている。


口内の血を吐き出せるように顔を横に向けようとしたら、虚ろで定まらない目線なのに、止められたことが分かった。


うまく動かせない腕を、なんとか動かそうとしている。


あ、そっか杖を探しているのかな。

杖がないと、治癒術が使えないもんね。


キョロキョロ見回すと、母さんが一人でなんとか燼霊を食い止めている。

だけど、その身体に負った傷は増え続けている。

早く、どうにかしないと。



母さんの生命力と霊力のケージを元に戻せるだけ戻して、見つけた父さんの杖に駆け寄った。

強く握られていたせいで、指を解くのに手間取ってしまった。


腕ごと拾い上げたら、思っていた以上に重かったんだもの。

運べる気がしなかったのだ。


なんとか手を解いて持ち上げると、杖に霊力をグングン吸い取られていく。


貯蓄してあった霊力を、かなり消耗していたのだろう。


飢えてるからって、ボクの霊力を持っていかないで。

ステータス操作が出来なくなっちゃう。


杖になんとか抵抗しながら、父さんの所へ戻る。

杖さえあれば、父さん自身が自分に治癒術をかけられる。


もげた腕でも元に戻せるし、潰れた傷口だって痕も残さずあっという間に綺麗に治せる。

杖さえあれば――……



その杖を抱えて戻った時には、もう。

……父さんは、息をしていなかった。

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