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思いついたのが『魔王』の存在だった。
『魔王』とは魔物の王様と書く。
つまり魔物を統べる存在なのだとしたら、ボクが全ての魔物を‘’魔勿‘’化させるまでの間、いい子にしていてくれるようお願いしてくれたりしないかな。
今も生きているなら、是非ともお願いしたい。
っていうか、そもそもなんで『魔王』は封印されたの?
そう問えば、アステルには呆れられ、父さんと母さんには頭を抱えられた。
コレって、知ってて当然の教養なの?
だって教会でも『魔王』に関してなんて、習ってないもの。
二人が過去の旅のお話をしてくれたのは、ボクが成人の儀を終えてからだった。
しかも全てを語ることはなく、『魔王』と先代『勇者』に関しては、何も聞いてないも同然だ。
なのに一体どこで『魔王』に関して知れと言うのか。
開き直って、少しイジけちゃうよ。
魔王という存在が確認されたのは、何百年も昔、古代三英雄が世界を救ったお話しの時代のことだそうだ。
精霊様と一緒に「悪しきもの」を封印した三英雄の、その更にずっと、ずっと昔のお話。
世界を滅ぼそうとしたのが魔王で、その魔王を倒したのが古代三英雄。
魔王と称される存在は、長い歴史において、それくらいしかいない。
だから世界を滅ぼす者と決めつけて、『魔王』のスキルを与えられた人を、寄ってたかって殺そうとしたのが、父さんたちの成人の儀の時のお話なんだね。
なるほど。
父さんたちの親友さんは、花を手折ることすら出来ない程に心優しく、慈悲深い人だったから、そんなスキルを光の精霊様が与えるなんて、何かの間違いだ。
そう主張しても、誰も聞き入れてはくれなかった。
混乱の中で『魔王』は行方知れずになってしまったし、父さんたちは軟禁されるしで、『魔王』が約十年の間どこで何をしていたかは、不明だったそうだ。
終わりの見えない軟禁生活はある日突然、国王からの命令で‘’ギンヌンガの裂け目‘’に『魔王』がいるからそこへ向かい、殺せと命じられ、終わりを告げた。
約十年ぶりに会った『賢者』と『剣聖』、それに『勇者』と『聖女』は、久方ぶりの再会に皆で喜んだ。
少なくとも、その時はそう見えた。
そして一方的で横暴な国王の言うことなんか聞き入れるものかと、しかし『魔王』を含めた幼なじみ全員で集合したい。
また本当に『魔王』がそこにいるのなら、どうにか助け出したいと言う気持ちから、‘’ギンヌンガの裂け目‘’に向かったそうだ。
そこで『聖女』が裏切ったって話は聞いた。
そのせいで、ろくに話が出来ないまま、状況も掴めないような状態で『魔王』を封印することになってしまったってことも。
「じゃあ、スキルとしての『魔王』にどんな能力があるかは、誰も知らないってこと?」
「そうなります、ね。
わたくしも、国王から『勇者』ならば『魔王』を倒さなければならないと、命じられただけです。
古代三英雄の物語は知っていましたし、父たちの口ぶりからして、世界を混乱に陥れる邪悪な存在だと思い込んでいましたが……」
「世界を混乱に陥れる、と言うなら、正直、『勇者』の方が余程酷いよ。
生態系関係なく魔物を引き寄せるからね」
確かに、アステルの成長を促すために、『男者』をコピーして『勇者』のスキルを復活させた途端、色んな魔物が次から次へと押し寄せてくるようになったもんね。
お陰で『整理士』のスキルにどれだけの能力があるのか、沢山実験が出来たから、ボクとしては万々歳だった。
結界のお陰で、‘’ギンヌンガの裂け目‘’方向から強い魔物が襲ってくることはないのだけれど、それ以外の方向からは、ここら辺には生息していないはずの魔物まで来てしまったからね。
アステルの腕に抱かれて寝ている妖兎も、その中のうちの一匹だ。
この辺でよく遭遇する魔物には、エサにしかならないだろうと思ってしまうくらい非常に弱い個体なのに、遠路はるばるここまで来た。
しかもボクたちを襲ってきた魔物は、この妖兎に目もくれずに、アステルに向かって行ったからね。
もう、魔物を魅了する体臭でも発しているんじゃなかろうかと思う。
それか、放っておけないくらいに美味しそうな匂いでもしているのかな。
……うん、分かんない。
少し、汗と土埃の匂いがするくらい。
「酷いと言うのならば、最も非道なのは、国王ですがね」
そう言って父さんが語ったのは、約十年前に何があったか、その真実だ。
『魔王』の保護をして別大陸に逃がすか、人里離れた国王からの追っ手が来ないような場所で暮らすか、そんなことを話しながら、目的地へと四人は進んだ。
当時は結界がなかったために、今のように魔物の強さが‘’ギンヌンガの裂け目‘’に近付くほど順に強くなるようなことがなかった。
また今ほど戦闘経験もなかったために、悪戦苦闘しながら、数年かけ、やっとの思いで‘’ギンヌンガの裂け目‘’へと辿り着いた。
いざ『魔王』と再会の時を迎えてみれば、‘’ギンヌンガの裂け目‘’に『魔王』は繋がれていた。
‘’ギンヌンガの裂け目‘’の向こう側には、近代三英雄が封じ込めた「悪しきもの」が蔓延っている。
その「悪しきもの」たちは、魔王を欲していると言い伝えられている。
また、魔王を探してなのか、向こう側の住民は、こちら側に来ようと常に封印を破こうとしている。
そのため一〇〇年周期で、裂け目の封印に綻びが生じるともされている。
だがそれも、『魔王』という自分たちが戴く存在さえ得られれば、こちらの世界に侵略してくることもないだろう。
そう考えた国王たちは、成人の儀の折に『魔王』を誘拐して‘’ギンヌンガの裂け目‘’の遺跡に護送した。
その時はまだ完全に閉じていた裂け目だけれど、近々その封印は、前回の緩みから一〇〇年を向かえる。
その時に、仕えるべき主が、探していた魔王が目の前にいれば、災厄をこの地にもたらす前に引き返すだろう。
そんな馬鹿げたことを夢想したらしい。
そして十歳の、年端もいかない子を生贄にして、磔にした。
十年も野ざらしにされていた『魔王』は、当時と姿形がほぼ変わらぬまま、何故か生きていた。
疑問は多々とあるが、とにかく下ろしてやらねばと駆け寄った『賢者』・『剣聖』・『勇者』の三人を襲ったのは、『聖女』の力だった。
‘’ギンヌンガの裂け目‘’の封印の綻びを、四人の力を使い封じようとした。
もしくは、四人の力を使いその綻びを完全に解こうとした。
『聖女』の真意がどちらにあったのかは分からない。
しかし自分たちの身体から急激に失われる霊力と、‘’ギンヌンガの裂け目‘’に生じた急激な変化。
それらを鑑みるに、どちらかだったのだろうと、母さんは考えたそうだ。
父さんは母さんだけでも助けたいと思い、『聖女』がかけた術式範囲から、母さんを無理矢理、精霊術を使って弾き飛ばした。
「あん時ゃ死ぬかと思った」と真顔で言う母さんに「はい、ごめんなさい」と返しているあたり、何度も繰り返されている会話なのだろうと思う。
そこに悲壮感は漂っていない。
「アタシはその爆風に吹き飛ばされて、かなり遠くまで飛ばされた。
しかもその衝撃で、アチコチ色んな骨が折れちゃっていたからね。
霊力もあの女の術式のせいで底をついていたし、回復するのに何日かかかった。
なんとか動けるまで回復して、傷を治して裂け目まで戻ってみれば、遺跡は封印されていて立ち入りできなくなっているし、この人はその外側で行き倒れているし。
何があったのか、結局今日まで分からずじまいよ」
なんと。
父さんは何があったのか、母さんにも話していなかったんだ。
そりゃジト目で見られて当然だ。
母さんと同じ目をしてジーッと見ると、父さんが冷や汗を流し始めた。
ちょいちょいと手で誘って、アステルにも同じようにして貰うがそれでもダメで、妖兎にも参加してもらった。
三人と一匹から向けられる視線に、ようやく観念したのか、父さんは両手を上げて降参した。
「……紡さん、怒りません?」
「内容による」
「…………嫌いません?」
「内容による」
「そこは否定して下さいよ!
私への愛情ってその程度のものだったんですね!」
「つべこべ言ってないでサッサと話せ!」
おしりに回し蹴りをされた父さんは、年寄り臭く腰に手を当てながら、ポツリポツリとモテ自慢を語り出した。
父さんは周りの人から、とってもモテていたそうだよ。
なんのお話? って最初は正直思った。
幼なじみ全員、父さんのことが好きだったんだって。
へーふーんほー、と話半分にしか、この先の説明を聞きたくなくなってしまった。
いや、聞くけどさ。
なんなの?
自慢話なの?
『聖女』と『魔王』が父さんにずっと片思いをしていて、先代『勇者』は男の人だけど、父さんのことが好きだったんだってさ。
ボクが李王のことが好きなのとは、また違う気持ち、なの、かな?
父さんはその頃から母さんが好きだったけど、母さんは特に父さんに対して、男女の友情恋愛感情は持っていなかったと補足された。
ドンマイ、父さん。
『聖女』は自分の恋路の邪魔者を一気に始末できる上、国からは栄誉を授けられる、千載一遇の好機を逃すまいと、閉じ込める術式の外側から、父さんに交渉をしてきた。
曰く、このまま‘’ギンヌンガの裂け目‘’の封印の内側に閉じ込められ、『魔王』を取り込もうとする「悪しきもの」たちに、裂け目の向こう側へと連れていかれる未来を選ぶか。
もしくは『聖女』の手を取り、封印を堅牢にした功績から次代の教帝に座するか。
本来の立場に戻り、自分を王妃に据え国を乗っ取るか。
そう持ちかけられた。
けれど父さんは「いずれもお断りします」と言って、母さんにしたのとは違い、確実に命を刈り取る威力の術を放った。
今後一切精霊術を使えなくなってもいい。
そんな覚悟を込めた一撃は、確実に『聖女』の胸を穿いていた。
告白と提案を断った腹いせに、自分たちを封印した後、暫く動けないであろう母さんを探し出し、手にかける危険性があった。
だから、確実に排除しなければ。
そう思っての行動だった。
実際は、母さんが駆けつけた時には既に神子様はその場にいなかったし、現に今、生きているけどね。
後にも先にも、人を殺したのはその時だけだったから、神子様が生きていると知った時には、何とも言えない気持ちになったそうだ。
安堵の気持ちは大きいけれど、仕留め損ねた後悔の方が勝っていたから、次こそはと考えるが、それでも、幼なじみの1人でのあることは間違いないから、やはり出来れば殺したくはないと、今もうじうじ考えつづけているそうだ。
「……本来の立場って?」
「あぁ、この人、王家の血が入ってんのよ。
遠征先で立ち寄った先で、お偉いさんが女を所望することって結構あってね。
この人のお母さんと、『勇者』のお母さん、二人が献上されて、二人とも身ごもったんだって」
え。
ってことは、ボクとアステルって、実は親戚だったりするんだ。
『勇者』の母親は見目を大層気に入られてそのまま同伴を命じられ、王宮に妾として入れられる予定だった。
しかし程なくして懐妊が判明し、村に返されることとなる。
父さんのお母さんは、一人で産んで一人で育てたそうだ。
女性のため賢者の名前を継ぐ人ではなかったけれど、それでも知識は沢山あった。
そのためどうにかなったらしい。
知識だけでどうにかしちゃう、おばあちゃん凄い。
妊娠中に、連れ回され長距離の移動を余儀なくされた『勇者』のお母さんは、産後の肥立ちが悪く『勇者』を産んで直ぐに亡くなってしまった。
その『勇者』もまとめて育てた上げたと言うのだから、会ったことはないけれど、おばあちゃんはとっても凄い人だったんだろうなって思う。
つまり『勇者』と父さんは異母兄弟で、乳兄弟なんだね。
ほうほう。
そろそろ情報が多過ぎて頭がパーンっ! と破裂しそうだ。
『聖女』の誘いを断り、殺した後。
霊力の大量消耗による意識喪失の直前、『勇者』が父さんの身体を結界で保護した後、思いっきり回し蹴りで『聖女』が作り出した結界の外側に蹴り飛ばしてくれた。
そのおかげで、意識こそ失ったけれど、父さんも封印から脱出した。
『聖女』の使った封印の術式が、どれほど強固なものなのか、いかほどの効力があるのかは不明だ。
だけど『聖女』が提案した内容のいずれかを聞き入れた場合、教会か国の頂点に立つことが一緒になっていた。
自分たちが統治している間は、平和な世の中でいたいだろう。
ならば向こう一〇〇年は解けないものだと思っていた。
だから今回王が主張している『勇者』が殺され『魔王』が復活した話には、納得がいかない。
国王か『聖女』か、あるいはその両方か。
誰かしらが何かしらを企んでいるのだろう、というぼんやりとした予測しか立てられないが、今の『賢者』の力ならば、封印をどうにか出来るかもしれない。
この大陸を離れる前に、心残りを減らしたいという思惑もある。
王家には不信感しかないが、アステルはまだ未熟で子供だ。
王からの密命があるなら、それとなく聞き出して対処することも可能。
それこそ、『聖女』が追ってきた時の盾がわりくらいにはなる。
そんな酷いことも考えてここまで来たのだと、父さんは語り終え、水を一口飲んだ。




