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はじめに、私がしたのは街のリサーチ。
地図を見ればどこにどの店があるのかは把握できるが、その場の雰囲気や時間帯別の流れ、何が好まれているのか等、人に話を聞きながら頭の中で動線を整理していく。
そして、販売する時には『限定性』を出すことにした。 新酒として酒場で限定提供をしてもらうのだ。 我が領地には先行販売なことも広めて、さらに限定感を出す。
酒場には、最初1本はお試しとしてプレゼント。 それ以降は3割引で提供。店に出す時もお試し価格で出してもらうようにするが、店主には少しでもお客さんに出し渋る気持ちがないようにしたい。 追加購入希望の店には初期限定年間契約でそのままの価格で販売。それ以降に希望された店には定期契約は1割引、それ以外は正規価格で販売。
要は『この新酒を置いてくれたお店には、ずっと特別な割引価格で販売しますよ』ということだ。
好まれそうな客層や価格帯がわかってきたら、酒場以外でも販売。 それも店には定期販売割引はやっていく。
お店にはお酒のポスターも貼ってもらう。 穀物から出来たこと、制作過程を説明したもの、ポットスチルのイラスト、それぞれ別ポスターにして、全てに作った領地名を表記。
限定や割引に弱いのは、この世界の人も一緒。そして、過程を知ることでより深くその商品の理解ができて愛着も出てくるのも一緒。
うんうん、前世の知識が活かせる世界で良かった。
スタートダッシュにはそれなりの反応ももらえて、夏休みが終わる頃にはすっかり話題のお酒になった。
これで、デビの領地は安心だろう。
もちろんこれからも色々手を加えていく必要はあるが、とりあえずデビが言っていた『領地が豊か』な状態にはなるのではないだろうか…。
及第点を超えた数字が書かれている書類を置いて一伸びし、気分転換をするため庭に出る。頬に触る風と花の変化。 それらに季節の移ろいを感じつつ、ゆっくり歩く。
庭の先にあるガゼボが見えてきたところで、後ろに控えていたダリアに、お茶を提案されたのでお願いした。 座って待っていると、向こうから歩いてくる人が見える。
「お兄様」
「やぁ、僕も一緒に良いかい?」
「もちろんです」
ダリアに2人分のお茶をお願いし、向かい合って座る。 今回も兄には、大分手伝ってもらったので感謝を伝えた。
「いや、こちらこそだよ。 いつもカーリーの思いつきには驚かされる」
家族に呼ばれるいつもの愛称を聞きながら、デビに『ロッティ』と呼ばれていた記憶を思い出す。
(…再会してからは、全然呼んでくれなかったけど…)
事業が落ちついて、やることが無くなってくると、どうしてもデビのことを考えてしまう…。それを知ってか知らずか、兄が口を開いた。
「…ナヴァル家の領地は、まだまだ発展途上だから。きっとこれからはどんどん良くなっていくと思うよ」
優しさに目頭が熱くなってくる。 そうですね…と言おうとしたが、口を開いたら涙が流れそうだったので笑顔で応えるだけにとどまる。
(…あぁ、そうか…私は、『終わる』のが嫌だったんだ…)
まだ未練を断ち切れない。 でもそれもしょうがないのかもしれない。幼い頃から、大切だった人なのだ…。
「…私の時間は……無駄だったのでしょうか…」
『失恋は否定された気持ちになって自傷気味になりがち』という前世の友達が言ってた言葉を思い出す。
その頃はわからなかったが。 これがその気持ちなのだろうか…?
下を向くとテーブルに跡がつく。ひとつ、ふたつ。その3つめが落ちると同時に、兄が静かに口を開いた。
「…これは、言おうか迷ってたんだけど……。ナヴァル家の領地へ行った日、お茶をもらったんだ」
私は下を向いたまま、跡のついたテーブルを見続ける。 本来『淑女じゃないな』と言われそうな行いだが、そのまま話を続けてくれた。
「…そのお茶が出てきた時、驚いたんだ…。カーリーが、いつも飲んでいたお茶だったから…」
ゆっくり、顔上げると、笑顔の兄。 私が好きな香り高い茶葉、あれはホワイティ家だからと優遇されたもので、そうそう手に入らない。 手に入れようと思ったら、それなりに費用もかかるものだ。
そもそも節約をしようと思ったら、消費物からするのが当たり前。 お茶なんて最たるもの。 間違っても『領地が豊かなら』なんて口から出る貴族が買うものではないはず…。 それなのに…なぜ…。
「…カーリーは、研究室に籠ってる時も、執務室にいる時も、必ずお茶の時間は取ってるでしょう? お茶を飲んだ時は一息ついて、リラックスした顔をしてる。 だからきっと、用意していたのかなって…。同じことを考えたんだろうね、父上も驚かれていたよ」
また、目から涙が溢れる。
「…無駄じゃないよ、その時は遠回りだったそと思えても。 必ず、意味はあるんだ」
なにも残ってないと思ってた。 デビの中にはなにも。 だから、蒸留酒の事業は最後の足掻きだった。本人に残せるものがないなら、せめて領地に残そう。そう思ったのだ。
その残したものを見て、時々でも思い出してくれたら良いと…。
希望でしかない。でも、きっと無駄じゃなかったと思える。 優しすぎる兄に甘えるように、その後は声を出して泣いた。




