33〜シャルside〜
あけました
おめでとうございます
2026年もお付き合いいただければ幸いです
「いってぇえ!」
屋敷から離れた、森のひらけた場所に、オレの声が響いた。回し蹴りを避けきれず、横に思いっきり受けた。いや、正確には、腕で受けとめたと思っていたのに吹っ飛んだ。腕はもちろん、その奥の内臓まで衝撃が突き抜ける。
「言ったでしょう? 防ぐのではなく避ける、それが無理なら流すのです。受けては、怪我につながる」
これぐらいできるようになりなさい、と なんてことないように、淡々と言ってのける白頭翁。
その見た目とは裏腹に、その身体は、いくら攻撃しても揺れることはない。拳を当てた腹は壁のように硬く、その夜には手が腫れたほどだ。
バランスも恐ろしく良い。今もオレを蹴り飛ばした右足は腰まで上がっているのに、体は少しもブレずに一本足で立っている。
『…バ、バケモノ』
ゼェゼェと肩で息をしながら、決して口から出せない言葉を頭の中で呟いた。
⭐︎
オレは物心ついた頃には路上で暮らしていた。
男の欲を金で満たせる光の渦。夜花織と呼ばれる華やかな通りの一本裏の道。
光があれば影ができるように、華やかな場所にも陰はある。その道はまさに陰だった。
陰の中でも、ルールはあった。
大きい人間は、『兄』『姉』と呼ばれ、自分より小さい人間である『弟』『妹』には、生きる術を教えた。
倫理や公徳なんてものは必要ない。そんなもので腹は満たされない。自分達のできることは少なかったが、何もできないわけじゃない。だが、腹の満たし方は限られていた。
なんでも繰り返していれば、上手くなり、テクニックを覚える。グループで動き始めた頃には、お互いを呼ぶそれから『兄弟』と呼ばれるようになった。
生きることだけに必死だったオレも、いつしか自分より小さい人間に教えるようになる。弟に初めて「あにぃ」と舌っ足らずに呼ばれた時には、少しのむず痒さを感じた。
そんなある日、ひとりの弟が捕まった。生まれつき体が小さく、ろくに食べることもできてなかったから、しっかり走ることも難しい。そう伝えて留守番をさせていたのに、勝手についてきていた。
「あにぃ〜!」
聞き慣れたその声に振り返ろうとした時、「止まるなっ走れっ!」と、兄の声が響いた。その声に従い、前だけ向いて走った。兄の言うことは絶対だ、聞かなければ大変な目に遭うのだから。
兄は、振り返りながら走っていた。だから、兄には、弟が誰に捕まったのかが見えていたんだろう。
数日後、川に動かなくなった弟が流れてきた。オレは初めて見るその光景に、自分でもわからない感情を覚える。きっとその時に感じた感情に名前をつけるなら「絶望」。
自分の置かれている状況に。なにもできなかった自分に。自分の力の弱さに。そして、この先の未来にーーー。
どうにかしたい。でも、どうすることもできない。どうすればいいのかもわからない。鬱々としながらも、危険を冒さなければ食っていけない現実だけがあった。
そんなある日、「ズワルトのリーダー」と名乗る男が現れた。怪しい男だったが、その怪しさを隠しもしない出立に、オレは逆に安心した。
夜花織に来る、小綺麗で貴族善とした格好をしていながら女を買っていく男よりは、嘘が見えない分、信用できる。
「…腹減ってるなら、一緒に来るか?」
子ども達を見回した後、ズワルトのリーダーはそう言った。仲間達みんな、ぽかんとしていた。オレと兄だけは、いち早く頷いた。
どこにかわからない。どうなるかもわからない。でも、ここではないどこかへは行ける。その想いだけだった。
「…他には?」
結局、この時に一緒に行ったのは半分くらい。ついていったらどうなるかわからない、怯えた顔にそう書いてあった。
だが、それはここにいても同じだ。そうオレは思ったが、口には出さなかった。
その数ヶ月後、国の政策で夜花織一体が消え失せた。あの時、来なかった陰の人間含め、光の人間もどうなったかわからない。
この世は弱肉強食。選択肢ひとつで人生は変わる。逃げる道を右に行くか、左に行くか。それだけで、生き残れるかどうかが決まるんだ。オレは、その時はそう感じただけだった。
だが、その政策を平民に向かって説明している顔の中に、夜花織で見た顔がいくつかあった。それを見た時には、少しの気持ち悪さを覚えた。
リーダーは、その情報を知っていたから子ども達を連れ出したらしい。 子ども達を中心にできた兄弟を、もったいない、育ててみたいと思った、と。
それを聞いた時に、情報も生命線になることを、オレは知った。
リーダーについていったオレ達は、”仕事”に必要なことを覚えさせられた。体の動かし方、道具の使い方、情報収集のやり方…。
今までより、自分の中で積み上がる経験値に、オレは自信と喜びを覚えた。
仕事をすれば、危険を感じる時もあったが、それは今までも同じこと。"対処"の仕方を教えてもらえてる分、むしろ良い。
なにより適材適所を見極めてくれる大人の目は大きく、弟妹に無理をさせることも、危険を冒させることも少なくなった。それだけで、オレの気持ちは違った。
その男に初めて会ったのは、ズワルトに入ってから3年目の春のこと。いつものようにパートナーになった兄と仕事を終えてアジトに帰ると、オレだけリーダーに呼び出された。
「おぉ、来たか」
扉を開けると、リーダーに声をかけられる。いつも自分の椅子に座っているのに、珍しく立っていた。代わりのように、リーダーの椅子には、客人らしき白頭翁がいる。
「ボス、こいつはどうですか? バランスもいいし、3年目で仕事も覚えてます」
ボスと呼ばれたその人は、椅子から立ち、俺に向き直ると、じっと見つめてきた。まるで全てを見透かそうとしているような、洞窟を思い出させる瞳に、底のない深さを感じて背筋が震えた。
「………そうだね、この子にしようか…」
時間にしたらほんの数秒。オレと目を合わせた後に白頭翁はそう言った。
目線を外された後、カハッと喉が鳴ると共に吐き気を催した。息を止めていたことをやっと自覚したオレは、そこで初めて息苦しくなる。
そんな反応は見慣れているのか、その場にいた人間は、一部がオレに一瞥をくれるだけで話を進めていた。
『……なんなんだ、こいつ…』
いろんな大人を相手にしてきたが、今までで1番不気味で得体が知れない。 仕事中に会ったら、確実に逃げの一手だ。
そんなことを考えながら、呼吸を整える。オレの息が戻る頃には、もう白頭翁と行くことが決まっていた。
白頭翁はスタンリーと名乗り、連れて行く目的は、ある方の側で仕えることと、そのための教育を施されること。
それをゆっくりと、丁寧な言葉で説明された。先程と同一人物とは思えないくらいの穏やかさだ。
わかりました、と短い返事をすると、にっこりと笑い「いい子だ」と返された。
ボス、また会えて嬉しかったですよ。そう言うリーダーに、もうボスではないよ、と返すスタンリー。だが、リーダーは他の呼び方を知らないから、と再度呼んでいた。
そんな様子を、なんとなく見つめていたオレにリーダーは近づき、オレの頭を撫でた。
「お前なら平気だ。じゃあな」
何が平気なんだ? そう思ったが、口からは出さなかった。
目的地は遠いらしく、かなりの日数をスタンリーと過ごすことになる。
宿屋に着き、夕食を終えたところで、スタンリーがオレに言った。
「…明日から、君は私の孫だ」
「…孫?」
「そうだ」
一考ののち、「…わかった」と短く返事をした。
疑問は浮かんだ。だが、聞いたところで何も変わらない。それがわかってたから聞くことをやめた。時間の無駄だ、そう感じて。
オレの様子を見て、スタンリーはニコっと笑い
「なにか、気になっていることはあるかい? 特別だ。今だけは何を聞かれても答えよう…」
そう言われたので、少し迷ったが質問をした。
「……あんたは…ズワルトの、元ボスなのか…?」
スタンリーは、数秒目を合わせた後、穏やかな笑顔で「そうだよ…」と肯定した。
ズワルトの創始者にして元ボス。身内のやらかしでこの世界を去ったらしい。リーダーが、酔った時に「あの人はすごい」と褒めちぎっていた。「できれば戻ってきて欲しい」とも。
リーダーの信頼を一身に受けている元ボスに会ってみたいと感じながら、リーダーの顔を黙って見ていたことを思い出す。
「…そうか」
オレは、それだけ聞けば十分だと思い、ベッドへ潜り込む。ベッドは、太陽の匂いがして落ち着かなかったが、身体は疲れていたらしく、すぐに瞼が重くなった。
『そういえば、オレ、仕事の報告もしないで来たなぁ…』最後の仕事だったのに。その言葉は頭で響くこともなく、眠りに落ちる。
そんなオレを見て、「…将来有望だ」とつぶやかれたのには気づかなかった。
シャルの母親の話は書いたけど、結局、流れ的に載せるのをやめました。
夜花織は遊郭みたいなもので、母親はそこに家族に売られるように来た遊女。
愛を囁いた男の子どもを宿し、堕胎せずに生み、そのまま儚くなりました。
シャルの髪色と瞳は、その父親そっくりです。
父親と会うエピソードは書くかはまだ不明。
折角、書いたのに載せないのもな〜…ということで、流れだけ後書きで消化w
長くなったので、二つに分けます
後半は明日up予定です




