12
「『賢者』の名を冠していても、スキルが万能ではないと、思い知りました……」
「そんなこと、分かり切ってたでしょうが」
運び込まれた子供たちの状態異常を解いたあとも、緊迫した空気が広間を制していた。
本当に大丈夫なのか。
毒がぶり返したりしないのか。
そんな大人たちの緊張を、解そうとしたのだろう。
わざとらしく大袈裟に伸びをしながら、大きな声で泣き言を言う父さんに、母さんが後頭部に平手打ちでツッコミを入れた途端、張り詰めた空気は霧散した。
ボクも、ホッと息を吐く。
目に入る皆の紙に、異常状態を示す言葉はもう、書かれていない。
移動させられるものは全て、ゴミ箱へと移動した。
父さんが作った薬が効いていた人たちの「生命力回復(小)」とか「石化軽減(小)」みたいな、身体に良さそうな言葉はわざと残してある。
毒とか麻痺とか、呪とか瀕死とか、なんかとっても身体に悪そうな言葉が付いている表示は、出来る限り全部捨てた。
移動させたら症状が消える記号をゴミ箱扱いしているけれど、このゴミ箱の中に入れたものって、どうすれば消えるんだろう。
現実のゴミは、屑籠に入れたあと、ある程度溜まったら、燃やしたり埋めたりして処分する。
放っておいたら当然、ゴミが入る余地がなくなって、いつか溢れてしまう。
父さんの部屋の屑籠が、正しくそんな感じ。
父さんの場合は、紙ゴミをグシャグシャに丸めてポイッとするから、屑籠の中身が入ってようとなかろうと、最初から床に散らばっているけれど。
勝手に出てくるようなことはないと信じたいけど、これはあくまで紙の上での表記の問題で、本当にゴミ箱なのかが分からない。
不要なものを移動させられるとしても、実際のゴミとは違うし、現実では起こらないことでも、そうならないと断言は出来ない。
父さんのスキルとは似ているけれど違うみたいだし、昨日授かったばかりで、何もかもが分からないのだ。
「帰ったら、色々検証してみましょう」と言ってくれたけど、現時点で分かるのは、時間が経過してもゴミ箱の中に入っている、不穏な言葉は全てそのままってこと。
どうにかして、皆に負担がかかることなく、ゴミ箱の中身を消せるといいのだけど。
単なる一時的は保管庫だったら、どうしよう。
「母さん、疲れてない?」
「久しぶりに精霊術使ったワリには、平気かな。
途中までは、実はシンドかったんだけどね。
今はむしろ、元気が有り余ってるわ。
お父さんの回復薬が効いたのかしらね」
肩を回しながら快活と答え、父さんに礼を言う。
隠しごとはしていなさそう。
母さんの紙にも、悪いことは書いていない。
生命力の棒を伸ばしすぎてしまったせいか、元気すぎるみたいだけれど。
しょんぼりして、辛そうにしているより、ずっといい。
その様子に、父さんと顔を見合わせて笑ってしまった。
誰が聞いているか分からないし、父さんに全ては話していないけれど、たぶん、父さんは気付いている。
ボクが母さんを含めた皆の不調を治したことを。
李王の生命力の棒をミョイっと伸ばせたことで調子に乗ったボクは、目に映る人たちの短くなった棒を、手当り次第伸ばしていった。
解毒が完全に出来なくても、生命力が尽きなければ、死ぬことはない。
つまりこの棒が消えて、斜線より左側の数字が零にならなければいいんだ。
そう思ったが故の行動だったのだけれど、母さんの生命力の棒は、なかなか引き伸ばすことが出来なかった。
表示されている棒の長さの幅は、皆一律だ。
ただ母さんの棒の長さを表す数字は、他の人とは文字通り桁違いだった。
皆の生命力を一センチ伸ばそうと思えば、その数値はだいたい一〇〇から二〇〇程度の数字になる。
だけど母さんの生命力を表す棒は、一センチ伸ばそうとすると、その数値は一〇〇〇でも足りない。
他の人の棒は、紙をなぞればスイっと簡単に指を開けたのに、母さんのはメチャクチャ力が必要だった。
もしかしたら、力は必要なくて、時間をかけるだけで良かったのかもしれないけれど、変に力んでしまったせいで、今は右の人差し指と中指がとても痛い。
そんなことをしていたら、途中でスキルの練度が上がったのだろう。
表示される項目が増えた。
途中までは状態異常しか表示されなかったのだけど、さっき言ったように、良い効果をもたらす状態も書かれてるのが見えるようになった。
なので、改めて毒(中)をゴミ箱に捨てられないか試したら、出来たのだ、これが!
(大)表記のままだったら、ゴミ箱に移動させられなかったかもしれない。
分割出来たのは、こういう風にスキルの練度が低くても対応出来るようにってことだったんだね。
もしかしたら(中)表記の毒も、魔物の種類別ではなく、更に細かい分類に出来ていたのかもしれない。
今ならそう考えられるけど、やっぱり焦ってしまうと、視野が狭くなって駄目だね。
結果としてはなんとかなったけど、それはたまたま、運が良かっただけだ。
父さんを見習って、常に冷静沈着を心掛けなきゃだね。
悪戦苦闘をしている間、父さんは回復薬を作りながらも、ボクの様子を見ていた。
どこからどこまでがボクのスキルによるものなのか、分析していたんだと思う。
「整理士」って実際にある物だけじゃなく、紙に書かれてる内容も整理出来るんだね。
要らないものを処分して、必要なものを足して、整理した結果が皆の生還なら、とっても嬉しい。
……とっても、疲れたけど。
安心して気が抜けたのか、スキルの使いすぎで疲れたのか、その場にへたりこんでしまった。
腰が抜けるってこんな感じかな。
立てそうもない。
「労いたい所じゃが……二人とも、長居したくないじゃろうて」
「……そうね。
透はどうしたい?
一緒に帰るなら、おんぶするわよ」
「やだよ……子供じゃないんだし。
それに、李王が目覚めるまでは、ここにいたいかな。
経過観察する人がいた方がいいでしょ?」
「そうですね。
では、宜しく御願いします」
言って二人は、玄関へと続く廊下ではなく、家の裏手に出る窓から出て行った。
それが当然とばかりと言わんばかりの、あまりの自然体と身軽さに、違和感に気付けなかった。
そんな所から帰るなんて……止める間もなかったよ。
なんで誰も疑問を口にしないの?
父さんと母さんって、実は非常識で名が通っているの?
そこまでして会いたくない人がいるのかな。
この場に、大半の人はいるけど。
いないのは……神官様くらいかな。
この村出身ではあるけれど、教会に所属しているから、厳密に言うとこの村の住民には数えられないんだって、お祭りに一緒に行こうって誘った時に説明された。
たまに訪れる旅人だって参加出来るのだから、問題ないと思うんだけどな。
神官様だって、お祭りに参加したいだろうに。
李王の顔色は良く、規則正しく胸が上下している。
苦しそうなことはないし、固まっていた指先だってすっかり元通りになっていた。
見た目こそ何の問題も無さそうに見える。
石化していた時間はさほど長くないけれど、もしかしたら突っ張るような違和感が残ってしまうかもしれないって、父さんが言っていた。
手先の器用さが求められる『猟師』には、かなり負担になる後遺症だ。
罠を作るにしても、弓を射るにしても、指先の感覚が鈍くなったり、違和感が生じたりするのは、悪影響以外のなにものでもない。
それを言ったら、日常生活を送るにあたっても、後遺症なんてあったら困るけどさ。
視たところ、現段階では状態異常には書かれていない。
書かれていないからと言って、後遺症が何のないとは言いきれないもんね。
父さんの目には視えなかったように、ボクの目にもまた、視えないことがあるだろう。
途中で視えるようになったこともあるのだし、その可能性はある。
あって欲しくないけどね。
唯一表示されている、本来ならば表示されないであろう言葉を突っつくけれど、今のボクでは詳細表示はされないし、動かすことも出来ない。
「視界共有」の四文字は、一体誰とつながっているのだろう。
状態異常に陥っていた九人からは、父さんと母さんが直接、光の精霊様に祈ることによって祝福を与えられ、解呪へと繋がった。
だけど李王の「視界共有」だけは、何をやっても解けなかった。
頭に“呪“の字はなくなったけど。
その変化が、どんな意味を持つのかは分からない。
そもそも、呪い自体なかなかお目にかかる機会というものがそう無く、研究も進んでいない分野になるそうだ。
研究をするには、お金がかかる。
呪縛者がいないと、何が有効なのか調べる実験もできない。
しかも大抵が光の精霊様への献身的な祈りで解くことができる。
原因の究明をしなくても、祈れば問題を取り除くことが出来ると分かっているのだ。
それくらいなら、毒物を含めた魔物の被害対策をした方が、余程有益だと考えるのは、ある意味当然のことだろう。
お金は有限だもの。
李王の目が覚めて、日常生活に支障がないようなら、焦らず今まで以上に真面目に、真摯にお祈りをすれば、そのうち解けるかもしれない。
外部から与えられる祝福ではなく、呪縛者本人が祝福を与えられたら解呪されることもあるようだ。
父さんが言った言葉は、すべて「〜かもしれない」って不確定な言葉ばかりだったけど、無責任に「確実に治る」って言わないのは、ある意味父さんらしい。
確実なことじゃなければ、断言をしない人だから。
「家に戻ったら、他に何か出来ることがないか聞いてみますね」と言っていたけれど、考えてみれば、誰に聞くんだろう。
スキルの能力も相まって、父さん程の知識人はこの村にはいない。
相談事をしたり、助言を求めるような相手が、果たしているのだろうか。
首を捻っていると、入口がなにやら騒がしくなった。
お祭りや喧嘩をしている騒がしさではなく、ザワついている感じ。
一人一人上げる声は小さいけれど、そこにいる皆が声を上げるから、賑やかになってしまうことって、あるよね。
昨日の教会も、そんな感じだった。
ボクは李王の横で座っているし、立っているのは皆大人だから余計に、なんでザワザワとしているのか、視界が低くてその理由が分からない。
ダルいのも落ち着いたし、何が起こったのか見ようとしたら、グッと村長さんにその肩を押された。
立ち上がろうとした反動のせいで、尻もちをついてしまった。
ちょっと痛い。
どうしたのかと思ったけれど、立ち上がっちゃ駄目な理由があるようだ。
村長さんはボクを後ろ手に庇うように、手のひらをボクへと向けている。
「あら、魔物に襲われたようだと報せを受けたのですが……有毒状態の方は、いらっしゃらないのですね」
「備蓄の解毒剤や回復薬がありましたので。
神子様には、御足労おかけして申し訳ありませんでした」
「私の故郷ですもの、このくらい、当然です」
村長さんが話をしている相手は、神子様か。
父さんと母さんの話を聞いた後だからか、少し警戒をしてしまう。
村長さんがボクを隠そうとしているのも、もしかしたら、二人から何か話を聞いているからなのかもしれない。
こっそり村長の影から覗き見た神子様は、ジッと李王を見つめていた。
その目は、父さんが鑑定眼で見ている時と、似ている感じ。
相手を見ているようで、見ていない。
でも父さんは、鑑定眼を使う時、紙に表示される文面を見ながらも、その先の人も見ている。
神子様は、虚空しか見ていない。
それが、とても……怖い。
それに、ボクが見える紙には神子様の情報が、何も書かれていない。
名前も生命力も、スキルや特技なんかも、何も見えない。
真っ黒に塗りつぶされている。
ぐちゃぐちゃって、子供が乱暴に塗りつぶしたみたい。
万人に愛され敬われている、光の精霊様の化身とも言われる神子様だ。
なのにボクには、どうしてもそんな風には見えなかった。




