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陽光を受けて艶やかに、太陽のように光り輝く髪はパサついてしまった。


透き通るように白い肌は何度も赤く染まり、今では小麦色に変わっている。


年齢の割りにスラリと伸びたか細い手足は、すっかり筋肉がついて健康的な肉付きになった。


思慮深く物静かだった瞳には、溌剌と生気がみなぎり、すっかり年相応の悪ガキめいた印象を周囲に抱かせる。


ボクはあのお人形さんめいた姿よりも、余程今の姿が魅力的に感じるけど……蜜さんがステラと再会した時に、なんて言われるかが怖いな。



少なくとも、今のアステル――ステラを見て、お姫様だと思う人は誰一人としていないだろう。


性別云々関係なく。

それくらい、頼りがいのある雰囲気を醸し出している。



約ひと月。

中断を余儀なくされると思われた野営訓練は、初日の混乱が嘘だったように、つつがなく無事に完遂された。


最終的には森で丸一日、一人で過ごせるくらいまで、ボクもステラも成長した。


魔物を狩り解体したり、それを料理したり出来る。

剣の手入れも習ったし、気を付けなければならない毒性のある植物の見分け方なんかも、実地で教えてもらった。


基本的にはボクが知っていることなら、復習を兼ねてボクが教えた。

その後ろについて父さんか母さんが、補足説明をしてくれるのが常だった。



剣術はボクとの打ち合いがほぼ互角の戦績にまで並ぶようになった。

つまり、後半ボクは、ほぼ負け越している。


『勇者』の称号がなくても、ステラの成長は目覚しいものがあった。

他人ばかりの慣れない厳しい環境で、よく一ヶ月も耐え抜いたと思う。


泣き言を言えない環境だったから、と話してくれたことがあったけれど、ココは王宮ではない。


シンドい時はシンドいと言えばいい。

我慢も無理もしていたら、肉体的にも精神的にも良くない。



だけど気の抜き方が分からないと言うから、とにかく色んなことを喋った。


ボクが精神的に落ち着いていられるのは、分かりやすく甘えられる対象がいるからだと自覚している。

しかもそれが父さんと母さんという、とても頼りに出来る人だからね。


困った時に、素直に相談できる相手がいるのって、とっても心強い。


頭を使うことは父さんに、暴力的なことは母さんに、それぞれ専門分野が違うのも大きいと思う。

今は離れてしまったけれど、同年の気の合う友達もいたから、親には話せないような相談はそっちにしていたし。


頼れる先が多いのって、心の支えになるよね。



その頼れる人か否かを判断するためには、まず対話が必要だ。

相手を知ることで、信頼するに値するかどうかの判断が出来る。


沢山話すことで、その人の得意分野が何なのか把握出来る。


相談事が出来なくても、くだらない話をして心の重荷を置くきっかけの時間を提供してくれるような存在だって必要だ。

気が置けない間柄ってヤツだね。


ボクの場合は李王かな。

親友って言えるような人がいると、やっぱり心強いよ。


……今頃、毒の後遺症も抜けて、元気に『猟師』の見習いでもやっているのかな。



一人で行動させるのは、まだまだ危ないという理由で、ボクとステラは最終日以外、殆ど行動を共にしていた。


不寝番の時はコソコソ内緒話をして眠気を醒ましたり、罠を設置する時に見張りを交代でやったり。

投擲具を作る時にどんな工夫をすればいいのか話し合ったり。


このひと月で、なかなか良好な関係を築けたと思う。



野営訓練の最終日である今日。

「リスクが生じるので、わたくしは街には立ち入りません」と言い出したのは不満だったけど。


だって、久しぶりにお布団で寝られると思ったのに。

そういう所は、ボクの方が堪え性がないらしい。



森の中で過ごしている間は、ステラに放たれた追手も、女神教からの刺客も一切訪れなかった。


前者は蜜さんがうまくやってくれたのだろう。

ならばアステルはこのまま身を隠しておいた方がいい。


死んだことになっているお姫様とよく似た人物が、生前行動を共にしていた親子と街をうろついていた、なんて噂話が上がったら大変だ。


なにせ死んだと証言するのは一人だけ。

その証拠も髪の毛だけだ。


生きている可能性があるのなら、潰しておかなければと考える人はいるだろう。



なのでボクとアステルは森の中でお留守番だ。


蜜さんが街を発つ前に武器屋と防具屋に、父さんたちが注文の品を取りに来ると、伝えてくれている。


死んだと風の噂を聞いていたとしても、お金を受け取っている以上、注文していた品は完成させなければならないし、依頼者が父さんたちに渡せと言付けたのだから、注文者であるステラや蜜さんが同席していなくても、渡してくれるだろう。



ボクたちは、二人が帰ってくるまで、ここで大人しく待っていればいい。

この一ヶ月の間に日常になったことを、なぞればいい。



それだけのハズだった。



「……なんでこうなったかな」

「ひと月も拠点にしてましたからね。

 いくら苦手な臭いが充満している場所とは言え、確実に獲物がいるならば、しかも強者が席を外しているとあれば、チャンスだと思うのは至極当然でしょう」

「……冷静な分析、ありがとお」


そう。

父さんたちがいなくなって暫くは平穏だったのだけど、旅立ちの準備を進めている途中で、魔物が襲ってきた。


幸い鳴子は解除していなかったし、途中だったとは言え、荷物の大半はまとめられていた。


即座に上に逃げることを選んだボクたちは、可能な限り身近にあった荷物を引っ掴み、あるいは背負って、登り慣れた大木の太い幹へと移動した。


残念なのが、準備途中だったために調理器具を置いてきてしまっていることだ。

重いものは背嚢の上にしまうことで、負担が不思議なほど軽くなると言われていたから、片手鍋や踏鋤のように重たいものは、まだまとめていなかったのだ。


上から落とせば武器になったのに。


あれは妖羊(マリエース)だろうし、よほど上手に当てないと無理か。


一見ふわふわに見える体毛は針金のように固く、螺旋を描いて左右対称に天へ伸びる角は若木なら簡単にへし折る強さを持っている。

しかも大抵の生き物の弱点になる目と首部分が、渦巻き状の角で守られている。


つまり攻防一体。

ふっとい大木に登って良かった。


下手な木に登っていたら、木を倒されて空中に放り出され、受身を取る前に串刺しになっている所だった。


妖羊(マリエース)なら木を登ってくることはないからね。

安全第一で考えるなら、このままやり過ごして、諦めるのを待つべきかな。


だけど人がいると分かっていながら来たと言うことは、かなり好戦的な性格ということだよね。

悠長に待っていたら、日が暮れちゃいそう。



数は三匹。

群れで過ごす習性があるのに、少ないな。


度胸試しみたいな感じで、好奇心旺盛な個体が「ちょっと最近ここら辺うろついてる人間、なんか数減ったみたいだし様子見てこようぜ〜」って連れだって来たのかな。


実際、攻撃用の角は細くて短い。


理由は魔物の言葉なんて分からないから判断のしようがないけれど、若いってことは経験が少ないと言うこと。

それはボクらも同じだけど、魔物よりも人間の方が知恵が回る。


なら、対処出来るかもしれないよね。

アステルが協力してくれるなら、だけど。



チラリと別の幹にまたがり、下の様子を伺っているアステルを見る。

なかなかこの生活に染まった彼女――今は彼だけど――は、周囲に他に仲間がいないのかを確認したあと、速やかに戦う準備を進めた。


一度まとめた背嚢から、描き貯めた方陣の紙を何枚か取り出し、投擲具も用意している。


ほんと、魔物の大群を前にしてプルプル震えていた子と、同一人物だとは思えない。


「トオル、弓はそちらのバッグパックの中でしょうか?」

「弓……は、そうだね。

 コッチにある」

「あの魔物の弱点は?」

「聞く前に考えよう。

 まず、あの魔物の名前は分かる?」


「……妖山羊(レダーペル)、ですか?」

「あ〜……確かに、角が似てるね」

「では、妖羊(マリエース)ですか」

「二つまで候補が絞れたのは上々。

 あれが妖山羊(レダーペル)だったら、木登りも得意だからもっと慌てなきゃいけない所だね」

「なるほど。

 妖羊(マリエース)特有の毛が少ないのは、若いからですか」

「そうだね。

 角の長さからして、かなり若い個体だと思う。

 どうやって攻略する?」


「……方陣で燃やしましょうか?」

「森がまず燃えるかな!

 それに妖羊(マリエース)の毛は発火温度が高いから、燃えにくいよ。

 効果に対しての危険性が高すぎるから、却下」

「では、風で毛を刈り取った後に投擲、及び弓射ですか」

「そんなところだろうね。

 仲間を呼ばれると厄介だし、三匹同時に攻撃しよう」


魔物と対峙した時や、分からないことがあった時、迷った時なんかは、今みたいなやり取りをする。


答えを教えるのが互いに楽だけど、考える力は鍛えないと頭が動いてくれない。


だからなるべく正解は言わずに、自力でそこまでたどり着けるように、手掛かりやきっかけを与えるだけにしているのだ。


どうしても分からない時は、答えを教えることになるけどね。

頭を使って、散々悩んだあとの答え合わせなら、得るものは大きい。

ひらめきって、そういうやりとりのつみかさねから生まれてくるものだからさ。



了承の返事を受け取って、これまでに沢山描き貯めた方陣から、風精霊様の力を貸してもらう術式が描かれたものを二枚、用意する。

手は二本しかないからね。

どう足掻いても、一度に使える方陣は二つまでだ。


左右の太ももの上に方陣を置いて、その真ん中に手のひらをかざす。

この程度の魔物に魔石を使うのは勿体ない。


自分の中の霊力を使う。

その方法も、父さんから教わった。


アステルも同じように考えたようだ。

似たような格好をしている。



ボクのように視えているわけでもないのに、アステルは自分に近い個体と、三匹の中で一番強い妖羊(マリエース)を狙って術を放った。


勘が鋭いのかな。

父さんたちも、鍛えた甲斐があるというものだろう。


ボクもほぼ同時に、アステルが狙った強い個体と、手付かずの弱い個体に向かって術を放った。

いくつもの風の刃を作り出し、指定した標的を切り裂く風の精霊術だ。


方陣に込める霊力を調節して、切れ味はわざと落とした。

邪魔な羊毛を削ぐのが目的だからね。


肉まで切ってしまったら、血の臭いにつられて、他の魔物が拠点に集まってきてしまう。

それは避けたい。



早ければ今日発つ予定だけど、街で調達出来る物資の内容によっては、何日か順延することになる。


たかが数日のために、今ある寝床や竈と同等の設備をまた一から組み立てるのは、さすがに面倒臭い。

一日程度なら、旅の最中に普通にすることになる、最低限整えた設備での過ごし方をするだけだ。


だけどそれだって何度か予行練習をしている。

背中から伝わる冷たい地面の温度に、忌避剤の無い中仮眠をとる緊張感。

なるべく避けれるなら避けて通りたい道だ。


誰だって、好き好んで今の基準よりも更に下がった生活をしたいとは思わないでしょ。



堅い羊毛を大雑把に剥ぎ取ったら、逃げる前に仕留めないと。


一撃必殺で仕留めるられれば一番いいけれど、妖羊(マリエース)は目とコメカミ部分が角によって守られている。

そうなると、狙うべきは首の根元から、キュッと締まる腹部よりも、ちょっと上の辺りまで。


お腹の部分は、血が沢山出る上、内臓、特に腸を破壊してしまったら、排泄物の臭いで酷い目にあう。

肉は汚染されて食べられなくなるし、後処理も大変になるからね。


‘’浄化‘’で綺麗にすることは出来るけど、一度フンがついた肉なんて、食べたくないじゃん。

気持ち的に。


それを食べなきゃ飢えて死ぬ、なんてことにならない限り、ボクは嫌だよ。


そして辺りに充満した臭いは、‘’浄化‘’をしてもなかなか取れない。

う〇こクサイ中寝食をするのは、簡易野営よりも遠慮したい。



心臓を撃ち抜けたら最高だけど、ボクもアステルも、さすがにそこまで命中率が高くない。

ボクの方が若干高く、弓も持っているのでボクが仕留める形になるかな。


石が先端についた植物の弦で作った投擲具を投げつけて、アステルが自分に注意を向ける。


妖羊(マリエース)の身体が左を前面にしてくれたら、前足の上部を狙う。

運が良ければ心臓に当たる位置だ。


そうじゃなくても、上半身は当たれば歩行不可能になる場所が多い。


肩甲骨が破壊されれば、それだけで四足の生き物は歩行が困難になる。

足そのものに当たっても勿論だし。


鱗猪(スクァース)の場合は、怪我をすると逆上して突進攻撃をしてくるが、妖羊(マリエース)は逃走をはかる。

逃げないようにするには、足を破壊するのが一番だ。



ヒュンっ! と三回、風を切る音が鳴る。


連射は練習してないからかなり不安だったけど、まあ失敗してもアステルがなんとかしてくれるだろうと思えば落ち着いて射ることが出来た。


お陰で三本とも全部、命中した。

鏃が欠けてないといいんだけど。

そんなことを考える余裕があるのは有難いことだ。



絶命するまでにはしばらくかかる。

反省点がなかったか話したり、雑談をして、魔物が動かなくなるのを待った。


最初は青い顔して「かわいそう」とか言っていたのに、慣れって凄いね。

生存確認に投擲用の石を投げて「よし、死んだ」とか言ってるんだもの。

ちゃんと確認して偉いけど。


旅が終わった後、お姫様生活に戻れるのかな、この人……

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