35
久しぶりに主人公の回です
今日は約束してた、街ブラという名のお出かけの日。
昨日から、気合いの入ったダリアに磨き上げられ、今朝もいつもより、入念に準備された。
「そんなに必要?」と、体と共に精神も磨かれた気がして、疲れた顔で聞いたら「当たり前です!」と返される。
「ちゃんと準備しておかないと。いざという時の自信が違います!」
意味深な言い方に少し不安な気持ちになりながらも、その勢いに何も言えなくなる。
結果、私史上1番のお肌になったのではないか?ってくらいピカピカのもちぷにゅにされた。
「これならどこを触れられても大丈夫ですよ!」とダリアに言われたけど。私の侍女は、何をさせる気なんだろう。一応、ワタクシ貴族の娘ですよ?
そう伝えると「別に何をされるとも思っておりません。今日、お会いになればわかります」と自信満々に言われた。
その後、ディビット様が到着されたことを告げられ、部屋を出る。
歩きながら、その先にいるであろうディビット様に思いを馳せると、少しの緊張を覚えた。
なぜだろう…。そう、考えてみると、ディビット様に少しでも良いと思われたい。可愛い、きれいだと思ってもらいたい。という緊張らしい。
…そうか、だからこれ以上ないくらいに、自分を磨くのか…。
昔、ドラマの中で恋人に会いにいく人が、着て行く服やつけて行く小物を部屋中に出して、あれでもないこれでもないと選んだり、出かける直前まで何度も鏡を見たりしていたが、前世の私は理解ができなかった。
『何度見ても、変わらんよ?』とか思っていたのだが……そうか…こういうことか…。
部屋で、鏡に映っていた自分を思い出してみる。
間違いなく自分史上最高だ。
これなら、自信を持ってディビット様に会える。
今、私の中にある静かな自信は、確かにダリア達によって作ってもらったもの。
小さく振り返ると、私の様子に気付いたダリアに「どうされましたか?」と、そっと声をかけられる。
「……確かに違うわね。ありがとう、ダリア」と感謝を伝えると、何を、とは言わなくても伝わったようで、ダリアは「…ようございました」と柔らかな笑みで答えてくれた。
エントランスへ抜けると、今日も見目麗しいディビット様、それに父と母が見える。
白を中心とした洋服にネクタイをつけていて、金髪とのコントラストが最高にかっこいい。髪の毛もいつもと違い、7割は前に、3割は後ろへ流していた。
やば。心臓どきゅんってなった………本当になるんだ…。
よく恋を知らない主人公が「不整脈?」と自問自答するけど、確かにこれは不整脈を疑いたくなるわ。
この貴公子の隣に立つことを考えて、侍女達へ2度目の感謝を心の中でしながら、階段を降りると、父と話してたディビットと目が合う。その途端、ぱぁぁあっと効果音が出そうなくらいの笑顔。
眩しさにくらくらしそうになる自分を叱咤して、足取りを確認しながら、しっかりと最後の段差を降りる。
「お待たせいたしました、ディビット様。本日はよろしくお願いいたします」
淑女の礼に則って挨拶をする。
「こちらこそ。今日もとても可愛らしいスカーレット嬢との時間が過ごせることを光栄に思います」
と、ディビット様も紳士然とした返しをしてくれる。その流麗な所作と甘い笑顔に、使用人達から感嘆の声が漏れ、若い侍女達は興奮を抑えきれない様子で互いに顔を見合わせていた。
「では、参りましょうか」
「はい、ではお父様、お母様、行ってきます」
「気をつけてな」
「いってらっしゃい」
そんな挨拶をして、ディビット様の手に自分の手を乗せ、ディビット様のエスコートで歩き出す。
指先の角度まで意識しながら、手の先まで磨いておいて正解だった…と、すでに3度目となった感謝を馬車に乗る前にするのだった。
⭐︎
ぐぶふ……(吐血)
ぐはぁ!(吐血)
…ツー…(鼻と口から血が流れる音)
表面上は、心の中の大騒ぎなどないかのように微笑む。だが、私の中の腐女子は貧血寸前だ。今日まで存在を確認したことはなかった腐女子だが、しっかり爆誕した。
いや、無理ですよ。無理なのだよ、無理無理無理無理。
これは生まれます。ハピバです。オギャアってなもんです。
恨むべきは、目の前の見目麗しい殿方からの、愛情の訴求が止まらない状況。
まず馬車。エスコートの手をそのままに馬車に乗り込んだのは良い。その後、当たり前のように隣に座られた。
近くに感じる温度感に、内心ドキドキしていると、手を繋がれる。しかも、前世でいうところの恋人繋ぎ。
それだけで、心臓が痛いくらい早くなったのに、さらにその手をディビット様の頬に添えられて「……いつも可愛いけど、今日は特別にかわいい…。 それは私のためだと思っていい…?」と、色気たっぷりに聞かれた。
声を出せずに、こくこくこく、と人形のように頷く。まぁ正確には、ダリア達の手によってではあるが…。だが、これだけ幸せそうに言われると何も言えなくなる。
ディビット様は、「…嬉しい」と繋いだ手をスライドし、手の甲にキスをした。びっくりしすぎて、小さな声で「ひぅ…」って変な声が出たよ。
こんなことされたらもう………ハッピーバースデー腐女子ってなっても致し方ないんじゃないですかね。
私、この時点でよく鼻血我慢したと思うの。顔を真っ赤にするだけに留められたんだから。
その後も、お花を見れば「ほら見て…スカーレット嬢のようにかわいい」とか、空を見れば「空が綺麗だね…でも、スカーレット嬢は空に飛んで行かないでね。天使か女神のように可憐なスカーレット嬢だけど…ずっと隣にいて欲しい」ってぎゅっと手を握られるし、お店に入れば「このブレスレットをつけているあなたが見たいな…私のわがままですが…」ってディビット様の瞳の色と同じエメラルドを勧められるし…。
頭の中、パニックです。尊死って幻想だと思ってたよ…。
そこで、プレゼント攻撃を少なくするための街ブラだったことを思い出し、すでにたくさんもらっているから、と遠慮をしたら、「今日の記念に…だめですか…?」と、捨てられた子犬みたいな目で見つめられた。
………尊い…。
はあっ!! やばい! 一瞬、意識が飛んだ!
根性で、貴族の顔を顔に貼り付け、もらってばかりで申し訳ないからと、思いつきで前世の記憶にあった"お揃い"を買いませんか?とお願いした。
すると今度は、大型犬が広場で走り回ってるかの如くキラキラした瞳の後、「スカーレット嬢は、私を喜ばせる天才ですね…」と目を細められた。
ぐはぁ……!
あぁ……だめだ。また私の中の腐女子が吐血だ。あかん…腐女子が血を失いすぎて痙攣起こしかけてる…。
ちなみに、お揃いにしたのはイニシャルの刺繍入りのハンカチ。これなら、初デートでも重過ぎず丁度いいだろう。
すると、そのまま両方買おうとするディビット様。慌てて、それでは意味がないから、せめてあなたの分は買わせて欲しいとお願いをする。
そしたらまぁ…。
「どうしよう…使えない…」って、チョー幸せそうな顔になりましてですね………。
はい、吐血〜。
もう、イマジナリー空間だったとしても腐女子に点滴させたいと、カフェタイムを提案させていただきました。
が、そこでも吐血タイムは止まらなかった。
テーブルに乗せた私の手に、ディビット様が優しく触れる。
かろうじて残っていた頭の中の理性で何度目かわからない感謝を侍女達にしつつも、吐血は止まらない…。
もうここまで出すと、『血っていろんな出し方があったんだなぁ〜』と、思考が明後日にいく。
その間も、ディビット様は、私の手に触れ続けている。握るわけでもなく、かといって離れず。指を絡ませてみたり、手のひらや手の甲を指先で撫でられたりしていた。
その触り方にぞわぞわして、顔が赤くなるのを止められない。
もうイマジナリーだけじゃなく、私も鼻血が出そうだ。
なので、かわいいと言い過ぎてることを指摘したら、さらに「かわいい」「そばにいてくれて嬉しい」と手を強く握られた。
思わず、顔(と言うか鼻)を抑えながら、顔を下に向ける事態になった…。
本当に勘弁して欲しい。
なんだこれ。
なんだこれ。
なんなんだこれ。
って。
腐女子が走り回ってるよ。
その上で、吐血だよ。
ほら、まただ。
ずっと見てる。
もう愛しくてたまんないって顔して…。
なんだ?
なにを求められている?
どうしたらいいのかも、もうわかんない………。
もちろんその後も、別れるまで吐血が止まらなかった。
重度の愛情過多接種により、頭の中ででも叫ばずにいられなかった街ブラ改め、溺愛デート。
今は、自室のベッドの上。着替えもせずにベッドへダイブしている。見られたら絶対怒られるが、もうそれどころではない。
無理て…無理やて…あんなん………前世含めて経験皆無な我は、どうしたらいいのかわからなくなりまんがな……。
前世の出っ歯なお笑い芸人も言わないであろうコテコテの方言を、頭の中で使う。実際には、関西に住んだこともないからあってるのかどうかすらわからないが、もう自分の中の処理できないものが多すぎて、ツッコミが欲しい思いが、勝手にコテコテにした。
だって溺愛が過ぎないか?
これでもかってくらい愛情を伝えてくれる…。
なんだこれ。
なんだこれ。
なんなんだこれ。
いや、嬉しいんだけどっ嬉しいんだけどねっ!
あんな見目麗しい殿方にアプローチされて嬉しいんだけどっ!
あんなん凄すぎてビビるって!!
ひとり悶絶していると、ドアをノックする音が聞こえた。
顔を上げると「失礼いたします」という声と共に、ダリアが入ってくる。
「…お嬢様、せめてお召し物を脱いでからベッドへお上がりください」
予想通りもらった小言に、少し冷静になれた。
「…ごめんなさい。色々過多で…」
そう言いながら、ベッドから降りてソファーへ移動する。
その間にダリアは手慣れた様子でティーセットを用意し、程なくして芳醇な香りが部屋に広がった。
「どうぞ。少し落ち着かれてください」
差し出されたカップを受け取り、ひと口含む。今日は、ミルクではなくレモンだ。口の中と共に、気持ちも少しスッキリしてくる。
「…ダリア、今日は本当に助かったわ。ありがとう」
改めて感謝を伝えると、ダリアは柔らかく微笑んだ。
「ようございました。ディビット様なら、安心してお嬢様をお任せできます」
そう言うと、ダリアは軽く一礼をして、お夕食の準備ももうすぐできそうですよ、と部屋を出て行った。
あのプレゼント攻撃で、ダリア含めた侍女達はディビット様に好感を抱いた。というのも、商家出身の新米侍女がプレゼントの値段や希少価値を興奮気味に説明したらしい。
あのネックレスは、隣国の〇〇という場所でしか取れない石で希少価値と共に価格も…とか。このハンカチに使われた糸は、〇〇でしか生息しないカイコの〇〇っていうもので…とか。
それを聞いて「そんな厳選されたものをあんなにたくさんくれるなんてっ」「うちのお嬢さまの価値をわかってるわっ」「きっと大事にしてくれるに違いない」となったらしい。
一応、ダリアは「はしたない」と嗜めはしたらしいが。私に、ドヤ顔で説明するあたり『本当か?』と疑ってしまう。
きっと前の婚約者との違いがあり過ぎるだろうことは予想がつく。なんせ夜会のドレスも数えるほどしか用意してくれず、定期的なお茶会の時にお土産もなければ、お出かけの時に何かプレゼントをくれるわけでもなかった。
ダリアは、『貴族のプライドというものがないのでしょうか!』と怒ってた。領地の経済状況を考えれば、しょうがないとは思う。前世でいえば、無い袖は振れないってやつだよね。でも、無い袖を振らせるのが、この世界の貴族だ。
『…改めて考えても…私、大事にされてなかったんだなぁ………』
ため息をひとつして、再びひとりになったことをいいことに、ソファーに横になろうと、手を動かすと、今日買ってもらったブレスレットが目に入る。
結局、ハンカチと共に購入されていたらしく、帰りの馬車で渡された。
揃ってカットされているエメラルドが、ぐるっと一周したデザインのそれは、部屋の中のライトでもキラキラと光を反射する。
思い出すのは、同じ目の色をしたディビット様。その瞳は、幼い日の大切な記憶も思い出す…。
『…ディビット様がデビだったらよかったのになぁ………』
そこまで考えて、少しの既視感。…あれ?そういえば最近、同じような感覚になった気がする………?
でもうまく思い出せずに、ブレスレットをよく見ようと目線より上に持ち上げると、重力によってブレスレットが、ゆっくり落ちる。その瞬間、帰りの馬車で、近づいてきた翠眼を思い出した。
ぼんっと顔が赤くなり、頭の中では、きゃあぁぁあーーー!と叫び、悶絶する。間違っても、口から出ないよう、顔はクッションに埋めながら。
キスしたっ!?キスしたっ!??キスをしたっ!!
しばらく、クッションに顔を埋めながらプルプルしていたが、フーと息を吐きながらクッションを外し、大きく息を吸い込んで、新鮮な空気を肺に入れた。
興奮を抑えつつ、改めて考える。
そういえば…馬車でキスしながら抱きしめられてた時、「おれの…」とか「やっと…」とか言ってた…?
もしかして、溺愛って、過ぎるとヤンデレみたいになるのだろうか…?




