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ボクの家は見た目はそこそこ綺麗だけれど、築年数がかなり経っている。

父さんと母さんがこの村に引っ越してきた時は空き家で、基礎土台や主要の柱は残っていたものの、荒れ果てていた。

洗面所の床から、木が生えていたそうだよ。


村の人に手伝って貰いながら改修と改築をして、今の形になった。


それから、十年以上経っている。

その間に、力加減を間違えた母さんが扉を壊したり、精霊様の力を借りた父さんが暴走して壁に穴が空いたり、ボクが牛乳を零してシミを作ったり。

そういう破壊の歴史が詰まっている家なので、所々床や壁の色が違うし、扉の建付けが悪かったりする。


雨漏りのせいで錆びた蝶番から異音がしたり、鍛錬の衝撃波で歪んだ扉を開ける時に床が擦れるなんてこともある。

歪みに関しては、たまに元に戻るんだけどね。

「前も戻ったんだし、歪んでもまたどうにかなるさ」と言ってとどめを刺され、完全撤去された扉もある。

「風通しが良くなりましたね」なんて父さんは言うけれど、冬はちょっと寒いかな。


村の外れにある家で良かったよね。

ご近所さんがいたら、今ごろ修繕費を工面するので精一杯で、生活がままらなくなっていたと思う。


そんな家がスキルのおかげで、見違えるほど綺麗になりました!

……と言えたら良かったのだけど、『きちんと整え無駄なものを除く能力』らしく、正しい形から乱れた箇所の効率的な直し方は分かっても、既に撤去されている扉を取り付ける方法なんかは分からなかった。

もしかしたら、スキルを使い続ければ、技術の向上と同時に、出来ることが増えるのかもしれない。

父さんも言っていたし。


動線上の物を省き、まとめられるものはまとめて整頓し、汚れを取り除き、修繕可能な傷を直した。

今のボクにはこれが手一杯。

綺麗になったので、これで許してもらおう。


出来ることがなくなったボクは、自分のスキルを含めた能力が書かれている、半透明の紙をいじっていた。

ボクの名前が書かれているソレには、他にもスキルの名前と共に、いくつかの言葉が列挙されていて、体力や筋力、速度に霊力、地水火風光闇と項目が沢山別れていた。


精霊様って光が頂点で、その下に地水火風の属性があるって聞いたんだけどな。

増えたのかな。

ん? 神様って、増えるの?


観察して分かったのは、父さんや母さんの紙よりも、ボクの紙は何回りか小さい。

教会に集まった成人の儀の参加者と同じ大きさだ。

迎えに来ていた保護者の村人は、父さんたちと似たような大きさの紙だった。

年齢によって変わるのかな。


大きさが違う分、ボクの紙には書かれている数字や項目に限りが出ているようだ。

知力や体力みたいな身体能力の欄は、+五とか+八とかの数字がいっぱい書かれていて、余白がなかった。

生命力はね、数字も書かれているけど、なんか横棒も一緒に書かれていた。

何の意味があるのかは分からない。


分からないことだらけだ。

予想を立てるのが面白い。

父さんにもこの紙を見せられたら良かったのに。

そうすれば、きっと真実に近付ける。


母さんの紙に書かれていた『裁縫好き』の言葉に指が触れた時、動いた気がしてびっくりしてしまい、慌てて手を引いたら、横に書いてあった『一念通天』に重なってしまった。

重ねた途端、ぐにゃりと文字が歪んで『裁縫上手』の文字が浮かんでいた。

二つの言葉が合体したのだ。


それはきっと、袋状に縫った布に綿を詰め込むと、枕になるみたいな感じ。

『整理士』らしく例えるなら、なんだろう。

檸檬(リモン)と重曹で泡ぶくを出して、排水口をお掃除する感じ?

全く違うものをふたつ混ぜたら、新しいスキルに変化したのだから、きっとそんな感じ。


お掃除をするみたいに、『整理士』はこの紙に書かれていることを整理整頓ができるのだと思う。

まとめられるものはまとめ、不要なものは捨てる。


母さんが裁縫好きなのは知っていたし、不器用ながらも一生懸命取り組んでいたことも知っている。

長年取り組んできたことも。


『一念通天』は、ひたすら信じて続ければ成就するという意味だ。


この紙は、名前以外に書かれていることから想像するに、その人の経歴や人物像、またスキルを始めとした、能力や特技なんかが書かれているのだと思う。


ボクの攻撃力や体力には+の値が沢山書いてあるのに、霊力の横には数字が全然並んでいないのは、精霊様の力を借りる特訓をしていないからなんじゃないかな。

足が遅いから、素早さの数値なんかも低い。

ボクがどんな人なのか、どれだけ強いのかが、数字で表現して書かれているのだろう。


母さんの『裁縫好き』は『剣聖』と並んで表示されるくらいだ。

神様から授かったスキルと同じくらい母さんの身体に染み付いているんだろう。

母さんがひたむきに取り組んできたことの証明じゃないかな。


スキルは一人に一個、だと聞いていたし、もしかしたらスキルとはまた違うものなのかもしれない。

けれど、スキルと同等として扱われるようになって、好きだけど上手になれないもどかしさを抱えながらも、いつかきっとと信じて続けた結果『一念通天』が現れた。

裁縫を続けたから『一念通天』のスキル(?)が現れたのなら、ボクが触れなくても混ざって『裁縫上手』に最初からなってくれれば良かったのにね。

そうすれば、母さんの努力はもっと早い段階で報われていたのに。


母さんがまだまだ現状の腕に納得していなかったから、合体しなかったのかな。

よく分かんない。


ボクに書かれているのは『英雄の息子』『困知勉行』『切磋琢磨』『整理士』だ。

書かれていることだけ見ると、なんだかとても努力型の人間に思えるね。

『困知勉行』は才能がない人がひたすら努力することだし、『切磋琢磨』は天性の素質がある人が修養を積むことなんだけど。

そのふたつが並んでいるのだ。

才能があることに関しても、ないことに関しても、努力しているよって意味かな。


能力値の+で書かれた数字は、指で横にずらすと隣の数字と合算された。

ここのところ、母さんの鍛錬についてばっかで、父さんに勉強を教えて貰っていなかった。

数の計算は最近やってないから、ちょっと自信がない。


指折り数えて+八+七は十五であると確認してから、数を重ねてみる。

確かに+十五と表示された。

だんだんと計算の仕方を思い出しながら重ね続けていたら、知能の欄に+一が更に生えた。


今この瞬間、ボクは頭が良くなった!?

一だけだけど。

総数から比べたら、少ない数だけど。

それでも減るより増えた方が強いと言うことだろうし、嬉しい。

でも知能が強いって、どういうことだろう?

頭が良くなって、父さんみたいになるってことかな?

確かに父さんは、頭が良くって強いもんね。


数字は全て統合し、見事に紙に表示されている項目全ての整理が終わった。

すっきりした。


さっき知能の数字が増えたように、他の項目も、鍛練をすれば数字が増えるのかな。

手先が不器用な母さんがあまりやりたがらない鍛錬は、転じてボクもあまりしたことがない。

そういうもの程、結果が出やすそうだ。


外に出て投石か、弓の鍛錬でもしようかな。

ああ、弓は危ないか。

引っ張る力を間違えて弦が切れたら怪我をしてしまう。

李王と投石で遊んだことはあるし、道具もそこら辺に転がっている石でいいから、準備も何もいらない。


打ち込み稽古に使っている、母さん命名“オリギナーレ“を的にしようかな。

まずはどこでもいいから、とにかくオリギナーレに当てることを目的にする。

当たるようになったら次は、防護兜や篭手、肩甲とそれぞれの部位を狙って投げよう。

命中の数字に反映されたら、きっとボクの仮説は正しいということになる。


仮説を立てて、それを証明する過程が楽しいのだと父さんは言っていた。

確かに、思いつく限りの手段を試して、結果が得られること。

効率的に数値へ影響を及ぼし結果を得るためにはどうすればいいのか、また仮説を立てて実験すること。

その繰り返しの作業は大変だけれど、とても楽しい。


結果を書き留めるための紙が欲しいな。

夢中になっていたら、どんなことをしたのか、その結果どうなったかが、ごちゃ混ぜになってしまう。


「透! ……何をしていらっしゃるのですか?」


父さんの声がして気が付けば、既に周囲は真っ暗だ。

暗い中でも(オリギナーレ)を見失わずに済んだ理由は……やっぱり。


始めるまではなかった『暗視』の文字が書かれている。

スキルとは別に、後天的に獲得した技術なんかが、スキル欄外に書かれるんだよね。

『一意専心』って文字も増えている。

確かに、父さんにしては珍しい、結構な大声で名前を呼ばれた。

もしかしたら、何度か声を掛けられていたのかも。


集中力が切れて自分の現状を見てみれば、汗だくだし、石を握り過ぎたせいで、所々手が切れている。

聞き手とは逆の、左手で投げたら数値の上昇率に変化が見られるのかも試したから、普段使っていない筋肉を使ったせいで腕がプルプルしてきた。


これは確実に、筋肉痛になるね。

明日は母さんとの鍛錬に同行できないかも。


その母さんは、父さんのおかげですっかり落ち着いたようだ。

叱られた子供のように、なんとも所在なさげな顔をしている。

後ろめたいのかな。

元はと言えば、ボクが考え無しな発言をしたのが原因なのだから、母さんが気に病むようなことはないのに。

ボクの晴れの日だから、気になっちゃうのかな。


「おかえりなさい」

「……ただいま」


気にしていないよと、気持ちを込めて言えば、ホッとしたのか、微笑んであいさつを返してくれた。

良かった。

ちゃんと帰ってきてくれて。


「二人共汗をかいているでしょう。

 そのままにしておいたら風邪をひいてしまいます。

 すぐにお風呂を沸かしますから、入ってくださいね」


パタパタと急ぎ足で家に入る父さんの足音を見送りながら、「じゃあまずは井戸水をかぶろうか」そう言って母さんは、ニッといつもの快活そうな顔を見せた。

良かった。

いつも通りだ。


そして父さんは、急ぎすぎたのか火加減を間違えてしまい、風呂釜を一部、溶かしていた。

早く沸かそうとして、水の精霊様に頼んで浴槽に水をはって、そこに火の精霊様の力を借りて火球を直接放り込んだんだって。

父さんは時々、知能指数が一気に減るよね。

なんで?

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