28〜ディビットside3〜
王妃から呼ばれたりする時は「陛下」。
それ以外は「王」表記。
「それで……”ソフラの奇跡”を発動させたというのは、本当なの?」
そんなことを祖母に言われたのは、母の具合も良くなった数日後の午後。元気になった母、そして祖母と一緒に母の部屋でお茶を飲んでいる時だった。
(…”ソフラの奇跡”を発動?誰が?)
祖母は、ゆっくりとカップに口をつけて香りを楽しんでいて、その目は細められている。意味がわからず、祖母の後ろに控えるスタンリーを見るが、いつものすまし顔だ。母へと視線を投げると、にっこりと笑っている。
どうやら自分に聞いているらしいことは理解した。が、当の私は訳もわからず『???』状態だ。
「…なんの話ですか?」
頭に出てきた言葉をそのまま口にした。それだけだったのだが、その言葉に驚かれた。
「…まさか…無自覚で発動させていたの?」
無自覚も何も、なんのことを指しているのかすら分からない。そう伝えるとスタンリーも母も戸惑っているのがわかる。
「…そう。私は実際に見ていないから、なんとも言えないけれど…。でも、ラスティーの体調を考えても発動させたと思って間違いない気がするわ…」
そう言った後、そのまま祖母は思案顔になる。
話を聞けば、母は疲れが出たと言っていたが、実は呪いだったらしい。その事実に驚愕する。
徐々に体力を奪い、立つこともままならなくなった時に本格発動する。その時には体力が持たず、どうすることもできなくなっている。逆に言えば、体力さえあれば跳ね返せる、そんな弱い呪い。だからこそ見つかりにくく、分かった時には手遅れなことが多い。
「でも、発動した後に、なぜか体力が回復したのよ」
子どもを三人産んだとは思えないくらい若々しい母が、笑顔で嬉しそうに話す。
実は、帰国が決まった時には、すでに発動していたらしい。呪いだと判明してから、あと何日かも分からない命だとわかった為、急いで帰国の連絡をした、と。
呪った相手は誰かと聞けば、側近のひとりだったようだ。2年ほど前に配属された者で、城使え自体は10年目。母に懸想し、一緒に逝くつもりだったと言っていたらしい。
好きな人の意思も関係なしに一緒に死のうとする。その気持ちが分からずに、なぜそんなことが?とひとり言のように口から疑問が出た。すると、「本当に。誰に誑かされたのか…」と、口の端は上がっているのに、ぞくっとするような顔で母はつぶやいた。多分、私が始めて見る王妃としての顔だったのだと思う。
"ソフラの光"を発動させたことは、陛下には伝えないでおく。そう言われてその日は終わった。
自覚なしの”ソフラの奇跡”なんて、どう扱っていいのかも分からないし、磨こうにもやり方がわからない。そんな不確かなものを、第二王子が得たと伝えても、関心を惹く為だと思われて終わる。母もそう感じたのだろう。
その後、"ソフラの奇跡"の発動はないまま、数年経った。私は確実性のない”ソフラの奇跡”よりも、誰でも使えるものの開発を進めた。要は”ソフラの奇跡”を使うことなく、今の生活を維持する方法だ。
祖母と母に最初に伝えた時、そんなことが可能なのかと驚かれたが、実際にその理論を唱えていた子との話をする。
『…まさか、その子って帰国直前に会っていたという子?』
そう言う母に、なぜバレているのかと思い、スタンリーを見ると、目線をわざと外された。つまり、そういうことなのだろう。どこまで伝わっているのか色々想像し、顔に熱が集まるのが感じる。
赤い顔を誤魔化しながらも、必死に説明する私に、母も祖母も(意味ありげな笑顔を向けながらも)最終的には納得してくれた。
幼き日に特別になった子とした話をひとつひとつ、自分の手で現実にしていく。私は研究に没頭していった。"ソフラの奇跡"を使わないという理論を確立させるのは、自分を受け入れなかった王を否定できるような気もして嬉しかったのだ。
開発を進めるにつれて、分かりやすく変わっていったのは貧民街。この国は至る所に"ソフラの奇跡"が付属されているが、貧民街にだけはあまり普及していなかった。だが、"ソフラの奇跡"が付属されているものでないなら、貧民街の人間にも作ることができるのではないかと考えた。そしてそれは成功した。仕事ができることで生活も安定し、その日暮らしではなくなる。必然的に犯罪もかなり減り、隣接する街からも感謝された。
『第二王子が媚を売り出した』
『なぜ貧民街?』
『頭がおかしくなった』
『目に留まるために必死だな』
当初、貴族はそれぞれ勝手なことを言っていたが、実績を積むことで黙らせた。
かくして、王の興味をなくされていた第二王子の名は貧民街の改革者として広がり、その頃には私の髪はすっかり金髪へと変わっていた。
⭐︎
15歳になった私のデビュタントは、王太子の誕生日と結婚発表のパーティーだった。王太子はすでに22歳で、執務もこなしている。即位する日も近いだろう。
驚いたのは、そのパーティに王族として登場するように言われたことだ。母に理由を聞くと、陛下がそう言った、としか返ってこなかった。
生まれてから15年、廊下に飾られている絵でしか見たことない父。私は、戸惑っているのか喜んでいるのか憤っているのかわからない、そんな自分の気持ちも含めて『面倒だな…』と唇を動かさずにつぶやいた。
パーティーは、位が下の者から会場に呼ばれて入っていく。必然的に王族の登場は最後。準備を終えて、通された前室で待っていると、王族が述者によって案内されてきたので、侍女達から少し離れたところに立ち、礼に則って腰を曲げる。
王、王妃、王太子、そして貴婦人がふたり入ってきた。きっと、王太子妃と第一王女だろう。
王から腰を下ろしていくのを、目の端で確認する。ソファーは、ひとり分開けられていた。きっと私が座るべきなのだろうことは理解していが、私はわざと知らぬふりをした。侍女達が戸惑っているのが空気で分かる。王族全員が腰を下ろしてから、お茶を出すように言われているのだろう。私は顔を上げても、誰とも目線を合わせなかった。誰も口を開けない中、静寂を破ったのは王だった。
「……座れ」
誰に言っているのか分からないフリをしていると、同じトーンで繰り返される。
「…ディビット、座れ」
初めて呼ばれた自分の名。誰にもバレないであろうくらいの一瞬の震えは何を感じているのか。自分でも分からない。素直に感情を動かせるほど子どもでもなければ、短い年月でも無かったのだから。
目線だけ王に向けて、問う。
「…それは命令ですか?」
命令なら配下として従う。言外に、息子としては動かないことを伝えると、王の目が細められる。何を考えているのか読めないその表情に、きっと多くの者は従わざるおえないのだろう。
『命令だ』と言われれば座ろうと思ったのだが、何も言われない。それなら、こちらも折れるつもりはない。無表情の王と、口だけ笑った私。張り詰めた空気が流れる。
沈黙に耐えられなくなったのは母だった。「ディビット…お願い…」母にそう言われれば動かざるおえない。小さくため息をして、ゆっくり移動をし、腰を下ろした。
流れる安堵の空気。上質な茶葉の香りが部屋を包み、お茶が運ばれてくる。それぞれ口をつけて一息ついているが、私は手をつける気にならなかった。
「…貧民街の改革者と、呼ばれているらしいな」
カップをソーサーを戻したタイミングで王が言う。無意識に膝の上で合わさっていた手に力が入った。
「ご存知とは。光栄です」
すっかり慣れた貴族の笑みを顔に貼り付けて、答えた。
「…今回は、改革者の顔見せでもある。そのつもりでな」
なるほど。今回のパーティー参加は、第二王子としてではなく遂行者としての褒美か。
がっかりするほど期待もしていなかった。ただ理由がわかって納得しただけだ。
その後は、話に参加する必要もないと、いつもより苦く感じるお茶を飲んだ。
「我らがソフラの光。エゼルバルド・ソフラ・ボランチーノ様。ご登場!」
よく通る声に促されて、前へと進む背中。そのマントには、ソフラの光を表す模様が刺繍されれている。贅沢にも金糸がふんだんに使われたそれは、王族の色も表しているように感じた。今や自分の髪の色とも一致する。
その背中を、横にいる第一王女は誇らしげに見つめ、王太子妃は緊張しているのかこわばった顔。その王太子妃の手を支えるように繋いでいる王太子の顔は前を向いているため見えないが、雰囲気は柔らかく、慣れているのがわかる。
昔の自分は、この景色をどう思うのだろうか。
見るもの全てが自分の孤独を助長させた光の中に、今自分はいる。
「ディビット・ソフラ・ボランチーノ様。ご登場!」
自分の名が呼ばれ、ハッとする。順に紹介されて、最後に私の名が呼ばれていた。
ゆっくり、前へ進むと、他の貴族より数段高い位置にいることがわかる。貴族からもこちらの顔が見えるが、それはこちらとて同じこと。好奇のような目を向ける者、品定めているような者、それらの顔がよく見える。心に冷たい風のようなものを感じると共に凪いでいった。また、貴族用の笑みを顔に貼り付ける。
パーティーはかなり大規模なもののようだ。参加人数も多い。国中の貴族を呼んだと言っていたから当然だろう。王自ら、王太子の祝いの席へ参上してくれた礼と共に、私の功績が紹介された。
「さあ、今宵は楽しんでくれ」
その言葉を合図に音楽が始まる。まずは、主役である王太子と王太子妃が踊り、その後はそれぞれパートナーと踊る。第一王女の婚約者は他国へ留学中のため、パートナーのいない私が務めた。控えめに手を添えて、音に合わせて動き出す。動くたびに感じる香りは、確か花の名前がついたものだった気がして、記憶を探っているとー。
「…こんなに立派な弟がいるなんて。鼻が高いわ」
17歳の第一王女。背があまり変わらない姉の顔は、紛れもなく自分と同じ系統で、血のつながりを感じざるおえない。
「…どうも」
そっけない返事に、少し驚いたような気配を感じた。が、私が態度を改めることはない。するとー。
「でも、染めて正解ね」
と、言われた。意味がわからず、黙って先を促すように、音に合わせて控えめなターンをする。
「赤茶色なんて、嫌だものね。いくら功績を残しても王族として認めてもらえないかもしれないわ。良かったわね。綺麗に染まって」
…なるほど。第一王女は、私の髪の毛は染めたと思っているのか…。
昔、祖母と一緒に行った湖。静かなその水面に、石を投げた。その時に見えた螺旋。それと同じように、凪いでいた心に螺旋が広かった気がした。
「私ね、父のことはもちろん、母のことも尊敬しているのよ。賢王名高い父に、それを知識で支える淑女な母。私は母のようになりたいわ。あなたは?何が目標なの?」
第一王女に顔を向けると、無邪気な笑顔。無知な悪意は容赦がなく、罪悪感もない。
「……そうですね。私は、腹を空かせない様にしたいです」
「え?」
本気でわからないという顔。鼻からクッと込み上げる笑いを抑える。
「パーティーの日は、使用人達も1日がかりで忙しく動き回るんです。朝から食事が出されないことも珍しくありませんでした。そんな日は、暗くなってから部屋から抜け出して台所へ残り物を探しに行ったんです。残飯を腹に隠して、見つからないように、部屋へ戻ってから食べました」
自分と同じ色の瞳が見開かれ揺れていた。よくよく見ると自分より明るい色なことに気付いて、また笑いを堪える。
「…な、なんの話?…え?だ、だれが?」
「…ただの昔話です」
部屋へ戻る途中、廊下から見えた光と音。人のざわめく楽しそうな声。そんな景色を見つめていた時、何を感じていたのかはもう思い出せない。
第一王女を見ると、放心のような戸惑いの顔。なぜだろう、また笑いが込み上げて我慢できずに口の端が上がる。
「それにしても、残念ですね」
「…え?」
「…私の髪は確かに赤茶色でしたが染めていません。年齢と共に変化するんです。そんなに珍しくもないようですよ。私の髪質は母似と言われましたしね」
「………」
音が終わる。今だ理解が及んでいない第一王女に一礼して、その場を離れる。
(確か、フルール・トゥ・フルーだったか…)
先程まで感じていた香りの名前を思い出しながら、第一王女の顔は見ないままに、仕事は終わったと会場を後にした。
母の名前→ラスティー・ソフラ・ボランチーノ
父の名前→エゼルバルド・ソフラ・ボランチーノ
兄の名前→ デースグィン・ソフラ・ボランチーノ
姉の名前→ランチェッタ・ソフラ・ボランチーノ
家族の名前は決めてたけど、ちゃんとは出してませんでした。
ディビットが呼ぶことは、頭の中でもないでしょうから。




