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都合がいいと言って、性別を戻せるのかも確認しないまま、しばらくこの姿でいると宣言したステラ。
蜜さんとの旅は、ここで終わりを告げる。
最後の時間を惜しむように、ザンバラに切られた髪を、丁寧に整えてもらったステラの姿は、重たい頭がサッパリしたのもあってか、とてもスッキリとした顔をしていた。
目は赤く少し腫れている。
けれど吹っ切れたように、その瞳に宿る光は力強い。
沢山泣いて、母さんにグチを聞いてもらって、腹に溜め込んでいたことを吐露して、ボクを嫌な気持ちにさせたのだ。
これで前進していなかったら、ボクはもっと不貞腐れていただろう。
長い髪に隠れていた輪郭も、細い首も、頼りなさそうな少女のソレだが、コレから鍛えることによって、『勇者』らしく変貌していくのかな。
あ、でも今『勇者』じゃなくなってるんだよね。
鍛える前にまずは、外の生活に慣れることを優先させればいい。
そう母さんが言うので、王都に蜜さんが髪を届けて、刺客がもう来ないと安心出来るまでは、性別をこのままにしておく。
「ただ……あの……
お花を詰みに行く際は、どのようにすれば宜しいのでしょうか……」
「妖雉撃ち?
下着を下ろしたら、人差し指と中指で挟んで「挟む!?」
終わったらプルプルって軽く振って「振る!?」
……んで、しまう」
「…………え、あの……必ず手で持たなければならないものなのですか?
それに、え?
拭かないのですか?」
「そりゃ、持って出す方向を固定しないと、服汚れちゃうし。
あ、ちょっと腰を前に出した方が、汚れにくいよ。
拭きは……しないなあ」
「そんな……破廉恥な格好……
え……汚……」
いちいち驚くステラに説明をしたら、なんか汚物を見るような目で見られた。
ポロンと出さなきゃ出来ないのだから、腰を突き出す程度で恥ずかしがっていたら、何も出来ない気がするのだけど。
それに男女では肉体の構造が違うのだから、そんな汚いってことはない……と思うんだけどな。
と言うか、野宿となったら、大きい方をしたくなった時なんて、どうするのさ。
自分で穴掘るんだよ。
下半身丸出しになるんだよ。
……もしかして、全くそういうことを想定していないのかな。
もしくは、王族って実は人じゃないから排泄を必要としないとか言う?
そんなわけないか。
だって小さい方の仕方を聞いていたのだし。
もしかして、それってボクが手とり足とり教えなきゃいけない感じ?
村の男子たちで誰が一番遠くに飛ばせるとか悪ふざけをしたことはある。
自分のモノが普通なのは、その時に確認済みだ。
だから見られても問題はないと思う。
だけどステラの場合、元々女の子なのにボクがいじったがために、期間限定で男の子になっているだけに過ぎない。
そんな状態の、元が女の子に横でやってみせるわけには、いかないよね……
まさかコレが、ボクに課せられた罰、なの!?
襲撃者が一日でも早く来なくなるように、蜜さんは名残惜しそうにしながらも、すぐに行動してくれた。
父さんと母さんに、メンチを切る勢いで「くれぐれも、くれっぐれもお嬢を宜しくお願い致します」と念を押して。
さて、ここで暫くの間行動を共にする中で、互いの手札が不透明なままでは、連携もろくに取れないだろうからと、それぞれのスキルを開示することになった。
想定はしていただろうけど、父さんと母さんが『賢者』と『剣聖』であると、明言はしていなかったものね。
王宮内では二人の活躍は語り草になっているようで、近代史の勉強でも習ったと、コブシを握って語ってくれた。
第三者の視点から、親を褒められるのはとても誇らしいことだ。
すっごく嬉しい。
あとは、性別すら変えることが出来るボクのスキルは『整理士』であると伝えたけれど、やはり名前すら聞いたことすらないそうだ。
神子様も知らないって言ってたもんね。
スキルそのものに干渉しようとすると、とっても疲れることがステラの『勇者』の文字を変える時に気が付いた。
合体させるのは、元々あるものを混ぜるだけだから、そこまで負担はかからないみたいだけど、『男者』にしたのは、全くの変質だからね。
スキルの名称を変えたことでステラに起きた現象は、まず性別が変わったこと。
次にステータス値の伸びが悪くなったこと。
『勇者』の特徴は、それぞれの能力値の増え幅が大きいことが主とされている。
男性化したお陰で、筋肉が付きやすくなっているようだけれど、『勇者』であった時と比べると、微々たるものだ。
この後しばらくは、森の中での過ごし方や、気を付けるべきことを教わる、知能が必要な勉強をする。
ただ森の中を歩くだけ、枝を払うだけでどんどん能力値が加算されていく『勇者』の成長度合いからは見劣りするが、身体を鍛えるのは後回しにするのだから、変に筋肉がついても、後々大変になる。
剣を振るう筋肉と、弓を引く筋肉は違う。
歩き続ける筋肉と、瞬発的に速度を出す筋肉も、また違う。
両方鍛えられればいいけれど、あれもこれもと欲張ったって中途半端に使い勝手の悪い鍛え方をするだけになってしまう。
それなら、今は鍛錬に関することは何も考えず、知恵だけを身に付ければいい。
『勇者』に戻した時、効率的に身体を鍛えることが出来るのなら、その方が無駄がないからね。
「『整理士』は、整理整頓することに特化したスキル、と言うよりは、ステータスへの干渉がメインの能力なのでしょうね」
ボクのスキルの概要を聞いたステラは、器用に手を動かしながらも思考を続ける。
初めて見聞きしたことでも、すぐに吸収出来てしまうのは、『勇者』のスキルの恩恵があるからなのか、元々の素質なのか。
今は水場を発見したので、そこから少し離れた場所に拠点を作ろうとしている所だ。
水場はどうしたって魔物が集まりやすい。
水辺で野宿をしていたら、どんな魔物と鉢合わせするか分からないし、寝ることさえままならない。
料理をすれば匂いに釣られて、更に危険が寄ってきてしまう。
なので水辺からさほど離れていない、拠点とするのに丁度良さそうな場所があったので、そこに落ち着くことにした。
腐っていない、逃げる時にも登りやすそうな大きな木の下だ。
周囲には魔物が嫌がる植物が沢山生えていた。
臭いは強烈だけど、慣れればそんなものだ。
不便を強いられるより、余程いい。
そしてそこに脇枝を削ぎ落とした、太めの枝を格子状に置く。
その上に枯葉を置き、布を敷けば、地面から上がってくる冷気が伝わりにくくなる。
寒いとそれだけで体力が奪われるからね。
少し手間でも、暫くの間ココで寝泊まりするのなら、それくらいの苦労をしても、利益の方が大きい。
そのための脇枝払いを延々と、ボクとステラはやっている。
なにせ四人分の広さが必要なのだ。
必要な枝も多くなる。
払い落とした細かい枝は、それはそれで焚き火に使える。
組み立てなくても空気がよく入るから、とても燃えやすいだろう。
着火剤代わりになる木の実がこの辺にはないようなので、とても有難い。
火を設置する場所からは少し離れた所にまとめて置いておく。
火の粉が飛んで燃え移ったら、大変だからね。
木の根元に虚でもあれば良かったんだけど、さすがにそんな都合良くはいかない。
水辺から五分も離れていないところに、唐辛子の群生地があったのは、僥倖と言えるだろう。
よく街道沿いや村の周辺に植えられている、魔物の忌避効果がある植物だ。
もしかしたら、この森の中にも、昔は村があったのかもしれないね。
今ではすっかり、緑一色だけど。
「お掃除にも便利なスキルなんだけどね。
家具の大きさが分かったり、台所周りの掃除に何を使うと汚れが落ちるとか、そういうのが表示されるんだ。
‘’浄化‘’って固有能力を使うと、霊力の消耗は激しいけど、何でも綺麗にしてくれるし」
「それは『聖女』の固有スキルですよ?」
「あれ? そうなんだ?
まあ、『猟師』と『狩人』も共通して弓術の固有能力があるし、珍しいことじゃないでしょ」
「そう、なのでしょうか……」
納得いかないのか、首を捻りながらも淡々と脇枝を削いでいくステラ。
一時はどうなるかと思ったけど、初めての経験に目を輝かせながら、意外と楽しくやっているみたい。
蜜さんという監視者が居なくなったからなのかな。
だとしたら、あれだけステラを心配してくれているのに、報われないね。
払い落とした脇枝は、地面の上に置いて湿気ってしまったら使い物にならなくなる。
日当たりのいい、平べったい石の上にまとめた。
「それよりもステ……ル。
口調戻ってる」
「トオルこそ、ステラと呼ぼうとしたで……だろう。
わたしのことは、アステルと呼びたまえ」
「今度はなに、その口調」
「兄上たちを真似てみた」
とりあえずステラ改め、アステルのお兄ちゃんたちは偉そうな喋り方をするんだなと言うことが分かった。
‘’アステル‘’とは、ステラが男の子だったら付けようと思っていた名前らしい。
偽名として名乗るには、バレやすすぎやしないだろうかと思ったけれど、公表がされていないのなら、問題はないか。
魔物を狩るには、ボクたちはまだ無力だ。
なので父さんと母さんが、この森周辺の生態を確認しがてら、食べ物の確保をしに行ってくれている。
万が一のことがあるといけないから、アステルは木剣を、ボクは子供向けの剣と買った小刀を手元に置いてある。
使う機会がないことに越したことはないので、魔物が出てこないことを祈っている。
言いつけられていた作業を終えたので、せっかくだから唐辛子を加工しておこうと思い、幾つか周囲にあるのを詰んでくる。
森の中で気温が少し低いせいか、真っ赤になっていない。
それでも、今の所魔物には一匹も遭遇していないのだから、橙色でも効果があるということなのだろう。
父さんに教わった忌避剤を作るには薄荷や翌桧のような、香りの強い植物が他にも必要だ。
もちろん、唐辛子だけでも作れるけれど、どうせなら強力なものを作った方がお得だろう。
とは言え、万能感溢れる『整理士』だけれど、モノ探しには特化していない。
大人しくここに生えている唐辛子と薄荷だけで作る忌避剤作りをしよう。
って言っても、なるべく細かく切ってグズグズになるまで焦がさないように煮込むだけだけどね。
その煮込む作業が大変なんだ。
湯気を顔で浴びると、漏れなく刺激のせいで涙と鼻水が止まらなくなるからね。
アステルにも手伝って貰って、ひたすら収穫した唐辛子と薄荷をみじん切りにした。
さっき枝払いをした時に、見えない細かい傷が手に出来ていたのか、二人して悶絶しながら刻んだ。
痛いと文句を言いながらも、笑って作業をするのは、村で子供たちが毎年行っていたことだ。
いつもちょうど、今頃の季節。
その時のことを思い出して、随分遠くまで来てしまったんだな、と少しションボリする感じ。
でも、アステルとの距離感が少し縮まった気がするのは、それ以上に嬉しい。
お酒を使うと、忌避効果が高くなるけれど、生憎今はない。
油分を沢山含んでいる種を潰して一緒に鍋に入れて、お水から煮出すしかないね。
食べるものじゃないから、石鹸の削りカスも一緒に入れる。
アステルに変な顔をされたけど、油と水を混ぜるのに必要なんだと説明したら、すぐに納得してくれた。
乳化現象って、一般的な知識なんだ。
初めて知った時はそりゃあもう驚いたんだけど。
そんな、低ーい、普通の反応をされると、当時の自分を思い出して恥ずかしくなる。
「アステルって、火精霊様に力借りることって、出来る?」
「わたしは術師ではないので、ムリです」
火を熾す道具、買っておいて良かった。
念の為と準備しておいたものは意外と役に立つ場面が多いのかもしれない。
そんなことを考えながら、石を組み上げた簡易竈に火を付けた。
風下から戻ってきた父さんと母さんに、甚大な被害を被らせることになるとは、その時のボクとアステルは、知る由もなかった。