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「父さん、外道だ!」
「や〜い、外道〜」
父さんが語り終えると同時に少し流れた沈黙を破るように、はやしたてるように言ったボクの言に、母さんが乗ってくれた。
重い空気をどうにかしたくて茶化したのだけど、母さんに「外道」呼ばわりされたのが、思いのほか辛かったようだ。
父さんはパタリとその場に倒れてしまった。
旦那さんが他の女性、しかも自分の幼なじみから好意を寄せられていたお話なんて、面白くないを通り越して不快だろうに、怒ったり嫌味を言ったりしないで、冗談で誤魔化そうとしてくれた母さんを、放置しちゃダメじゃない。
まったく、やれやれである。
「神子様が父さんを好きだったって、ホントなの?」
「アタシはそういう男女の機微には疎いからねぇ。
まぁ、実際モテたよ、この人も『勇者』も。
御落胤だってぇのは周知の事実だったし、見てくれもいいしね。
老若男女問わず、泣かされた人は多かったよ」
なにせ『賢者』という滅多に授かることの出来ないスキルを与えられているから、精霊術の扱いに長けてて強いし、頭もいい。
顔は目鼻立ちが整っていてまつ毛が長く、中性的な雰囲気を持っていながらも、身体を鍛えているから、年齢の割りにスッキリした体つきをしている。
若い頃なら、もっと魅力的だっただろう。
今でこそ排他的で母さんに一途過ぎて、言動がちょっとおかしいオジサンだけど、昔は浮名流れる艶聞の絶えない人だったのかもしれない。
「私は昔からずっと紡さん一筋でしたよ!
何度告白しても袖にしていたのは紡さんでしょう!?
告白される時は決まって『私が紡を忘れさせてみせるから』だったんですよ!」
「アンタがヘコたれないせいで、大人たちからアタシがいつ落ちるかって賭けられてたんだよ!
断るしかないでしょうが!」
「……つまり、誰も損をしないように、断り続けていたのですか?」
「……」
あ、老若は分かるとして、何で男も泣かされたの? と思ったけど、賭け事をしていたからなんだね。
五回で母さんが篭絡されると賭けていた人は、五回父さんが振られた時点で負け確定だもんね。
いつまで経っても母さんが父さんを受け入れなかったから、その賭けの結果は有耶無耶になって、賭けの話もいつの間にか消滅したそうだ。
そう補足する母さんだが、そっぽを向いてもいても、耳の赤さはごまかせない。
父さんは感極まったようで、即座に復活してイチャイチャしだした。
ああ、もう、砂糖吐く。
戯れるなら、せめて人目が無いところでして欲しい。
自分の両親が臆面もなく乳くりあうところなんて、見たくないんですけど。
神子様がボクを父さんの子供だと知った時のあの目は、どちらかと言うと憎悪に充ちていたと思うんだよね。
可愛さ余って憎さが百倍ってやつかな。
愛憎とか、そういう分類の感情。
ボクにはまだ早すぎて、よく分からない。
分からないけれど、二人を見ているとイラッとしてきて害したくなる気持ちは理解出来る。
殴るか蹴るか、したくなるもの。
神子様が未だに父さんと母さんを狙うのは、振られた腹いせや殺されかけた仕返しをしたいから、なのかな。
それで色んな人を巻き込むなんて、と思うけれど、色恋沙汰が関わると、周りが見えなくなると言うし、そのせいなのだろう。
それで殺されかけた人たちからしてみれば、たまったものじゃないけどね。
ボクだって、あの騒動かなければ今も村で楽しく穏やかに暮らせていたのに。
そう思うと、少し腹立たしい。
今の生活が嫌とは言わないけれど、日常を奪ったのが単なる痴情のもつれと聞くと、途端にバカバカしく思えてしまう。
大人なんだから、そういう分別はしっかり持って欲しいものだ。
つまり今‘’ギンヌンガの裂け目‘’に施されている封印は、三英雄が大昔に施したものと、『聖女』によるものってことになるのかな。
『勇者』が張ったものなら、同じスキルを持つアステルの能力でどうにか出来そうだと思っていたのだけど。
そうじゃないとなると、解除するのは大変そうだ。
‘’ギンヌンガの裂け目‘’の封印が解けたとか、緩んだとかそういう話は結局、当時の王様がついた嘘だったんでしょ。
なら時間を掛けてでも、封印を解けばいいんだよね。
なのに、なんで二人とも時間を置いて、神子様がその場から立ち去るのを確認してから、『勇者』と『魔王』を救助しに行かなかったんだろう。
「勿論、目が覚めてすぐに解除しようとしましたよ。
なのですが……英雄様方が施した封印と、『聖女』のものが複雑に混ざってしまっていて、少なくとも当時の私では手が出なかったのです。
下手に解こうとすれば、「悪しきもの」が解き放たれてしまいかねない。
なので撤退をし、どうにか解けないものかと探っていたのですが……」
チラとボクを見て、とても言いにくそうに言葉を切ってしまう。
ボクが出来たから封印の研究どころではなくなってしまったとか、そういう話だろうか。
確かに子育ては大変そうだもんね。
赤ん坊の世話と、複雑に入り組んでしまった二つの封印の解除方法の考察。
両方とも、片手間に出来ることではない。
研究が頓挫してしまったとしても、致し方ないだろう。
育児に参加してなければ、母さんに愛想をつかされていただろうからね。
せっかく結ばれた想い人に、そんな形で再び振られるのは、辛いなんて言葉じゃ言い表せられない程の苦しみだと思うし。
これだけお熱い二人が、ボク一人しか子供を作らなかったのは、その辺が関係してくるのかな。
自分でいうのもなんだけど、ある程度の大きさになったら率先してお手伝いをしたし、自分の不始末の世話は、なるべく自分でした。
周りに巻き込まれた時やことが大きくなりすぎた時は、その限りではないけれど、結構、手が掛からない子供になれていたと思う。
旅に出るきっかけこそ、神子様の毒散布事件によるものだけど、物心ついてしばらくしてからは、父さんは自室に篭っていることが多かった。
研究が進んで、今なら解除出来る。
もしくはもう少しでそこに辿り着く。
そんな所まで研究が進んでいたのかもしれない。
だから旅支度が殆どされていたのかな。
「スキルに頼るなって育ててきたのに、情けなくてゴメンねぇ。
『聖女』の固有能力の結界は、精霊術とはカラクリが違うみたいで、大賢者様にも協力してもらったんだけど、解除する糸口すら掴めていないのよ」
「親として本当に嘆かわしい話ではあるのですが、透のスキルなら、どうにかならないかと考えているのです」
? ボクのスキル?
元々整理という言葉は、乱れたものを秩序に則って正しい状態にすること、という意味だ。
そんな『整理士』の能力は、今あるものを整える・不要なものを排除する・幾つかの内容を取捨選択し構成する・整頓するために要素を足すの四つが今のところ判明している。
ボクの考える‘’正しい状態‘’に近付ける能力と言える。
だから気分次第で出来ること、出来ないことが出てきてしまう。
それこそ、攻撃力や防御力の数値を五以上の数値で掛けられないのは、ボクの計算能力そのそのの限界か、上限なく足し掛けしてしまったら卑怯だと考えてしまうから、なのかもしれないと思っている。
卑怯なのは、正しいこととは言えないからね。
皆の協力で色んなことが出来るのだと判明して、アレコレしてきているけれど、そこの部分はどうやっても、改善、でいいのかな。
より大きな数字同士を掛け合わせることは出来なかった。
負担の大小こそあれど、名前の通り、整えることに特化したスキルだ。
確かに混ざってしまった封印の術式を整理して、別個にすることが出来るかもしれない。
そして不要だと認識すれば、後から付け足された『聖女』の封印だけを取り除くことも出来るだろう。
「……父さん、悔しいでしょ?」
「背に腹はかえられないですから」
にやにやしながら顔を覗き込めば、腕を組んで眉間に皺を寄せていた。
やったね。
父さんを負かすことが出来るよ。
これでボクも一人前だね。
スキルはあくまでも指針。
スキルはあくまでも補助。
それってつまり、スキルに振り回されるようなことがあってはならないってことでしょ。
なら、父さんと母さんの教育方針には背いていないよ。
ボクは目的のために、有効活用するだけだもの。
『魔王』がいつから‘’ギンヌンガの裂け目‘’に囚われていたのかは不明だが、当時の様子からして、何年も磔にされていたのは間違いないそうだ。
最長で約十年間。
なぜそんな状態で生きながらえることが出来たのかは不明だが、なにせ太古の時代の技術は、現代の技術では解明が微塵たりとも出来ていない。
もしかしたら、古の時代の技術で時間の流れが狂っているとか、霊力の影響により飲食をせずとも生きられるようになっているとか、仮説ならいくらでも立てられる。
検証をする必要はない。
結果として、生きていさえすれば良いのだから。
当時『魔王』が生きていたように、今も『魔王』と『勇者』は生きていると、二人は信じているし、祈ってもいる。
新しい『勇者』が現れたのは、光の精霊様が何かしらして欲しいことがあって、それを成して欲しいと願ったが故のことで、先代『勇者』が死んだからではない。
女神教が動き出したのは、自分たちを見つけたからであり、封印場所に異常が現れたからではない。
そう、根拠もないけれど願っている。
ここでグチグチ言ってても仕方が無いのだ。
行けば分かるんだし、行かなければ知りようがない。
だって今ここで神子様が現れてなんと言ったところで、二人とも信じやしない。
結局封印云々関係なく、アステルの実績作りのためにも‘’ギンヌンガの裂け目‘’には行かなければならないのだ。
なら今ここですべきなのは、ボクの能力の検証、だよね。
いざ行ったはいいけど何も出来ずに終わりました、となったら二人ともすっごく落ち込むだろうし。
女神教が仕掛けて来ないのだって、二人が‘’ギンヌンガの裂け目‘’に向かっていると確証を持っているから、待ち伏せしているってことでしょ。
十年間飽きもせずに二人を探していたのなら、確実に戦力を集めて仕留めに来るよね。
だから、ボクとアステルの戦闘経験をもっと積む必要がある。
幸い『勇者』のスキルのお陰で、魔物は沢山寄ってくる。
少しは休ませてよと言いたくなるくらいの勢いで向かって来る。
今はまだ現実的じゃない‘’魔勿‘’化計画は一旦横に置いておいて、とりあえず戦力の増強を図ろう。
この年齢で死にたくないしね。
そして誰が死ぬのも、見たくないからね。