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読めるけど書けない文字って、あるよね。
あと、読んだつもりになっていたけど、実は違う読み方だったとか、そういう言葉も、まあ、あるよね。
ステータス紙の面白い所は、見た覚えのない言葉でも、なんとなく読んだ気持ちになれるし、それとなく意味も分かる気がする所だ。
ルミエール大陸は他の大陸との往来が、この数百年途絶えている。
そのため他の大陸と言語形態が違うらしい。
ボクたちが主に使っているのは、王国語と呼ばれている。
主に使われるのはひらがなとカタカナ。
漢字も教会で習う簡単なものなら、ちょこっとだけなら読み書き共に出来る。
だけど過去使われていた画数の多い難しい文字は、廃れてしまって、今ではほとんど使われていない。
大昔の文献になら、かなり多彩な何て読むのか、全然見当もつかない文字が載っているけれど、読める人がいないので正解が分からない。
前後の文章で、こういう意味なのかな? と推測することは出来るけど。
『学者』のスキルを持つ人は、もっぱら古代言語の解読ではなく、汎用性の高い精霊学に注力する。
国からも教会からも支援金が出るからね。
研究対象として人気が高いんだ。
精霊様とは、つまり神様そのもの。
神様を読み解こうとするなんて、不敬にも程がある。
そう怒る人もいるけれど、精霊学はスキル学とも言える。
スキルは光の精霊様から与えられるものだからね。
精霊様の存在を研究すれば、スキルの発露の理由や傾向、また好きなスキルを任意で獲得する機会を獲られるようになるかもしれない。
王家の血筋から『農家』や『左官』のような人が出るのは、どうも都合が悪いらしい。
そんな理由から、解明が急がれている。
もちろん、父さんが使うような、精霊術の研究をする人もいるよ。
一般的な研究者よりも、何年分も進んだ知識の先に、父さんがいることを思うと、もっとガンバレと『学者』さんたちを応援したくなる。
父さんの場合は、大賢者様という大きなツテがある上に、『賢者』のスキルのお陰で蓄積出来る知識が多い。
それになんと言っても、とても頭の働きが鋭い。
一応、自分で研究した内容は書き溜めているみたいだけれど、開示する気は今のところないみたい。
見せてと言ったら見せてくれるだろうけど、今まで書き溜めたものは、村に置いてきてある。
紙ってかさばるし重いからね。
仕方ない。
旅の目的を果たして、状況が落ち着いたら、一度村に立ち寄って父さんの著作物の回収をしたいな。
父さんが色んな精霊様と契約して、お話をしているうちに、あと方陣の勉強をしているうちに、興味が湧いたんだよね。
『賢者』や『精霊術師』じゃなくても精霊術が使えるのだし、学んで損をするようなことはない。
何かを学び始めるのに、遅いということもないのだし、勉強していつか父さんと一緒に独創的な方陣を作ってみたいな。
母さんが喜びそうなやつを、ぜひとも。
「透、宜しいですか?」
手紙が飛んで来たため、少し早いけれど野営の準備をしようと、天幕を張ったり寝台を組み立てていたら、紙束を持った父さんに声を掛けられた。
今回の手紙は、声による伝言ではなく、お手紙だったみたい。
用件が長いと、喋る方も何を言ったか分からなくなっちゃうし、別の人の声を拾ってしまって、何を言っているのか聞き取れない時があるからね。
前送ったのは二通分だったし、余計にかもしれない。
ボクの『整理士』の特性や特殊技能の報告と相談。
それと父さんが獲得した『禁書庫の番人』について問い合わせをしたんだよね。
もしかしたら、その後更に追加して、精霊様と契約出来たことなんかも、報告しているかもしれない。
父さん宛の手紙なのだし、父さんが読んでから、どんな内容だったのか教えてくれると思ったんだけど。
いくら父さんが速読だとは言え、まだ天幕の支柱すら立ててない段階で読み終えた、なんてことはないだろう。
「これ立てた後でもいい?」
「えぇ、区切りがついたら来て下さい」
力仕事を母さんとアステルに任せるのは、男としていかがなものかと思うからね。
寝台は軽いし力もいらないけれど、天幕は防水加工されていることもあり、布自体がとても重い。
支柱も支える人がいるかいないかで、張りやすさが全然違ってくる。
それに万が一天候が急変して雨が降ってきても、天幕さえ張ってあれば、あとはどうとでもなる。
だからせめて天幕だけは設置してしまいたい。
ボクもアステルも手慣れたもので、設置場所を決めてから組み立てるまで二〇分もかからずに終わった。
かまど作りを含めた残りの作業を任せ、父さんの元へと小走りで向かう。
珍しく未だに手紙とにらめっこしている父さんに声をかけると、「こちら、貴方宛てです」と、横によけてあった紙の束を渡された。
差し出された厚みを見て、思わず、眉間にシワがよる。
え、何枚ある? これ?
封蝋がしてあるままだけど、後ろを見てみると、書いてあるのは……精霊語じゃないかな。
読めないよ。
間違いなく、ボクの名前が書いてあるそうだけれど。
「……父さん、これ、誰から?」
「大賢者様の御友人からのようです。
漢字に造詣が深く、透の‘’分析眼‘’への助言が書いてある、とのことなのですが……」
「読めないよ、ボク」
「……申し訳ないですが、私も読めません」
ボクに精霊語を教えてくれた父さんが読めないと言うのなら、この場にいる誰も読めないじゃない。
どうしよう。
父さんが契約している精霊様に読んでもらうことは出来ないのか聞いてみたけれど、精霊様は元々精霊語を話すのが普通だった。
精霊語って言うくらいだものね。
それを契約に応じてくれる精霊様たちは、ボクたち人間側の言語に、厚意で合わせてくれている。
だけどもし「精霊語教えて」と言おうものなら最後。
スパルタという厳しい教育方針に切り替えられるため、日常会話から精霊術の詠唱まで、全て精霊語に切り替えられてしまうそうだ。
父さんの場合、精霊術は詠唱なしで杖に取り付けられている霊玉に直接刻み込まれた方陣を利用して術を使っている。
それも結局、精霊様の御心次第で、術式の通りに応じるか否か変わってくる。
そのため、スパルタ状態になったら、方陣にどれだけ霊力を流しても、応じてくれなくなるらしい。
父さんも人伝に聞いたことがあるだけなので、本当かどうかは分からないけれど、試してみようとは思えないそうだ。
そりゃそうだ。
だってそれは……とても、とても大変だもの。
父さんの強みのひとつに、精霊術の連射がある。
属性関係なく、霊力の続く限り、霊玉に刻まれている術式の精霊術なら、いくらでも間を置かずに放てる。
『精霊術師』は精霊様の偉大な力を借りて、人では到底繰り出すことの出来ない規模の火力を誇る攻撃を仕掛けられる。
なのだけど、いかんせん、詠唱時間の欠点がある。
精霊教の信徒さん、特に巡礼に出ることを許されるような神官様は、『精霊術師』であることが多い。
精霊様を身近に感じる分、敬虔の念が深いのかな。
だから精霊教の巡礼には、前衛を伴うことになる。
神官様だけだと、詠唱している間に、魔物に殺されちゃうからね。
霊玉によって、せっかくそれを克服したのに、強制的に障害が増やされるなんて、精霊様、酷い。
そうなると、自力で解読……無理だって。
この、精霊語の蚯蚓ののったくったような文字が、ホント何て書いてあるのか、サッパリ分からない。
六枚全部この文字で埋め尽くされ……あれ?
最初三枚は精霊語だけど、後半四枚は、所々読めない文字が書かれているけど、王国語だ。
最初精霊語で書いたけど、大賢者様に指摘されて、王国語で書き直してくれたみたい。
ありがたや。
それに、凄い!
精霊語に堪能な人なんだね。
しかも、漢字にも精通しているとか、言語学者でもしている人なのかな。
類は友を呼ぶと言うけれど、大賢者様のお友達も、凄い人なんだね。
挨拶の言葉と、『整理士』の能力がとても興味深いということ何かが書かれている上に、父さんが送ってくれた実験結果の内容から推察される、他にもスキルで出来そうなことと、その効果が幾つか書かれていた。
使いこなしている内にレベルが上がって、今までやってみたけど出来なかったことなんかも、そのうち出来るようになるかもしれないから、根気強く続けるように、だって。
ビックリしたのが、ステータス紙以外、例えばそこら辺の石や紙に文字を書いたことはあるかという問いだった。
もちろん、スキルを授かる前後ともに、文字は書いている。
他の大陸では、教会でお勉強をしないのかな。
だとしたらちょっと羨ましい。
勉強は嫌いじゃないけど、お外で遊ぶのを優先したい気持ちの時もあるから。
でも大賢者様のお友達が言いたいのは、多分そういうことじゃないよね。
ステータスの文字を変換させたり、数字を足したりする時みたいに、霊力を消耗しながら文字を書いたことがあるか。
そう問いかけたのだと思う。
ボクの『整理士』の本質が、霊力を込めて書いた文字と、その対象の変質化にあるんじゃないかと、睨んだんだろうね。
例えば落ちている小石に鉛筆で‘’球‘’と書いたら、この歪な小石は球体になるのか。
鉛筆で書いた文字に霊力を流したら。
霊力そのもので刻み込んだら。
そういう実験をしてみようってことだろう。
結果としては、鉛筆で書いた分は一切の変化なし。
霊力で直接小石に書くのは、ボクの霊力の扱い方はまだまだ未熟なせいで、出来なかった。
霊玉に術式を刻んで使いたいなら、出来るようにならなきゃいけないんだけど、今のところは、まだ無理だね。
父さんみたいに山ほど霊力がある訳でもないし、なかなか特訓も思うようにいかないんだよね。
他に試してみるように書かれているのが、魔物や植物のステータスは操作出来るのかどうか。
……そもそも、魔物のステータスって見れたっけ?
いつの間にか、意識しないとステータス紙が表示されなくなっていたので、見れるかどうかすら分からない。
見られると考えたことすらなかったな。
植物のステータス、と言われても、食虫植物的な魔物因子を持っている植物のことなのか、それともそこら辺に生えている草花に対してなのか。
敢えて言うなら、その両方なのか。
足元に生えている花を見てみるが、ジッと視線を送るだけでは、特に何も見えてこない。
目に映るものが多すぎて、焦点がきっちり定まらないせいだろうか。
触れたらどうだろうか。
でも直接皮膚に付着するとかぶれるような植物もある中で、触らないと情報が見えないのなら、利便性は低いよね。
そんなことを思いながらも、詰んで手に取ってみたら、名前が表示された。
‘’分析眼‘’が作動したということだ。
それってつまり、今のボクのレベルでは見られる方法や情報が限られているだけで、ゆくゆくはあらゆるモノの情報が見られるようになるってこと、だよね。
それって、『賢者』の鑑定眼にこそ必要な能力じゃないだろうか。
整理をするか否か、つまりお掃除という名の排除をするかどうか判断するための情報開示だと言うのなら、納得出来なくもないけれど。
う〜ん……でもやっぱり、『整理士』なんてお掃除特化スキルにしか思えないような名前のスキル持ちには、過分すぎる能力な気がしてならない。
魔物の場合はどうだろう。
触れなくても見られるなら、それこそ遠く離れた安全地帯からでも、ステータスの内容が見られる上、もし生命力や数字が人間にするようにいじれるのなら。
今まで村の人たちや父さんにやって来た、その逆のことが出来るのなら、かなり恐ろしいスキルだよね。
遠隔から生命力の柱状図――ゲージをゼロにすることが叶うなら、ものすごいことだと思う。
だって指二本で、さして労力もかけずに殺せるんだよ。
使うのが怖いと相談したはずなのに、恐怖が倍増しているのだけど。
どういうことなのさ。
一応、自分には過ぎた力だと認識して、それに対して恐怖を感じているのなら問題ないって書いてあるけれど。
スキルによる恩恵は、光の精霊様から与えられた――借りている力になる。
他人のものなのに、自分自身の力だと勘違いして、私利私欲のために使い、身を滅ぼすようなことには、ボクはならないから大丈夫だって。
何を根拠にそういうのかな。
頭がいい人は、父さんもだけど、言葉が足りない節があるよね。
凡夫のために、理解出来るように説明して欲しいものだ。




