案山子の嫁入り
立身出世を目指して出て行ったおかみさんの息子たちは、都会で生活を得て根を下ろした。
別に継ぐものがいるならば、宿屋はくれてやって良いそうだ。
たとえ見た目が畑の案山子でも、辺境なら女と言うだけで需要がある。
まして宿屋と言う財産を、受け継ぐ女となれば。
「リッタ」
「あたしは」
これまでずっと、おかみさんには世話になって来た。
年老いた彼女には、男手が必要だ。
「おかみさんが決めたことに従うよ」
十分、いや、十二分だ。もう。
おかみさんはあたしを、過ぎるほど幸せでいさせてくれた。
おかみさんは太い腕で、あたしをぎゅっと抱き締めた。
「そんなこと、言わなくて良いんだよ」
おかみさんの肩でふさがれた視界のなか、出会ったときより嗄れた声が耳を揺らす。
「あんたはお転婆のくせに、変なとこで聞き分けが良くて、困ったもんだよ」
節くれ立った皮膚の硬い手が、ぽんぽんと頭をなでる。
「嫌なもんは嫌で良い。宿屋を無理に継ぐ必要もない。あんたはあんたの、やりたいようにやりゃ良いんだ」
「でも」
「老後働かなくても生きられるくらいの蓄えはあるさ。あんたまだ若いんだから、道なんざいくらでもあるんだよ」
大きな手が、バンッとあたしの背中を強く叩く。
「断ろう。どうせ余所の町の男だ。断ったって気まずくなりゃしないよ」
こんな辺境なんだと、おかみさんは言う。
「嫁き遅れだなんだと、くちさがなく言うやつぁいないさ。いてもあたしがとっちめてやる。あんたは好きな相手と好きなときに結婚すりゃ良いし、しないならしないで良い」
ここにずっといたいなら、いくらでもいさせてやるさ。
顔は見えずとも、きっと笑って言っていることはわかった。その言葉を、本気で言ってくれていることも。
「ぅん」
「なんだい泣いてるのかい」
おかみさんがふくよかな身体を揺らして笑う。
しょうがない子だねぇと、耳を揺らす声は優しい。
昔。あの、きらびやかな場所で。
こうして損得なしに、あたしの人生を背負ってくれていたひとが、ひとりでもいただろうか。
あたし自身を見て、気持ちを酌み取ろうとしてくれたひとが。言葉に耳を傾けてくれたひとが。こころに寄り添ってくれたひとが。いただろうか。
あそこには、大勢のひとがいて。あたしは立派な服を着ていて。
でもずっと、ひとりぼっちで惨めだった。誰と一緒にいても。どんなに着飾っても。
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