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振り返り編、最後です。
私の熱が下がった5日後。デビがお花を持って来てくれた。お礼を言いながら受け取る。うーん、私よりデビの方が花が似合って気がする。
前回は庭にお茶の準備してくれていたが、今回は室内。この屋敷の応接室は、大きな窓で庭が見渡せる。好きな部屋のひとつだ。体調を気遣うようにデビに声をかけられて、もう平気と答える。あ、そうか。私の身体を考えて室内だったのか。と今更、気がつく。
お茶を飲んだデビが、美味しい…とふわっと微笑む。今日も笑顔が天使…。そう心の中で呟きながら、私のお気に入りだと伝えると茶葉の産地を聞かれた。 そんなに珍しいものではなく、注文すればすぐに手に入るものだ。気に入ってくれたのかと喜んでいたら「ロッティの好きなものが知れて嬉しい」と返ってきた。
またも瞬間湯沸かし器令嬢爆誕。先日から、そのとろけそうな笑顔はやめて欲しい。
この気持ちはなんだろう。韓流やアイドルにときめくようなものなのだろうか。前世の記憶にあるファンの如く、キラふわなデコレーションうちわを振れば発散されるのか?
アホなことを考えながら、顔の赤みを落ち着かせる。話を変えるための話題を探すため、窓の外を見る。すると先程まで太陽が出ていたのに、見るからに雨雲とわかる雲が日差しを遮っていた。
あ、降りそう…と口から出ると同時、雨粒が落ち始める。
控えていた侍女に「窓を閉めますか?」と聞かれたが、そのままにしてもらった。窓は大きいが、屋根があって雨が入ってくることはない。
「降り出しちゃったね。馬車から雲が見えたからもしかして、とは思ってたんだ」
残念そうにデビが言う。
でも私は雨が嫌いではない。確かに外には出れなくなるが、湿っていく庭を見るのも、雨の風を感じるのも、また止んだ後の雨つゆを纏った花びらを見るのも好きなのだ。
雨が降る様子を見ながらそう言って、デビへ向くと目が合った。
…これはダメ。びびっちゃう。びびってる証拠に不整脈が出てる。
耐えきれず、お茶を飲もうと目を逸らす。
その後は、照れ隠しにまた前世の技術の話をしたが、不整脈はなかなか治らなかった。
別れ際、「今日はロッティのことたくさん知れた」そう言って、また手にキスをされた。
…なんなんだ、やめて欲しい。本当に…。心臓がもたない…。
私の様子を見た侍女に「…また熱が出ないように、冷たいお茶をご用意しておきますね」そう言った笑顔に、何も言えなかった。
⭐︎
楽しい旅行も終盤。あと数日で帰路に着く。帰りたくないなぁ、つい口から出てしまった。
「わかるわ…私もこの街が好きだから王都に戻るのはいつも少しさみしいの」とヴィクトリア。
デビとジェームス、さらにロージーは、目線の先で公爵に剣術を教わっていた。公爵は仕事の合間によく教えているらしい。騎士団長直々に教わるなんて、本来とても贅沢な話なのだが。兄は文系なのだろう。見るからについていけていない。彼は机に向かっている方が性に合っているみたいだ。
「王都に行っても会いたいわ」
ヴィクトリアに笑顔で提案される。
そうか、王都に帰るのは同じだ。また遊べるではないか。盲点。旅行だけで終わらない友人関係に喜んでいると、公爵家使用人が手紙を持ってきた。
宛名はデビ。戻ってきたところで受け取り、その場で読む様子に、急いで確認したい相手だったことが窺える。
気にはなるが、ずっと見ていては失礼だ。淑女以前の問題。
一緒に戻ってきた他3人にもお茶が出される。ロージーは息が上がり汗をかいているが、まだ話す余裕もあり、お茶を飲むこともできている。
ジェームスは息も絶え絶え、お茶を勧めても「…ちょっと…待って……」と手も出せない。
そんな様子を見て「まだまだだな」と笑う公爵。
同じことをやっていたはずなのに、三者三様で面白い。
そんなロージーがお茶を飲み干した後、手紙を握り立ったままのデビに「…どうかした?」と声をかけた。
デビは「うん…」と返事をし、ゆっくりとこちらを向いた後「…僕は帰ることになりそうだ」と言った。
「…王都に、先に帰るってこと?」とロージーが聞くと「そうだな…まずはお祖母さまのところに行かなきゃいけないから…」とデビは濁す。
なんだか忙しそう。でも同じ王都へ帰るならまた会える。
その時は、そう思っていた。
次の日、朝ごはんも終わろうかと言う時に先触れがきた。デビが午後一番に来たいという。使用人はもう帰宅準備で忙しい。すぐに済むと書いてあるからちゃんとしたおもてなしはいらない、と伝える。
デビがきた。いつも庭で遊んでいた時よりしっかりした服を着ている。何を着ても可愛いと思っていたが、今日は少し凛々しく見えた。自室に行こうと思っていたが、このまま王都へ向かうため、そこまで時間がないという。それなら、と庭に案内する。
ひとりで王都へ行くのか、と聞くと、お祖母さまの執事が迎えに来ているらしい。そっか、流石にひとりじゃないよね。ひとこと、ふたこと。交わしたらデビは黙ってしまった。
どうしたんだろう。不安になり顔を覗く。すると、言いづらそうに「…しばらく、会えなくなると思う」ぽつりと言った。
「しばらくって?数ヶ月くらい?」
「…数年くらい」
その言葉にびっくりして動けなくなる。数秒後振り絞った「なんで…?」という言葉に、領地に帰ることになったこと、領地は王都よりかなり遠いことをつらそうに話してくれた。
「でも、必ず戻ってくるっ学園も、こっちの王都学園に通えるようにするからっ…………だから…待ってて、くれる…?」
「…じゃあ、大きくなったら、ずっとそばにいてくれる?」
数年、数年だけだ。数年だけ会えない。
そう思ったら言葉が欲しくて、つい口から出ていた。
「…約束するよ」
すると、デビは私を抱きしめて頬にキスをした。
いつもと変わらないはずの、庭のやさしい花の香りが私達を包む。
デビを乗せた馬車が遠ざかって行く。その光景から目が離せない。静かに、頬を涙がつたう。
この涙の意味を私が自覚するのは、だいぶ先だった。
ここまで読んでいただき、ほんっと〜にありがとうございます(♡ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
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