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晴れの日にも関わらず湿った地面は、一直線に遥か西へと伸びている。
父さんが契約をした水の精霊・インベル様の力を借りて、大賢者様の指定する遺跡への道を示してもらったのだ。
雨が降っていなくて良かった。
お陰で分かりやすい。
地面に手をついて、今まで通ってきた街道の中でも、歩きやすいと感じたものを想像する。
インベル様の霊力は、ここら辺の精霊様の気配とは全然違う。
上位の精霊様なだけあって、力強く、地面に刻まれた霊力は、目を閉じると克明に浮き上がって視える。
随分遠くまで続く印を、可能な限り追って‘’整地‘’する。
草地もでこぼこ砂利道も、あっという間に均一にならされ、みるみるうちに石畳が形成されていく。
これでヨシ。
遺跡自体、特に隠されているのではないので、大々的に道を作ってもいいと許可がでた。
そのため、何十キロと離れた見知らぬ土地を歩くのに、なるべく懸念は少なくしたい。
道に迷うのは嫌だから、あらかじめ精霊様に道を示してもらう。
そしてボクのスキルを使って、歩きやすさを重視した道を敷いた。
何キロか先まで作れたと思うし、道が途切れたら今みたいにまた道を作る。
遺跡にたどり着くまでは、この作業を繰り返すことになる。
ボクはスキルを成長させられるし、皆は歩きやすくなって体力を温存できるし、一石二鳥だね。
「相変わらず、お見事の一言に尽きますね」
「具合は?
悪くなってない?」
「ありがとう。
霊力にはまだ、余裕あるよ。
大丈夫。
アステルは?
まだ進める?」
「えぇ、問題ありません。
わたくしも、随分体力がついてきましたから」
……そうね。
もうボクと父さんの体力・生命力両方とも追い越して、母さんの数値に追いつきそうになっているもんね。
この旅に出る前の母さんの値は、とうに追い越しているんだもの。
『勇者』ってホント凄いよね。
ステータスもそうだけど、あの最初に会った街で、魔物の大群に泣いて怯えていたのが嘘のように、精悍な顔つきになっている。
とっても頼もしい横顔だ。
ボクのスキルで攻撃力や耐久性を下げても、魔物にだって戦闘の経験による強さというものはあるし、苦戦を強いられる時は、ままある。
そんな時でも、さすが母さんから接近戦を実地で教わっているだけある。
慌てることはなく、戦況をすぐに掴んで、相手を自分の勢いに巻き込んでしまう。
今では母さんと肩を並べて普通に戦っている。
現役を退いていた期間が長いとはいえ、一年足らずで『剣聖』と互角の強さまで成長してしまうなんて。
いやはや『勇者』とは、本当に卑怯なスキルだよ。
理不尽さを感じるだろうと、いつだったか父さんには言われたけれど、ここまでくると、なんかもう、笑うしかなくなってくるよね。
比べるのもおこがましいというか。
勝手に比較して妬んで傷つくのが、バカバカしく思えてきてしまう。
さっさと自分の気持ちと折り合いをつけて良かった。
無駄に自尊心を損なわずに済んだもの。
相変わらず『勇者』に釣られて魔物は沢山襲ってくる。
その分、ステータス紙の操作は手慣れてきた。
指がつりそうになることはなくなったし、操作を失敗して減らすつもりが倍増させてしまう、なんてこともなくなった。
速筆を身につけたので、魔物のステータス紙に状態異常を書き込むことも出来るようになった。
そうは言っても、大抵の魔物は母さんとアステルがすぐに倒してしまうので、せっかく身に付けた特技だけど、披露する場は殆ど巡ってこない。
父さんなんて、戦闘においてはほとんどが蚊帳の外だ。
前衛が二人いると、ボクの補助もあるし、よほどの数の魔物が一気に押し寄せて来ない限り、出番が回ってこないのだ。
逆に言えば、大群が向かってきた時は、父さんの独擅場だけどね。
天候も操るほどの広域精霊術は、『賢者』の名に相応しい威力と、派手な見た目で、見るだけで心が踊った。
水精霊術を使えば「濡れるから辞めろ」、地精霊術を使えば「土埃が舞って目が痛い」と母さんに怒られて、ションボリしていたけれど。
その程度の被害で何十と言う数の魔物が一瞬でやっつけられるのだから、精霊術って本当に凄い。
方陣を使った精霊術は習ったけれど、比べてしまうと、子供の遊戯みたいなものだよね。
精霊様と契約を結ばなくても使える利点は、父さんがいると霞んで消えてしまう程度のものだ。
一応練習も兼ねて書き溜めてはいるけれど、消費する機会が全然ないせいで、背嚢の中で分厚い束になって眠っている。
地精霊・コルリス様、水精霊・インベル様、火精霊・クラテル様に次いで、風精霊・ニンブス様とも新たに契約をして、四大元素の上位精霊様たちを召喚出来るようになった父さんには、もう生半可な敵では相手にならないだろう。
それこそ、無条件で勝てるのは母さんくらいなものだ。
大賢者様とは会ったことがないけれど、今の父さんなら勝てるかもしれないよね。
『――それは難しかろう』
一番最初に契約をしたインベル様は、ボクが一人でいる時、父さんに喚ばれなくても結構顔を出す。
そしてボクの雑談相手になってくれる。
今も襲ってきた魔物のうち、お昼ご飯になりそうな魔物を見繕って解体をしているのだけれど、そのお手伝いをしながらお話をしている。
ボクは強力な精霊術を使えるわけではない。
息切れもせず剣を傷付けることもなく、魔物を一刀両断することも出来ない。
そのため最近しているのは、戦闘のちょっとした補佐と、進むべき道への街道整備しかない。
なのでもっぱらお金になりそうな魔物の素材を剥ぎ取る作業と、食材の調達を率先してやっている。
子供が憧れる冒険者の像からはかけ離れているけれど、華々しい活躍をする人たちの補佐だって、立派な冒険者稼業の一貫だ。
整地やステータスの整理だけでは、皆の役に立っていると思えないから、やれることがあるのは喜ばしいことだ。
足でまといだなんて、思いたくないもの。
何事も経験と思って、楽しくやってるよ。
「大賢者様って、そんな強いの?」
『――まず契約を結んでいるのが、我等精霊の頂点に君臨する大精霊様である。
風の精霊様の名くらい、ヌシも聞いたことがあろう?
全ての上位精霊が束になったところで、風の精霊様には勝てぬ。
上位精霊と大精霊様の間には、越えられぬ壁があるのだよ』
「風の属性は火属性に弱いんだよね。
クラテル様の力を借りれば、どうにかなるんじゃないの?」
『――そよ風程度の風量ならば、灯火を勢い付ける結果しか招かん。
だがその小さな火に、嵐のような荒く猛々しい風を当てたらどうなる?
……そういうことだよ』
ハッと嘲笑したけど、律儀にどういうことなのか説明してくれた。
同じ精霊様という括りでも、そんな力関係に差があるものなんだ。
小刀を入れるたびに溢れ出てくる血を、バジャバシャと惜しみなく水で洗い流してくれるインベル様も、水の精霊様の前では、赤子同然の扱いになるそうだ。
低位の水精霊様だと、この量の水を出したら干からびちゃうくらいに消耗することを考えると、大精霊様の前では、低位の精霊様ってどれほどささやかな存在なんだろう。
大人と赤ん坊の差が、大精霊様と上位精霊様の差なんでしょ?
……竜と妖兎の赤ちゃんとか?
さすがに魔物に例えるのはいけないか。
ちょっと想像がつかないや。
水を遠慮なく使える上に、新鮮なお肉が常に手に入るから、血なまぐさい血液を料理に使わなくて済むのは、うれしいよね。
決して不味いわけではないのだけれど、臭みを消すために色んな木の実や乾燥させた薬草を沢山入れるから、味が複雑すぎて、なんとも言えない独特なお味がするんだよね。
栄養不足に陥ったらいけないからと、父さんがインベル様と契約する前は、結構な確率で食べていた。
それが無くなっただけで、とってもありがたい。
『――我をそのように扱うとは、不敬だと思わんのか』
「人間、食べなきゃ生きていけないんですよ?
つまり生きていく上で欠かせない存在だと言っているのだから、むしろ最上級の賞賛だと思います」
『――フッ、口が達者になったことだ』
ひとつ笑んで、魔物から回収した魔石を一個対価に望んだあと、インベル様はまた姿を消した。
契約者ではないボクと、契約者のあずかり知らぬ所で会話しているのがバレるのは、あまり外聞が良いとは言えないようだ。
隠れてコソコソしなきゃいけないのなら、父さんに言って堂々と出てくればいいのにね。
なんか理由があるのかもしれないし、ボクから父さんには報告していない。
インベル様の意図から外れることをして、解体の手伝いをしてくれなくなったら困るしね。
不要な部位を埋めに行っていた三人が、程なくして帰ってきた。
口々に「いい匂い」「疲れた」「ただいま」とそれぞれの言葉で告げる言葉に、おかえりなさいと言って出迎える。
今日もつつがなく一日が終わり、夜が更ける。
もうすぐ、村を出て一年が過ぎようとしている。
遺跡を使う道を選んで良かったのか、まだその答えは出ない。
父さんと母さんが言うには、魔物の強さは断然こちらの経路の方が強いそうだ。
アステルの成長具合が目覚ましいため、苦戦を強いられるようなことは一切ないが、今のところ、本当にこのまま進み続けていいのか、疑問が残ると言う。
今のままの進行具合で進めれば、あと一日二日で‘’忘れ去られし時代の遺跡‘’に到着する。
その遺跡を踏破するのにどれだけの時間がかかるか。
またその遺跡から更に‘’ギンヌンガの裂け目‘’まで、どれくらいの距離があり、時間がかかるのか。
短縮出来ると聞くが、どれだけ旅程が短くできるのかは、聞いていない。
もしたったの数日程度しか短くできないなら、文句を言いたいところだね。
父さんは決して大賢者様にはそういう意見を言えないだろうから手紙の使い方を聞いて、ボクが代表して言わなきゃだ。




