27〜ディビットside2〜
初めての隣国は感じるもの全てが刺激的だった。馬車から見ているだけで興奮しすぎて、祖母に嗜められたほどだ。
王城に着くと、予想外に豪華な出迎えを受ける。綺麗に角度の揃ったお辞儀をしている執事や侍女達。その真ん中に一目で高貴とわかる人物がふたり。そのひとりが両手を広げて歓迎してくれた。
「よく来た!」
そんな大声で言わなくても聞こえる距離なのに、地声がでかいらしいその男性は、アラゴン・デール・コンスタンといい、祖母の1番上の兄らしい。体も大きく豪快で髭を蓄えていた。
もうひとりは、ドミニク・デール・コンスタン。2番目の兄。痩せ型でメガネをかけた、いかにも仕事が出来る風。このふたりが血が繋がってる事実にびっくりする。
「私は父似なんだ。弟は社交界の花だった母似。昔から本当に兄弟か?と疑われたものだ」
私が感じたことが分かったのか、そう言ってアラゴンはニカっと笑った。自分の思考を読まれたことにバツの悪さを感じる。それが顔に出ていたのだろう。
「会う人には大体誤解されるんだ。説明するのも癖みたいなものだ。気を悪くしないでくれ」
そうドミニクにフォローされた。わざわざ膝を曲げ目線を同じにしながら。
こちらの方が不躾な視線を投げたと思っていたのに。優しさに心がほぐれるのを感じながら、こちらこそ、と謝罪をした。
このふたりは、前陛下と前宰相らしい。祖母同様、すでに子どもに仕事を任せているが、相談役をしていて城からは離れられない。と愚痴のように笑いながら言っていた。
久しぶりに王妹が戻ってきた噂を聞きつけてか、祖母の元には大量の手紙が届いた。ひとつひとつ丁寧に開けて、「同じクラスだった子からだわ」「まぁ、これは幼馴染からよ」と嬉しそうに読んでいる。大体はお茶会の誘いのようだ。当然、招待を受けていない私は留守番。
その間は勧められた図書館にいた。隣国の文化に直接触れられる喜びで連日入り浸った。だが、まだ言語が完璧ではない自分が読める本はたかが知れている。調べながら読んではいたが、自国でやるのとは訳が違い、手詰まりさを感じ始めた頃、ドミニクがガーデンパーティーを開いてくれた。
年が近い子が集められていたそれは、きっと私のためのパーティーだったのだろう。ドミニクには、『この国のことも知ってもらいたくてね』とだけ言われた。
急いで準備をさせたから簡易だとは言っていたが、私には十二分に感じられた。しかも初めて参加する自分のためのパーティー。心は踊りに踊った。
そんなパーティーで出会ったのが、ベルーファス公爵家の兄弟だった。姉のヴィクトリアは、綺麗なおっとり系。弟のロージーは、元気なハツラツ系。オッドアイが珍しく感じて声をかけた。
「君の目は面白いね」
不躾にそう言った私に気を悪くするそぶりもなく、「これはウチの後継者の印なんだ。お父様と同じなんだよ」と誇らしげに教えてくれた。
それからと言うもの、ふたりとはよく遊んだ。いつも「父についてきている」と言っていたが、今思えば大人達が私のために連れてきてくれていたのだろう。ふたりは、私がわからない言葉も教えてくれたし、逆にこちらが教えもした。生まれて初めてできた歳の近い友人。そして対等な関係。領地へ行く時も当たり前のように誘ってくれた。
⭐︎
「……使わずに作りたかったなぁ…」
僕とベルーファス兄弟の中に、ホワイティ兄弟が加わってから早数日。ホワイティ家の妹、スカーレットの言ったひとことに、雷が落ちたのかと思うくらいに衝撃を受けた。
本気で言ってるのか?
”ソフラの奇跡”(この国では『選ばれし技術』と呼ばれているが)を使わずに?物を作る?
彼女の言っていることが理解できずにいた私は、もっと話が聞きたくなり、後日、侯爵家別荘へ訪問させてもらった。
聞けば聞くほど興味をそそられる。嘘のような"ソフラの奇跡"を使わずに作る方法も、しっかりと説明ができていた。少しでも破綻していれば、自分はここまで興味を持たなかっただろう。
自分より年下の少女がすらすら放つその言葉達に、私の胸はドキドキしっぱなしだった。
(もっと話がしたい)
彼女の知っている知識に興味を持ったのか。それとも彼女自身に興味を持ったのか。それすらもう分からない。
分かるのは、彼女が自分の中で唯一無二になったという事実だけ。
だが、楽しい時間は予想よりかなり早く終わりを告げる。
祖母から、祖国へ帰るから王都へ戻るように、と手紙がきた。予定より大分早い帰国だ。なんだか嫌な予感がした…。
⭐︎
「学園も…隣国の学園に通えるようにするからっ」
本当はそんなことができるかなんて分からない、むしろ可能性は低かった。自国へ帰れば王位継承権もない王子。でも何もせずに、目の前の少女を諦めることもできなかった。だから、せめて約束が欲しかった。彼女の心に残るようにと願いを込めて。引き寄せられるように、その頬にキスをした。
馬車に乗り、迎えにきてくれた祖母の執事、スタンリーの向かいに座る。するとスタンリーが目を見開き「…まさか…」と呟いた。意味が分からず、言葉の先を促すよう目線を向けると「…いえ…失礼いたしました。早くツゥイート様の元へ向かいましょう」と御者に急ぐよう告げた。気にはなったが、それよりも心に感じる痛みが大き過ぎて、その時は追求する気持ちにはならなかった。
⭐︎
急な連絡に何事かと思っていたら、母が倒れたらしい。祖母と共に帰国し、そのまま王城へ向かう。通された部屋でしばらく待っていると、失礼しますという言葉と共に若い青年が側近らしき人と一緒に入ってきた。
髪は目が覚める様な金髪、眼光鋭い目は炎を思わせる朱色。人を圧倒する雰囲気を醸し出していたその人が、この国の王太子であり私の兄だと側近によって紹介された。が、私の心は凪いでいた。それ以上に気にかかることがあり過ぎたせいかもしれないが、元々会ったこともない人間との関係性が兄弟というだけなのだから、何の感情も動かない、というのが正直なところだ。胸に手を当て、腰を折る。
「…お初にお目にかかります、我がソフラの光。ディビット・ソフラ・ボランチーノと申します」
だから、祖母に教わった貴族が王族に対してするやり方で挨拶をした。『ソフラの光』とは、"ソフラ"から生まれた光を指す。つまり子孫、王族のことだ。
これ以外の挨拶の仕方が思い浮かばなかったから、そう言っただけだった。のだが、初めて会った兄には、少し驚いたように目を見開いた後「お前も王族だろう?」と言われた。
その王位継承権がないことは知ってるだろうに。
肯定ができず、かと言って位が上に対して否定もしにくく、私が無言でいると、諦めの様な気遣いのような顔をされた。
側近と兄、その後ろを祖母、そのさらに後ろを私が歩く。向かっているのは、母の部屋。
廊下を歩く内に、祖母の家での穏やかな気持ちや、隣国で感じていた興奮が小さくなっていく。気を抜くと、王城で暮らしていた時のように目線が下を向きそうだ。こんな気持ち、前を歩く祖母に気付かれたら、きっと怒られるだろう。
母は、ベッドの上にいた。兄に声をかけられ、ただ疲れが出ただけよ、と言っていたが、その顔は前に見た時より痩せていた。祖母と私の姿を確認すると、ふわっとした笑顔。そばに行くと顔色の悪さも分かる。
祖母に、無理をしすぎなのでは?、と言われても、そんなことはないと否定する。きっと大変でないなんてことはないのだ。やることも多く、責務の重さも想像に難くない。
(少しでも…せめて、体のつらさだけでもなくなれば…)
長く話せばそれだけ負担になるだろうから、と早々に部屋を出るよう促される。
だから、いつもの様に「では母上…また…」と手の甲にキスをした。母上が『えぇ、またね』と言って、いつも離れる。…のだが、なぜか母の返事が聞こえない。
不思議に思って顔を上げる。と、母上の驚いたような顔が見えた。
「…母上?」と、声をかけると「あ…あぁ、ごめんなさい。…またね」とふわっと笑う。先程より、顔色が良くなったような気さえする笑顔だった。
ー前作追記ー
祖母の名前
ツゥイート・デール・サットン
執事の名前
スタンリー・セバスチャン




