51.1
閑話。
拙作『もと神さま、新世界で気ままに2ndライフを堪能する』からゲストを呼びしました。
読まなくても問題ありません。
気配を読むということは、つまり人や精霊様が持つ霊力や、魔物が持つ魔力といった、程度の差こそあれ、外に漏れ出ている個々の力を感知する能力と言える。
この世界の生き物は、霊力か魔力かのいずれかを必ず持っている。
産まれたばかりの赤ん坊でも、木々や薬草のような植物でも、そこに例外はない。
自然物には精霊様ご自身が宿っていたり、加護を与えていたりするから、下手な人間よりも多い場合なんかもある。
薬草とされる植物は、霊力の含有量が多いから、摂取した人の霊力に作用して治癒力を底上げしてくれる。
だから、そこら辺に生えている草が、薬になるのだという説が有力とされている。
そこから、使える人は少ないけれど、治癒術なんかは自分の霊力を他人に譲渡することで、譲り受けた相手の代謝が促進される。
その結果として傷が塞がったり、病気が治ったりするんじゃないのかって言われているね。
その理屈で言うと、ボクのスキルで解毒された人たちってどういう作用が働いたんだろう。
確かにあの時、ボクの霊力は消費されていたけれど、譲渡したって感覚は、ないんだよね。
ただ渡しただけなら、効果があまりにも大きすぎたし。
万物に宿っている自然の力が霊力。
相反する魔物や「悪しきもの」が持っている力が魔力。
どちらも生きていれば微弱にでも身体から常に漏れ出ているもの。
そんな認識でいいと思う。
……そう、思っていた。
水精霊・インベル様の案内によって、ようやくたどり着いた‘’忘れ去られし時代の遺跡‘’は、遠くから見たら摩訶不思議な建物だった。
そして近くで見ても、やっぱり奇妙奇天烈な建造物だった。
と言うか、コレは本当に建物?
ただのノッペリとした、とっても大きな箱にしか見えない。
いやいや、それよりも今気になるのは、そのツルッと平たい壁に寄りかかって、見たことのない白い妖雉のような生き物を肩に乗せている、人? の存在だ。
なんで疑問形かというと、黒い外套を頭からスッポリ被っていて外見が全然分からない怪しい格好もそうなのだけど、何よりも、気配が全くないから。
そこだけ空間が切り取られたみたいに、霊力も、魔力も、何も感じない。
目の前に確かにいるのに感知出来ないのって、初対面の人にこんなことを思うなんて、とっても失礼なことは分かっているけれど、凄く、気持ちが悪い感覚だ。
こちらに気付いたその人が、ひらりと片手を上げて挨拶をしてくる。
とても気さくな感じだし、父さんか、母さんの知り合いかな。
視線で質問をしてみるけれど、二人とも顔を見合わせて、首を横に振る。
警戒、するべきなのかな。
「カノンの知り合いって、アンタらで合ってる?」
すっごく良く通る、澄んだ美しい声で、とっても口が悪い発言をされた。
なにこの落差。
父さんが一歩前に出て、ボクたちを後ろへと庇う位置に立った。
やっぱり、警戒をした方がいいらしい。
だって、神子様と同じように、この人のステータス紙の中身、全然視えない。
父さんもステータスが視えるから、立ちはだかるような位置に移動して、杖を構えたのだろう。
正確に言うのなら、神子様のはグチャグチャに塗りつぶしたように、部分的に見えなくなっていた感じだった。
だから、所々は何となく見れた。
だけどこの人は、名前もスキルも能力値も、一切、何も見えない。
スキルを授かってすぐの頃は、視る相手によっては今よりも視える項目が少なかったけれど、それでも、名前すら視えないなんて。
こんなことは、初めてだ。
気配がないことと言い、ステータス紙のことと言い、本当に人かどうかすら怪しい。
オバケの類の魔物がいるって父さん言っていたし、もしかしてそういうヤツなのかな。
でもそれなら、魔力を感知出来るよね。
「怪しさ大爆発してるケド、一応、敵じゃ無いから。
ここの施設の使用許可、カノンから貰ってただろ?
鍵の解除しに来たついでに、アンタらのこと――特に『整理士』だっけ?
気になったし一目見ておきたくてさ、待ってたんだ。
……‘’魔勿‘’化計画、上手くいってる?」
「あ、お手紙くれた人?」
「そうそう、アレ書いたの、俺」
‘’一応‘’敵じゃないとか、口の悪さとか、気になる所は沢山あるけれど、あのお手紙をくれた人だと分かったら、途端に諸々気にならなくなった。
あのお手紙を書いた人なら、信頼出来ると思う。
会ったことすらない他人のボクのこと、すっごく気にかけてくれたし、あれだけ高い教養を修めている人だもの。
ボクの知る知識人は、父さんと大賢者さまくらいだ。
二人とも、とても立派な大人だし、信頼出来る人だ。
なら、この人もそうだと思うんだ。
「大賢者様のことを呼び捨てにしていらっしゃいますが、貴方は何者ですか?」
父さんはボクほど単純には考えられないらしい。
むしろ尊敬する大賢者様に敬称も付けずに、横柄な印象を受ける態度と格好のせいで、父さんの警戒心は最初よりも強くなっているかもしれない。
見た目も、真っ黒な外套についた帽子を目深に被っていて、口元が辛うじて見える程度だし、それを未だに取ろうとすらしない。
人と話す時は目を見て、と言われてきたボクとしては、ソコは確かに気になる。
外套からチラッとのぞく服や靴は、見たことのない形をしている。
なんというか、とても洗礼され印象を受ける。
見た人を釘付けにする白い妖雉のような生き物は、魔物とは思えない位に神々しい雰囲気をまとっている。
なんというか、平伏したくてムズムズする感じ。
その対比が、とにかく酷い。
自分で言ってたけど、怪しいことこの上ないね。
一人称は‘’俺‘’だけど、その外套のせいで、背が高めの女の人なのか、中背の男の人なのかすら分からない。
高めの男性とも、低めの女性とも取れるような声をしているのだ。
あのお手紙の差出人だ、という情報以外が一切入ってこないのは、父さんからしたら警戒すべき対象のままでいるのも、仕方がないよね。
父さんは、ボク宛てのお手紙の内容を見ていないもの。
あのお手紙を見ていたら、どんな人なのか分かるだろうに。
父さんの問いかけに、その人はどう答えればいいのか、考えあぐねているみたい。
腕を組み直して、うんうん唸っている。
「あ〜、一応、アイツの友達? になるのか?
それとも、被保護者のままなのか?
……まぁ、一緒に暮らしてる仲だよ。
世話したり、されたり。
そんな関係」
「名乗りもせず、顔も見せない。
その上調子も軽いような方の言葉を信用しろと言われても、抵抗がありますね」
「別に信じなくても良いよ。
鍵は開けたし、俺はもうお役御免だから。
転送装置に関しては……まぁ、地の精霊とか水の精霊の部下の精霊にでも頼めば、起動くらいはしてくれるデショ。
座標は‘’裂け目‘’と、あとは別大陸に避難したいって話してたんだろ?
俺らが住んでる街の座標も登録したから、その二箇所に合わせてあるし、指定する場所を間違えないようになって位だ。
それに、どうせ名乗っても偽名だよ?
名乗る必要、ある?
顔は……まあ、別にいいケド」
色々理解に難しいことを、まくし立てるように一気に喋ったその人は、言葉を区切って被っていた帽子を後ろにズラす。
……すごい。
顔を見ても、男の人なのか女の人なのかが分からない!
口の悪さに似合わず、すっごく整ったお顔をしている。
コレは、アレだ。
傾国の美女ってヤツだ!
ん?
つまり、この人は女の人なのかな?
母さん一筋の父さんですら目が離せなくなり、見た目をあまり重視しない母さんが見惚れ、キレイな顔なら散々鏡で見飽きているだろうアステルすら息を飲む美貌だもの。
隠すのも頷ける。
コレだけ神秘的とも言える、華やかな見た目をしていたら、行く先々で色んな人を魅了して、本人の預かり知らぬ所で騒がれて騒動を起こしてしまいそう。
そりゃあ、当たり前のように隠すよね。
夏場は帽子の中が蒸れて、大変そうだ。
「あの、お手紙、ありがとうございました。
参考になったし、元気付けられました」
「お、シッカリ礼を言えるなんて、エラいな、坊主」
「えっと、‘’魔勿‘’化計画ですが、成功はしました。
ですが、魔物との戦闘時において、襲われる前に牛偏をすぐに消すことが難しいのと、無害になった‘’魔勿‘’を野生に返した時に、気性が大人しくなったせいで他の魔物に襲われる危険性が高いことから、試しにやってみたこの妖兎以外は、やれていません」
言って小さな背嚢から取り出したのは、‘’魔勿‘’化したあの妖兎だ。
母さんが急ごしらえで作ってくれた、通気性のいい背嚢が、この子の今の住処になっている。
‘’魔勿‘’化させたままだろうが、魔物に戻そうが、元々の生息域が違うのだ。
野生に放してしまえば、襲われるか飢えるかして、すぐに息絶えてしまうだろう。
アステルも気に入っているし、‘’魔勿‘’化が時間経過で解けないか、経過観察も含めて連れていくことにしたのだ。
この大きさなら、大した荷物にならないしね。
「触っても?」と触れる許可を求められたので、どうぞと差し出す。
優しい手つきで妖兎を抱き上げた大賢者様のお友達は、顎の下を撫でたり‘’魔勿‘’化して小さくなった角をつついたりして遊ぶ。
「まんま、ウサギだな」
「別大陸には、うさぎっていう、妖兎みたいな魔物がいるのですか?」
「イヤ……魔物じゃなくて動物っていう……ん〜……人を襲う時もあるしな。
生物を二大別……するのも、この世界では変か。
なんて言うのが正解かな。
生命を持つ自己増殖し、かつ自己保存の能力をもつ物質系、とか、植物の対義語、なんて言ったら魔物も含まれてしまうし。
あぁ、魔力を持たない魔物、みたいな単純な言い方で良いのか」
考えながら妖兎をこねくり回している。
未だに父さんと母さんを警戒するのに、当の妖兎は気持ちよさそうに鼻をヒクヒクさせて目を細めている。
お腹を上にされても、無抵抗なあたり、ボクやアステルよりもよほど懐かれている。
なんだか少し、嫉妬してしまいそう。
すっごく雰囲気が独特な人だな。
大賢者様や精霊様を呼び捨てにしているのを見ると、人によっては不敬だとか、侮辱しているとか、反感を買うだろうに、この人が言っても、違和感がない。
たまにいる、女神教や精霊教をバカにしているような人とは全然違う。
敬ってはいないんだけど、なんだろう。
お友達とか、対等な立場の人のことをお話しているみたいな、そんな調子の話し方をしている感じ。
父さんだって、訝しげな顔をしていても、それ自体をおかしいとは感じていないみたいだし。
その人は、「俺がいたら精霊達も困るし、扉開けたら帰るわ」と一方的に言って、のっぺりとした建物の表面を撫でると開いた壁の一部から、サッサと中へ入っていってしまった。
余りの急展開に、呆けてしまっていた父さんが、弾かれたようにバッとすぐに後を追ったけど、中には既に、誰もいなかったそうだ。
一体、何だったんだろう?
いなくなる前に返された妖兎の首元に、可愛い装飾品が巻かれていたので、とりあえず可愛いものが好きな人なのだと言うことだけは分かった。
ただ父さんは、酷く狼狽していた。
あの人の言い草に、お灸を据えてやろうと、何度かインベル様を喚び出そうとしたのだけれど、出来なかったんだって。
それに、あの肩に乗った白い妖雉のような生き物。
精霊様と同じ気配がしたそうだ。
しかも、インベル様よりも、余程強い気配だったとか。
ボクには分からなかったけど、確かに神々しい雰囲気は感じ取れた。
本当に、あの人、一体何者?