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固辞したメイドの蜜さん以外が着席し、ようやくお話し合いの様相を呈することが出来た。

王族との確執に関して、ボクは過去に何があったか分からない。


依頼を受けるのは父さんと母さんになるから、最終的な決定権は二人にある。

だけど、ボクとしてはこの護衛依頼を受けて欲しい。

なにせ今、結構逼迫している問題があるからさ。


それは、路銀。

悲しいかな、宿のお金が結構高い。


父さんが蜜さんに最初に渡したのが金貨。

その後それを返されて、受け取ってもらったのが半金貨。

その名の通り、金貨の半分の価値がある貨幣だ。

つまり、二日泊まれば金貨一枚になる。


金貨一枚って、その時の相場によって変動はするけど、今の価値なら、家族三人で一週間分の食費くらいの出費になる。

このまま泊まり続ければ、ひと月もせずにお財布の中身は空っぽになること必至だ。


宿で提供される食事の代金は、その都度必要で、相応に高い。

美味しいし作る手間がいらないのは魅力的だけど、父さんが作るご飯が美味しいからね。

ここまで高いとちょっと、ううん、とってもビックリする。



それにさ、母さんが『裁縫上手』のスキルを得てから色んな物を作ってくれるようになったんだ。

今までは成功したものなら辛うじて、父さんが部屋着になんとか使えるくらいの縫製だったから、なかなか普段から使えるものが少なかった。

日常使い出来たのは、お手拭きとか、雑巾くらいかな。


それが旅の道中、ボクが森の中を歩き慣れていないせいで、アチコチ引っ掛けて破いたり裂いたりするものだから、それを繕っていたら、みるみるうちに裁縫の腕が上達していったんだ。

まだ売り物には出来ないけど、身内で使うのには十分すぎる出来栄えにまでなっている。

家での繕い仕事の完成品とは雲泥の差……と言ったら失礼だけど、同じ人が作ったとは思えない程だ。


それが母さんも嬉しいし、楽しいみたいなんだ。

昨日は遠慮して少ししか買わなかったけど、珍しく凄くたくさん悩んでいた。

荷物になるほどの量じゃないから、金銭面で悩んでいたと思うんだよね。


そんな不甲斐ない状態が、続いていいはずがない。

男として、過ぎたことに囚われて今愛すべき人に我慢させることを強要するような人が父親だなんて、ボクは認めない。


頼みごとを他人にする時は、相応の対価がいるものでしょ。

宿屋に泊まるためにひとつの階丸々貸し切っちゃうような王女様の護衛ならば、かなりの収入が見込めるはず。


父さんは今、母さんへの愛情が試されているのだ。

過去の自分の苦い思い出を優先させるか、母さんの今の趣味を優先させるか。

さあ、どっち!?



……って言っても、交渉相手が同席しているのに、そんなこと言えるはずがないんだけどね。

足元見られたら困るし。


条件次第では、いくら金銭的にかなり融通されたとしても、断りを入れることになるし。

母さんを蔑ろにするような依頼なら、断るに決まっている。

時間と手間さえかければ、お金は別の方法でいくらでも稼げるのだし。



『勇者』のスキルを授かった者の責務として、また王族を代表して、近年各地で増えている魔物の被害を抑えるのが、主な旅の目的だそうだ。

それは既に噂話として、アチコチで囁かれていることだから知ってる。


「真の目的の方を言われなければ、依頼受託を検討することすら出来ませんよ」と父さんに促されて、蜜さんはチラリと主人であるステラを見る。

無反応なままお茶を飲む姿に、話を続けて良しと判断したのだろう。

ひとつ小さなため息をついて、話を続ける。


先代『勇者』が『魔王』を封じていることを、ボクは父さんと母さんから直接聞いたけれど、王家は神子を介して把握していた。


世間では『魔王』は打ち倒されたとされているけれど、キチンと国の上層部は事実を知っていたんだね。

その上で、混乱を避けるために公表は避けたそうだ。


封印でも、魔物の被害が目に見えて減ったり、精霊の活動が活発化して作物がよく育つようになっていたから、民衆は何の疑問も持たずに、今を生きている。


『魔王』のスキル持ちが現れると、周囲に影響を及ぼすんだ?

大抵スキル固有の技能を発露させるには、保有者本人の意思が反映されるのだけれど。

父さんと母さんの話を聞く限りでは、『魔王』はそんなことを望む人物には思えない。


スキルを授かってから対峙するまでの離れていた間に、何かあったのだろうか。



ついに新たな『勇者』が現れたため、近年魔物の被害が増えていたのは封印が弱まっており、遂に先代が力尽きたのだろうと、国と教会は結論づけた。

実際に封印の場所に赴いての判断ではないそうだ。


なにやら面倒臭い場所にあるそうで、封印場所に行く道中で力尽きる兵がかなりの割合で見込まれるのに、たかが確認程度のことで人員は割けないとのことだった。


現に今、新たな『勇者』が現れ、魔物の動きが活性している。

その事実だけで、『魔王』復活を判断するには十分な材料とされた。


ステラが国と教会に命じられたのは、先代『勇者』の生存確認。

それと復活した『魔王』を打ち倒すこと。

このふたつ。



「……それだけでは、無いでしょう?」


父さんの底冷えするような声が、語り終えたと言わんばかりに口を閉じた蜜さんに向けられる。

母さんに言い寄った命知らずな旅人さんに向けた声と、同じ位に冷たい。

その上怒りを孕んでいるからか、背筋にゾッと寒気が走る。


「先代『勇者』である、わたくしの伯父様が存命であった場合の、暗殺命令も出ております」


あ、ちゃんと喋った。

呑気に考えたのも束の間。


両隣から凍えるような雰囲気が漂ってくる。

前身総毛立ち、鳥肌が一気に全身へと広がった。

おもわず抑えた口の、その中には酸っぱい液体が充ちている。

吐くわけにはいかないから、頑張って飲み込もうとしたけれど、殺気と言えばいいのだろうか。

それが収まらないせいで、あまりその努力は意味を成さない。

涙まで滲んできた。


ステラはさすが王族様だね。

さっきの狼狽っぷりが嘘のように、今は無表情を貫いている。

蜜さんは即座に主の前に出て身構えたけど、反応が遅かったせいか、武器を取り出す前に、その手を父さんの杖で押さえ付けられている。


ガクブルして固まるしか出来ないボクに、一触即発の大人三人の空気を壊したのは、ステラだった。


「わたくしは伯父様を弑すことは考えておりません。

 お父様はご自身の地位が揺らぐことを考えて、そのような命を下したのでしょうが……本来ならば、王位継承権第一位だった御方です。

 長年『魔王』を封じていた功績もあります。

 存命ならお父様やわたくしよりも、伯父様か、将来的に産まれてくる御子が王位を継ぐべきです。

 わたくしの使命は、伯父様を連れ戻すことと拝察致しております。

 また『魔王』が本当に打ち倒すべき存在なのか、それも自分の目で確かめたいと愚考しております」


ステラの言葉に、霧散とまではいかないけれど、空気の緊迫感が和らいだ。

息をするのも辛かったのが、なんとか出来るようになった感じ。


「……お姫様は、『勇者』と『魔王』について、どこまで聞いてるのですか?」

「正直、あまり。

 王宮内でも禁忌とされている話題です。

 此度わたくしが『勇者』のスキルを与えられたおりに、神子様と個人的に話す機会がありまして、その際に少し、お話を伺いました」


神子様は『勇者』と『魔王』が生きていたのなら、生かして欲しいと懇願しに来たそうだ。

どんなお礼もするからと言って。

自分の幼なじみで大切な存在だからって。


『勇者』はともかく、『魔王』は昔、自分で殺そうとしたのに?

時間が経って自分の行いを反省したのだろうか。


さすがに違うよね。

父さんと母さんが村に隠れ住むようになるまで、何度も命を脅かされるような奇襲を、執拗に受けている。

『魔王』は封印と言う形で守られているため、手出しが出来ない。

それで矛先が二人に絞られている。


それはこんにちに至るまで、変わらない。

ステラの成人の儀が行われたのは、村の襲撃の後だもの。

神子様の中に、二人への殺意は風化せずに残っている。


この短時間の間に悔い改めるようなことがあるなら、とうの昔にしているだろう。

神子様のたちの悪さは、父さんと母さんのお墨付きだ。

女神教の、と言うべきか。


生かそうとしたり、殺そうとしたり。

彼女たちは一体、何がしたいんだろう。



先代『勇者』と『魔王』の生存確認及び保護となれば、目的は一緒だ。

ステラの言葉が嘘じゃないなら、旅を一緒にするだけでお金が貰える、とてもおいしい仕事になる。


少なくともボクの眼には、彼女たちが嘘をついているようには見えない。

心の内を全て伝えてはいないだろうけど、事実と異なることは言っていない。


父さんいわく“分析眼“とでも言うべき『整理士』の固有技能には、虚言状態の文字はない。

何が見えるのか、どこまで正確なのか、色々試したけれど、集中していれば、かなりの精度で視分けることが出来る。


そのため、蜜さんの語る言葉は真実を誤魔化そうとする心の動きが、ありありと視て取れた。

だけど、警告色の赤色や青色は出ていなかったし、悪意は無さそうだ。

主人であるステラの不利益にならないように事を運びたいがために、色々考えながら話していたせいで、そうなったのかな。


ステラに嘘発見器が反応したのは、「愚考」って所だけだよ。

自分の考えをへりくだって言う言葉だね。

その他にも取るに足りないような愚かな考えとしての意味がある。


その部分が嘘だとするのなら、この考えこそが最適解であると信じて疑っていないってことなのかな。



さすがにこの先どう関わってくるかも分からない状態で、スキルの固有技能の詳細を、ステラたちに話すつもりはない。

父さんと母さんにすら言っていないことがあるのに、会ったばかりの人に開示なんて出来ないよ。


だから父さんと母さんには、問題ないよと伝えるために、ニッコリと笑って頷くだけに留めておいた。

あとの判断は、二人がするべきだ。



「私達は、女神教に追われている立場です。

 それでも、護衛の依頼をしますか?」

「お願い致します」


正直に話してくれた相手に、負担となる事実を隠しておくのは公平じゃないと考えたんだろう。

父さんがステラに向かってボクたちの現場を手短に話す。

が、即返答し頭を下げられた。


それには父さんもびっくり。

蜜さんもびっくり。


「女神教には一部過激な思考の方々が所属しているのは存じ上げております。

 わたくしも今後の動向によっては、同じように狙われる危険性があります。

 ならば、より信頼出来る強者を味方に付けるべきだと判断したまでです」

「……金銭的な交渉は、コチラのメイドとすれば宜しいのでしょうか?」

「はい。

 ミツ、宜しくね」

「かしこまりました」


一礼して二人は、少し離れた席へと向かう。


ボクたちが寝泊まりした部屋よりも小さいので、よくよく耳を澄ませば聞こえるけれど、聞き耳を立てるのはお行儀が悪いよね。


着席した後すぐに用意されたお茶もお菓子も、父さんと母さんが口を付けなかったので、ボクも手を付けず、机の上にそのまま放置されている。

お菓子なんて、最近全然食べれていなかった。


食べちゃダメかな。

チラリと母さんを伺い見るけど、首を横に振られた。


「毒など入っていませんよ?

 ……ほら、ね」


ステラはサクリと音を立てて、焼き菓子を一口食べる。

上に乗せられた砂糖煮がトロリと光っている。

焼けた色もほど良く、すっごく美味しそう。


「いえ、朝食がまだなので」

「あら……軽食を準備させるべきでしたね」

「ご配慮、ありがとうございます。

 ですが、我々は対等なのでしょう?

 今後そのような気遣いは無用です」

「そう……ですね。

 失礼致しました」

「とんでもありません。

 ありがとうございます」


……母さんが、比較的丁寧な言葉喋ってる。

父さんは普段から丁寧な話し方だけど、母さんがこういう話し方をするのはとても新鮮だ。

初めて見たかも。


「ステラさんは、なんで最初単語でしか話さなかったの?」

「え、ぁの……」


あ、ボクに対して緊張するのか。

ボクってそんな怖い?

こんなに可愛いと評判なのに。

両親からのみだけど。


「わたくし……王宮内では一番幼くて、……同年代の殿方が同席するような場は、不慣れ、でして……」

「なるほど」


たどたどしくも理由を話してくれた。

良かった。


あの回りくどい、蜜さんを通さないと自分の意思も伝えられない状態が通常仕様だったら、どうしようかと思った。

時間と手間の無駄遣いにも程があるからね。

安堵したことを伝えたら、対等な立場の者と話す場合を除いては、アッチが当たり前の世界だと言われたけれど。


大抵“対等な立場“と言っても、王族に対し、額面通りに接してくるような無礼人はいない。

恭しく接されるのが当たり前だったステラは、ボクの指摘に頭が真っ白になったそうだ。


蜜さんがボクの存在を知らなくて、大人ばかりが来ると思っていたのもあり、舐められたら終わる世界で生きてるステラからしてみれば、あの態度を咎められたのは、まさに晴天の霹靂。


そんな、ボクが非常識みたいな言い方って、どうなの?

……ステラからしてみれば、非常な行動だったのか。



「ボクも丁寧に喋った方がいい?

 喋れないことはないけど、疲れるんだよね。

 コッチが素」

「雇用関係になるのはあくまでご両親ですし、透様は如何様な形でも、わたくしは気に致しません」

「あ、雇われるのはあくまで旦那だけよ。

 アタシは透優先しちゃうから」


それを言ったら、父さんは母さんを優先させてしまうのでは?


雇用関係にない者はタメ口で良しとされたからか、母さんはさっそく言葉を崩している。

たぶん、さっきの“対等な立場“云々と一緒で、気にしないと言いながら、内心は驚いているんだろうなあ。


今から既に、ボクと母さんの言動に振り回されることが確定しているお姫様は、父さんを雇ったことを後悔しないだろうか。

返品は受け付けませんって、契約書に書いてもらわなきゃだね。

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