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落ち込んでいないのに慰められるこの状態は、なんとも形容しがたい気持ちにさせられる。

ボクは心から喜んでいるのに、なんで哀れに思われているんだろう。

同情されるようなことなんか、ひとつもないのに。


そう思えるのは、ひとえに父さんと母さんが、スキルはあくまで指針だと繰り返し言い続けてくれたからだろう。


実際、大工さんの所の子供が『番匠』や『 樵夫(しょうふ)』でもない『海人』だったことを報告した途端、一族総出で涙している家族がいる。

せめて山や森に入ることに特化している『猟師』だったならと言って、人目もはばからず抱き合ってわんわん泣いている。


海はこの辺にはないもんね。

湖ならあるけれど……『海人』のスキルって、海水じゃないとその能力は発揮されないのかな。


家族と離れるのが嫌なら、そして親が家業のあとを継がせたくて子もあとを継ぎたいと思っているのなら、スキルなんて無視して親から技術を学べばいいのに。

そう簡単に考えてしまうのは、そういう考えがボクの根っこにあるからなんだろうな。


でも他の家庭は、スキルは敬愛する女神様が与えてくれる大事なものだから、自分たちの気持ちをそっちのけにしてでも、守らなきゃいけないのだと思っているし、そう教えられている。

教会では確かに、集会の時にそう教わるもんね。

ボクの方がちょっと変わっているんだと、理解はしているよ。

ただ、その教えが苦しいのなら、ぽいって捨ててしまえばいいのにって思っちゃう。


ボクも両親から教会の教えと同じように教育されていたら、「『賢者』と『剣聖』の一人息子が『お掃除スキル』だなんて、二人に顔向けできない」と言って、このまま家出していたのかな。

……あ、だから村の出入口にいつもより多く見張りの人が立っているんだ。

なるほどね〜。






悲喜こもごも入り乱れた広場を通り抜け、李王と別れて、一人頷きながら家への道を進む。

いつもと変わらない帰り道だ。


今日からスキルを与えられたし、今この瞬間から大人です、と言われても、あまり実感が湧かないな。


ミツバチが飛び交うレンゲの花畑に心奪われて、むしって花の蜜を吸って歩くのも、良さげな木の棒を拾ってつい振り回してしまうのも、昨日と何も変わらない。


発言や行動に責任が伴うと言うけれど、具体的にどう変化するんだろう。

大人になったはずのボクの行動自体は、特に何も変わらないのに。


例えばこの木の棒が手から抜けてしまって、それが誰かに当たってしまったら。


今までは相手に両親が揃って頭を下げていたけれど、これからは自分一人で謝罪に行く、とか?

う〜ん……

もし誰かに迷惑をかけてしまったら、その時点で心から謝罪をするし、怪我を負わせてしまったら治療を、弁済が必要ならその補償を、ボクに出来る範囲に限られてしまうが今までだってしてきた。


遊んでいると気分が高揚しすぎて、周りが見えなくなってしまう子がいて、静止が間に合わないことがあるんだよね。

それで畑を囲ってある柵を壊してしまったり、種を撒いたばかりの畝を踏み荒らしてしまったり。

誤魔化そうとした人を叱りつけ、その場にいた人の連帯責任だからと、持ち主の所に行って謝るように促すのは、もっぱらボクと李王の役割だ。


朝のジョギング最中に仕留めた小型魔物をさばくのは、ボクのお仕事だったからね。

そのお駄賃として、売値の何パーセントかを貰っていたから、自分が好きに使えるお金を持っていた。

皆はお金を持っていなかったから、金銭的な負担が出来るのはボクしかいないと、少額ながら補償の申し出をその都度してきた。


大抵は金銭による補償は断られてしまうから、お手伝いをして返していたかな。

子供からお金を貰う行為に抵抗があったのだと思う。

両親を伴っての謝罪行脚をした時に、ボクに隠れてコソコソやり取りをしていたから、その時にお金の負担の話をしていたんじゃないかな。


そう考えると、保護者が伴わなくなれば、損をするのは被害者側になってしまう。

あ、大人になったのだから、お金を受け取って貰えるようになるのかな。


そもそも被害者を作らないように行動しなさいってことかな。

間違いを犯したり、誰にも怪我を負わせずに生き続けることなんて、なかなか難しいと思うから、なるべく加害者にならないように心掛けて、もしなってしまった時にはごめんなさいを行動と金銭でもってする。

そういうことだろう。

正解かどうか、父さんに聞こうっと。






「基本的な考え方が間違っていると言えないのが、問題ですね……」


大人らしい行動とはなにか。

ただいまの挨拶と同時に先ほどまとまった自論を述べたら、こめかみをトントンして考え込んでしまった。

考えごとをする時の父さんの癖だ。


大人が取るべき責任の中に、確かに金銭による補償も入るけれど、それだけではないのだよと言われた。

もちろん、そういう形でけじめを付ける人、付けて欲しいと思う人も中にはいるそうだけれど。


全員が全員そうじゃないから、相手を見極めて臨機応変に対応するのが、大人として取るべき行動の中で大事なことなんだって。


中には金銭補償の申し出に、怒る人もいると教えられた。

困る人はたくさん見てきたけど、怒る人は見たことない!

なにせボクが会ったことがある人は、村に住んでいる人たちの他には、神子様くらいだ。

たまに『賢者』と『剣聖』を尋ねて来る人もいるけれど。

滅多にいないし、ろくに喋らないし、大抵は失礼な物言いをしてくるし、そういう人たちは会ったうちに入らない。


世の中には村の人口よりも、もっと、も〜っとたくさんの人がいるんだって、言葉では知っている。

だけど、そのたくさんの人の中には、ボクが知らない性格や思考の人もいるってことだよね。

世界って広い。


とりあえず大人になったボクがするべきことは何なのかを聞いたら、特にないよと言われた。

定められた規則を守ること。

周囲を見て行動すること。

他者を思いやり気遣うこと。

今まで教えてきたことを守ればいいだけだって。


むしろ変に大人にならなきゃと考えて、斜め上を行く思考をする方が困ると言われてしまった。

お金で解決って言うと、なんだか大人の雰囲気がしたのだけどな。

違うんだ。


そしてごめんなさい。

断られていただけで、今までもお金による解決を進言してきました。


(ツムギ)さんには言わないで下さいね。

 透が擦れたと言って、卒倒してしまいそうです」


豌豆豆(ピースム)の筋取りをしながら、大人と子供の違いはどんなものがあるだろう、と父さんと盛り上がる。

さっきは大人になるにあたって、すべきことは特にないと言ったけれど、ボクはもっと子どもらしい行動をして欲しかった、むしろ今からでも遅くないから子供っぽいことをしてくれないかと言われてしまった。


「ボクは子供っぽくなかった?」


「いいえ、相応の子供らしさはあったと思いますよ。

 階段から落ちそうになった所、慌てた(ツムギ)さんと一緒に転げ落ちたり、追いかけっこをしていたら崖から落ちそうになって精霊様に助けられたり……色々ありました。

 ただ想像していたよりも、ずっと、ずっと手が掛からなかったので……」


ボクは覚えていないけど、よく高い所から落ちる運命にあったらしい。


ボクは赤ちゃんの頃から、よく寝てよく飲みよく出してとしていたし、秋生まれだから汗疹で泣き叫ぶようなこともなかったし、全然苦労をしなかったんだって。

ある程度成長したら、勝手にトイレを覚えたし、ご飯も好き嫌いせずなんでも食べた。

……菜椒(ピグメンタム)は苦いからちょっと苦手だけどね。

お手伝いも率先してやったし、教えたことは何でも覚えた。


人生何周目なの? と本気で考えたこともあるらしい。

そんな風に思われていたんだ。

褒め言葉では、あるんだよね。


「両親が偉大だからね」


ボクは父さんと母さんが、大好きだ。

優しくて強くて博識で、駄目なことをしたらちゃんと叱ってくれるし、悲しいことがあったら一緒に泣いてくれる。

甘えたい気分の時は、茶化すことなく抱き上げて一緒にベッドに潜り込んでくれる。


格好良くて凛々しくて、可愛くて美人。

そんな素敵な人たちが両親で、ボクはそのことをとても誇りに思っている。


物心がついてからの話なら、そんな両親に迷惑がかかることや、両親に悪口を言われることが嫌で、相応の努力をしてきた。

何かが出来なかったり、失敗をするとそうなるからね。

そのことを知ってからは、確かに結構頑張ったと思うよ。


でもそれは、両親の教育方針にも基づいているし、胸をドンと張って褒めてと主張してもいいと思うんだ。


「さすが私達の子供ですね」と、そんな風にいつものように頭撫でて貰えるとばかり思っていたのだけれど、いつまで待っても手の温もりは髪の毛の先にすら、触れてこない。


どうしたのかと思って父さんの顔を見てみれば、いつになく痛々しそうな、悲しそうな、そんな顔をしていた。

辛そうにさせてしまうような言葉を何か、言ってしまっただろうか。


心当たりがないのが、一番タチが悪い。

直しようも気を付けようもないじゃないか。


「……透は、私達の事が負担、でしたか?」

「そんなわけないでしょう」


ズバッと父さんの言葉を即座に否定した。

父さんの考えを否定的な回路に繋げてしまうような言葉を、言ってしまっていたようだ。


こういう、何か誤解をされている時は、へたに言い淀むと相手は悪い方に考え込んでしまう。

だからなるべく簡潔に、だけど攻撃的にならないような言葉で、そうじゃないんだよって伝える必要がある。


それも、父さんや母さんが教えてくれたことだ。

二人を尊敬しているからこそ、どんな言葉も取りこぼしたくなくて、ボクが身に付けた、両親からの授かりもの。


父さんがボクのことを、小さい頃から大人顔負けだった、と言うのならば、それは二人の育てかたの功績である。

ボクという人間を構築する土台を、日々の接し方や言葉のかけ方。

それらで作ってくれたからこその、今のボクだ。


それを誇ったことが父さんを傷つけたと言うのなら、ボクはその矜恃を曲げなければならない。

誰よりも愛する両親を傷付けるような考え方は、いらないから。


……だけどそれは、ボクの根幹とも言えるものだ。

もしボクの考え方が間違っているのなら、それこそ一からやり直しをする必要がある。


赤ちゃんの頃からやり直して教育し直して、とでもお願いすればいいのかな。

子供らしい所が少なかったと言われたばかりだし、ちょうどいいかもしれない。


「齟齬が生じてしまったようですね。

 ……透は、私達のことをどう思っていますか?」


「とっても大好きです!」


「ふふっ、ありがとうございます。

 私も愛していますよ。

 ……単純に、誇っているからこその『偉大』という発言でしたか?」


「はい。

 それ以外に、なにか意味が含まれるような言葉でした?」


「……そうですね。

 私達の――『賢者』と『剣聖』という、世間では“偉大”と称される特別なスキルを持つ、その子供に相応しい振る舞いをしなければならないと、気負わせていたのではないかと心配になりました」


ああ、なるほど。

確かにことあるごとに村の人たちからは「両親に恥じないように」と、自分の子供には言わないことを散々言われて育ってきた。

だけどそれは、他人に言われたのをきっかけとして心掛けたようなことじゃない。


違うな。

きっかけ自体は言われたからだ。

「両親は立派な人なのに」なんてボクを下げる物言いをされたくなかったからとか、そうではなくて。

あくまでボクが落胆されるようなことをすれば、「両親は立派な人なのに」って、二人の耳にボクを卑下すような言葉が入るのが嫌だったのだ。


だって二人とも、ボクが二人を大好きな気持ちに負けず劣らず、ボクのことが大好きだし。

好きな人のことを悪く言われたら、嫌な気持ちになるじゃない。

ボクがきっかけで、二人に不快な思いをさせたくない。


もしかしたら、怒るようなこともあるかもしれない。

それで評判が下がったら、余計に嫌だ。

そういう人たちって、勝手に他人を評価しておきながら、自分が思い描いていた人物像から離れてしまったら「そんな人だとは思わなかった」と言って悪態を吐いて離れるんだよ。


そんな失礼な人に、大好きな人を悪く言われるその口火になるなんて、ボクは耐えられないもの。


だからボクは結局、ボクのために努力をしてきた。

『賢者』とか『剣聖』なんて両親のスキルは関係ない。

普段はスキルのことを全然言わないのに、どうしたのだろう。


どうしたって、そういえばボクのスキルが判明した日なのに、二人に報告していないや。

周りがあれだけガッカリしていたのだ。

父さんのことだし、ボクのスキルが何なのか、既に耳には届いているだろう。

気に病んでいるから申告をしないのだと、勘違いさせてしまったのかな。


指針程度だと繰り返し言い聞かせて来たのは、他の誰よりもスキルというものに囚われているから、なのかもしれない。

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