34〜シャルside2〜
屋敷に着いた後の毎日は、想像を絶するものだった。
午前中は、生きてることが不思議なほどにシゴかれ、午後は、これでもかと知識を詰め込まれる。
天国か地獄かで言えば、確実に後者。
だが、逃げ出そうとは思わなかった。
行く場所なんてなかったし、今までとは違う蓄積が自分の中で感じるのは、どこか楽しい。
「………きれいな色だね…」
始めて会った主人である男の子は、オレを見ながらそう言った。
『…なにがきれいなんだ?』そう思いながらも腰を折る。
「…お初にお目にかかります。シャル・スタンリーでございます」
「…うん、スタンリーの孫なんだって?」
「その通りです」
「そっかぁ…」
それ以降沈黙が続いた。主人に目線を向けると、何か言いたそうな顔をしている。自分のターンではないので、胸に手を置いたまま待つ。
「…君は綺麗な銀髪なんだね………いいな…」
思いもしなかったことを言われて、自分より幼い主人の顔を凝視してしまう。
「…あなたには叶わないと思いますが…」
何を言っているのか、本気で意味がわからず、少し呆けた声で言ってしまったと思う。
本当に、意味がわからなかったのだ。顔も、赤みを帯びた栗色の髪も、羨ましいくらい綺麗なのに。
主人は、そう言ったオレに、少し驚いた顔をして「…そうかな…」とはにかんだ。
その顔に何故か、昔見た『弟』の顔を思い出した。顔も、世界も、何もかも違うのに。うかがうような、不安そうな顔。
その顔の意味がわかったのは、城へ行った数日後。使用人達の隠そうともしない陰口だった。
「やだ、帰ってきたの?」
「だって、一応王族だもの」
「初めて見たわ、本当に金髪じゃないのね…」
「…気持ち悪い」
王族と言いながらも、少しも敬んだ様子のない使用人達。それを咎める人すらいない異様な状況。
イラだちを隠せずに、眉が寄った。スタンリーに叩き込まれた知識と違いすぎる。
すると、その顔を見た主人が言った。
「…王族は私以外は金髪なんだ。それゆえに疎まれている、昔から。別に、なんてことはない。シャルもそのうち慣れるよ」
昔から?
慣れる?
オレの深くなった眉の溝を見て、主人は続けた。
「……生まれた瞬間にね、母の不貞を疑われた。だが、母は愛されていたのだろう。お咎めなしだ。だが私はそうはいかなかった。その場で王位継承権を剥奪されてそのままだ。だから………王族ではないんだよ」
がっかりしたかい? そう言っている気がする後ろ姿に何も言えなくなる。
「……君は………願わくば…君は、変わらないでいて欲しい…」
こちらを見ることなく呟いた主人に息を呑む。
あぁ、そうか。怯えていたのか。ずっと、この人は。
最初から無いのと、手に入れてから無くすのでは意味が違う。
ましてや、この人は、目の前にあるはずだったのに、最初から無かったんだ…。
それはどんな名前の孤独だろう…。
『だから、手に入れるのを恐れたのか…』
それはきっと、オレとは違う"絶望感"。
オレは最初から無かった。というより、全員無かった。
だからこそ、"裏切らない"。むしろ"裏切れない"という確証があった。
人は弱い。人は脆い。それを嫌というほど知っている。きっとこの主人は、"確証"が欲しいのだろう。
「……あなたは、何も変わらない。それは、私も含めです」
オレはすでに、あなたの一部。あなたが必要じゃなくなるまでそばにいる。
言外な言葉が理解できたのだろう。振り返り、目の合った主人の顔には驚きの色が強い。
「…あの日から、何も変わりません。私の忠誠はあなたに」
側近にすら怯えていた主人に腰を折る。すると、頭の上で安心したような声で「…ありがとう」と聞こえた。
⭐︎
『……そろそろかな』
時間を確認して胸ポケットに懐中時計を大切にしまう。
この時計は、生まれた日はわからないと言ったら、『じゃあ、今日が誕生日だ』と、主人がプレゼントしてくれたものだ。
まだパーティーが始まって間もない時間。キッチンでは忙しそうに使用人達が行き来していた。
それを横目に、夕食を食べてないであろう主人用の食事が乗ったワゴンを押して、廊下へ出た。
目的地は華やかで賑わいを見せる会場ではなく、主人の寝室だ。
廊下を進めば人はまばらになり、静かな庭が見えてくる。そこでパーティーに参加していたであろう令嬢達の声が聞こえてきた。
「ディビットさま素敵でしたわ!」
「本当に!」
「出てきた時のあの笑顔!ワタクシ気を失うかと思いました!」
そんな令嬢達の話が聞こえてきて、またもあの主人は意味のない笑顔を振り撒いたのか、と無音のため息をつく。
あの主人の笑顔を見た人間は、その容姿端麗さに息を飲み、匂い立つような美しさに酔う。
興味の薄い子だから、と表立って言う貴族はいなくとも公知のこと。
さらに研究を理由に外に出ないことから、一目見るだけでも珍しく、手を振られた令嬢の中には、婚約騒ぎを起こす者までいた。
だが、当の本人は無関心で無感動。
一緒に廊下を歩いているのも、横にいるオレが騒がれているのには気付いても、自分に騒がれている声にはあまり気づかない。というより、気付いても"第二王子"という肩書きに騒いでいると思ってる。
だから「…こんな肩書き…どうして興味を持てるんだろうな…」と手を振りながら、私にしか聞こえないくらいで呟く。完璧な作られた笑顔で。
この人は、きっと愛情が解らないんだろう。それならそれでいい。死ぬまでオレがそばにいる。
そう思っていたが、違うらしいことを知ったのは、約1年後。研究室で、今まで見たこともないような気の抜けた笑顔でぽろっと溢した時だった。
「必ず隣国へ行く、それは決定事項だ」
決意を固めている主人に何が言えよう。オレは「御意に」と腰を折ることしかできなかった。
そんな主人の破顔が見れたのは、国を出た後だ。ある少女を見た瞬間に、数秒、主人の時が止まり、愛おしそうに目を細めた。
会えない時間が長かったから? それとも、無かったからこその執着だろうか?
オレはその後、我が主人の清々しいくらいに恐ろしい愛情深さを知り、主人が心の底からの笑顔を向けるのはひとりだけだったことを知った。
それなら、その子は手に入れていただかなければ。
「私の忠誠はあなたに」
デビの髪が栗色なのは、赤髪から金髪に変わりかけているからです




