30〜ディビットside5〜
本で知識を得た第二王子は、愛情表現が過剰になっちゃった…みたいな話?w
(ストーキングに拒否反応がある方はお気をつけください)
「…………え? ロッティが………なに?」
耳に入ってきた言葉が信じられなくて、もう一度聞こうと試みる。
「何度でも言おう。7年程音沙汰がなかった我が友人よ。カーリーにはすでに3年前から婚約者がいる」
そう言い終わると、目の前にいる友人ベルーファス公爵家姉弟の弟、ロージーは紅茶を静かに口にした。その横で、ロージーの姉、ヴィクトリアもこちらを見ながら貴族然とした微笑みを讃えている。
声は聞こえているのに意味が理解できない。
確かに時間は掛かった。でも、数年会えない。待っててくれるって言ったのに…。
「そ、そうか……もしかして…政略的な…」
「思いっきりカーリーの希望よ。じゃなきゃ、あの侯爵が許すわけないでしょう?」
まぁ形は相手からの申し込みだったけどな、ロージーがそう付け加える。それに同意する顔で、今度はヴィクトリアがカップに口をつけた。
衝撃が強すぎて身体と頭がうまく働いてくれない。自分の中で、なぜ?どうして?が出てきては消える。
「……ロッティ、ロッティが……おれ、以外と………?」
つい、口から溢れる。
確実に綺麗になったであろうロッティが振り向き、笑顔を向ける。その笑顔の先には、顔も知らない男。そして、その男がロッティの腰を引き寄せて、顔が近づき……。
想像しようとして震えた。体が拒絶をしているのがわかる。自分が勝手にイメージした婚約者だというのに嫌悪感が半端ない。
「…………誰なんだ…」
あくまでも平静を装って、しかし、頭の中では血反吐を吐きながら聞く。ゆっくりと間をおいて、紅茶を置いたヴィクトリア。それを待って、薄目で私を見ながらロージーが口を開く。
「…デビ」
「………?」
「だから、君だよ。幼少期の良き思い出のデビくん。カーリーは、君と婚約した」
またしても意味がわからず思考停止。その様子を見て、ヴィクトリアが続けた。
「正確には、カーリーがあなただと思い込んでいる人物よ。名前はデビッド・ナヴァル。赤い髪に翠眼。子どもの頃に参加したパーティーで、当時のデビと同じ特徴の子はひとりしかいなかったの。だからあなただと思い込んだ。不幸にも同じ愛称だったしね」
驚き過ぎて、反応が遅れる。
「な、なぜそんなことになっているっ」
私の疑問に、ロージーが小さなため息をしながら答えた。
「しょうがないだろ。赤い髪に翠眼はこの国では珍しいんだ。だからその特徴だけでカーリーは判断し思い込んでる。本人であるはずの君は音信不通だったし。オレ達だって、この国の貴族じゃ無いなんて思わなかったんだぞ?」
だから、"デビ"じゃないと確信が持てなかった、と。
愕然とする。
確かに連絡はできなかった。第二王子が隣国へ手紙を出しても確実に届く保証なんてない。最悪、弱みを握られることにもなっただろう。そうなれば、今回の様にうまく国から出られなかった可能性が高くなる…。
「…私にも、事情があったんだ…」
自分に非があるのは分かっている。でも、自国のことを思い出し、苦い気持ちで節目がちに答えた。
「だろうな。じゃなきゃ、ひと夏中一緒に過ごした、大事な友人に簡単な挨拶のみで7年間も音信不通になるものか」
その言葉で気付く。顔を上げると、まっすぐに私の顔を見ているふたり。
私は、ロッティには『待ってて』と伝えたが、ベルーファス姉弟には『またね』としか伝えていない。
正直、また会えるかなんてわからなかった。でも、また会いたいからこそ、いつもの様にしか言わなかった。
だが、それはこちらだけの都合で、このふたりには関係のないこと。自分のことにしか考えがいってなかったことに、この時初めて思い当たる…。
「……ごめん……」
「………」
「………」
この心優しいふたりは、ずっと心配してくれていたのだろう。突如として消えた友人を。婚約者だって、きっと違うと思いながらも、私かもしれないと……可能性を捨てきれずに…。
「…本当に…ごめん……」
「………うん」
返事をしたロージーの、小さな頃から変わらないオッドアイ。その両目は、心配だったと伝えていた。ヴィクトリアは、先程よりも優しく、静かに微笑み、また紅茶を口にする。これでこの話は終わりだというように…。
「え?カーリーに会わないのか?」
しばらく世話になることになったベルーファス公爵家で、何度目かの夜更かし。今回はロージーの部屋。自分達で用意した、少しお酒が入っている紅茶と甘めのクッキーは、すっかり定番だ。
「だって、本人だって混乱するだろ? デビだと思ってる婚約者が実は違って、本物はこっちだって言われても。最悪、おれの方が詐欺師扱いだ」
「でも、話せばわかるんじゃないか?」
「君達が話しても無理だったのに?」
「…まぁ、それはオレ達も確証なかったし…」
カーリーに何度か『本当にデビか?』と聞いたが、毎回『あたりまえでしょ?』と信じきっていた。婚約者の方で確認をしようとしても、会う回数も少なく、手紙を出してもそっけない。会えた時に昔の話を出しても、はぐらかされる。 そう言ってロージーは、肩をすくめた。
「考えてみれば、婚約者だって昔の話なんてできなかったんだ。そりゃそうだよ、会ってないんだから」
ハッと鼻で笑いながらそう言うと、ロージーはクッキーをひとつ口に入れた。その様子に引っ掛かりを覚える。
「…もしかして、婚約者はそんなに、良い奴じゃない……?」
ちらっと目線を向けるだけで答えないロージー。自分がどんどん渋い顔になっていくのがわかる。それを感じ取ったロージーが「あ、いや…」と焦った様子で付け加えた。
「カーリー本人は不満はなさそうだよ? この間だって、いつもと変わらず開発の話をしてた」
…そうか。隣国で話に聞いていたのは、やはりロッティのことだったんだな…。
昔、ふたりで時間も忘れて語っていたことを思い出す。今でも大切な思い出だ。
だが、そうなると先程の言い方が気に掛かる。 先を促すようにロージーを見つめると、諦めたように小さなため息をして、話し始めた。
婚約者の伯爵子息は、人を小馬鹿にしたような態度を取ることが多いこと。ロッティに対しては、さらに自分の思う通りに動かそうとしている節があること。
「幸か不幸か、カーリーは何か言われても気にしてないみたいだけどな。…多分アレ、デビとの思い出補正がかかってるぜ?」
「…思い出補正?」
「”デビは昔優しかった。だから、今でも優しいはず。きっとこんなこと言うのは、何か理由があるんだわ”……………みたいな?」
手を胸の前で組んで、声を高くしてロッティらしき真似をするロージー。無理に真似をしたせいで変な声になっていて少し笑う。
でも、そんなに大事な思い出のはずの"デビ"を間違えている事実にがっかりしてしまう。同時に、少しイラつきも覚えた。
「………決めた。やっぱりロッティには会わない。おれからは接触しない。その代わり……何かあったら、我慢してた分、溺愛する」
おれの宣言に、目を丸くするロージー。
「……何かあったらって、なに?」
少しの熟考。
「…ロッティが、おれに気がつくか、婚約解消をしたら?」
「……お前も難儀な男だな…」
言外に『めんどくさい奴』と言われた気がしたが、自覚はあるので否定はしないでおいた。
⭐︎
べルーファス姉弟には、本人が気がつくまで、自分が本物のデビということは内緒にしておくよう言い含めた。
「絶っ対に言うなよ?」
今は王都へ向かう馬車の中。ここ数日、何度もしている確認を、今日も言葉にする。
「わかってるわよ」
目線で『しつこい』と言っているヴィクトリア。すでに学園の生徒である彼女は、この新学期で2年になる。
「…ロージーも。頼むぞ?」
「はいはい、殿下の仰る通りに」
遅れて合流したシャルによって王族であることがバレてから、時々ロージーはふざけて殿下呼びをするようになった。やめてほしいことは伝えているが、改善は見られない。今回も目線で抗議をするが、どこ吹く風だ。
ヴィクトリアと1年違いの私は、約束した通り、この国の学園へ今年入学した。
ロッティとロージーは同学年。ふたり共、入学は2年後だ。1年間だけでも一緒の学園に通えることが嬉しい。
婚約者もロッティ達と同学年らしい。しっかり3年間、ロッティと学生生活を楽しめるのかと思うと、また羨む気持ちが出てきた。
学園での入学式で、もうひとりの友人であるホワイティ侯爵家後継者でロッティの兄、ジェームスにも再会。自分が、あの夏の"デビ“だと伝えると仰天と共に納得していた。あの婚約者はやっぱりデビじゃなかったんだな、と少し安堵も見える顔。
すぐにロッティに伝えると言うので、ベルーファス姉弟同様、内密にすることをお願いする。
かなり不満げではあったが、最終的に私の意を汲んでくれた彼にも感謝した。
2年後。ロッティ達の入学式。
上から見回せる場所で、再会を果たしている友人達を遠目から見守る。何度目かわからない笑顔でのため息をすると、隣にいるシャルに、あきれた顔をされた。
「……ここ2年、同じ顔を見ている側近として進言します。いい加減、あきらめて声をかけたらいかがですか?」
薄目でシャルを見る。きっと少し睨んでしまっていることだろう。
「何度でも言おう、我が側近よ。私はロッティには近づかない。そう決めている。近づいたら最後、絶対に我慢できないからだ」
抱きしめ、愛を囁き、甘やかし、デロデロのドロドロにする自信がある。あの可愛すぎる生き物がそばにいて我慢なんてできるわけがない。今だって駆け寄って、真綿で包むように捕まえたいのを我慢しているのに。そばに行ったらどうなる? 無理だ、絶対に無理だ。我慢なんてできるはずがない。そもそもあの笑顔を間近で見て何も感じないはずがないじゃないか。どうしてあの婚約者は平気なんだ? 隣にいて何も感じないのか? おれだったら手を繋いで、いや、抱きしめて、常に存在を確かめる。だって背中に羽が生えているんじゃないか? 捕まえてないと飛んでいってしまわないか? 不安だ。あぁ、不安だ。 でも今飛んできたら、笑顔を間近で見れるな。そしたら引き寄せて、抱きしめて、愛を囁いて…。
「ストップ。エンドレスな心の声が漏れすぎです」
「………口から出てた?」
「思いっきり」
ほろ苦く、甘く、切ないため息がまた出る。深呼吸のようなそれは、深く深く、身体中を巡った。
宣言通り、この2年間は会わないようにしていた。でも、会わなかっただけで見守ってはいたのだ。
ロッティがベルーファス家に泊まると聞けば、道中から、何も起こらないよう見守り。
街へ出かけると聞けば、家を出てから家に入るまで、見守った。
もちろん、気付かれないように。
ロッティは、遠くからでも美しく成長したのが分かる。蛹が蝶になるように。蕾が花開くように。愛らしいのに綺麗で、それでいて美しい。
『ここまでくると気持ち悪いですわ…』そう言ったヴィクトリアに、友人一同、同意する空気も感じたが、そんな友人達の視線にはスルーを決め込んだ。
「まぁ…同じ学園に通うことになれば、接触する機会も多いでしょうから。今までより気付かれる確率は上がるのではないですか?」
そんなことを言うシャルを見る。ヴィクトリアと同学年で隣国からの転校生として編入したシャル。
研究生を表すバッジを付けた白衣を着ている彼は、この2年でしっかりと立場を確立させていた。
「…どうかな。ロッティはデビを、赤い髪で翠眼だと思い込んでる。金髪になった私には気がつかない可能性が高い。廊下ですれ違うくらいでは、わからないだろうよ」
そんな私の予想は当たり、3ヶ月程何事もなく過ぎる。予想していたとはいえ、ここまで私に気付かないのは悲しくなってきた。
だが予定通りでもある、複雑な心境だ。意地も手伝って打開策も打てないまま、学生という日々のタスクも淡々とこなしていく。
そんな時に、シャルに嵌められ、ロッティと出会ってしまった。
近くにロッティがいる。美しくて、可愛くて、目が離せない。遠目から見たら天使だったが、近くで見ると女神だった。
だから、そんな君が目の前で傷付いているのを、放っておける訳がなかった。婚約者でもなければ、まだ友人だと名乗ってもない男から触れられて、きっと嫌な気持ちになったであろうと思ったのだが…。
ロッティは、どうやらそれどころではなかったみたいだ。小さくお礼を言うと、心ここに在らずといった感じで廊下へ出ていってしまった…。
(…そんなに、あのデビが好きなのか…)
自分がちっぽけな存在に感じる。自分は奢っていたのだ。ロッティにとって、自分は特別だと。
だから、そんな私が、我慢し、そばには行かず、見守っていたと分かれば…。
『なぜもっと早く教えてくれなかったのか』と、きっと自らの行いを悔いるのではないかと…そう、奢っていた。
この2年間、やっていたことに、初めて虚しさを感じた。
シャルがなぜ遅れたのかというと、学園に通うため王都にて準備をしていたからです。
その内、本編に組み込めるといいなぁとは思ってます。
今回は、”実は少しストーキング気質なデビ?”が垣間見える回でした。
でも、まぁ。
『会いたい。喋りたい。抱きしめたい。独り占めしたい。』=『溺愛したい』
そんな、実行できない思いが少し歪んだと思っていただければと思います。
そもそも、嫉妬とか独り占めしたいとかの思いって誰でも持ってますからね。
どれくらい表面に出すかは、その人の理性によって個人差があるだけで。
デビの愛情表現方法の情報は、基本、本からでしょうかねぇ…多分。




