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肉と骨を断ち切る、重みのある音と共に、目の前の大型魔物の首と胴が離れた。
最後の悪あがきか、臀部から伸びている蛇が、己の本体の首を斬り落としたアステルの、無防備になっている背後を襲う。
ボクが投擲した石によって噛み付くことは叶わず、牙に仕込まれた毒を撒き散らしながら、アステルの振り返りざまに繰り出された三連撃で、全ての蛇頭も斬り落とされ、鶏冠蛇はようやく絶命した。
妖鶏の身体から、妖蛇で出来たシッポが生えているみたいな見た目をしている魔物が、鶏冠蛇だ。
話には聞いたことがあるけど、初めて見た。
今の感じからすると、雄鶏の頭と、シッポである蛇頭は、それぞれ独立した脳みそが動かしているらしい。
そうじゃなければ、雄鶏部分が死んだあとも、これだけ元気に動くことは出来ないだろう。
大きな本体を倒して油断している所を、毒蛇が噛み付いて敵を絶命させる。
例え勝てないような相手でも、負けることのない、ある種根性のある魔物だと言える。
竜に似ているけれど、大きさも強さも、竜のそれより幾分か劣る。
それでも油断した人は、蛇シッポの出番が来ることなく、雄鶏部分に殺されてしまうことだろう。
聞き及ぶ伝承となっている竜に比べれば、確かに一撃が弱いから、気が緩んでしまうのも分からなくはない。
って言うか、竜がちょっと強すぎるんだよね。
小竜ですら、一晩で大きな都を、その口から吐く炎で滅ぼし、ほんの刹那目を離した隙に、翼の羽ばたきによって巻き起こる竜巻で大森林をなぎ倒す、と言われている。
古龍なんて破壊の代名詞みたいなもので、大陸ひとつを一呼吸で焼き尽くすとまで言われているからね。
そんなバカなと言いたいけれど、父さんと母さんも、小竜の伝説くらいのことは、シラフでして退ける。
もしかしたら、あながち嘘ではないのかもしれない。
「ここまでアッサリ倒せてしまうと、なんだか申し訳ない気がしてきます」
「張り合いがないわよね〜」
前衛担当のアステルと母さんが、剣に付いた血を振り払いながら愚痴をこぼす。
どこまで弱体化出来るかの実験なのだから、仕方がないでしょう。
強くて文句を言われるなら分かるけど、弱いことを嘆かれるとは思わなかった。
「これで結構な数の検証が出来たと思いますが、結論としては如何ですか?
……この現状を鑑みるに、聞くまでもない気がしますが」
言って父さんが見渡すのは、鶏冠蛇だけではない。
硬い外皮を一刀両断された岩妖蟻や大岩妖人、殻の粉砕された妖蝸牛や鎌を斬られた 妖蟷螂のような、一人では決して相手にしてはいけないとされる、かなりクセのある魔物たちの、死体の山だ。
金剛石よりも硬いと言われる外皮を持ち、武器破壊や堅塞不壊の異名で知られる岩妖蟻は、本来、幾つもの武器を使って、比較的攻撃が通りやすい関節を狙い、行動を不能にしてから、口から吐く毒液に気を付けながら倒すのが定石だ。
それが、頭からおしりまで、左右にパカッと分かれている。
ものによっては、上半身と下半身がバイバイしてる。
大岩妖人は岩妖蟻よりもタチが悪い。
岩そのもので出来ているんじゃないかと言われる程に、固くて重いから、晴れの日の対処は不可能なんて言われている程なのだ。
それが輪切りになったりくし切りになったりして、アチコチに転がっている。
皮を剥いた固芋を彷彿とさせるね。
アレは別名、岩芋と言われている。
岩や石のように固い外皮に覆われていて、水でふやかしたりお湯で煮ないと皮が剥けない。
大岩妖人も水に弱いから、本当にソックリだ。
雨の日なら水を含んだ分、より重く愚鈍になる上、柔らかくなっているから、むしろ弱いまであるそうだからね。
妖蝸牛なんて、殻に籠られたら山が火を吹いても出てこない、なんて言われている。
なのに虚しくその自慢の殻は砕かれ、妖蛞蝓みたいな中身がデロリとはみ出ている。
一応、その身にまとっている粘液による腐食は、死んだ後も続くとされているので、近寄らないようにしている。
触れれば瞬時に、骨が見えるくらいに肉が腐り落ち、最後には骨すら残らない位の溶解性を持つのだとか。
丁度いいので魔物の死体処理に使わせて貰おう。
確かに、凄い勢いで溶けていくね。
防御力を下げたせいもあるのかな。
妖蟷螂の鎌は、鋼すらも薄切りにしてしまうくらいに切れ味がいいと言われているのに。
逆にその鋼製の剣に斬られて、今は妖蝸牛の粘液に溶かされている。
ううん、無常だ。
熱したナイフでバターを切るような感覚だったとか、胡桃の殻を割る程度の硬さだったとか、直接対峙したアステルと母さんは言うけれど、それにしたって、この惨状は色んな意味で凄すぎる。
本来強い魔物が、果物を切るような感覚でスパスパと次から次へと輪切りにされていく様子は、とても痛快だったけれど、アステルの言葉を借りるなら、途中からなんだか申し訳なくなってきた。
だからって、途中で実験を止めるわけにもいかないし、二人にはそのまま対処して貰ったけど。
「ここまでくると、卑怯としか言いようがないくらいのスキルだよね。
ボクの練度が低いから有効範囲は限られているけど、程度の差こそあれ、魔物のステータスも全部操作出来ちゃう。
持続時間も、今のところは死んだ後も継続って感じ。
途中で解けることは、なさそうだね」
圧倒的に強い魔物に対しては、生命力の操作はほとんど出来なかった。
父さんや母さんの生命力を回復させようとした時に手こずったのと、同じ原理だと思う。
弱い魔物でも強い魔物でも、柱状線の長さは同じだけど、数字で表した時の値は全然違う。
密度的な問題なんだと勝手に思っている。
弱い敵を更に弱体化させるくらいなら、生命力をギリギリまで減らして、前衛にトドメをさして貰う。
そんな戦い方がいいかな。
攻撃力や防御力のような能力値は、とりあえず今の所は、すべての魔物に対して、桁をひとつ減らすことが出来た。
より正確に言うならば、一の桁の数字のみ、消すことが出来た。
その結果が、今の惨状である。
弱い魔物――村の子供でも倒せるような、妖兎や妖狐みたいな小型の魔物なら、それこそ数値をゼロに出来る。
生命力は必ず一だけは残ってしまうけど、能力値はゼロにすることも可能だ。
残念ながら、武器や防具の素材として売れる魔物の外皮なんかは、ステータス操作の影響を受けてしまうために、剥ぎ取っても意味がない。
妖虎の毛皮や妖鹿の頭部みたいに、お金持ちの好事家が見た目を重視して収集しているものなら、なんの問題もないけれど。
……防御力がそのまま耐久性に現れるなら、敷物には向かない、かも。
ただ、お肉はむしろ美味しくなった。
ステータスの値が落ちた分、筋肉量が減ったのかな。
噛みごたえがある方が好きだと言う母さんには不評だったけれど、柔くなっていて、食べるために品種改良された魔物肉のようだと、アステルからはかなり好評だった。
つまりこれは高級お肉のお味だということか……!
味わっておかなきゃね。
ステータス紙に表示された数字をいじるだけで、こんな風に生き物の生体を変化させられるという事実が、戦闘においてはとても便利なのだけど、恐怖がより一層募ってしまった。
だってこんなの、神様の領域じゃない?
魔物を相手にするのなら、まだ人への害が減るし、命をかけなくて良くなる分、心の重圧が減って、旅を気楽なものにさせてくれるからいいとしよう。
だけどさ、ボクが気に食わない人に対して、この力を使う日が、来ないとも限らないじゃない。
父さんと母さんの子供であり続ける限り、二人に恥じるような行動はしないつもりだよ。
だけどさ、それこそ、二人を害するような存在が出てきたら、それが魔物だろうが人だろうが、ボクはきっと使ってしまう。
……そういう、愚者、って手紙には書いてあったっけ。
バカな行動を取らないように、自分を律するだけの、自制心を持たなきゃいけないね。
「能力値を改竄出来るのは伺いましたが、こちらの妖兎には一体何をしたのでしょう?」
「ああ、それは……」
言って、なんと説明すればいいのか分からなくて、上げた手をどうするか迷って変な踊りをしてしまう。
書くとカラクリはカンタンなんだよ。
なんだけど、言葉で説明するのが難しい。
ボクがアステルにした『勇者』の字からマを消して『男者』にしたイタズラを、父さんはキッチリ報告していた。
それならこういうことも出来るんじゃないか、という提案をされたのだ。
漢字に精通している人だからこそ思いついたんだろうな、ってすごく感心した実験の結果が、父さんの腕の中で大人しく目を細めてくつろいでいる妖兎だ。
名前や年齢、性別に種族が書かれているステータス紙の最初の部分。
魔物/脊索種/妖兎
と書かれている部分の‘’魔物‘’の項目。
ここをいじった。
漢字というのは今の形になるまでの成り立ちがあって、それぞれに部首があって、つくりがある。
ひとつの漢字の中には、バラバラに分解しても意味が通る場合がある。
‘’魔物‘’の‘’物‘’の字は、牛偏の‘’牛‘’と、つつみがまえに払いを足した‘’勿‘’に分けることが出来るんだって。
この‘’勿‘’の字の意味は、否定や禁止。
そして‘’魔‘’の漢字は、人を惑わして害を与えるものっていう意味を持つ。
それらを総合して考え、‘’魔物‘’から‘’牛‘’を取れば‘’魔勿‘’、つまりは悪いことをしてはいけません、という意味に出来るのではないか。
そうすれば、魔物を無害な生物にすることが可能なのではないか。
そう手紙には書かれていたのだ。
『男者』なんて熟語はないけれど、実際ステラがアステルになったように、なんとなく意味が分かる言葉になっていれば良しとされるなら、きっと‘’魔勿‘’もイケるだろう、ということだった。
ステータス紙をアレコレいじってて、数値を足したり掛けたり、表示された言葉を消したり変えたり、色々したよ。
だけど正直、さすがにそれは無理だろうと思ったんだ。
だって、人を害する存在として魔物が認識されたのなんて、記録が残っていないくらいに大昔からなんだよ。
魔物は悪である。
それは世界の覆しようのない常識とすら言える。
子供ですら知っている、当然のことだ。
家畜化されている妖鶏や鎧妖牛ですら、たまに先祖返りをして獰猛な個体が誕生すると言われている。
その対処に死者すら出ると、聞いたことがある。
……なのに今のところ、この妖兎はなんの問題もないね。
いい感じの棒で地面に説明を書くと、皆「なるほど」と納得してくれた。
関心や呆れといった感情も、同時に抱いているようだけど。
正直、やったボクが言うことではないかもしれないけど、ボク自身、未だに目の前の光景が信じられない。
常識が覆ることに対する恐怖もそうなんだけど、なにより、今まで害があるからと倒されてきた魔物たちの存在意義を考えると、お腹のあたりが、きゅぅっとする。
お肉を食べて糧とするなら、その生命を引き継いだ人たちが、魔物の死の理由になる。
一方を生かすために、他方が死んだ。
それだけだ。
とても分かりやすいね。
衣服を作る材料や、家具の強化素材をとるために殺したとしても、有効活用される部分があるのなら、まだ理解出来る。
より便利な機能暮らしにするために、犠牲になってもらった形だ。
非常に利己主義で自分勝手な理由だけど、納得出来る。
だけど、ただ生活圏が被っただけで、この後襲って来るかもしれないからと排除された魔物たちや、人間が住む場所を広げるために、住処である森を追いやられた魔物たちは、無駄死にを強いられてきたことにならないだろうか。
ただ邪魔だったから、邪魔になる可能性があったから殺され、埋められたんでしょう?
あまりにも、人間の勝手が過ぎる。
たかがステータス紙の一文字を消すだけだよ。
それだけで全くの無害な存在に変化させられるのならば、薬なり精霊術なりで、同じことが出来たのではないかと考えてしまう。
もし本当にそうなら、共存する形が取れたかもしれないのに。
たらればを考えても仕方がないのは分かってる。
だけど、生死に関わることだもの。
考えずにはいられない。
今倒して溶かした魔物たちだって、ボクがもっと上手くやれていれば、やれるようになっていれば、死なずに死んだのに。
魔物は人間を見ると、問答無用で襲ってくる。
賢い魔物だと、コチラの機会を伺うこともあるけれど、基本的にはどの魔物も、人を殺しにかかってくる。
だから対応するのに余裕のある魔物じゃないと、この‘’魔勿‘’化は出来ない。
ステータス紙の拡大・選択・消去の三つの動作を、瞬時には出来ないもの。
この妖兎だって、父さんの精霊術で生け捕りに成功したから実験が出来ただけだ。
他にも襲ってきた小型魔物は、無傷で拘束する加減が出来なかったり、抵抗されて殺さざるを得ない状況になったりしてしまった。
そのため成功例は、まだ一匹目。
全ての魔物に対して出来るのか。
出来るとしたら、その効果時間はどれ程のものなのか。
思いつく限りの試行錯誤をする必要がある。
誰だって、殺すようなことはしたくない。
魔物さえ襲って来なくなれば、とても平和な世の中になるだろう。
うまくやれるように、ならなくちゃだね。




