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武器と防具のお店には「なるべく早くお願いします」と、追加料金を支払い完成を前倒ししてもらうことにした。


立ち寄ったついでにと、成長期だから、ある程度大きさを後から調節出来る余地を残してもらい、昨日出現した魔物から剥ぎ取った素材を使ってもらうように指示をした。

問屋さんに売った素材よりも、強い魔物な分格段に性能が上なんだって。


高値で買い取ってくれた問屋さん、ステラの武器と防具の素材になるからって言って金額上乗せしてくれたのにね。

損していないといいな。



宿屋は二日連続で襲撃があったことを理由に、引き払うことにした。


追い出されるんじゃないかと思っていたけれど、安心安全をモットーに掲げている宿屋が、不審者の侵入を許したのだ。

しかも何人も。

一日だけならまだしも、二日連続で。


むしろ宿屋の責任者から頭を下げられた。



「必要な情報は可能な限り引き出したので、もう不要です」と言って、床に転がした襲撃者を踏みしめながら、蜜さんは衛兵さんを呼びに行った。


公共機関に引取って貰って、キチンと背後関係を洗い、法律のもと、関わりのある人物を根こそぎ裁いてもらわなければと、楽しそうに微笑んでいた。


見た感じは綺麗の一言なのに、とっても不穏な空気を漂わせていて、とても怖い。



魔物の素材を剥ぎ取るのに参加していた、見知った顔が呼ばれてきた。

衛兵さんたちは酒に酔ったようになっている襲撃者の人たちを、縄でグルグル巻にしてしょっぴいていた。


これがお縄を頂戴するってやつだね。

初めて見た。


興味深そうに見ていたら「お縄を頂戴致しますって言うのは、観念した悪党が言うセリフですよ」と言って父さんに笑われた。


「逮捕されて当然のことをしました」

「甘んじで自分の罪を受け入れさせていただきます」

そんな意味を込めて、犯罪者が自ら腕を差し出しながら言うんだって。


衛兵さん側の「神妙にお縄を受けよ!」って台詞に対しての言葉だから、今の状況とはちょっと違うそうだ。

自分で立てないくらいに酔っ払っているもんね。

二日酔いが大変そうだ。


呂律も回っていないし、蜜さんはよくこんな状態の人たちから、事情聴取出来たね。



この街で一番安全な宿を引き払って、じゃあ次はどこに行くの? と問えば、「野宿の練習です」と父さんは言う。


当然、蜜さんに断固反対された。


聞けばここまでの道中、ステラは日中歩くことなく、蜜さんが馭者を担う馬車で移動。

夜は魔物避けのお香を焚いて、馬車の中で寝ており、完全に外で寝泊まりをしたことがないそうだ。


雨に打たれたことも、底冷えする土の上で寝たこともない。

いつ魔物が襲ってくるかも分からない外で寝泊まりするなんて、とんでもないと言って、一触即発の雰囲気になった。



だけど父さんは、「これだけ人が多い安全地帯で、野宿の厳しさに慣れておかなければ、後々苦労をするのは、ステラ自身ですよ」と言って、蜜さんの主張を跳ね除ける。


下っ端の雇われた刺客を突き出した所で、根本的な解決にはならない。

王家の紋章が入った馬車で移動し続ければ、行く先々で強襲されることは、目に見えている。

つまりここでステラたちが今まで使ってきた馬車を手放すのは、最低でもしなければならない。


では新たな馬車を手配するのか、という話になれば、不可能と言う他ない。


制作日数はかなりの期間を要する。

しかも五人乗りが可能な屋形となれば、頑丈にしなければならず、かなりの金額になる。

その人数を引ける輓獣となれば、妖馬(エクス)にしても魔馬(カバルス)にしても、かなりの頭数を揃えなければならなくなる。

そんな都合よく五頭も六頭も、数日で手配出来るわけがない。


そしてそれだけの大きさになれば、目立つ。

移動できる道も限られる。



なにより、『魔王』が封印されている“ギンヌンガの裂け目“は、馬車では行けない。

どうせ新しくこさえたとしても、途中で手放さなければならない。


それなら馬車は早々に売って、この先のことも考え鍛錬も兼ねて、歩いて移動するべきだ、と言うのが父さんの意見になる。


とは言え、装備がなにもない状態では、無防備すぎてさすがに次の目的地に移動できないから、街の近くの森で「いざとなれば街で過ごせる」逃げ道を用意した状態で野宿の練習をしておこう、というわけだ。



苦労しろとは言わないけれど、確かに後々大変な思いをするくらいなら、ある程度は慣れておくべきだと、ボクも思う。


ボクもなんだかんだ言ったって、野宿は今回のことがあるまで、したことがなかった。


だからいつもより大きく聞こえる葉ずれの音や、近くで聞こえる魔物の遠吠えが酷く怖く感じたし、木でできた寝台とお布団ではなく地面に防水布を敷いて寝た次の日の、身体の痛さとの戦いは、かなり辛かった。


でも人っていうのは慣れるもので、三日もすれば平気になっていた。

緊張状態が続いてろくに寝ていないと、次の日に支障が出るんだもの。


いちいち怖がって驚いて目を覚ましていたら、父さんと母さんに迷惑と心配を掛けちゃうじゃない。


ただでさえ、魔物との戦闘では役に立てないのだから、せめて足でまといにはなりたくなかったんだよ。


ステラなんて、お姫様なんだから、ボクよりももっと恵まれた環境で育っているでしょ。


だから、少しずつ慣れておくのは大事だと思う。



それに街の中だと、走り込みと素振りくらいしか鍛錬が出来ないしね。

毎回中途半端な稽古しか出来ないくらいなら、外で過ごしてしまった方が、色々楽だと思う。


父さんも母さんも、女神教に見つかると厄介なことになるから、なるべく目立ちたくない。

どこで見られているか分からない、人が多い街中では行動がどうしても制限される。

剣術にしても、精霊術の授業にしても、人がいない方がやりやすいのだ。


座学だけは、椅子と机がないとやりにくいけどね。



武器防具屋さんと宿屋さんの精算、それに衛兵さんへの襲撃者引渡しを終え、ステラの「ここはお二人に従いましょう」という言葉で蜜さんの説得も済み、「では各々準備を終えたら街の出入口に集合しましょう」と言って別れた。


ステラたちは馬車を売るなり、王都へ返却するなりの手続きに、時間が掛かる。


それに蜜さんはともかく、ステラは全くの野宿初心者なのだ。

必要なものが何なのかすら分からず、揃えるのも苦労するだろう。


だけど現時点で二人にどれだけの野宿の知識があり、『勇者』の務めを果たす気概があるのかを判断するべく、敢えて別行動をとった。


女性の身支度に男が同席していたら、やりにくいこともあるだろうしね。



それに父さんたちは、ボクがどれだけ一人で準備出来るかも、見てみたかったみたいだ。


村を出てから、何を持ってくれば良かったねって話したか、何が役に立ったのか。

それらを覚えているか、思い出せるか。

また応用が出来るのか……


それらを踏まえた上で、とりあえずボクは、他の同行者のことは考えず、一週間分。

最短でステラの武器防具が揃うと言われたその一週間を、森で過ごせるだけの装備を揃えるように言われた。

鍋や敷布のようなものは既にあるから、消耗品と必要そうなものだけを買う。


父さんも母さんも、自分の分は自分で揃えるから、自分の分だけを買ってきなさいと、金貨を一枚渡された。


おお……大金だ。

子供が持つには大き過ぎるお金だ。

ちょっと持つのが怖い。


……それもあって、銀貨と交換してもらった。

だって、スリにでも遭ったら大変じゃない。

分割して持っておきたい。



市場を見て回って、値切る所はしっかり値切って、渡された金額内で、一週間分の必要な食料は自分の分と、追加でちょこっと、余裕をもって用意した。

香辛料も、まとめて買ったら安くしてくれると言ったので、多めに買ってある。


想定されたのは一週間とは言え、延長するかもしれない。

他の人のことは考えなくていいって言われたけど、何かあった時に、保存食を分けることくらいはしたいじゃない。


行き倒れの人を見付けないとも限らないし。


水と着火剤は、迷ったけれど少しだけ買った。

両方とも方陣で作り出すことが出来るようになる予定だけど、今はまだ習得していない技術だ。


特に水は確保出来るかどうかで死に直結する。

早めに教えてくれるだろうけど、方陣が書けるようになったからって、飲料水になるか、聞くのを忘れていた。


川や湖で汲んで来た水は、そのまま飲むと病気になるって言われたことがある。

精霊術で生み出した水も、そうならないとは限らない。


一週間分と考えれば少ない量しか用意していないけれど、何かあれば街に来ればいいのだ。

父さんから見通しが甘いと説教はされるだろうけどね。


あと、ボクの手に馴染む大きさの小刀が無かったので、それも見繕った。


ボク専用の包丁を、家に置いてきてしまったのが痛い。

一般的に売られているものは、大人向けに造られているせいで、どうしてもボクの手には大きく、重いのだ。


咄嗟の時に武器としても使える、枝木を払うこともできる、厚みのある小刀だ。

自分で殺傷能力のあるものを買ったことがないので、ちょっと、いや、かなりドキドキした。


子供のお客さんは珍しいと、お店の人が面白がって、柄の部分や帯革の微調整をしてくれた。

ここは色をつけて代金を支払わなければ! と思って多めに払ったら「いらない、いらない」と笑って拒否をされてしまった。

こういう場合って、どうするのが正解なんだろう。


お礼を言って、「また来ます」と言って、とりあえず後にした。



そんなこんなと色々準備をして、身体に似合わない大きさの背嚢に荷物を詰め込んで、ステラたちを門の前で待っていたのだ。


既に門の前にいた父さんと母さんに、合流した途端早速「そんな大荷物では、魔物と遭遇した時、走って逃げられませんよ」とお小言を貰ってしまった。


そんなボクの前に現れたのは、森で過ごすには鮮明すぎる桃色の正装姿のステラだった。

蜜さんも変わらず、メイド服を着用している。


「……本当にその格好で森に入るの?」


えっと……其の姿で闘えるの?

森の中でスカートの裾、破れてしまわない?

地面の上に寝れるの?

剣の切っ先が届く前に、その量感溢れるスノの膨らみで、魔物が引っかかってしまいそうだね?


色々質問も言いたいことも沢山あるけれど、何より気になるのは、不似合いに腰に差してある木剣以外に、何も持っていないことだ。


蜜さんが持っているというのなら、自分の分は自分で持ちなさい、と注意するだけだ。


甘えるのが当然の生活から一変しているのだ。

抜けない癖もあるだろう。


そう思って大目に見ることは出来る。



だけどさ、その格好はどうなのだろう……

王族特権の、防御力がエグいくらいに上がる装備品だというならまだ分かる。

だけど、そういう特別仕様ですらないでしょう。


ボクの目には見えている。

アレは単なる布だ。

魔物の革で作られたものじゃない。


父さんも母さんも、どこから指摘すればいいのか分かり兼ねるのだろう。

天を仰いだり、頭を抑えたりして、言葉を探している。


深い、深いため息をついた後「とりあえず森へ行きましょうか」そう言って一行は、街から近い森へと出発した。


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