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整理と言えば、整理整頓。
乱れた状態のものを整えること。
……つまり、お掃除が上達するスキル?
メイドさんにでもなればいいのかな。
あ、メイドは女の人か。
男女共通して言うなら、使用人って言うんだっけ。
でも使用人のお仕事は、お掃除以外にもあるよね。
炊事に洗濯、倉庫の管理と、田舎の使用人はやることが多いって、村長の家で雇われている使用人さんが言っていた。
どれも出来るようになるべきだって言われて、父さんと母さんから仕込まれたし人並みには出来るけど、その程度で使用人ってなれるのかな。
「席にお戻り下さい」
神子様は考え込みそうになったボクに、立つことを促すように手を引いた。
その手は驚くほど冷えていて、唇も青くなっていた。
こんな暖かい日なのに、寒いのだろうか。
「大丈夫ですか?」とたずねると、小さく口角を上げて笑い「大丈夫ですよ」と返された。
大丈夫かって聞いたら、相手は大丈夫じゃなくても反射的に大丈夫だって答えてしまうから、心配する時はよく言葉を選ぶべきだって、父さんから教わっていたのに。
親しい相手なら、直球で「具合悪そうだよ」って指摘してしまってもいいけれど、そうじゃない場合は――そうだ、「どうかなさいましたか?」って聞くんだった。
失敗した。
ボクの心配が伝わったのか、神子様はボクの手をキュッと握って「今回はお子様の数が多かったので、神託を得るのに力を沢山使い過ぎてしまったのです。暫く安静にしていれば、すぐに良くなりますので、どうぞご安心ください」と、「心配して下さりありがとうございます。お優しいのですね」と、そう言った。
具合が悪そうな人がいれば、心配するのは当たり前だと思うのだけど……
神子様を早く休ませるためにも、成人の儀を早く終わらせるべきだ。
「お大事にしてください」と言って、駆け足で席に戻ろうとしたら、同席している神官様に「走らない!」と怒られてしまったので、その後は早足にしておいた。
「大人なのに怒られてる」と、皆にクスクスと笑われてしまった。
ちょっと恥ずかしい。
「今日この日を持ちまして、皆様は国から大人と認められることとなりました。
大人とは、自分の行動や発言に責任を持つことです。
また親御さんの庇護から独立し、自分で生計を立て、税を納める義務も生じます。
他にも婚姻を結ぶことが出来るようになったり、保護者同伴でなくても、村から出られるようになったり、そういう自由の権利も得られます。
光の精霊様から与えられたスキルは、貴方がたの人生を明るく照らす、その一助となるでしょう。
皆様の未来が明るいものとなりますよう、心からお祈り申し上げます」
本を抱えたまま胸の前で手を組んで、神子様が祈りの言葉を口にすると、女神像がより一層強く輝く。
その光が弾け飛んで、お星様が降るみたいに教会の中を舞い踊った。
見とれる暇もなく、それを皮切りに教会の出入口の扉が開かれる。
迎えに来た保護者が中になだれ込み、自分の子を探してはどんなスキルが与えられたか尋ねている。
せっかく神子様がコッソリと教えてくれたのに、全然意味がない気がするのは、気のせいかな。
ボクと、その隣に座っている村長の息子である李王は、両親共に忙しいため迎えがない。
出入口の人混みが落ち着くまでは、暫く座って待機になる。
礼拝の日と同じだ。
ダラダラと喋って、指遊びをして暇を潰す。
大抵は互いの両親の自慢話をしたり、魔物の目撃情報の交換をしたりだ。
李王の家には情報が集まりやすい。
そしてその対処をするのは、大抵母さんだ。
依頼が来る前に母さんに報告しておくことで、被害が小さく抑えられるものもある。
「トオルはなんのスキル貰ったんだ?」
「う〜ん……よく分かんない」
「もったいぶるなよ。
俺はね、『猟師』だった!」
『猟師』は狩りに関する能力が向上すると言われているスキルだ。
獲物に察知されにくい罠作りが上手だったり、獣道に残された痕跡から、どんな魔物が近くにいるのか探知しやすくなる。
森が近いこの辺ではかなり重宝されるスキルなので、彼が喜ぶのも当然だろう。
森が近いってことは、魔物が出やすいから。
今の村長さんのスキルは『商人』で、金勘定は得意だけれど威厳がないと陰口を叩かれ、李王が悔しそうにしていたのを何度か見ている。
「そのお陰で辺境の村なのに、口減らしをせずに済んでいるんじゃないですか」と言ってからは、そう言った陰口は聞かなくなったけど。
子供に言われたのが嫌だったんだろうね。
でも今日からボクも大人なら、陰口を叩く人たちを注意する効力が弱まるのかな。
変わらないなら『賢者』と『剣聖』の息子という立場を鼻にかけて偉そうに正義漢ぶっているとでも思われていることになりそうだけど。
両親の報復が怖いから、反抗しません、言うこと聞きます、って思われていたら嫌だな。
「焦らしてなんてないよ。
……李王は『整理士』って聞いたことある?」
「俺はないな……」
「ボクもない。
父さんや村長さんなら分かるかな」
「神官様や神子様に聞いた方が早くね?」
言って女神像の下で話をしている二人に駆け寄る。
神官様に警戒されてしまったが、神子様が手を上げるとサッとその構えを解いた。
なんかカッコイイ!
見たところ、神子様はさっきよりも血色が戻っている。
椅子に座って少しは落ち着いたのかな。
良かった。
「神子様、神官様。
ご歓談中失礼致します」
「トオルのスキルがどんななのか知りたいんだ」
「貴方は……『整理士』と『猟師』のスキルを与えられた方たちですね」
「『整理士』?
字面からして、掃除特化のスキルか?」
最後の方だったとはいえ何十人もいたのに、どんなスキルが与えられたのか覚えているんだ。
すごいな。
さすが、記憶力がいいんだね。
でも、今ので神官様はボクのスキルがどんなものか知らないんだと分かった。
父さんよりも、村長さんよりも年上に見えるのに。
この神官様は、村の教会の管理を任されている神官様だ。
神官様は、この村の住民のスキルを全員分把握しているんだって聞いたことがある。
少なくとも、神官様がここに着任してからは、この村では一度も与えられたことがないスキルってことだよね。
「私も『整理士』なるスキルは存じません。
教会では光の精霊様から与えられるスキルの、ここ百年分程であれば名前とその特徴が書き記された書物を管理しておりますが、見た覚えがありません。
初めて与えられたものか、記帳する以前に与えられたのが最後なのでしょう」
ゆるゆると首を横に振ったあと、ボクが与えられたスキルはとても珍しいものなのだと言われた。
「さすが『賢者』と『剣聖』の子だよな。
確かそのふたつも珍しかったはずだぞ」
「あら、『賢者』様と『剣聖』様のご子息だったのですね。
……もし宜しければ、どのようなスキルなのか、判明したことがありましたら、教会にご報告下さい。
スキル帳に記入致しますので」
布の奥に隠されている目で、ジッと睨まれた気がした。
口元は笑っているのに笑っていない、母さんの顔と似ていた。
母さんは裏表がない上素直な性格だから、怖いと思ってもそこまで恐怖は感じない。
だけど神子様とか父さんのように、頭が良くて自分の感情を隠すのに長けている人の、裏がありそうな笑顔はとても怖い。
何が起こるのか、予想が出来ない。
「お時間取らせて申し訳ありませんでした。
神子様、今日はありがとうございました。
お大事になさってください。
失礼致します」
一礼して李王の手を引き、その場を早々に立ち去った。
珍しいだけならいいけど、何か特別な能力が向上するスキルだとしたら、厄介事に発展してしまうかもしれない。
未知の力はそれだけで人の目を惹く。
なるべく、口外はしない方がいいだろう。
そう思っていたけれど、教会から出た途端、大人は揉みくちゃにして聞いてくるし、皆は自分のスキルを言った後に「トオルは!?」って聞いてくる。
そうなると言わないのは公平じゃなくなる。
正義感の強い李王がボクの許可もなく勝手に言いふらしてしまって、それが井戸端会議の好きなオバちゃんたちの耳に入ってしまえば、そこからは拡散する一方だ。
隠せるわけがなかったね。
大人はお掃除スキルにあからさまにガッカリしているけれど、両親の教育のおかげで割と何でもできるボクが、掃除だけは苦手だと知っている皆からは祝福された。
実際、ボクは結構嬉しいんだ。
いまいちお掃除って努力や力技で解決出来るものじゃないじゃない。
整理整頓のコツを教わっても、要るものと要らないものを判断するのが難しい。
あからさまなゴミなら捨てられるけど、いつか使うかもしれないものは、いつか必要なものになる可能性があるってことじゃない。
そう考えてしまうと、捨てられなくなる。
物が多いと片付けられないと頭では分かっていても、なかなかこれが、難しい。
拭き掃除も、後回しにしたら忘れちゃうからって、目に付いた所に気を取られてしまって、どこを掃除したのか分からなくなっちゃう。
水拭きが駄目なものとか、この汚れにはこの洗剤を使うんだよとか、教わっても何がどう違うのか理解できないから固まっちゃう。
父さんが水の精霊様の力を借りて、家を丸ごと洗ってくれれば楽なのにっていつも思う。
それも『整理士』なら、なんとかなるってことじゃないのかな。
父さんたちは努力に勝る天才はないって言うけれど、苦手なものって遠ざけたくなるじゃない。
スキルのおかげで逃げ回っていたお掃除と向き合うことが出来るのなら、それはボクにとってとっても有意義なことだ。
劇的にお掃除が得意になることはないけれど、関わる時間が増えればきっと、努力とスキルが後押ししてくれるようになるかもしれない。
お掃除を極めるなら、どんなお仕事に就くべきなのかな。
やっぱり、使用人?
ところで。
さっきから皆の前に四角い半透明の紙が浮いているんだけど、コレってなんだろう。