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「それで、その『整理士』っていうのはなんなの?」

「初めて聞いたから分からないって。

 多分お掃除特化のスキルじゃないのかって言われた」

「司祭様も把握していないのですか」

「うん、神子様も」


その言葉に、両親のご飯を食べる手が止まった。

母さんは頭を使うのが苦手だし、思考が暴走したり、自分の許容量を超えてしまったりすると、処理落ちする。

珍しいことじゃない。


けれど、父さんは『賢者』の恩恵があるからか、こういうことは滅多にない。

滅多にというか……僕が見るのは、初めてかもしれない。


「神子と直接言葉を交わしたのか」

「うん、どんなスキルか分からないねって話を李王としてたら、じゃあ聞いてみようってなったんだ」


ホクホクの固芋(ドゥーベル)と柔らかくなっている鱗猪(スクァース)の煮物を前に、なんで母さんは眉間に皺を寄せて、難しそうな顔をしているんだろう。

せっかくの美人が台無しだ。

美味しいごはんを前に考えごとをするのは失礼だって、父さんを注意するのはいつも母さんなのに。


気になるのは、司祭様には“様“をつけて呼ぶのに、神子様にはつけなかったことだ。


母さんは人間の好き好みが激しい。

好きな人には敬意を表すし、感情表現豊かに好意を示す。

疑いようもなく、父さんのことを世界で一番愛しているのだろうなと思わせるほど、愛情を惜しむことなく注いでいる。


もちろんボクに対しても。

すぐ頬に口付けてくるし、抱きついてくる。

寝る前には「愛してる」と言ってくれるし、いつも気にかけてくれているから、少し元気がないだけで隠していてもすぐにバレてしまう。

それはボクが隠しごとが苦手なだけかもしれないけれど。


父さんに対しては……一応、人目をはばかることを知ってくれていて良かったって感じかな!


「神子は、何か言っていましたか?」

「えっとね、教会にはスキルの名前とその能力が書いてある本があるけれど、その中に書かれているのを見たことがないから知らないってことと、初めて授けられたのかその本が書かれる前には授けられることがあったのかは分からないってことと、どんなスキルか分かったら教えてって言われた」


「そうですか……

 それで、透はなんて答えたのですか?」

「ちょっと怖い感じがしたから返事はしないで、あいさつして帰ってきた!」

「あっはっはっ!

 その嗅覚はさすが、アタシの子だね!」


なんでか知らないけど、褒められた。

ぐしゃぐしゃに髪を掻き混ぜられて、ちょっとめまいがする。

ボクの受け答えは、多分一般的には褒められたものではないと思うのだけど、母さん的には正解だったらしい。


表沙汰にはなっていないけど、教会には派閥があるんだって。

その中でちょっと過激な方に神子様は所属しているから、厄介事に巻き込まれないためにも、否定も肯定もせず、回答をぼかしておいたのはいい判断だったんだってさ。

父さんが説明してくれた。


そういう派閥とか、組織の裏話的な、後暗い話しを聞かされると、なんだか大人扱いされているみたいで、ちょっと嬉しい。

基本的には、どんな人に対しても敬称をつける父さんですら、神子様とは呼ばない。

その派閥の問題は、きっと今言われた以上に、そしてボクが考えているよりも、ずっと厄介で煩わしい問題のようだ。


「神子には言っていないけれど、既に把握していることがあるのですよね?」

「さすが父さん、話が早い!

 『賢者』のスキルって、知りたいことが書かれてる紙が見えるようになるんだったよね?」

「表現をするならば、そのような感じですね。

 例えばこの匙なら、これくらいの大きさの半透明の紙に『食品や薬品などをすくう・混ぜる・量る等の用途に使用するための小形の器具』と書かれてあります」


指で匙の上で四角を描いて説明してくれる。


学者や知識人だったり、精霊様の力を借りることに特化しているのが『賢者』のスキルと言われている。

その理由のひとつが、鑑定と呼ばれている『賢者』特有の能力だ。

分からないことを、見るだけで知ることが出来る。

得られる知識の量は、『賢者』のスキルを与えられた者の、研鑽度合いと霊力に左右される。


確かにそう()()()()()


「残念ながら、私の鑑定でも個人が与えられたスキル名までは分かっても、どのような能力なのかは分かりませんよ」

「あ、ううん。

 知りたいのはそこじゃなくて、ボクが見えているのと同じ感じなのかなってことなの」

「ちょい待ち。

 透にも、なんか見えてんのかい?」

「うん。

 父さんみたいに、見えるようにしたり、消したりは出来ないから、スキルを貰ってから、ずーっと見えっぱなし」


表示を任意にするのは、スキルを使いこなせるようになってきたら、できるようになるんだと言われた。

つまりそれまでは、このままか……

人混みに揉まれたら、とっても大変なことになりそう。

触ることができたら、窒息しちゃうんじゃないだろうか。


「こんな感じの大きさで……」


そう説明しようとしたら、目の前にある半透明の紙に、異変が起きた。

指で触れたら、その箇所の書かれていた内容が、変わってしまったのだ。

え、これ、触れるの?


『賢者』の鑑定が書き出してくれる内容がボクには見えないように、『整理士』が見せている言葉は、二人には見えないのだろう。

突然黙りこくって何もない空間を凝視してしまったために、とても心配そうな顔をされた。


「透?」

「え、あ、ごめんなさい。

 えぇ……父さんの鑑定の内容って、書いたり消したり出来る?」

「出来ませんよ」

「そっか……

 母さんは『剣聖』で、『裁縫上手』で、『質実剛健』で『暗黒料理の作り手』で……『魔王の親友』?」


心配を掛けたくなくて、でも何を言えばいいのか分からなくて、とりあえずボクが見える紙に書かれていた内容を読み上げていたら、ピシッと空気が凍りつく音が聞こえたような気がした。

失敗を、してしまったらしい。


書いてあるからと、内容も確認しないで軽い気持ちで口にしたけれど、なんだかとんでもないようなことが書かれている。


『暗黒料理の作り手』に関しては、確かに母さんが作る料理はとても独創的で、正に名付けるなら『暗黒料理』と言えるだろう。

大抵の見た目は黒かったり紫色だったりするし、湯気の代わりに有害物質が立ちのぼる。


母さんが愛情を込めて作った料理を無駄にすることなんて出来ないし、捨てるなんてとんでもないと言って、父さんはあらゆる知識を総動員して万能薬を用意してから食事(戦い)に挑む。

味は悪くないのが救いだと言って、顔を緑色にしながら食べるのが常だ。


殺傷能力があまりにも高すぎて、鍋の底が溶けてしまった時には、さすがに手を加えてから食べていたけれど。

兵器とすら思える料理(?)を、それでも食べる父さんは、確かに英雄だと思う。

もしかしたら、勇者かもしれない。

食べられるものしか使っていないのに、なんでそうなるのかが、とっても不思議。


それはまだいい。

不穏だけど、なんで書いてあるのか分かるし。


『裁縫上手』は、触れたら文字が変わってしまった部分だ。

でも、確かに最近の母さんは腕を上げていたし、『裁縫上手』と書かれていると、ボクも嬉しい。

疑問は残るけど、これもまだいい。


だけど、『魔王の親友』って、なんだろう。

『剣聖』と同じ項目に書かれているのだから、これもスキルのひとつなのかな。

『魔王』って、父さんと母さんが倒したって村の人は言っていなかったっけ。


親友なのに?

どういうこと?


ボクの言葉に思考が停止してしまった母さんは、しばらく目をキョロキョロと彷徨わせたと思ったら、堰を切ったように突然走りだして、外へと出て行ってしまった。

父さんはすぐさま追おうとし、だけどボクを見て逡巡し立ち止まった。

ボクも混乱してしまって声は出せなかったけれど、行ってらっしゃいの意味を込めて手を振って送り出した。

父さんなら、あの手この手を使って、意地でも母さんを見つけて連れ戻してくれるだろう。


ボクは……とりあえず、二人が飛び出して滅茶苦茶になってしまった部屋を、片付けようかな。

『整理士』の腕の見せどころってやつだよね。






取捨選択の判断が早くなるのは、あるみたい。

この景色に慣れればの話だけれど。


せっかく父さんが成人のお祝いにと作ってくれた食事だから、お皿からひっくり返っていても、まだ食べられそうなら処分したくないな。

そう思ったせいか、半透明の白い紙に加えて、目の前の料理や壊れた椅子に、変な色がついた。

床の上に落ちてしまった料理のうち、床に落ちたものは黄色で、机の上のものなら緑色。

割れたお皿は青色。

大破した椅子は赤色。


色とりどりだね。

ただ、床に落ちたものは徐々に下の方から赤に変わっていく。

色の規則性が分からないな。


とりあえず、緑色は問題なし、ってことかな。

机を押した勢いで、鍋の中でごちゃ混ぜになってしまった煮物は、固芋(ドゥーベル)の形こそ崩れているけれど食べられる。

食事の前にしっかり拭いたから机の上のものだって問題ない。


床の上のものは、途中で完全に色が赤に変わった。

三秒経つ前に拾ったら大丈夫、って言うけれど、その三秒を過ぎたから、赤色に変わったのだとすれば、食べちゃ駄目だよって警告の色が赤色で、ギリギリ大丈夫なのが黄色かな。


青は、誰が判断するまでもなく無理、駄目、ゼッタイってものになるのかも。

修復も出来ないし、再利用も出来ない、捨てるしかないものは青色なのだと思う。


同じ壊れたものでも、椅子は赤色。

大きさをある程度揃えれば、燃料に使えるもんね。

食べられなくなって赤色表示された食べ物でも、煮て塩分を抜けば、堆肥にして活用は出来るもんね。


母さんが椅子を壊すのは、何個目だろう。

ここ何ヶ月かはなかったんだけどな。

『魔王の親友』って言葉が、それほど衝撃的だったんだろうね。


ちなみに、父さんにも書かれていた。

『本の虫』とか『料理上手』の他にも、『愛妻家』って書かれていたのが、とても父さんらしい。

『もやし』の三文字は、どんな意味か分からないけど。

コレは聞いてもいい言葉なのかな。

さっきのことがあるから、口に出すのがちょっと怖い。


片付けられるものは捨てるものと利用出来るものに分別して片付けをする。

鱗猪(スクァース)の脂がコッテリと溶け出て、吸水されることなく床の上で泳いでいる煮汁は、小麦粉を撒くといいらしい。

油を零した場合、雑巾で拭こうとしてもなかなか難しい。

古くなった小麦粉に油を吸わせて丸めてしまえばいいんだってさ。

人間は食べられないけれど、元々食品だから焼いて家畜に与えてもいいらしい。

妖鶏(シュケイ)の餌にしてもらおう。


その後に、薄めた石鹸水を含ませた雑巾で拭き掃除。

次に石鹸を落とすための水拭き。

最後に乾拭きで終わり。


結構な重労働だね。

ふい〜っとおデコの汗を拭う。


そこでふと目に付いた棚。

中にお皿や匙などの食器の他、薬や調味料なんかも入っている。

収穫した野菜はその近くにカゴに積まれていた。


いつもなら何とも思わない、見慣れた家の中。

それなのに、なんとも落ち着かない気持ちになる。

あの棚と収納の間にある隙間とか、固芋(ドゥーベル)は小さめの籠に山盛りになっているのに、量の少ない岩芋(トゥーベロ)はなぜか大きめの籠にちょこっとしか入っていない状態とか。


なんか、物凄く気になる……!

気になりだしたら止まらない。

棚が飛び出しているせいで完全に開けない扉とか、畳み方が違うせいで引き出しから飛び出しちゃってる手拭いとか、気になって仕方がない。


どうせ掃除は終わっているし、親がいないところで火は使えないから、紙に書かれていた、グチャグチャになってしまった煮物の活用料理は作れないのだ。

父さんが母さんを連れ帰ってくるまで、この衝動を発散させておこう。


あと、母さんに謝る練習もしておこう。

軽はずみな発言をしてごめんなさい?

深く考えないでうかつなことを言ってごめんなさい?

辛い思いをさせたこと?

哀しい気持ちにさせたこと?

たくさんあるな。


これは父さんにも謝らなきゃだ。

母さんを傷付けてごめんなさいって。

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