白羊の群れの黒羊
妹は、ヘンリエッタは、出来の悪い娘だった。母が用意したドレスをいつだって浮かない顔で着ていて、夜会でも晩餐でもお茶会でも、居心地が悪そうにうつむいていた。
王太子との婚約が決まってもそれは変わらず、それでもよそ行きの笑みは浮かべるようにはなったが、その恵まれた地位を喜んでいるようにも、そこに執着があるようにも見えなかった。
そんな妹は、あるとき、大勢の前で自身の罪を暴露された。試験で不正をして、実力以上の成績を修めていたこと。婚約者に近付く令嬢を疎んで、嫌がらせを繰り返していたこと。
元々、妹のことを嫌っていたらしい王太子は、ここぞとばかりに婚約破棄を申し出て来た。
妹は、弁明も言い訳もすることはなく、ただ、わかりましたと頷いた。
それが許せなかったのは父で、ただでさえ出来損ないだった娘が、家に泥を塗ったと激怒し、家名剥奪と修道院行きを言い付けた。それすら妹は抗わず受け入れた。
適当に雇った馬車に、供のひとりも付けず、ろくな荷物も持たせずに押し込まれた妹は、親しいものとの別れも許されず旅立った。しばらくして御者から辺境の修道院に送り届けたと報告があると、父も母も兄弟も、厄介払いが出来たとばかりに妹のことを忘れ去った。私も妹を出来損ないと思っていたので、様子を知ろうとはしなかった。
王太子は別な娘を婚約者に選び、婚姻も結んだ。国王はまだ健在だが、近々王太子に譲位するのではないかと言う話も出ていた。けれど。
王太子は王位継承権を剥奪され、今は塔に幽閉されている。高貴な罪人が入れられる、あの塔だ。罪のない令嬢たちに無実の罪を被せ、あまつ自分の犯した罪をなすり付けさえしていたと明かされたからだ。罪を被せられた令嬢のなかには、ひどい嫌がらせを受けたものもいたそうだ。ほかでもない、私の妹が、嫌がらせの対象だった。
王太子に便乗していた令嬢令息も同じように罰を受け、行いによっては死罪を命じられたものもいる。
なんと言うこともない。妹は不正と嫌がらせを受けてなお地力で好成績を修めたがゆえに疎まれ、排除のためにはめられただけで、なんの悪事も働いていなかったのだ。
事実を明らかにしたのは、当時わが国に留学していた隣国の皇女をはじめとする、妹の友人を名乗る令嬢たちや、妹が恩人であると語る青年たちだった。彼らは妹がはめられた直後から、そんなはずはないと情報集めを行っていて、ついに情報を集めきって公表に踏みきったと言う。
落ちこぼれの出来損ないと思っていた妹は、実は人望の厚い優しく真面目な娘だった。私たちが、知ろうとしていなかっただけで。
冤罪ならばなぜ、もっと反論をしなかったと怒り狂う父に、隣国の皇女は告げる。
ずっと、生きにくそうにしていた。他人から奪い盗ってまで腕一杯に幸せを掻き集めようとするひとびとにうんざりしていたと。
家を追い出された妹を、自分が保護することも出来た。けれどしなかったと皇女は言う。自分が保護してしまえば、彼女にまた政治的価値が生まれるからと。それではまた、あなたたちは彼女を駒にするだろうと。
はっきりと批難の色を込めて、皇女は言い放った。
『あなたたちは、出来損ないの娘の厄介払いをしたつもりかもしれないけれど、実際は、思い遣りも頭脳も足りないあなたたちが、彼女に切り捨てられただけです。手紙の一通も、彼女からは来ないのでしょう?』
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