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父さんは村長さんに手紙をしたためた。
明日、李王の様子を見る時に、薬と一緒に届ける予定だ。
神子様が教会の方へ向かう、後ろ姿を見た。
もう暗くなる頃合だったし、光の精霊様の加護が消えるとされる夜の外出は、教会関係者はしない。
村の人の中には、見張りのために夜通し起きて、村の出入口に立っている人もいるけどね。
反対側の村外れとはいえ、この場所を発見して襲ってきたりしないかな。
……また皆が、酷い目にあったりしないかな。
そんな不安を、手紙に封蝋をする父さんに、つい零してしまった。
その手紙を書いている間に、すっかり興奮状態から抜け出たようで「大丈夫ですよ」といつも通り、穏やかな口調で断言してくれる。
ボクの“隠蔽“は、父さんが施してくれたもので、悪意ある者から身を隠す効果があるそうだ。
効果は喋ったり、動いたりすると消えるものが殆どだけど、父さんの“隠蔽“は、対象に触れられない限り解けることは無い。
そしてその“隠蔽“は、この家の周囲に何重も張ってある。
神子様に“隠蔽“の効果があったのなら、この家を探し出すことも不可能なんだって。
ちょっと安心した。
村全体に火をつけられたとしても、立地的にも風向き的にも、この家だけは守られるから安心して大丈夫だと微笑んで言われてしまって、その安心感はどこかへ飛んで行った。
考えもしなかった、そんな悪逆非道なことを言われてしまったら、逆に不安になるし、怖いよ。
だって村に火をつけられたら、皆焼けて、死んじゃうんだよ。
メソメソと泣き出しそうになったら、母さんが父さんの後頭部をバシッと叩いた。
とても子気味のいい音にビックリして、涙が引っ込んだ。
「アンタのその、他人と身内で差別するクセ、嫌いだよ!
……女神教の連中は、信徒からの献金で活動している。
ムダな殺生はしないし、証拠が残るようなハデなことも滅多にしない。
ここには神子の親だっているんだ。
そんなことには、ならないよ」
母さんの「嫌い」の一言が胸に突き刺さった父さんは、酷く動揺している。
吐血でもしそうな勢いで、胃に深刻な負担がいっているようだ。
お腹を押さえて咽び泣いている。
ちょっと可哀想。
この村も、教会にお金を払っている。
簡単な読み書きと計算を教え、光の精霊様の教えを説き道徳を学ばせることは、各家庭ではなかなか難しい。
ボクみたいに父さんが知識人なら、学ぶ側が“分からないことが分からない“状態に陥った時、なぜ理解出来ないのかを考えてくれる。
そしてどこで躓いたのか踏まえた上で、個人に合った進捗で教え方を変えることも出来る。
それらは他の家庭では、出来ない人の方が多い。
李王の家の場合だと、お父さんは『狩人』でお母さんは『裁縫美人』のスキルを、それぞれ与えられている。
二人とも教会で習った、平仮名の読み書きと一桁の計算なら出来ると言っていた。
日女的にも使う機会が多いしね。
だけど、子供がそれ以上を求めた時には、知識がないから教えられない。
罠の作り方や弓の射方、服の縫い方や編み物の仕方なんかは、教会では教えられない程に高度な技術を教えられるけれど、勉強はからっきしだと言っていた。
お父さんの方は、時期村長なんだからと言って、今の村長さんからもっと上の知識を身につけろと言われているみたいだけど。
李王が優秀だから大丈夫って言って、勉強から逃げていたなあ。
そんな大人が逃げ出すようなことを、教会では皆一律に同等程度のことを教えて、身に付けてくれる。
しかもそれ以上を求めれば、答えられる範囲で応えてくれるし、もし無理な場合でも、教えてくれる人を斡旋してくれる。
学ぶための本の貸出もしてくれるし、例えるなら、『農業』と『酪農』のスキルの子供が『学者』だったりする時なんかは、とても有難い存在になる。
そういう機会が訪れた時のために、村単位の献金は高めに設定されている。
……らしい。
徴収額が上がったと母さんがボヤいていた時に、袋に詰めていたお金は、金貨だった。
金貨って、たしか一番偉いお金なはずだし、そこそこ以上稼いでいる母さんが愚痴を零すってことは、余程の金額だと思うんだよね。
村で集める他にも、厚意として個人で献金する家もあるし、まあ、田舎の仕事としての収入で考えるなら、かなりのものになるだろうね。
そんな大事な収入源を減らすような馬鹿な真似はしないだろうし、なにより、この村には歩いて半日ほどの距離に、別の村がある。
これ以上大きな騒ぎを起こしたら、特に火事のような証拠が残りやすく、被害の規模が大きくなりやすい騒動が起きれば、隣村から駆けつけた人たちが目撃者になり得る。
そういう人たちを更に害せば、被害はどんどん大きくなる。
しかも現人神扱いされている、神子様の滞在中にそんな大規模な事件が起きたら、奇跡を起こさず一人も救えなかった事実に、民衆からの支持がグラつく。
長年かけて築いてきた磐石の地位が揺らぐような、軽率なことはしない。
それが母さんと、一応父さんの見解だ。
父さんは、説明が足りなさすぎるね。
しかも安心させるための説明が、全く安心材料にならないんだもの。
父さんの思考って、結構物騒だよね。
今回誰にも解毒出来ないような毒物をばらまいて、村人たちからの信頼を得て、子供たちからは命の恩人だと崇められるようになること。
そして完全に気を許した所で、口が滑るのを待とうとしたのだろうと、父さんたちは予想している。
大人から父さんたちがいることの証言は得られなかった。
けれど子供からなら、あるいは。
そう思っての行動なのだろうけれど、まさかボクの成人の年に被るとは、祝いの席に水を差された気分になって嫌だね、と頭をかいた。
「……ごめんなさい、それ、ボクのせいだ」
ボクの『整理士』がどんな能力なのか、神子様と神官様に聞きに言った時、確かに李王が言っていた。
「さすが『賢者』と『剣聖』の子だよな」って。
女神教の目の付け所は間違っていなかった、ということだ。
二人がいる証言を得ても尚、なんで村の新成人を襲ったのかは、よく分からないけれど。
二人が広場に来て対処している所を押さえようと思ったのかな。
実際、神子様が来る、ほんのちょっと前まで二人とも広場にいたのだし。
でもきっと、それだけじゃないよね。
だって、ボクを探していたもの。
ボクが二人の子供だから、と言うだけなら、きっと神子様はボクの名前は覚えていなかったはず。
だって彼女は一度も、他の子たちの名前は呼ばなかった。
村一番の権力者である村長、その孫である李王でさえ、『猟師』としか言わなかった。
彼女は、スキルにしか興味がないのだと思う。
なのに、ボクのことだけは名前で呼んでいた。
それが何を意味するのかは分からないけれど、神子様、もしくは女神教は、ボクたち親子三人、全員を狙っている。
「李王君のせいでも、ましてや透のせいでもないですよ。
強いて言うなれば、いつまでも決意を先延ばしにしてこの村に留まった、私のせいです」
「一人で責任負おうとしないの。
それを言ったら、アタシだって同罪でしょ」
「ボクがこの村が好きだから、二人ともこの村に居続けることを選んだんでしょ?
ボクのせいじゃない」
三人が三人、全員で我こそは今回の騒動の原因であると名乗りを上げる。
ここで自分の責任ではないと、罪を着せ合うような人たちじゃなくて良かった。
優しくてまっすぐな父さんと母さんが、大好きだ。
……だから、二人が言い出しにくそうなことは、ボクが率先して言わなきゃ。
「この村を出るとしたら、身を寄せるあてはあるの?」
自分たちを炙り出すために、無差別に人を害することを良しとするような組織が相手なのだ。
最終的には救いの手を差し伸べる手筈だったとしても、一歩間違えれば、死人が出ていた。
命に関わらなくても、李王の指先の石化みたいに、後遺症が残るようなことが起きていたかもしれない。
次こそは、本当に死人が出るかもしれない。
そんな不幸、優しくて温かいこの村の人たちに、これ以上起きて欲しくない。
しかもそれが、自分たちが原因だなんて、耐えられない。
皆と離れるのは辛いけど……泣かれたり、死なれたりするする方が、よっぽど嫌だ。
ならボクは、離れる選択肢を選ぶ。
「人里離れた場所に家を作っても、どうやってるのか知らないけど、バレちゃうのよね」
「……どこにも長期滞在せずに各地を渡り歩くか、女神教の目を掻い潜って別大陸に渡るか、ですかね」
「どっちも、楽しそうじゃん。
ワクワクどきどきの、冒険譚の始まりだね!」
空元気なのはバレているだろう。
だけど、二人ともそれは指摘しないで、優しく頭を撫でてくれた。
大丈夫。
父さんと母さんが――『賢者』と『剣聖』が一緒だもの。
旅の危険なんて気にならない。
ボクだって鍛錬を続けてきた。
足でまといにだってならない。
だから、皆にまた危険が及ぶ前に、早くこの村から、離れないとね。
父さんは村長さん宛の手紙の枚数を増やし、母さんも一枚、そこに添えた。
せっかくなので、ボクも一枚、李王宛に書かせてもらった。
初めて書く手紙に、こんな時だけどちょっと心が浮つく。
正確に言えば、新成人になるに当たって、両親に感謝の手紙を書きましょう、と教会でお手紙は書いたけど。
あれは勉強の一環だったし、ちょっと違うよね。
そう言えば、あと手紙って、いつ届けられる予定だったんだろう。
まだ、父さんと母さんの手元には届けられていないよね。
頑張って書いたから、ちょっと残念。
喜ぶかなあとか、泣いちゃうかなあとか、思いながら書いたのに、どんな反応をするのか見られないままになるんだもんね。
今まで仲良くしてくれたお礼と、巻き込んでごめんって謝罪と、いつかまた会おうと、不確定で実現するかも分からない祈りを書いた。
その時まで、父さんと母さんに宛てた手紙の保管をお願いしておくべきかな。
必要最低限の荷物を袋に詰めて背負って、村の人たちの誰かが引き続き使えるように、父さんが“隠蔽“の術を全て解いた。
家自体は使わなくても、食材はまだ沢山あるし、お布団や家具なんかも、まだまだ全然使えるもの。
二人が貯めていたお金は、持てる分だけ持って、「迷惑料には少ないでしょうが」と言って、残りは手紙と一緒に村長さんの家の前に置いた。
腕がもげるかと思うくらいに重い、金貨がビッシリと詰まった袋なのに、足りないんだ……
そうは思うけれど、沢山人が死にかけたのだから、ボクには途方のない金額に思えても、世間ではそうじゃ無いのだろうと納得した。
大人になって二日目の夜。
光の精霊様の加護が得られないと伝わる夜、満天の星空に照らされながら、ボクたち三人は、誰に見守られることも無く、ひっそりと村を抜け出した。




