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雨晒し野晒しの

 

 

 

「はいお待たせ」

「いつもありがとう」


 サンドウィッチのカゴを受け取ったのは、昨日あたしに嫁に来て欲しいと言った商隊員だ。


「カゴは返しに来ること」

「もちろん。お土産いっぱい詰めてまた来るよ。待ってて」

「うん。いってらっしゃい」


 顔馴染みの商隊員に、いってらっしゃいと告げながら、レモネードを詰めた革袋を渡して行く。商隊員たちは、いってきますと笑顔を見せて馬や馬車に乗る。

 最後は主人と話し込んでいた商隊長だった。


「いってらっしゃい」

「ありがとう。……いいのかい?」

「うん?」


 きょとん、と首を傾げて見せる。


「そう。わかった。行って来るよ。元気でね」

「商隊長もね」


 出発する商隊を、手を振って見送る。


「ご婦人、その」

「花を切りましょうか?」


 振り向いて問う。この村に花屋なんてない。種が欲しければ商隊や行商人から買って、切り花が欲しければ庭や森で集めるのだ。


「花を切る?」

「ここに花屋はないので、欲しいなら切りますよ」

「ぁ、そうか。すまない、頼めるだろうか。代金は払う」

「庭に生えてるのを適当に集めるだけなんで、お代はいらないですよ。ちょっと待って下さいね」


 ハサミを取って来て、満開の花を選んで摘む。適度な束になったら、まとめてリボンで結ぶ。上等な包装なんてしない。飾りはリボンだけだ。


「どうぞ」

「ありがとう。助かる。あなたは」


 上等な服に不似合いな花束を抱えて、主人が言う。


「ここを出たいとは思わないのだろうか。あなた以外の若者はみな、出て行ったのだろう。どこか町に嫁いだり、それこそ、さっきの商隊の若者の妻になった方が、良い暮らしが出来るのではないか?」

「良い暮らしって、なんですか?」


 確かにここでは、上等な服も、金銀宝石も、立身出世も望めない。

 でも、狼から身を守れる家があって、清潔な服が着られて、美味しい食事と輝く星空に、季節の花が楽しめる。


「あんたから見たら、あたしは恵まれない憐れな女ですか?」


 こんなに幸せで満ち足りて、こんなに愛して貰えてるのに?


「あんたとあたしは違うんだ。あんたの尺度で、あたしの幸せを量らないでくれますか」

「すまない。そんなつもりでは」

「誰もがおんなじものを、おんなじように欲しがって喜ぶだなんて、思わないことです」


 目を見開いて見下ろされ、怒っただろうかと見上げ返す。


「妹も、同じだったのだろうか」

「は?」


 突然、なにを。


「食事も衣類も教育も婚約者も、妹は最上級のものを与えられていた。誰もが羨む恵まれた立場で、なにが不満なのかと。だが、妹にとってそれらが、全く価値のないものだったなら」


 端正な顔を歪めて、主人は言う。


「望まぬ地位のために嫉妬され、望まぬ地位のための努力を強いられ、敵意も憎しみも雑言も投げられていたならば、それはどれほどの苦痛だっただろうか」


 すまない、ご婦人。


 主人があたしの目を見据えて謝罪を口にする。


「話を聞く限り、私はあなたの生き方は出来ない。とても、耐えられない」


 まあ、そうだろうな。だからあたしを哀れみ、村を出ないのかなんて言ったのだろうし。

 小さな宿とは言え、ふたりで切り盛りするのは容易ではない。汚れる仕事やきつい作業もあるし、変なお客に当たれば理不尽に怒鳴られたり暴力を振るわれたりすることもある。女ふたりであることで、見下してかかってくるお客もいる。そもそもが他人の世話をする仕事なので、生まれながらに上に立つ人間である目の前の男には、なるほど耐え難い生活だろう。


「あたしは幸せに生きてるけどね」

「そうだ。同じものを見ても、ひとによって感じ方は異なる。つまり、私が最上級の恵まれた暮らしと思っていたものが、妹には、私にとってのこの辺境での暮らしと同じようなものだとしたら」


 そこまで言って、主人は手元の花に目を落とした。


「どちらにせよ、私は妹にとって、害悪でしかないな。もしも妹が私と同じ価値観だったとしたら、男の私ですら耐え難い場所に、箱入りで育ったか弱い妹を送り込み、救いの手すら伸ばさなかった薄情な兄だ。逆にこの辺境のような生活を好むとしたら」


 花からあたしへ、視線が移る。


「望まぬ生活を身勝手に押し付け奪い取っておきながら、自分勝手にまた耐え難い生活へ連れ戻そうとする、災厄だ」


 ご婦人、と主人があたしへ呼び掛ける。


「リッタどの。あなたはここの暮らしに満足しているか?もっときらびやかで、贅沢な暮らしがしたいとは思わないか?華やかな暮らしに、憧れはしないか?」

「辺境暮らしの贅沢さを知らないなんて、可哀想だねご主人。あたしは都会へなんて、頼まれたって行きたかないですよ」

「そうか」


 主人が目を細める。眩しいものでも見るように。


「墓に、行って来る。花、助かった。感謝する」

「上等なものでなくて申し訳ないですが」

「いや。これが良い」


 口許を歪めるように笑って、主人は村の墓地へと歩いて行った。


「護衛も付けずに、大丈夫なのかな」


 昼間なら、狼は出ないけれど、それにしたって不用心だ。


「まあ良いか。掃除しないと」


 気持ちを切り替えて、あたしは商隊に貸していた部屋へと向かった。

 

 

 

つたないお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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