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知恵熱のような体調不良はすぐに良くなり、2日後には学園へ行けるようになるまで回復した。私がベッドで過ごしている間に、ディビット様からの正式な婚約の申し込みが来てたことが父親から確認されて、しっかり家族も知るところとなった。
婚約解消してから2ヶ月弱。私の気持ちを大事にしてくれていた父は、新しい婚約を急がせず、それどころか『ずっと家にいてもいい』と言ってくれた。
しかし、貴族令嬢として、そんな訳にはいかないことは知っている。だから、落ち着いたら新しい婚約者を考えなければ、とは思っていた。が、あんなに素敵な人と出会えることは予想していなかった。
戸惑い恥ずかしい気持ちはありながらも、縁を繋ぎたいことを伝えた私に、父はなぜか返事を出し渋った。『まだ早い』とか『もっと気持ちの整理をつけてからの方が…』とかなんとか。なんだか駄々っ子を連想させるその様子に、兄には『ここで婚約しておかないと、本気で家から出れなくなりそうだぞ?』と心配された。
学園へ登校したその日、ランチの約束をしていたので、教室に迎えにきてくれたヴィオと共に食堂へ向かう。 自分に起こったことが今も信じられなくて、気心の知れた幼馴染に、事の顛末を聞いてもらうことにしたのだ。
元婚約者のこと、ディビット様が庇ってくれたこと、そして……。
「ーーーでね、ディビット様が私の手を取って………」
中庭でのシーンになると、つい恥ずかしくなって言葉が出てこなくなる。真っ赤になってるであろう私の顔を見て、ニコニコしているヴィオ。
「カーリーのそんな可愛い顔、久しぶりに見たわ」
「…からかわないでよ」
熱くなっているほっぺに両手を当てて、ジト目で返す。
「ごめんね。でも本当よ。ここ数年はそんな顔見れなかったもの」
そう言われて思い出す元婚約者との時間。確かに再開してからの元婚約者とは、今のような気持ちになることはなかった。
「そうね……彼も、昔はあんな感じじゃなかったのに………」
「………」
遠い日、花の薫る庭で交わした約束。きっと元婚約者はもう忘れてしまっているのだろう。寂しさと共にまだ少し痛みの感じる胸に手を当てる。すると、ヴィオが意を決したような顔をしつつ、小声で話し出した。
「………カーリー。デビことだけど……」
「………?」
珍しく、元婚約者のことを愛称で呼ぶヴィオを見つめると、ヴィオがハッとした顔をした。直後「なんの話?」という言葉と共に、両肩にポンっと手が置かれてびくっとなる。後ろにいる人物を確認するとー。
「ディビット様っ!?」
いつもより大きな声が出てしまい口に手を当てる。食堂の中は、それぞれおしゃべりを楽しんでいる人が多かった為、思ったより注目を浴びずに済んで、ほっとする。
「ごめん、びっくりさせちゃったね」
「いえ、こちらこそ。失礼いたしました」
淑女にあるまじき声を出してしまった。兄がここにいたら確実に怒られていただろう。
「それで、なんの話をしていたの?」
前世の漫画だったら、後ろに花を背負っているであろうディビット様の笑顔。それをなんの準備もなく、近距離で見てしまった私。
『微笑みの貴公子、ここに現る。』
はっ! しまった、少し異次元へ頭が飛んでいた……。
戻した意識で、質問されたことを頭で考える。が、あなたの話をしてました、なんて言えるわけもなく、微笑みながら「内緒ですわ」と返した。
「つれないなぁ。君のことは全て知りたいという愚かな男の願いは叶えてもらえないの?」
私の手を取り、切なそうに、でもどこか悪戯をする子どものような顔を炸裂させて、私の手を自分の頬に寄せた後、手のひらにキスをするディビット様。
その破壊力抜群なシチュエーションを、至近距離で体感してしまい、心の中で「グハァ!」と吐血している腐女子がいる。前世の友達が、好きなアニメの神回を見て『尊死』と言っていたが、これがそうか……?
はっ! しまった、また意識が飛んでいた。頭を振って戻す。そして言わなければいけないことも思い出した。
「先日は、素敵なプレゼントをありがとうございました。家に帰って驚きましたわ」と勤めて冷静に口にする。
すでに手紙でお礼を伝えてはいるが、顔を見てのお礼もしっかりしておかなければ。
「喜んでもらえたなら良かったよ。今の君が喜ぶものがまだわからなくて。少し多くなってしまった」
(全然少しじゃありませんでしたがー!!???)
笑顔で爽やかに言われるデイビット様。 あの量を少しと言ってしまうディビット様が恐ろしい…もしかしてこれからも同じように『多くなっちゃった。テヘ⭐︎』という感じで送られてくるのだろうか。なにそれ、こわい。これは阻止せねば……。彼は”趣味がわからないから多くなった”と言った? それならーー。
「今度、一緒に街へ行きませんか? 私にもディビット様のお好きなものを教えてくださいませ」
趣味がわかれば、もう床を埋め尽くすほどの贈り物は無くなるだろう、そう思っての提案だったのだが。
信じられないとばかりに、目をまん丸にされて「本当に…?」と呟かれる。その様子に戸惑いつつ「え、えぇ」と返す。
すると「やった…初めてのデートだ…」と色気を感じさせながらも嬉しさを隠しきれないようなとろける笑顔。
思わず、鼻血が出そうな鼻を軽く抑えながら、言われた言葉を考える…。
え?でぇと?…………………。
頭の中で自分に言った言葉を反芻する………。 確かに、デートに誘ったと取られてもおかしくな言い方だった。
途端に顔が赤くなってくる。ヴィオに「あら、意外と大胆ね、カーリー」と微笑まれ、それに対して首を振る。
でも、なにを言っていいのかもわからず、口をはくはくさせることしかできない。
否定してもそれはそれでなんか違うし、結果的に街に行くことには変わりない。初デートを自分から誘うと言う恥ずかしさを受領すれば良いのだ。
こうして、ディビット様との初のお出かけは、意図せず決定してしまった……。
⭐︎
ところ変わって学園の裏庭。時間は放課後。人のあまり寄り付かないその場所に立っている男と女。そこに甘い空気はなく、むしろ少しピリついている。
「ねえ、あの時、何を言おうとしたの?」
「…………」
「俺の友達は約束を守らないような人間だったの?初めて知ったなぁ」
ゆっくりと、幼子に言って聞かせるような優しげな口調。だが、その目は冷ややかだ。
「………友達だから黙っていられないこともあるでしょう?」
女のやろうとしたことが、男との約束を違えることになるのは承知だった。だがあまりにも気づかない親友につい魔が刺したのだ。
「それはどっちの?」
言外な意味をしっかり捉えた女は、なにも言えなくなる。
その様子を確認した後、あきらめたようにため息をひとつする男。
「……あともう少しだから。もうちょっと頑張ってよ」
「…………わかってるわ」
大事なのは同じ。約束もある。だからこそもどかしい。
お願い。早く、早くして。じゃないとこの人はー。
願いは言葉にならず、風と共に消えていった。
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